序章

仲謀との初めての出会い(?)以来、は何故かほぼ毎度、
彼と衝突的な形でこの世界に姿を見せてる。
何度も言うが、狙ってるわけじゃ断じてない。
実体のないは衝突するにしきれなくて、
結局仲謀はの体の中を通過する形になってるんだけど、
あれはあれでも非常に微妙な気分になるのだ。
だけどまぁ、そんな妙な形でが何度も登場するものだから、仲謀は毎回かなり驚いた様子で声を上げ、
結果的に周りの人間に不審な目で見られる&嫌な意味で心配されてしまうと言う状況に陥っていた。
彼の場合は立場が立場なだけに、相当厄介なことになってたのはでも何となく分かる。


「お前マジでいい加減にしろよ!?
お前のせいで周りの奴らに俺の頭がおかしくなっちまったんじゃないかとか思われちまってるだろうが!」
「それは悪いと思ってるけどさ、これがまたの力じゃどうしようもないというか」
「だったらせめて俺の居ない所に現れろ!!っていうか二度と姿見せんな!」
「酷いこというね、少年。
そして残念だけど何度も言うようにそれもの意志じゃどうにもならないんだって」
「少年って呼ぶな!除霊するぞテメェ!」
は幽霊じゃないし!てか出来るもんならとっくにしてるでしょうが」


とまぁ毎度こんな感じで達はお互い余り友好的とはいえない感じだった。
としては歳が離れてるとは言え、仲謀はあの三国志で有名な呉の君主様なんだから、
少しは遠慮を知るべきかとも考えたんだけど、
相手のデカくて生意気な態度を見るとどうしてもその気が失せて、結果、大人気なく口論してしまっていた。
そしてまたそんな様子を遠目だったり耳にしたりした誰かが、
空中に向かって一人喧嘩腰に話をしてる主様の姿に不安を覚えてしまうと言う無限ループ。
いい加減仲謀もと二人だけの時は周囲に気をつけて声を落とすなり、
見えないフリをしてやり過ごすなり(それはそれで少し寂しいけど、
周りに人が居る可能性があるならそれも仕方ないと思う)すべきだと思うんだけど、
彼はどうやらカッとするとどうしても口に出さなきゃ我慢ならないタイプのようだ。
その後も何度も似たようなことを繰り返し、それでも何となくお互い相手の存在に慣れ始めた頃、
何故かこれまた突然、を見ることが出来る人間が増えた。
それが仲謀の妹の尚香、彼の側近であり今は亡き前君主の伯符の親友・公瑾、
その公瑾と伯符と仲の良かった姉妹・大喬と小喬、
そして公瑾と並ぶ実力を持つ軍師の子敬さんだ。
前にも言ったように、どうして突然そんなことが起こったのかは全くちっとも分からない。
でもまぁ、そのおかげで仲謀の精神異常疑惑はどうにか解決され、
のことが見えない他の人たちの誤解も彼らなりのやり方でどうにか誤魔化してくれていた。


「しかし、、お前本当にどこにでも現れるやつだよな」
「?今更何をしみじみと」
「お前が今更初めて顔合わせたときのことなんか持ち出すからだろ」
「ははは、確かにね」


最初の頃に比べれば、お互い憎まれ口を叩いてはいても親しみを感じているのは確かだった。
それ程もう何度も、はこの城で彼らと時を過ごしてる。


「・・・
「ん?」
「お前、城外で気が付いた事は一度もないのか?」
「え?・・・ううん、何度かある。数えられる位だけど」
「・・・そうか。・・・だったらもしかして戦・・・」


そこで仲謀は不意に言葉を途中で切った。
そして少しの間何かを考えるような眼差しをに向けた後、ふっと小さく息を吐く。


「いや、何でもねぇ」
「・・・・・・」


その瞬間、は彼が何を続けようとしていたのか、何となく理解した。
そしてそれを口にせずに居てくれた彼の優しさに感謝した。
仲謀が口にしようとしたこと。
それは多分、が『戦場に姿を現した』かどうかを確かめようとしたんだと思う。
がこの世界で目覚める時の殆どはいつもこの城の中だった。
だけどさっき仲謀に答えたように、極まれに外で気付いたこともある。
例の如くそれに何の意味があるのかは分からないけど、
それは戦直前に構えられた陣のテントのようなものの中であったり、
どこに向かっているのか分からなかったが船の上なんてのもあった。
田舎町の片隅ってのも一度、そしてまたその場所が戦場だったことも、確かにあった。
でもあれは本当に一瞬の出来事で、誰と顔を合わす暇も全くなかった。
と言うか、思考する余裕さえなかったように思う。
いつものように意識を取り戻した瞬間に耳障りな金属音がガシャガシャと聞こえ、
同時にもうもうと上がる土煙に視界を奪われた。
悲鳴に怒号。
それが何の音で、そこがどこなのか、周囲にどれほどの人間が居るのか、それを認識するより早く、
唐突にの目前に鎧姿の兵が襲い掛かってきた。
当然のように彼の手には刀が握られている。
その一瞬だけは何故かの目にはその男の動きがスローモーションのようにゆっくりと見え、
そしてまるで無声映画みたいに周囲の音が瞬時に掻き消えた。
力強く振るわれた刀は一度、二度。
実際襲い掛かられてるのは当然じゃない。
の背後に居た別の兵だ。
だけどはその一瞬、確かに言いようのない恐怖を感じてた。
たった今浮上したばかりの意識があっという間に凍りつき、
瞳を見開いた視界一杯に目の前の兵士の顔が映っていた。
そしては叫び声を上げることもなく、次の瞬間には例の意識が弾け飛ぶ感覚を味わってた。
でもその直前、遠く、誰かがの名前を呼んだような気がしたのだ。
の姿は限られた人間にしか見えない。
そのの名前をあの場で呼べる人間が居たとしたら、それはこの城内以上に限られてる。
もしかしたら、あれは仲謀の声だったのかもしれない。


「おい、、そろそろ俺は本格的に寝たいんだがな。お前と違って俺は朝が早いんだよ」
「それはどうもすみませんデシタ。じゃあ別の場所行くとしますかね」


仲謀の言葉にはふよふよと扉の前に向かう。
とは言え、扉を開けて外に出るなんてことは出来ないので、このままここを通り抜けるつもりだ。


「じゃあね、仲謀、おやすみ」
「ああ、・・・・またな」
「!」


何気なく付け加えられた仲謀の一言に、は思わず振り返る。
彼は何故かハッとした様子で、照れくささを隠すためなのか、ぶっきらぼうな表情を浮かべていた。


「さっさと行けよ」
「またね、仲謀」


思わずくくっと笑い出しそうになるのをどうにか堪え、は彼に笑顔で応えた。
以前は二度と姿を見せるなとまで言っていたのに、今ではが居ることを受け入れてくれてる。
そのことが酷く嬉しい。
仲謀だけじゃなく、尚香や公瑾、大喬に小喬、それに子敬。
彼らは皆、こんな得たいの知れない存在であるに親しみを感じてくれてるのが分かる。
勿論、最初の内は相当警戒されてたけど、それは当然だと思うし、
だったら例えそんなものが見えたとしても、関わろうとは思わない。
ここはにとって夢の世界。
だけど、単なる夢と言うには余りに愛着が湧きすぎてるかもしれない。
この世界にも、ここに居る人たちにも。
のことが見える皆は勿論、そうじゃない人々も、
何度も目にすると一方的とは言え親しみが湧くものだ。
だからだろうか、あの戦場での衝撃的な一件の後も、結局はこの世界の夢を見てる。
元々ここに来る事だっての意志じゃどうにもならないんだから、
それはがこの世界をどう思ってるのかなんて関係ないのかもしれない。
だけど、多少それが影響してる気がするのも確かだ。
戦場の夢を見た翌日はこの世界の夢を見ることがなく、
更にその翌々日にこの世界に来た時、としては大して間を空けたつもりはなかったのに、
大喬や小喬、それに尚香が言うには、一ヶ月以上の姿を見なかったから心配していたと言う。
子敬も久しぶりだと喜んでくれたし、
仲謀は素直じゃない言い回しながらホッとしてくれてるのが分かった。
公瑾も、いつも全く崩れない穏やかで胡散臭い笑みとはほんの少しだけ違う笑顔を見せてくれた。
戦場での出来事に似たような夢を、今まで一度も見たことがないかというと実はそうでもない。
人を殴る夢、殴られる夢、死を思わせる夢、それなりに色々な種類のものを見たことを、
漠然とだけど覚えている。
でもそれはあくまで夢で、目覚めた直後を除けば大体はすぐに忘れられる程度のものだった。
本当ならすぐに忘れてしまう夢の内容も、あの世界のことだけはいつもハッキリと記憶に残る。
そのせいもあるかもしれない。
戦場で切りかかられた直後の恐怖は、そうそうすぐには忘れられなかった。
それでも、久しぶりだという皆が、に会えたことを喜んでくれてるんだと分かった時、
はそのことが本当に嬉しかったのだ。
現実で目覚めるたび、この世界での出来事を引きずらないように、いつも心の中で念じてた。
あの世界がどんなに楽しくても、どんなに愛着を持ってしまっても、全部夢だと。
それほど、にとってここは大事な場所になっていたから。


「?」


仲謀の部屋を後にして、一人ふらふらふよふよ城内を漂っていると、
不意になんとなく胸元に暖かなぬくもりを感じた。
そこで何気なく視線を下ろす。
半透明の自分の体。
いつもは特に気にもしなかった胸元に当然のように揺れている『それ』を見て、
は驚いてしまった。
今の今まで気付かなかったなんて本当にどうかしてる。
だけど本当に気付かなかったのだ、いつも着てるパジャマ姿の胸元。
繊細な銀の鎖とその先にはひし形の綺麗な水晶がついていた。
は思わずその場で停止する。
一体、はいつからこのネックレスをしてるんだろう。
見覚えがあるかないかと言えばハッキリあると言える。
でも、どうしてこれが『ここ』にあるのかが全く分からない。
これは随分前に祖母から贈られたネックレスだった。
確か高校生位の頃だったと思う。
祖母からこのネックレスにまつわる母や祖母を含めた身内のロマンチックな恋物語を聞かされたこともあり、
それなりに重宝してた時期もあるんだけど、それも一時期的なものだった。
デザインはシンプルだし、使い勝手は悪くはないし、それなりに気に入ってはいたけど、
もっと他に気に入ったものがあったこともあって、
これは結局他の余り使わないアクセと一緒に箱の中にしまい込んでしまっていた。
それがいつ頃だったのかも思い出せない。
とにかく、もう随分長い間目にしてないのは確かだった。
それなのに何でこれがここにあるんだろうか。
と言うか、もしかしなくても今までもずっとこのネックレスはこの夢を見る度の胸元で揺れてたのか。
考えれば考えるほど分からない。
と、そこでまた例の感覚が襲ってくるのが分かった。
の意識を見えない大きな手が鷲掴みして真っ白な世界へと放り投げる。
目覚めの時が来たのだ。


目覚めた先がの現実。
前までは当然のように受け入れられていたことが、
今は必死でそれを言い聞かせなければいけないほどになってる。
それ程、にとってあの世界は大きなものになっていた。
あの世界がどんなに特別に感じても、愛しく思えても、醒めれば消える夢なのだ。


だけど、だから、本当の意味であの世界がの中から消えてしまうその時まで、
あの世界での時間を大事にしたい。


そして願わくば、少しでも長く、その時間が続きますように―――


(序章・了)