「はい?」
「だから、あなたと子龍が恋人同士になったらしいって噂が流れているのよ。
最近よく一緒に居ることが多いからだろうけど、実際はどうなの?」
芙蓉姫の予想外も予想外の質問に思わずは数秒の間、
ぽかんと彼女を見つめ返してしまった。
そして頭の中でもう一度、彼女が今口にしたばかりの内容を繰り返す。
そこでようやくはいやいやいや、と首を横に振って返事をした。
「ないない。だってと子龍だし、いいとこ姉弟位じゃない?
まぁ、仲がいいって風に見られるのは嬉しいけどさ」
「・・・そうね、私も恋人同士にはなっていないだろうとは思っていたけど、
あなたの気持ちとしてはどうなのよ?」
「え?いや、だから年齢離れてるし」
「やけに年齢に拘るわね。何よ、年下は無理なの?」
芙蓉姫はの表情をじっと伺いつつ、手元の団子を口に運んだ。
性格はさっぱりしてて男前な部分もある彼女だが、さすがお嬢様育ちだ、
物を食べる仕草はそれが例え団子であっても品がある。
は湯飲みのお茶を一口啜ると、ふぅと小さく息を吐き出した。
芙蓉姫は何処かじれったそうにの答えを待っている。
「いや、無理という訳じゃ・・・」
「何よ、ハッキリしないわねぇ。じゃあこの際年齢の事は置いておいて、
子龍のことはどう思ってるの?恋愛対象としては見られない?」
ううーん、と、はそこで眉間にしわを寄せて考えた。
違う。
実は、考えるフリをした。
正直に言えば、それは今まで考えないようにしてたことだからだ。
確かに子龍とは以前に比べれば格段に親しくなれたと思う。
身体を実体化出来るようになって、この城に今のように数日間滞在出来るまでになった今、
彼の仕事の休憩や休日に一緒に過ごすことが多いのも事実。
そんな中、子龍のことを男として意識したことがなかったと言えば嘘になる。
だけどこの気持ちに恋という名前をつけるのにはどうしても躊躇いがあった。
彼とは、多分今のままの状態が一番丁度いい。
達はの世界だと下手したら犯罪になりそうなギリギリの線の年齢だ。
それも引っかかってるのかもしれない。
この世界だと身分の高い人間からみれば特に、はいい年こいて結婚出来てない、
つまり行き遅れてる位置の人間だろう。
そう言う意味でも、やっぱり年齢差には拘ってしまう。
「?」
「あ、ごめん。その、まぁ、今の所子龍を恋愛対象って風には見てない」
「そう、それは残念だわ。実はあの朴念仁も年上のあなた相手なら安心だって思ってたのよね。
子龍って雲長とはまた違う意味で表情変わらないじゃない?
でもあなたの前じゃ結構デレーっとしてるから、あなたさえその気ならいけると思ってたのに」
「・・・いやいやいや、それこそないない」
は微かに苦笑を漏らして芙蓉姫の言葉を否定する。
子龍はある意味でを慕ってはくれてるみたいだけど、それが恋愛に通じるものだとは思えない。
まぁ、それ以前に彼は恋愛感情と言うものに未だに興味がないように見えるというか、
あの年頃にしては珍しくその手のことに全く意識が向かないようだ。
それもまた子龍だからなと思ってしまう。
の反応を見た芙蓉姫は、何故か呆れた様子で溜息を吐いた。
「子龍にあんな顔をさせておいて、よく言うわよ」
◇◆◇
芙蓉姫に子龍との仲について質問されて約1週間後。
はふよふよと半透明の姿で城内を漂っていた。
実体化出来ない訳じゃないけど、あれはあれで起きた時の疲労指数が結構なものなのと、
久しぶりに誰にも邪魔されずに城内をうろついてみたくなったからだ。
とは言え、明日は仕事が休みだから夜になったらまた生身の体になろうとは思ってるんだけど。
「いえ、ですが―――」
「・・・?」
廊下を歩くと言うより壁を通り抜け続けて進んでいるその途中、不意に聞き慣れた声がの耳に届いた。
どうやら子龍が誰かと会話してるようだ。
何気なく声のする方向へ進んでいくと、思ったとおり、
子龍と、そしてその向かいにすらりとした体系の彼と同世代位の綺麗な少女が立っていた。
「明日はお休みなのでしょう?ご予定も特にないと仰いましたよね?」
「ええ、まぁ・・・」
「だったら問題ない、ね?」
「・・・・・・」
途中から聞いているからよく分からないが、どうやら少女の方が子龍に何かお願い事をしてるらしい。
彼は少々戸惑っているようだった。
そんなに難しいことでも頼まれているんだろうか。
子龍はがここに居ることにはまだ気付いてない。
少女にの姿が見える心配はないから、もう少し近付いてみることにした。
立ち聞きなんて悪趣味だと分かってるけど、どうしても気になってしまう。
は取り合えず子龍の死角になる位置まで移動し、
半分壁から体を乗り出すような形で二人の会話に耳を傾けた。
「やはり私が貴女と町までご一緒する必要が理解できません」
「私が子龍殿と一緒に居たいからです」
「私と?失礼ですが、私と貴女はまだお会いして2回ほどだと記憶しています。
それがどうして突然そのようなことに」
「一目惚れに回数なんて関係ないもの。私は子龍殿のことがもっと知りたいのです」
「ひと!?・・・っ」
ハッキリとそう口にした彼女の言葉に、は思わず声を上げそうになって慌てて口元を抑えた。
の声は美少女には届かないだろうが、子龍の耳には聞こえてしまう。
ここに居ることがバレるのはさすがにマズい。
と言うか、もでこれ以上は本当に立ち聞きしていい内容じゃないのも分かったんだから、
さっさとここから離れるべきだ。
分かってる。
分かってるけど、どうしてもその場から立ち去ることを考えられない。
「子龍殿」
彼の名前を呼んだ少女が白くて女の子らしい手を伸ばし、彼の腕を控えめにそっと掴んだ。
どくり。
それと同時に胸の奥からの心臓が凄い勢いで脈打つのが聞こえた。
二人の会話を耳にし始めてから、薄っすらと広がり始めた黒い靄が、
いきなり一気に心の中を塗りつぶしたような気分だ。
はそこでようやく彼らから視線を逸らした。
子龍の傍に立っている彼女は彼と並んでも見劣りしないほど綺麗で、『可憐』と言う表現がピッタリの、
年齢も身長も釣り合った美少女だ。
その彼女が子龍に一目惚れしたと言ってる。
彼はその手のことに驚くほど疎いと言うか興味を示さないタイプだが、
それでも好意を寄せられることに悪い気はしないだろう。
「・・・・・・・・・・」
知ってる。
この真っ黒で汚い嫌な感情の名前を、は知ってる。
これ以上は、ここに居るべきじゃない。
はそこで壁からすり抜け、廊下へ出た。
結局子龍が彼女に何と返事をしたかまでは聞いてない。
聞ける訳がなかった。
不意にそこで、以前芙蓉姫がと子龍の関係について質問して来た時のことを思い出す。
―――今の所子龍を恋愛対象って風には見てない。
今の彼との関係を保つべきだと考えて、恋愛感情に目を向けないことに決めて出した答え。
その気持ちに、嘘はない。
だけど、どうだろう、このどろっとした感情は。
これのどこが、『恋愛対象としてみてない』と言えるんだろう。
は思わず口元を歪めて笑っていた。
◇◆◇
「今回は滞在しない?
ですが芙蓉姫からは殿は今日から数日は出来る限りこちらで過ごすと聞き及んでおりますが」
「え?あ、あーうん、そのつもりだったんだけど・・・」
しまったな、と内心思いつつ、は咄嗟に言い訳になるような理由がないかと必死に考えた。
本当は子龍と顔を合わせる前に元の世界に戻ろうと思ってたんだけど、
玄徳に挨拶に来た時に丁度彼が姿を見せてしまったのだった。
そしてその流れで玄徳の部屋を後にしてからもこうして一緒に居る。
「何か特別な用事でも出来たのですか?」
「ううん、そうじゃなくて」
いかん、全く何も思いつかない。
しかも素直に特に何も無いことまで白状してしまった。
とは言え、ここで用事があると言ったところで、
こっちの世界での時間経過はの世界に影響しないことは彼にも話してあるから、
そこを突っ込まれたらどうにもならないんだけど。
「では何故?」
「・・・、・・・し、子龍こそ、その・・・特別な用事が出来てるんじゃないの?」
何の言い訳も思いつかなかった挙句、は思わず子龍に逆に質問し返していた。
がこの世界での滞在を急に取りやめた原因。
それは昼間見た彼とあの美少女のやり取りにある。
今も抱えてる胸の奥のもやもやとした嫌な気分。
このまま子龍と一緒に居てもきっとは余計なことしか考えられない。
そう思って一旦頭を冷やす為にも少し彼と距離を置いたほうがいいのかもしれないと思ってた。
そう、思ってたのに。
「?私に特別な用事・・・ですか?いえ、私は何も」
「・・・明日の休みとか・・・」
結局こんな風に探りを入れるみたいな質問をしてる自分が嫌だ。
こういうことを口にしたくなくて彼と顔を合わせる前に戻ろうと思ってたのに。
「私は――「子龍殿!」
そこで突然達の背後から聞き慣れない少女の声が彼の名前を呼んだ。
と子龍はと咄嗟に足を止め、振り返る。
そして達の視線の先にこっちに向かって走ってくる少女の姿を捕らえ、
瞬間的にの体が強張った。
あのコだ。
昼間、子龍に告白をしていたあの美少女。
子龍も予想外のことだったらしく、驚いた様子で訊ねた。
「あなたは・・・、どうされたのですか?」
「良かった!父が帰る時刻なのでそろそろ私も戻らねばならないのですけど、
その前にどうしても子龍殿に会いたくて。・・・あ、すみません、急に」
彼女は子龍の隣に居るにも軽く頭を下げ、それから再び彼に視線を戻した。
間近で見ると綺麗な子だと言うのが益々良く分かる。
華美過ぎない品のある着こなしに、
薄っすらとしたメイクは彼女の大きな目元やぷっくりした唇を上手く魅力的に見せてる。
「・・・子龍、先に行くね。・・・じゃあ、失礼します」
「?殿?お待ちください、私はまだ」
子龍がに何かを言いかけていたけど、はそれに構わず足早にその場を離れた。
子龍は悪くない。
分かってる。
あのコだってそうだ、悪くなんかない。
彼女は自分の想いに正直に告白しただけなんだから。
嫌だ。
嫌だ。
心の中に、真っ黒な墨が広がってくのが分かる。
昼間と同じだ。
ううん、違う。
昼間よりももっと酷い。
真っ黒で醜くて汚い。
あの二人は何にも悪くないのに、大人気なく彼らを責めてるが居る。
今の関係を維持しようなんてこれでよく言えたものだ。
本当はいつだって子龍のことを『男』として意識してたくせに、
歳が離れてるからとか下らない理由を付けて先に踏み込まないようにしてた。
その下らない理由で彼から拒絶されるのが怖かったから。
「・・・ここら辺でいいかな・・・」
周囲に人気のない場所まで来て、はそう独り言を口にした。
取り合えず今回はやっぱり一旦自分の世界に戻ろう。
次にいつここに来るかなんて今は考えられないけど、とにかく一度頭を冷やすべきだ。
はいつものように胸元の水晶にそっと手を触れ、小さく深呼吸を何度か繰り返した。
そして頭の中にの帰る部屋を思い浮かべる。
やがて温かくやわらかな光がを包み込み始めた。
この光が大きくなり、最終的に意識が弾け飛んだ後には自分のベッドで目を覚ますことになるのだ。
そして光が徐々に範囲を増し、後一歩での体がこの世界から飛び立とうとする、その直前。
「っ!?殿!!殿!!お待ちください!!」
「え?わぁっ!?」
唐突に腕を強く掴まれ、強引にまた意識をこの場に引き戻された。
急激に光が弱まり、水晶に吸い込まれていく。
は数秒の間ぽかんとして、それからの腕を掴んだままの子龍を見た。
彼は酷く呼吸を乱して額に汗をかいている。
ビックリした。
子龍は毎朝武芸の稽古に励んでいて、その容姿に似合わず相当体力がついてることを知ってるから。
その彼が今、両肩で軽く息をしているのだ。
「し、子龍?」
「・・・間に合って良かった・・・」
彼はそこでゆっくり息を整えてから、と向き合った。
子龍の視線が真っ直ぐにを捕らえる。
「ど、どうしたの?」
「それはこちらの台詞です。あなたは帰る理由がないと言っていたはずなのに、
私の質問に答えてくれようとしなかったばかりか、突然私から離れて帰ろうとした。
どうしてですか?」
「・・・いや、あの・・・あのコ、あの女の子と話しをするみたいだったし、
が居たら邪魔だろうと思ってさ」
嫌な言い方だ。
全く大人気ない。
自分で自分にげんなりしつつ、は思わず子龍から視線を逸らして俯いた。
「彼女との話はもう終わりました。それに、あの場にあなたが居たとしても、
邪魔などと思うはずがありません」
「・・・・・・、子龍さ、明日、あのコと町に行く約束したの?」
「え?何故その話しを」
「・・・・・ごめん、実は今日の昼間に実体化してないままふらふらしてて、その時に・・・」
もう何か色々と泣きたい気分だ。
勝手に立ち聞きして勝手に嫉妬して逃げ出して。
そのくせ子龍がこうして追いかけてきてくれたことを喜んでる。
本当に我ながら面倒くさくて嫌な女。
「そうだったのですか」
「本当にごめん」
「そうですね、立ち聞きと言うのは余り感心できませんが、
あなたは今こうして謝罪して下さっているのですから、これ以上気にしないで下さい」
そこで一呼吸ついた子龍は、一歩、に近付いた。
「あの方の申し出はお断りました」
「え?けど・・・」
「先ほどは最後にどうしても話がしたかったということでしたので・・・。
ですが私はどうしてもあなたのことが気になってしまい、
こうして追いかけて来てしまいました」
「子龍・・・、わっ!?」
不意に彼は掴んだままだったの腕を力強く自分の方へと引き寄せた。
バランスを崩すようによろけたは、そのまま彼の体に軽くぶつかる。
子龍はそのの腰にしっかりと両腕を回した。
「!?」
「お願いです、殿。ここに居られる間は、どうかこちらの世界に留まっていて下さい」
「子龍・・・」
「・・・生身の姿が無理だと言うなら、最初にお会いした時の姿でも構わない。
ただ私は・・・少しでも長くあなたと一緒にこの世界で共にありたいのです」
殆ど告白みたいなその台詞に、は殆ど呆然として子龍の腕の中から彼を見上げた。
「子龍・・・?」
「私にとって、あなたは特別な存在です。
もしもあなたにとっても私がそういったものになり得るならば、
どうか・・・私の我が侭を聞いては頂けませんか?」
驚くほど真剣な声で、彼はそういってを見つめ返す。
あくまでも真っ直ぐに、純粋な想いをにぶつけてくれる。
それが信じられないと同時に、泣きそうなほど嬉しかった。
「け、けど、、子龍より5つ以上も年上だし」
「?それが何か問題でもありますか?」
「・・・気にならない?」
「なりません。いえ、あなたが年下の私を男として頼りないと思うというなら話は別ですが」
「子龍は年齢以上に頼りになりすぎるくらいなってる」
「ありがとうございます」
ふっ、とそこで子龍は微かに瞳を細めてやわらかく笑った。
彼が頼りにならないなんて、そんなことを言える人間はきっとここには居ない。
そうだ。
彼はいつも、自分の年齢を言い訳になんかしない。
年齢なんかじゃなくて、その人自身を見てる。
その子龍が、こんな下らない理由でを拒絶するなんて、どうしてそんなことを考えられたんだろう。
「・・・はこの世界の人間じゃないし、年上だし、
さっきの女の子の方がずっと子龍と釣り合ってるって思ったら、
何か色々ぐちゃぐちゃ考えちゃってさ・・・。
し、子龍のこと好きなんだって、素直に伝えられなかった」
「殿・・・」
彼の腕が一層力を増してを抱きしめる。
は自分からも両腕を伸ばしてその背中にしがみ付いた。
小柄に見えるけど、彼はやっぱり男の骨格をしている。
きっとこれから身長も伸びるだろうし、体ももっと出来上がってくるに違いない。
それを隣で見ていることを彼が望んでくれるなら、少しずつでも、
はこの世界で彼と過ごす時間を延ばしていきたい。
ああ、本当になんて単純な、そして面倒な生き物だろう、ってやつは。
「・・・殿、口付けをしてもよろしいですか?」
「・・・うん」
はゆっくりと瞼を閉じてほんの少し踵を上げる。
やわらかな唇の感触とその温度を受け止めながら、心が幸せに満たされてくのが分かった。
真っ黒に広がった嫉妬と言う心の靄はとっくに晴れている。
近い内に芙蓉姫にはきちんと話しをしなくちゃならないけれど、それについてはまた今度考えよう。
今はただ、なんかよりずっと頼りになる年下の可愛くて格好いい恋人のことで頭が一杯だから。
(了)