序章

この不思議な夢の中の三国志仕立ての世界での姿が見える人間は限られてる。
仲謀を始め公瑾や尚香、大喬と小喬姉妹、それからもう一人、
この間は会うことは出来なかったけど、公瑾と同じ軍師である子敬さんだ。
だけど前にも言ったように、最初の内のことが見えてたのは仲謀だけだった。
初めてが仲謀と出会ったのは、例の不思議な夢を見た5回目位のことだったと思う。
正直アレはお互いの心臓に大変よろしくない衝撃的な出会いだった。
しかも最初は仲謀にしかの姿が見えてなかったから、
彼は周囲の人間にはかなり妙な目で見られてしまってた。
今だからこそが見えてる人達も、その頃は本気で仲謀のことが心配になったと言ってた位だ。
そのせいではそれもこれも全部お前のせいだ!とよく仲謀に怒鳴られてた。
仲謀の言いたいことも分からないではないけど、あの時はだって本当に驚いたし、
未だに何で彼にだけが見えたのか、
そして何故その後が見える人達が増えたのかも分からない。
と仲謀の出会い。
さっきも言ったようにそれはかなり衝撃的なものだった。
いや、衝撃的というか寧ろ衝突事故的というか―――


「おい」
「こんばんは、仲謀」
「こんばんは、じゃねぇよ!人がようやく床に就こうって時にまたいきなり出てきやがって。
しかも俺を無視して何ぼけっとしてやがんだよ!?」


そう。
今回もがこの世界で姿を見せたのは仲謀が居る場所だった。
仲謀が居ると言うか、仲謀の部屋と言うか。
丁度彼が寝台に横になろうとする直前にが姿を見せたので、
彼はまた危うく大声を上げそうになっていた。
それでもある意味こういうことに慣れている仲謀は反射的に自分の口を抑えてどうにかそれをやり過ごした。
で全く驚かなかった訳じゃないけど、
今回は彼に体の中を通過されるところまでいかなかったこともあり、
それほど大きな反応はせずに済んだのだ。
そのまま何となく自身が自分のベッドで考えていたことを思い出していた。


「ごめんごめん。仲謀と知り合って結構経つなと思ったら、
初めて出会った(?)時のこと思い出しちゃってさ」
「・・・初めて出会ったときのことだぁ?・・・チッ、思い出したくもねぇな」
「まぁね、キミはね、変人奇人的な目で見られたみたいだしね」
「誰のせいだ!?誰の!」


仲謀とのこのやり取りもその出会いから今日までもう何度繰り返したか知れない。
毎度お馴染みとなってしまった。
そう、彼と初めて顔を合わせたのも、実はこの部屋。
つまり仲謀の私室だった。
彼は丁度その日一日の仕事を終え、いつもより少しだけ早く自分の部屋に向かったらしい。
そして仲謀が部屋の扉を開いて室内へ一歩、踏み出したその瞬間。
ほぼ同じタイミングでがこの世界に姿を見せた。
意識が覚醒した直後に見知らぬ少年が超至近距離での視界を埋め尽くし、
驚く間もなく彼はの体を通過した。
多分、お互いあの瞬間は一体何が起きたのか全く理解できていなかったと思う。
今までこの世界に来て周囲の人からの姿が見えてないせいで他人に体の中を通り過ぎられたことは、
実はそれまでにも何度かありはした。
だけどそれはあくまでもがこの世界に来てふらふら探索している間のことで、
この世界で意識が戻った直後に誰かと正面衝突(実体がないからぶつかれないけど)
めいた状況なんて初めての経験だった。
は思わず数秒の間呆然とした後、ハッと我に返り、
たった今の体を通過した相手を確認する為にくるりと体ごと振り返った。
とは言え、相手にはの姿は見えていないはずだ。
余りにも突然の出来事だったから相当心臓に悪い状況だったけど、それは間違いない。
そうだ。
今まで一度だっての姿を見ることが出来る人間なんて現れなかった。
は空気や背景と同じ、誰の目にも映らない存在。
今までも、そしてきっとこれからもそれは変わらない。
だってこれは、そう言う夢だから。
はそう信じて疑わなかった。
そう、の体を通過した、彼、まるで童話からそのまま飛び出してきたような容姿を持つ、
その金髪の少年が口を開くその瞬間までは。



「っっ!!??な、何だ!?クソッ侵入者か!?何者だっ!!」



言いざま、彼は腰に差した剣を鞘から引き抜き、
流れるような、けれど素早い動きでそれを構えた。
だけど周囲のどこを見ても、彼が剣を向けるような『侵入者』は見当たらない。
ここに居るのは彼と、そして第三者としてしか存在しないだけ。
にも関わらず、少年の蒼く深い海を思わせる綺麗な瞳が鋭い視線でを捕らえる。
同時に、その表情には戸惑いと動揺が浮かんでいた。


「・・・・・・・・え?」


はまたしても数秒の間、ぽかんと間抜け面で彼を見つめ返す。
――そう、見つめ返してた。
見える筈のないを、だけど彼は的確にと視線を合わせている。
それを認識するのにまた数秒かかる。


「まさかここまで入り込んで来られるとはな・・・。
どこの手のものかは知らねぇが、妙な格好してやがるぜ。
それとも、その妙ななりで俺の部屋に潜り込んで、俺を篭絡でもするつもりだったのか?」
「あ・・・?え?え?」


未だに少年はしっかりとをその強い視線で捕らえたままだ。
殺気なんて今までの人生で一度も感じ取った試しなんかないが、
今はそれがハッキリ分かる程に、彼はに向けて強烈な敵意を向けていた。
これはもう間違いない。
は、彼の瞳に映ってるのだ。
どうして突然の姿が他人にも見えるようになったのか分からないけど、
今はそんなことよりもこの状況をどうにかすべきだろう。
と言っても、どうすればいいのかなんて全く分からない。
幾ら夢の中とは言え、いきなり切り殺されるなんて御免だ。
分かってはいても、この状況で彼を納得させる言い訳なんか咄嗟に思い浮かぶ筈もない。
目の前の金髪の少年が何者なのかは分からないが、身に付けているものや言動からして、
年齢に似合わず高位の身分なのかもしれない。
だとすると、益々厄介だ。


「あ、あの、―――」
「仲謀様!!いかがなされましたか!?」
「仲謀様!!」


そこで彼の部屋のすぐ外の廊下を数人の男達が慌しく駆けてくる。
彼らは皆、手に剣を携えて武装していた。
恐らくこの城の警備の人間なんだろう。
は思わずぎょっとして立ち尽くした。
これは、この世界に来て初めての夢でバッドエンド一直線な予感がする。


「遅い!!俺の部屋の前に居た警護のものはどうした!?侵入者だ!!」
「なっ!?なんと!?申し訳ございません、仲謀様!
警護の兵はどうやら奥の部屋の物音を調べに行っていたらしく・・・」
「チッ、言い訳はいい!」
「はっ!大変失礼致しました!!!して、仲謀様!!侵入者はいずこに!?」


そこで男達は周囲を警戒するような視線を向けつつ、
更に仲謀と呼ばれた少年の室内を見回す。
その様子は、誰一人の姿が見えているようには見えなかった。
考えてみれば、ここに彼らが到着した時点で、
真っ先に『侵入者』であるを目にして攻撃されてもおかしくはないのに、
彼らの誰もに視線を向けた人間は居ない。
そう、最初からここに居る、仲謀と言う少年以外は。


仲謀?何か聞いたことあるんだけど・・・、ちょっと待てよ、
ここって確か・・・三国志でいうところの孫権の城で・・・。


周囲の人間から見えないのと、透き通ってある程度宙に浮いたりなんて反則技も使えるこの体で、
はほぼどこでも出入り出来る。
それを利用してあちこち探索してる間に、
色々な人間の会話を耳にしてここの主が誰なのかもは既に随分前から知っていた。
ここは三国志でも有名なあの孫権の本拠地だ。
そして、孫権の字は確か仲謀。
つまり、目の前で敵意丸出しにしているこの少年こそ、孫仲謀その人だったと言うことか。
まさかでまさかの展開だった。
確かに彼は父や兄の後を継いで若くして君主になったと聞いてたし、
実際ここでそんな会話も耳にしたけど、まさかここまで若いとは思わなかった。
いや、だけど今はそれよりもこの状況だ。


「いずこに?だと!?ふざけんな!!見りゃ分かんだろうが!!
俺の目の前に居る女だよ!!この妙なナリした女が見えねぇのか!?」
「・・・は・・・?仲謀様の目の前・・・?」
「妙な、ナリ?」
「女?」


仲謀の部下である男達は揃って『?』マークを幾つも頭に浮かべた表情で、
それでも彼の主が示している『仲謀の目の前』付近に視線を向ける。
勿論、は仲謀が言うとおり、彼の正面に突っ立ってはいたのだが、
彼らの視線はの居る場所を通り過ぎていたり、右や左に視線を向けていたりと、
明らかにここに人間が居るとは思っていない様子だ。
つまり、今まで通り、誰もを見えてない。
よく分からないが、これはもしかしてもしかしなくても、仲謀だけがを見ることが出来てるんだろうか。


「ちゅ、仲謀様・・・我々にはここに女人がいるようには見えぬのですが・・・」


戸惑い顔の部下の一人が言い難そうに仲謀にそう告げる。
その場に居た他の男達も、静かにこくこくと頷いた。
その返事に彼は苛立ちを隠せないように声を荒げる。


「はぁあっ!?お前ら――」
「仲ー謀ー、何騒いでるの?」
「そうだよ、こんな時間にうるさいなぁ」


そこへ、よく似た容姿の小柄な少女が二人、ととととっと達の前へ駆けてきた。
淡い水色とピンクのひらひらとした華やかな衣装を身に付けた、可愛らしいコ達だ。


「なっ!?大喬、小喬!お前らは危ないから引っ込んでろ!不用意にその女の傍に寄るな!」
「はへ?」
「ふへ?」


仲謀がぎょっとした表情で声を上げると、
大喬と小喬と呼ばれた二人の少女は揃ってきょとんと彼を見上げる。
それから『その女』を探す為か、きょろきょろと周囲を見回した後、
再び仲謀に視線を向けていた。


「なに言ってるの?仲謀。ここには女の人なんか居ないよ?」
「そうだよ、それにここ仲謀の部屋でしょ?もしかして女の人連れ込んでたの?」
「ばっ!!ちっげぇよ!!俺が言ってんのは!お前達の後ろに居る女のことだよ!!」


そう言って声を上げた彼は再びを指差した。
は既に落ち着きを取り戻し、ことの成り行きを眺めている。
これはもう、どこをどう見ても間違いない。
仲謀以外の誰にもは見えていないのだ。
だったら慌てる必要もないだろう。


「あ〜・・・、仲謀様、先ほど我々も申し上げましたが、大喬殿と小喬殿の言うとおり、
ここに女人の姿は見当たらない訳でして・・・」
「なっ!?」
「仲謀、寝る前から寝ぼけてるの?」
「寝ぼけてもおこりんぼうなのは変わらないね」


ふぅやれやれ、と呆れた様子で二人は溜息を吐く。


「仲謀様、これは一体何の騒ぎでしょうか?」
「兄上!」


そしてまたこの場に新しい人物が加わる。
すらりとした長身の落ち着いた雰囲気の青年と、仲謀とよく似た容姿の綺麗な女の子。
彼らは少し慌てたように足早にこの場に進んできたものの、
何故か大喬と小喬と呼ばれた少女を見るとホッとした表情を見せた。


「これは、もしやまたお二人で仲謀様に悪戯を仕掛けたのですか?」
「もう、大喬殿も小喬殿もやりすぎはいけませんよ。
兄上は軍議の後でお疲れなんですから」
「違うよ、私達今日はお昼に仲謀で遊んだから夜は何もしてないもん!」
「そうそう、お昼に散々遊んであげたもんね。
今は仲謀が変なこと言い出して皆を困らせてるだけだよ」


二人に叱られた大喬と小喬は唇を尖らせて拗ねたようにそう答えた。
その返事に、青年の方が仲謀へと視線を向ける。
それにつられる形で仲謀の妹らしき少女も彼へと瞳を移した。


「仲謀様?」
「・・・ちっ、マジかよ。どうせお前らにも見えてないんだろ、あの女」
「兄上?」
「仲謀ここに女の人が居るって言うんだよ。どう見ても誰も居ないのに」
「怖いよね、もしかして仲謀にとり憑いてる女の人の幽霊かもしれないよ」


少女達はそこで二人で身を寄せ合うようにくっつき合うと、
わざとらしくきゃーっと悲鳴を上げる。
周囲の仲謀の部下達は苦笑いを浮かべてそれを見ていた。
まぁ、この状況じゃどう考えても仲謀が言ってることがおかしいと思われても仕方ない。
事実、の姿が見えてるのは彼だけなんだから。


「うるせぇ!!大小!ガキはさっさと寝ろ!!」
「まとめて呼ばないでって言ってるのに!仲謀のばーか!」
「仲謀のばーか!」


二人の少女はその後、最初にこの場に駆けつけた数人の兵に連れられて部屋に戻って行った。
そして最終的に仲謀の部屋の護衛の兵が残り、
念の為にと周囲を見回りに数人の部下達が指示を出されていた。
因みに、最後に仲謀の部屋にやって来た二人は、仲謀の妹の尚香と彼の側近の公瑾だった。
二人ともこれまた三国志じゃかなり有名な位置の歴史上人物だ。
まぁ、ここはあくまで三国志っぽいところだから、まんまじゃないのは分かってるけど。
そして言うまでもなく、彼らにもやっぱりの姿は見えていないようだった。
この日は結局このすぐ後に例のぽーんっと唐突に意識が投げ出される感覚と一緒に、
はこの世界から弾き出される。
恐らく、あの一回だけでコレ以降仲謀と顔を合わせなければ、
彼があれほど周りから不審な目で見られずに済んだだろうとは思う。
とは言え、それはの意志ではどうにもならなかったことで、
結局はこの後も何度も彼の前に姿を見せてしまうことになったんだけれども。


(続く)