ただひとつの想い

その後、部屋に連れ戻されたは、何ともいえない苦味のある薬を飲まされ、
大人しく部屋で横になることになってしまった。
今回無理にでも実体化したままここに居ようと思ったのは、
今日の宴の最中に少しでも雲長に接触して話を出来ないかと期待してたからなんだけど、
思ってたのとは全く違う形で二人きりになれた。
とは言え、今はゆっくり話を聞いてくれるって状況でもなさそうだ。
と言うか、この分だと宴会場で顔を合わせても即刻部屋に強制送還決定だったに違いない。
それでもを避けていたようだった雲長がこうしての体調を気遣ってくれるのは嬉しい。
なんてことを考えてるんだと知られたらそれはそれでまた叱られてしまいそうだけれど。
それに、さっき雲長が言ってたように、
こんな体調で城内をふらふらしてたら誰か他の人にうつしていた可能性もあったのだ。
今だって、がこの部屋で眠っている間侍女の仕事増やすことになる。
それなら今回はここに滞在することを諦めて一旦元の世界に戻ったほうがいいかもしれない。
玄徳に挨拶に行けないのは心苦しいが、風邪を直してまた出直すべきだろう。
雲長にそれを伝えて実行に移そうと思ったんだけど、意外なことに引き止められた。


「あちらの世界に戻っても、休めるのは一日程度だろう。
この世界ならば長く休んでいてもあちらの時間に影響はない。
だったらここでゆっくり風邪を治した方がお前の体の為にもなる」
「うん、まぁそれはそうなんだけど、でも・・・」
「玄兄や芙蓉姫もお前が突然帰ってしまったら残念がるぞ」
「・・・・・・、そっか。うん、じゃあお言葉に甘える」


寝台から一度起こした体を再び横たえて、は寝台の傍に立っている雲長を見上げた。
そのの額の上に、雲長が水で濡らした白い布をそっと載せる。
その冷たさが気持ちよくて、は少しの間目を閉じた。
それから再度、雲長に視線を向ける。


「ごめん、後、色々ありがとう、雲長。あ、もう仕事に戻った方がいいんじゃない?はゆっくり休ませて貰えるし、平気だから」
「・・・ああ、・・・お前が眠ったら出て行こう」


の額から手を離すとき、彼は同時に指先でさらりとの髪に触れた。
雲長がを見下ろす視線が余りにも柔らかく優しくて、
は照れ隠しにそれとなく目を閉じる。
熱が上がったのか、なんだか頭がぼんやりしていた。


「じゃあ、おやすみ。本当にありがと」
「ああ・・・」


短い返事の後に雲長がの寝台のすぐ横の椅子に腰掛ける気配がした。
本当にが寝るまで付き合ってくれるつもりらしい。
そのことを申し訳ないと思いつつも、喜んでしまう。
それからは目を閉じたまま、自然と眠りの淵に落ちていく感覚を待った。



◆◇◆



「・・・・・・」


薄っすらと意識が浮上し、真っ先に視界に入ったのは今はもう見慣れてしまった異世界の城の天井。
昼間とは違う明るさで満たされた室内に、既に日が落ちた後だと気付き、
は驚いて寝台から身を起こした。
その拍子に額から湿った白い布がずるりと落ちる。
それを慌てて片手で受け止めてた。


「?おい、どうした?急に慌てて体を起こして」
「え?う、雲長!?」


雲長は寝台の横にある椅子にが寝る前と変わらず座っていた。
思わず驚いて声を上げる。
が目覚める頃には、とっくに居なくなってると思っていたからだ。
まさかあのままずっとを看ていてくれたんだろうか。


「何を驚いている?」
「あ、だって・・・、あれからずっとここに居てくれたの?」
「いいや、少しやることがあったからな、何度か席を外している」


つまりそれ以外の時間はここに居たという事だろう。
それをハッキリ告げないのは、きっとを気遣ってくれてるからだ。
が雲長とこの部屋に来たのは昼過ぎ位だったが、今は恐らく既に夜に近い時間帯になってる。
そんな長い間ぶっ続けで眠っていた自分に驚きだ。
風邪で熱があったせいかもしれないけど、久しぶりに爆睡ってやつをしてしまったらしい。
だが、そんなことよりも雲長にの看病をさせてしまったことが申し訳ない。
そこではハッとした。


「あー、ねぇ、雲長。もしかしてもう宴始まってるんじゃない?」
「ああ、そうだな。もう少しすれば皆出来上がってくる頃かもしれない」


の問いに、雲長はいつも通りの口調でそう答えた。
もう少しすれば皆出来上がってくる頃と言うと、つまり宴が始まってそれなりに時間が経ってしまってるってことだ。
は元々宴に招かれてはいたけど、雲長と話す時間が欲しくて参加したかっただけの人間。
しかもこうして寝込んでしまってることも恐らく玄徳の耳に入ってるだろうし、
不参加でも特に何ということもないだろう。
(きっと後で心配して声をかけてくれるだろうとは思うけど)
だけど、雲長は違う。
今回の宴は祝い事のひとつじゃなくて、兵士達の功を称えたり、労いの意味を持っていたりするものだと聞いている。
だったら、雲長は間違いなく宴会場に居るべき人間の一人だろう。


「ごめん、・・・、あの、やっぱ帰るわ」
?どうしたんだ、突然」
「あ、体の方は大丈夫。おかげで熱も下がったし、体力も回復してるから。
でもがここに居ると雲長気になって宴に出られないでしょ。
看病してくれただけでも申し訳ないのに、これ以上迷惑掛けられないしさ」
「俺は迷惑だなどとは思っていない。
玄兄や翼徳にはこのことは言ってあるし、
宴には最初の内に顔を出しているから、お前が余計な気を回す必要はないんだ」
「・・・ありがとう。でもやっぱ出直すね。・・・雲長は気にせずに宴に戻って」


いい終えてすぐに、は目を閉じて小さく深呼吸する。
そして自分の部屋を頭の中に思い浮かべながら、首元にある祖母から贈られたネックレスの水晶にそっと触れた。
これがいつもが自分の世界に戻る時のやり方だ。
少しずつ、体が柔からかな光に包まれ、最終的に意識が弾け飛ぶような感覚と一緒にベッドで目を覚ます。


「待て!」
「っ!?」


けれどその途中、不意に雲長に肩を掴まれ、ビクリとしては再び瞼を上げた。


「え?雲長?」
「・・・すまない。だが、行くな。まだ、行かないでくれ」
「え?」
「お前は本当なら後数日はこの世界に、ここに滞在するつもりだったはずだ。
ならば・・・ここに居られる間はここに居てくれないか」


の肩を掴んでいる雲長の表情は酷く真剣で、
いつもの冷静な口調とは違う熱のこもった声音にどきりとした。
でもどうして彼がこんなにをここに引きとめようとしてくれるのかが分からない。
は少しの間雲長を見つめた後、水晶に触れたままだった指先をゆっくりと下ろした。
そのの仕草に、彼がホッとしたのが分かる。


「・・・、雲長は、のこと・・・避けてるのかと思ってた」


ボソリ。
呟いたに、雲長は僅かに頷いた。


「ああ・・・、そうだな」
「・・・何で?」


何でを避けてたの?
何でが帰るのを止めたの?

二つの意味を込めて、は短く問うた。
彼がを避けてることを肯定したことには、全く驚かない。
思ってた、と言うか殆ど確信していたから。
あからさまではないけど、何気ないように見せてから遠ざかろうとしてる。
避けられてる『かもしれない』と思い込むことで、少しでも傷つかずにいようとしてはみたものの、
本当はハッキリ気付いてた。
だけど、未だに理由が分からないままだ。


「俺達は余り近付きすぎるべきじゃないと思ったんだ」


彼に静かに告げられた一言で、の中の雲長との記憶のひとつがフラッシュバックする。


―――俺達は余り近付きすぎるべきじゃないのかもしれないな・・・。


以前彼が独り言のように口にした言葉。
それとほぼ同様の内容を、彼はまた口にした。
同時にいつもは殆ど動かさない彼の眉間が、苦しげに歪められる。


「俺は・・・夢に囚われた人間だ。お前とは違う。この世界と自分の世界を、自由に行き来できる・・・お前とは」
「うん、ちょう?」


今にも泣き出しそうな切羽詰った表情。
呻き声にも似たその口調に、の胸まで締め付けられるような苦しみを覚える。
今見える表情以上に、きっと彼は苦しんでいる。
理由は全く検討も付かないのに、何故かにはそれが分かった。
時折彼の瞳の奥に見えた底知れない悲しみや苦しみは、きっとそれが原因に違いない。
何を、背負ってるんだろうか。
この人に、こんな顔をさせてしまう程苦しい訳ってのは、一体どんなことなんだろうか。


夢に囚われた人間。


酷く抽象的な表現なのに、それが何を意味するのかも分からないのに、ずしりと胸が重くなる。


「俺はお前に惹かれている。そのことに気付いたから、俺はお前から離れようと決めた」
「っ!?」


思わぬ告白に瞳を見開くに、雲長は僅かに口元を歪めるようにして笑った。


「そうすることが、この先お互いの為になると思ったんだ。
上手く・・・やれると思ったんだがな。結局これだ・・・、お前が少しの間自分の世界に戻ると口にしただけで、
必死に繋ぎとめようとしている。無様だな」


言った雲長の手がの肩から頬へとうつる。
そして掌で撫ぜるようにそっとそれを動かした。
まるで壊れ物にでも触れうるみたいな仕草だ。


「どうして、達は、近付き過ぎちゃ駄目なの?」
「・・・・」


の問いに、再び彼の中の悲しみが大きく揺らめいた。
そこでやっとは悟る。
多分、この質問は今答えてもらおうとすべきものじゃない。
雲長は暫くの間躊躇うように視線を遠く揺らした後、深く溜息を吐いた。


「すまない、今はまだ・・・これ以上は言えない」


思っていた以上に傷付いた表情を見せた彼に、の胸の奥がぎゅうっと痛みを訴えた。
ああやっぱり。
駄目だ、今はまだ、無理に聞き出すなんてしちゃいけない。
はベッドの上で雲長と向き合う形で両膝を付き、そのまま左右の腕を伸ばして彼の背にそれを回した。


「うん、分かった。言いたくなったら、その時は教えて」
・・・」
「雲長がを避けるのを止めて、今まで通りで居てくれればいいや」


雲長の長い髪がの左の頬に柔らかく押し付けられる。
彼はの体に両腕を伸ばし、力を込めて抱きしめ返してくれた。
気のせいだろうか、雲長の体が小さく震えているような気がした。
彼の方がより年上で、いつもはどう見ても大人な男性であるのに、
今はまるで十代の少年のように頼りなく思える。
そう、まるで、彼がに縋り付いてきているような錯覚さえ覚えた。



「何?」
「お前は今、今まで通りで居て欲しいと言ったな」
「?うん」
「それは・・・少し無理かもしれない」
「え?どうして―――」


が驚いて彼の胸から顔を上げた瞬間。
狙ったように雲長の唇がの唇を塞ぐ。
同時に温かくやわらかな感触がする。


「こういうことだ」


唇同士を軽く触れ合わせたままの状態で、雲長は囁くようにそう口にした。
は思わずふっと体の力を抜き、笑みを浮かべる。
ああ、はこの人のことが本当に好きなんだと、その時妙に実感した。



ねぇ雲長、あなたの背負うものがどんなに重いものかも分からないくせに、
こんなことを思うのは無責任なのかもしれない。
全てを知る覚悟や、それを一緒に背負う覚悟が、今のにあるんだとハッキリ答えることも出来ない。
だけど、そうだとしても―――


は、あなたが好き。


この気持ちだけは、胸を張って口に出来る。


(了)



初・雲長夢執筆〜!いや、まぁこれから書くキャラは全部お初なんですが 笑。
雲長で切甘と言うリクでしたので、
敢えてまだ雲長が実は現代の人間と言う話は夢主は知らないってことにしてみました。
本当は芙蓉姫だけじゃなくて花も出そうとか思ってたんですけど、
そうするとまたもや長々となってしまうと断念。
ふと気付いたんですけど、この世界だと雲長の方が年上ですが、
現代に戻れたら夢主の方が年上になるんですよね。それもそれで美味しいかもしれない←
ではでは!雲長をご指名下さった姫様!少しでもお気に召して頂けると幸いです^^
ここまでお付き合い下さった姫様も有難うございます。失礼します〜