今日も今日とて三国志風味の夢を見ている。
この夢を見始めてもう結構な回数ここの城に姿を見せてるけど、
ここは未だに分からない場所が多い。
実は何度か城以外の場所でも目を覚ましたことがあるんだけど、
この不思議な夢の三国志風世界に来た場合、大抵は城内だ。
始めてきた頃に比べれば城内の創りにもそれなりに詳しくなったつもりで居たのに、
この城の広さを甘く見ていた。
今は昼間だから夜に来た時よりはどこがどういう部屋なのか何となくだが把握できる。
が向かおうとした先は、日の光の当たらないせいか他の所よりは薄暗く、
更に奥に進んだ先には何となく近寄りがたい雰囲気の扉が見えた。
近寄りがたいと言っても大きいとか豪華だとかそう言った雰囲気の物とは違う。
大きさは普通のドアと変わらないのに、何となく陰気な感じがしたのだ。
君子危うきに近寄らずと言うから、
幾らの姿が見える人間が限られてるからと言っても、あの先は行かない方がいいだろうか。
天井付近まで上ってふよふよと特に目的もなく漂っていると、不意に背後から声を掛けられた。
「おい、。何処へ行くつもりだ?」
「あ、文若!良かった、実はまた迷ってて、ここって本当に広いね」
聞きなれた声に振り返れば、いかにも気難しそうな文官姿の青年の姿。
そして彼はいつもより更に眉間にしわを寄せてを睨むようにして見上げている。
「気安く私の名前を呼び捨てにするなと言っただろう」
文若は元譲と同じく孟徳の腹心の一人で、元々威圧感のある人だ。
その上いつも気難しそうに眉間にしわを寄せてることや、目つきの悪さと口調のキツさで更に相手を萎縮させる。
これが現実なら、間違いなくお近付きになりたくないタイプだ。
でも生憎とこっちにとっちゃここは夢の中、しかもには実体がないときてる。
本来なら怖いと感じるタイプの人間でも、それなりに受け流せる。
荀ケもわたしの世界の歴史上の人物的に見れば有名なんだけど、不思議とそれを意識せずに居られた。
まぁ当然、これが現実だとしたら、年上相手にこんなに気安い口調で話したりもしてないけど。
「まぁまぁ、それよりこの先って何があるの?あの怪しいドア・・・戸の奥って」
「・・・あの先は牢屋だ。と言っても、すぐに牢に繋がっている訳ではないがな。
どちらにせよお前のような女が立ち入るような場所ではない」
「・・・・・・」
「何だ?」
「ううん、別に」
文若は気付いてないんだろうか。
彼は今、まるでが生身の女のように口にした。
文若の目にが見えるようになって間もなかった頃には考えられなかったような会話だ。
最初にの姿が見えたのは孟徳だけだったし、初めて孟徳たちと出会った時、
文若もその場に居合わせたはずなのに、彼はの存在には一切気付いてなかった。
それが突然見えるようになって、しかも透き通って実体のない怪しい女が目の前に現れれば、
拒絶反応を示されても仕方ないかもしれない。
と言うか、寧ろそれが自然なことか。
特に彼のように常識にとらわれやすいお堅いタイプには受け入れ難いことだろう。
それでもここまで普通に話を出来るようになったんだから、慣れってのは怖いものだ。
勿論としては今の状況の方が嬉しい。
文若みたいな人は真面目で堅実なんだろうと言うことは察せられるし、
そう言う人間はも嫌いじゃない。
まぁ、それにしてもさっき言った様に、
自分からお近付きになろうって人間ではないし、
直属の上司とかだったらと考えるとやっぱ厳しすぎる感じだとは思うけど。
文若は周囲の人間に怪しまれないようにと言う配慮からか隣をふよふよ進んでいるに視線を向けず、
ただ真っ直ぐに前を向いて抑え気味の声で再び口を開いた。
「まぁいい、お前を見かけることがあれば、丞相の所に顔を出せと伝えるように言われている。
まったく、あの方にも困ったものだ。お前のような存在自体が意味不明な者を気に入られるとはな」
「…意味不明、まぁそうかもね。でも意味不明だから気に入られたんじゃないのかと」
孟徳は好奇心旺盛で物珍しいものに興味を示すって感じのタイプっぽいから、
どう見ても胡散臭い、それこそ意味不明な存在のにも興味を持ったんだろう。
「それも十分にあるが、お前がただの女子だとしても同じだ。女子であると言う時点でな」
「やっぱり性別の問題ですか。まぁそれも考えてましたけども」
あくまでも三国志っぽい世界と言えども、曹孟徳の女好きは変わらないらしい。
それは初対面からの彼の言動で十分分かっていた。
を綺麗だ、可愛いなんて口にした上に、天女とまで言えた男だ。
女だと言う部分が興味を惹く対称になったと言うのは不思議じゃない。
「しかし、長く姿を見ていなかったから、もうお前を目にしなくて済むのかと思っていたぞ」
「ひどっ!文若酷すぎ。…でも長くって、今回は前回からどの位経ってんの?」
「一月近くは経っている」
「!」
それは少し驚いた。
は最初に比べてここ最近ほぼ毎晩のようにこの不思議な三国志風味の夢を見てる。
だけどこの世界に来る周期は定期的にって訳じゃなく、安定してない。
例えば今回は前回の3日後に来たのに、
次のときはその翌日だったり、更にその次の時は1週間後だったりと、バラバラだ。
それでも今までで一番長い期間空いた場合でも2週間以内にはここを訪れてた。
それなのに、今回は一ヶ月近く経ってるなんて。
でも正直に言えば、この世界の夢を見るのが怖かったのも事実で、
もしかしたらそれが関係してたのかもしれないなとはぼんやり考えた。
そうだ。
前に来た時、にしてみれば一昨日見たばかりの夢―――
「私はてっきり前回の・・・」
「え!?」
「・・・いや、何でもない。それよりもここから先は一人で行け。
私は最後までお前を案内してやれる時間があるほど暇ではない」
「一人でって、孟徳さん、今自分の部屋に居るってこと?
でもここからじゃどこに部屋があるのか分からないんだけど」
「今の時間ならば丞相は部屋に居る。だが余り長居はするな・・・、
と、お前に言ったところで無駄だろうな。
そこの角を右に曲がり、真っ直ぐに廊下を進め。
その廊下の奥から二番目の分かれ道を右に行けば、そこからはお前一人で丞相の部屋を見つけられるだろう」
「うん、分かった。ありがとう、文若。またね」
そこでは彼と分かれ、教えられた通りの道順に従い、ススーッと廊下を滑る形で進んだ。
途中で何人かの人間とすれ違ったけど、相変わらず彼らには見えてない。
それにももう慣れてしまった。
「・・・、か?」
「え?・・・あ、元譲さん」
もうすぐ孟徳の部屋に着くと言う直前、
恐らく彼の部屋から出てきただろうと思われる元譲が声を掛けてきた。
周囲を軽く視線で見回し、に近づいてくる。
実は彼も、文若と同じく、突然が見えるようになった一人だ。
文若よりほんの少し早くを見えるようになった人だが、時期的に余り変わらない。
そしてその理由もやっぱり分からないまま。
因みに、例に漏れず元譲もの存在に最初は相当戸惑ってたみたいだ。
まぁ、それが普通で、孟徳の方が不自然だと思う。
文若程じゃないけど、彼もに慣れるまで少し時間がかかった。
「お前、来ていたのか」
「はい、どうやらお久しぶり、らしいですね」
がここに居ることに元譲は酷く驚いてるようだった。
さっきの文若も微妙に様子がおかしかったけど、多分、彼も同じ理由だろう。
がもうこの場に顔を出すとは思ってなかったんだと思う。
それは前回がこの世界に来たときのことが関係してる。
「あぁ、一月経ちそうだったからな。孟徳のヤツが随分気に掛けていたぞ。
そりゃもう鬱陶しいぐらいにな。うるさくてかなわん」
「・・・はは、そう、ですか・・・」
文若相手と違って、元譲には何だか敬語を使ってしまう。
彼は文若とはまた違う意味で外見も含めて怖い感じだけど、それが理由って訳じゃない。
元譲は夢だからと開き直ってるわたしでも、いい意味で彼相手には敬語を使わなくちゃと言う気にさせる。
「アイツの部屋に行くのか?」
「はい、文若に孟徳さんが顔出せって言ってるって言われたので」
「文若にも会っていたのか」
「偶然ですけどね」
「そうか」
そこで元譲は何かに気付いたように立ち止まっていた足を再び進め始めた。
ちらりと奥を見ると、向こう側から二人連れの侍女が歩いてきてるのが見える。
さすがに一人で立ち止まってぶつぶつ独り言を口にしてるところを見られるのはマズいと思ったんだろう。
「じゃあ、行きます」
「あぁ、ではな」
そこで彼は歩を進めたまま早口に別れの言葉を言った。
も元譲から離れて孟徳の部屋に向かおうと動き出す。
「ゆっくりしていけ」
抑えた声で付け加えられた一言は、それでもきちんとの耳に届いた。
文若とは真逆の台詞だ。
彼だって、わたしが長居して孟徳の仕事の邪魔、と言うか仕事のやる気を削ぐのは歓迎しないだろうに、わたしみたいな怪しい存在にも気を使ってくれてるのが分かる。
「・・・、ありがとうございます」
もう彼がこっちを見てないのは知ってたけど、わたしは笑顔でそう返事をした。
(続く)