例えば歳が離れすぎてるとか、そもそも文字通り達は住む世界が違うとか、
そうじゃなくてもこの世界での身分の差とか、最初から達の恋にはツッコミ所は満載で、
どう考えても障害だらけとしか言いようがなかった。
障害がある方が燃えるなんてよく聞くけど、正直そんなレベルじゃない。
立ち向かうには余りにも壁の数は多くて、大きさも分厚さも半端ない。
だから仲謀が何となくに好意を抱き始めてくれてると気付いた時も、
卑怯なはそれに気付かない振りをして、ずっとずっと逃げ続けた。
本当はその気持ちが嬉しくて仕方なかったのに、鈍感を装って、だけど心のどこかでいつも、
仲謀の想いがから離れていかないで欲しいと願っていた。
もしもう少し仲謀と年齢が近ければ、も今よりは何も考えずに、
異世界の『王子様』との恋物語に浸っていられただろうか。
でも結局はそんなことは関係ないのだ。
自分の世界に戻ってからもあれこれと思い悩んでいたはずなのに、
仲謀に「好きだ」と告白された後、最終的にはその手を取ると決めた。
流石に王子様とのロマンスに溺れるまでには至ってないけど、
結局は年齢がどうのなんて関係なく、彼を好きだという自分の気持に抗えなかった訳だ。
恐らく、この恋を長く続けようと思えば、
自分が想像しているよりもずっと、痛い思いをしなくちゃならないだろう。
そしてその痛みを受けるのは、だけじゃ済まされない。
寧ろ孫家の当主と言う立場にある仲謀の方がより大きなダメージを受ける可能性は十分あった。
やっぱりは、彼の手を取るべきじゃなかったのかもしれない。
ふと、そんな気持ちに囚われることがある。
仲謀を好きになったことを後悔してるんじゃない。
彼の気持ちを受け入れたことも、後悔したくなんかない。
は仲謀が好きだ。
その気持ちは確かだし、彼と顔を合わすたびに想いが大きくなってると実感する。
だけどその一方で、不安だったのも事実だ。
この世界で生身の体で滞在出来るようになって、
仲謀の『当主』と言う立場がいかに大きく重要なものなのかが本当の意味で分かってきていたから。
昔の日本がそうだったように、三国志時代の身分の高い人間の婚姻がどれほどの意味を持ち、
その国や周囲の人間にどれほど影響を与えるのかも、薄々だが理解できた。
自身が仲謀との結婚を考えてるとか、そう言う話じゃなくて、
彼に親しい相手が出来た場合、周りの人々が当主としての彼が妻を娶ると言う意味について考えるのは必然なんだと思う。
にとって仲謀は仲謀でしかないけど、この国の人たちにとってはそれだけじゃ済まされない。
生身の体で彼の隣に立つ度、は少しずつそれを思い知らされていた。
実体化してこの城に滞在してる時だけじゃなく、あの半透明の姿で城内をうろついている時も、
実は何度かそれに関係する話を耳にしてしまったことがある。
数人の武将が集まって話していた話題の中心は仲謀についてだった。
最初は最近の彼は以前に比べて落ち着きを身に付け始めているというもので、
は何となく話の続きが気になってその場に留まっていた。
そして彼らの話題は自然とが彼と一緒に居るのをよく目にするって話に移り、
その武将の中の一人が言ったのだ。
「尚香様のご友人と言えども、仲謀様はまさかあの娘を正室に迎えるつもりではなかろうな」と。
その瞬間に、なんだか後頭部をがーんと誰かにぶん殴られたような感覚がを襲った。
あの時はまだ今よりも仲謀と想いを通わせて間もない頃だったから、
そんな話が出たことにも驚いたけど、仲謀の身分を考えれば当然のことなのかもしれないと納得もしていた。
でもそんなことよりも、は明らかに彼の相手に相応しくないと口にされたことが、
ただただショックだった。
いや、実際にそうなんだろう。
仲謀ほどの身分の人ならば、本来それ相応の相手が選ばれておかしくないんだから。
半透明の時に耳にしたのはこう言った仲謀の身分故の婚姻話だけじゃなくて、
彼自身の人気からくるものもあった。
仲謀は態度もデカイし生意気だし口も悪い。
だけど見ての通り、綺麗な金髪に整った容姿をしてるからそれだけでも十分目立つし、女性からの人気も相当なもんだった。
城内でもすれ違う侍女や女達が彼を目で追ってるのなんか珍しくもないし、
町に出れば面白い位に分かりやすく女の子達にきゃーきゃーと騒がれてる。
仲謀もそう言った彼女達の反応には慣れっこらしく、平然としてたけど。
つまりまぁ、自分が騒がれるのはある程度当然と言う自覚があるって事だろう。
悔しいことに実際その通りなのだ。
もしも仲謀が当主なんて立場に居なければ、
きっともっと気軽に彼に声を掛けたいと思ってる女の子なんて山ほどいるだろう。
いや、今だって十分声を掛けられまくってる。
とは言え、彼女達にとっては、格好イイ上に若き当主様と言う部分も魅力のひとつだとも思う。
そんな仲謀の隣に居れば、嫌でもの存在が彼女達の目に留まるのは当然で、
城内で働いている人間なら特にそうだろう。
憧れの若くて格好イイ当主様の隣に居るどう見ても彼より年上の、
特にコレといって目立つ特徴もない平凡な。
つまりそう言うことなんである。
しかもは大喬や小喬のように昔から馴染みのある人間でも何でもなく、
ある日突然やって来て、みたいなところが大いにあった。
だからこそ、彼女達はまた納得できなかったんだと思う。
「仲謀様といつも一緒に居るけど、どう考えてもあの方と釣り合うとは思えないわ」
以前までのなら、
人気者の仲謀の隣に居る自分に嫉妬する彼女達の気持ちを、
仕方ないなと受け流す事位は出来たかもしれない。
でも今のには、それを平気で受け止めることが出来なくなってた。
後ろ向きな考えばかりが頭の中をどんどん侵食していく。
どの角度から見ても、色々な意味では仲謀と釣り合わない。
と一緒に居ることは、仲謀にとって本当に幸せなんだろうか。
好きだけど、好きだからこそ、もっと冷静に周囲を見つめて決断をすべきだったんじゃないだろうか。
そんなことを考えてる内に、気付けば仲謀と全く顔を合わせないままこの三国志世界では約3週間が過ぎていた。
一応は三日置きに様子を見る形でこっちの世界に来てはいたんだけど、
その場合実体化せずに半透明の姿で以前みたいに誰にも知られずに城内をうろついていた。
そう、そして同時に極力の姿が見える人たちに出くわさない様に気を付けていたのだ。
本当は誰かに相談しようかとも考えたんだけど、結局それも怖くて出来なかった。
でもこのままいきなり仲謀から離れるなんて、理由を全く知らない彼からしてみれば酷い話だろうし、
きっと傷付けてしまうに違いない。
だから直接会って話をすべきだとも思ってた。
そのくせ仲謀に会ってしまえばこの話を切り出さなきゃならないんだと思うと、
やり切れない気持ちになって結局毎回後ろ向き思考の嵐に襲われて仲謀に顔も見せずに自分の世界に戻るループ。
その間に城内の人たちが最近どんどん仲謀様のご機嫌が悪くなっていくというような話を耳にするようになり、
とうとうあの公瑾もそのことが原因でかなり困ってるってとこまできてるらしかった。
その原因がにあるとハッキリ言える訳じゃないけど、全くないとも思えない。
いい加減、覚悟を決めるべきなんだと自分に言い聞かせて、
それでも逃げ腰になりそうな自分自身をは必死に抑え込む。
どっちにしろ、逃げ続ける訳にはいかない問題だ。
―――――どんなに怖くても不安でも、腹を括るしかない。
「はぁー・・・」
一人、盛大に溜息を吐いては天井を仰ぐ。
は今、仲謀の部屋に居る。
因みにここに入る直前までは実体のない半透明の姿で誰に見咎められることもなく壁を通り抜ける形で入り込んだ。
ここで誰にも知られず彼を待ち伏せして例の話をするつもりだ。
心の準備をする為に、敢えて仲謀が不在の時間を選んだんだけど、
は既に今すぐこの場から逃げ出したい気分だった。
今日、あの話をしたら、もう二度とここには来られないかもしれない。
もう二度と、仲謀と会えなくなってしまうかもしれない。
ずっと以前のとは違ってこの世界に来なくなる事はそう難しいことじゃない。
ベッドに入って眠るだけで強制的に無意識にここに現れてた頃とはもう違う。
今のにはここに来るか来ないかを選ぶことが出来るから。
この世界に足を踏み入れない。
それはとても簡単なことだけど、同時ににとっては酷く難しいことでもあった。
思わず眉間にしわが寄り、泣き出したい気分が一気に膨れ上がる。
だけど、それでも、やっぱりは仲謀にこのことを話さなきゃいけない。
の気持ちがまたしてもマイナス思考の嵐に襲われそうになった時、
部屋の外の廊下から人の気配がした。
はハッとして室の出入り口に視線を向ける。
それとほぼ同時にゆっくりと扉が開いた。
この部屋の主が戻ってきたのだ。
ドクンッ。
分かりやすくの心拍数が跳ね上がる。
扉を開けてゆっくり顔を上げた仲謀は、の姿を視界で捕らえてほんの一瞬驚いたように瞳を見開いていた。
「な、なんっ・・・お前・・・!」
彼は数秒の間動きを停止した後、慌てた様子で扉を閉めた。
幸い他に誰か一緒だったって訳じゃなかったらしい。
「ひ、久しぶり・・・」
は何と言っていいやら咄嗟に言葉が浮かばなくて、
思わず引きつり笑顔でそう口にしていた。
仲謀は今にもに掴みかかってくるんじゃないかって剣幕で足早にに近付いてくる。
は無意識に二、三歩後ずさった。
「逃げんな!!!つーか久しぶりじゃねぇよ!!このバカ女!!」
「わっ!」
両腕を凄い勢いで掴まれ、怒鳴られる。
案の定な反応ではあるけど、やっぱり仲謀は相当ご立腹のようだ。
気のせいじゃなければ額に青筋が立ってるようにさえ見えた。
だけど前に尚香が仲謀が本当に怒った場合は、いつもよりずっと冷静に見えるから、
怒鳴っている間は平気だと話していた。
と言うことは、怒り自体はそう大きなものじゃないのかもしれない。
とは言え、勿論腹を立ててることには変わりないだろうけど。
「ご、ごめん、ホント」
「ごめんで済むか!突然何の連絡もなしにぶっつり姿見せなくなりやがって!
俺がこの一月近く、どんな気持ちで居たのかなんてお前全っ然分かってねぇだろうが!!」
が男だったらぶん殴られてたかもしれない。
そう思うくらいの勢いで仲謀は怒鳴り声を上げた。
これはやっぱりどう見ても普通に怒っている。
だけど、仲謀言うことは最もで、悪いのは全面的になのだ。
「仲謀、本当にごめん。、今回はその理由を話したくて」
「当たり前だ!この俺様をここまで焦らせやがって・・・」
ふ、と、そこでの両腕を掴んでいた仲謀の手が一瞬離れる。
そして次の瞬間にはその手はの背中に回されていた。
「くそ、マジでふざけんな」
「仲謀・・・」
を抱きしめている仲謀の両手に力が込められる。
さっきより抑え気味の声で口にされた言葉はいつも通り乱暴だけど、
その口調は心底安堵してるようだった。
そのことが申し訳なくて仕方ない。
がここに姿を見せない間仲謀がどれだけ不安だったのかがそれだけで十分理解できた。
だけどはこれからもっと彼を傷つけるような事を口にしなくちゃならない。
こくりと小さく喉を鳴らして唾を飲む。
体が緊張して、さっきよりも一層どくどくと心臓が早鐘を打ち始めた。
この話を口にしたら、今の体を抱きしめてるこの力強い腕も、
やわからな温かさも全部失うかもしれないのだ。
「・・・?」
両腕からの体が強張ったのが伝わったのか、仲謀が怪訝そうにの名前を呼ぶ。
彼がの顔を覗き込んだのと同時、
はゆっくり彼の腕から少しだけ離れると、その瞳を見上げた。
「・・・あのね・・・、がここにずっと顔見せなかったのはさ、
仲謀と距離を置いた方がいいのかもしれないと思ったからなんだ。
・・・・・・、と仲謀は、一緒に居ないほうがいいかもしれないと、思って・・・・・・」
喉の奥に何か大きな塊でも詰まってるみたいに息苦しい。
久しぶりに仲謀の姿を見られたのに、久しぶりにこうして彼に抱きしめられてるのに、
本当は、こんなこと口にしたくなんかない。
仲謀は少しの間の言っていることが理解できないように呆然とした表情を浮かべていた。
「・・・・・・、は?おま、え・・・何言ってるんだ?」
「は、仲謀に相応しくないから・・・。元々、この世界の人間じゃないし、」
「おい・・・」
「いつも一緒に居られる保証もないし、特別美人って訳でもない、」
「おい・・・」
「この世界での身分も、ないし、だから――「だから、何だよ?」
そこで仲謀はの言葉を遮るように、そう言った。
さっきみたいに怒鳴ってる訳じゃない。
だけど、必死に押さえ込んだ怒りが滲んでるのが分かるような声音だった。
実際、仲謀の表情は驚くほど険しい。
「いきなり何の連絡もなしに一月近くも姿消して、ようやく顔見せたと思ったらそんな理由かよ」
「そんなじゃない。大事なことでしょ」
「ふざけんなよ、。そんな理由で、勝手に俺から離れていこうとしてたってのか?
この世界の人間じゃない?特別美人じゃねぇって?この世界の身分もないだと?
んなこた最初から全部分かってんだよ」
「っ、仲謀・・・」
「俺が、軽々しくお前に気持ち伝えたと思ってんのか?元々幽霊みたいな存在だった女に、
好きだ傍に居ろって言うのに何も考えてねぇと思ってたのかよ?」
仲謀の手はいつの間にか背中から再びの両腕に移動していて、
まるでを拘束するように強く掴んでいた。
その指先や腕が、小刻みに震えているのが分かる。
彼の瞳は、から逸らされることなくを捕らえていた。
「散々人のこと少年だ生意気だってガキ扱いして、
やっと俺の気持ちに応えたと思ったら今度は一緒に居ないほうがいいとか、
お前俺をどんだけ馬鹿にしてんだ」
「・・・つ、仲・・・」
の両腕を掴んだ仲謀の指が肌に食い込む。
さっきの力強くてそれでも優しい抱擁とは違う。
分かってる。
は仲謀を傷つけた。
こうなると分かってて、それでも言わなくちゃいけないと思ったから。
言葉はを責めてるのに、彼の表情は今にも泣き出してしまいそうで、
それが辛くては視線を逸らしてしまった。
だって、本当は仲謀と一緒に居たい。
今はずっと一緒に居られなくても、生身の体で居られる時間がどんどん増えてってたのは確実だし、
この先それを更に伸ばせる可能性は十分ある。
出来るなら、その可能性ってやつを信じて一緒に居たい。
「」
の名前を呼んだ仲謀の手から、力が抜ける。
彼は片手で少しだけ荒っぽくグイとの顎を掴んで視線を自分に戻した。
いつもなら照れ臭さが先に来て絶対にしないような仕草だ。
だけど、今は多分、そんなことを考えている余裕がないんだと思う。
そしてそれは、も同じだった。
「誰に何言われたのか知らねぇけど、俺から離れるなんて俺は許さねぇからな」
「・・・え?」
仲謀のその台詞に、は思わず瞳を見開く。
もしかして彼は、気付いてるんだろうか。
がどうして突然こんなことを言い出したのか。
がどうして突然こんな真似をしたのか。
仲謀には今までと仲謀に関して城内の人たちが噂してた内容はひとつも話してない。
それでも、彼はの態度からそれを悟ってくれたのか。
の瞳をじっと見下ろしたまま、仲謀は真剣な表情を浮かべて更に続けた。
「周りの言うことがそんなに気になるなら、この俺様が黙らせてやる」
「な、・・」
「今すぐにってのは無理でも、俺にはお前じゃなきゃ駄目なんだって事を、この俺様が証明してやる」
「・・・・ちゅ、仲謀・・・・・」
まさか、そんな風に、そこまで言ってくれるなんて思ってなくて、
は殆ど呆然と彼を見上げていた。
仲謀がを好きだと言った気持ちを軽く見てた訳じゃない。
その想いが真剣だったことも分かってたつもりだった。
だけど、が思ってたよりもずっと、彼は以上に色々考えていてくれたんだ。
「周りのヤツらが何と言おうが関係ない。俺が一緒に居る相手は、自分で決める!
だからお前も、下らねぇことばっかり気にしてないで、不安なら不安だってちゃんと俺に言え。
いきなり姿消して、俺から逃げたりするな!」
「・・・っ」
ああ。
ああそうだ。
仲謀の言うとおり、本当にその通りだと思う。
は、逃げようとしてた。
のせいで仲謀がとか、は仲謀に相応しくないとか、
そう思ったのも確かに嘘じゃないけど、達の噂を口にする彼らの姿を目にして、
この先起こるだろう問題やその痛みを勝手に予想して、そうなる前に逃げ出そうとしてた。
のせいで生まれた痛みや問題を抱える仲謀を見て、自分自身が傷付くことになるのが分かってたから。
仲謀の為に彼から離れる、なんて本当は嘘だ。
結局は、自分のことしか考えてなかった。
ただ、逃げ出そうとしてた。
よりによって、その全部を覚悟して、受け止めようとしてた仲謀からさえも。
「・・・・・・、ごめん・・・仲謀。もう二度と急に距離置こうとしたりしないから」
「当たり前だ」
が連絡を断ってしまえば、仲謀からに連絡を取る術はなくなる。
が姿を消したこの約一月、彼は一体どんな気持ちでを待っていてくれたんだろう。
何の前触れもなく一方的に姿を消されることがどんなに辛いか、もっと本当にきちんと考えるべきだった。
達はただの遠距離恋愛なんかとはレベルが違う。
お互い了承した上で会わないのならまだしも、あんな形で自分の気持を優先させてしまったことを、
は激しく後悔した。
「うん・・・」
泣き出しそうになるのを必死で堪え、は自分から両腕を伸ばして仲謀にしがみ付いた。
なんだかこれじゃあどっちが年上なんだか分からない。
全くホントにガキは一体どっちだろう。
「おい、。泣いてんのか?」
「泣いてない・・・。ただ、・・・仲謀が格好良くてビックリした」
「は、何だよそれは。俺様が格好イイのなんか当然だろうが。今更気付くんじゃねぇよ」
ばーか。
を抱きしめ返した仲謀がどこかぶっきらぼうにそう言った。
拗ねてる訳じゃなくて、単に照れくささを隠す為だろう。
その口調や態度で、彼がを許してくれたんだと分かる。
それがまた嬉しくて、同時に物凄く申し訳なくて、は仲謀の胸にぎゅっと顔を埋めた。
それに応えるようにを抱きしめ返してくれた彼は、
不意にまた少し不機嫌な口調で口を開く。
「、俺様にこれだけ心配させたんだから、せめてお前は俺の機嫌を直す位の事してみろよな」
「え?」
「え?じゃねぇよ。俺が今どうしたら機嫌直すか考えろ」
「・・・今日から出来る限りここに滞在させて貰う、実体で」
少しの間考えて、はそう返事をした。
これだと仲謀の機嫌をとると言うよりがいい思いをするだけみたいな感じになるかもしれないけど。
顔を上げて仲謀を見上げると、殆どすぐ傍でを見下ろしていた彼はフンと小さく鼻を鳴らした。
「そんなのは当然だろうが!俺様が言ってんのは、今すぐって意味だよ。
お前が今すぐ出来ることで、俺の機嫌を直してみろ」
ほんの少しから視線を逸らした仲謀は、顔を赤くしながら再び不機嫌な口調でそう返事をする。
この様子からして、彼はのことをもう本当の意味で許してくれてるし、
多分本当は機嫌だってとっくに直っている。
それでも『それ』を要求してくる意味をは考えた。
それから再度、仲謀の表情を見る。
どくりどくりと乱れた鼓動を刻むお互いの心音。
それはこの部屋に来た時の緊張と重みを感じるものとは全く違う質のものだ。
体温が少しずつだけど上昇してるのも分かった。
「・・・おい、さっさと――――」
仲謀が更にに言葉を続けたところで、は軽く背伸びをした。
そして、彼の唇を塞ぐ形で自分の唇を押し付ける。
開いたままだった仲謀の口から、舌を差し入れるようにして。
「っ」
ほんの一瞬仲謀が驚いたようにピクリと反応したのが分かったけれど、
彼はすぐにに応えて舌を絡め合わせて、を抱きしめる腕に一層力を込めた。
お互いの吐息が混じりあい、柔らかな唇と濡れた舌の弾力を感じる。
は絡めた舌を強弱をつけて吸い上げ、それに合わせて首の角度を変えた。
「・・・は、・・・」
「・・・ん」
お互いの唇から微かに吐息が漏れる。
それが甘くの鼓膜をくすぐり、久しぶりに仲謀と触れ合ってるって喜びが心から実感できた。
やがて二人分の唾液が口内を満たし、ちゅくりくちゅりと粘着質な水音が聞こえ始めた頃、
はゆっくり仲謀から唇を離した。
それでも、お互いの顔は至近距離にあるままだ。
「・・・その・・・、機嫌、直してくれた?」
「・・・まだだ、こんなんじゃ、足りねぇに決まってんだろ」
言って、仲謀はのわき腹を撫でるように掌を這わせ、
パジャマの下からその手を入り込ませ、直に肌に触れてくる。
彼の手は妙に熱を持ってるみたいに感じた。
「明日はちゃんと俺が贈った着物を着ろよな・・・」
「うん」
頷いたの首筋に唇を押し当て、彼は片手での胸を持上げるようにして揉みしだく。
それだけであっという間に自分の呼吸が乱れ、体温が一層上昇するのが分かった。
一ヶ月ぶりに感じる彼の体温や指や腕の感触に本気で泣きそうになる。
その仕草はいつもより性急なのに、
それでも優しくあろうと必死に押し留めてるのが分かるから、尚更だ。
彼の指がの胸の先端を転がしたと同時に無意識に体がびくりと震えた。
仲謀は舌をの首筋から鎖骨に移動させながら、
微かに乱れた呼吸と一緒に熱を滲ませた口調で言った。
「は・・・っ、悪い・・・今日は、いつもよりもっと加減できる自信ねぇ・・・」
「・・・平気。も一緒だから」
「馬鹿か、お前。・・・そういうこと言っちまうと、本当に知らねぇぞ・・・」
「はは、だってほら・・・機嫌、取らなきゃでしょ」
「・・・そんなもん、とっくに直ってるんだよ」
言いざま、の太ももを割る形で仲謀が下半身をに押し付け、
同時に唇に噛み付いてきた。
さっきキスした時よりもずっと熱い彼の吐息がの喉奥までを一気に満たす。
仲謀の声も、体温も、舌や指の感触も、なにひとつ逃したくなくて、は必死で彼にしがみ付いた。
「一月分取り戻すつもりで居るから、覚悟しろよ」
恋愛ドラマや少女マンガで、よく「離さない」「離れたくない」ってやり取りを見るけど、
あの言葉がどんな重みを持つのか、今やっと判った気がする。
周りの目を気にしなくちゃならない立場の人が相手なのは確かだけれど、
それに振り回されすぎて大事なことを見失ってた。
こんなにを思ってくれてる一番特別な人の気持ちをきちんと考えずに、
逃げ場所ばかり見つけようとしてた。
仲謀がを想ってくれてるから、はそのことに気付けた。
彼がを求めてくれる限り、はこの世界で彼と一緒に居ることを諦めない。
もう諦めたりなんか、しない―――
(了)