立海大付属の校舎に足を踏み入れて数歩。
の手を引く仁王はチラリとに一瞥をくれると、ニヤリと不敵に笑った。
ああ、何て誘惑に乗ってしまったんだ。
馬鹿だ。
は間違いなく、大馬鹿野郎だ。
既に現在の状況を激しく後悔している自分が、居る。
跳ね上がった心で気付いた
仁王からおもしろい物を持って来たと差し出されたそれは、何と、
どこから持って来たのか立海大付属の女子の制服だった。
しかも、ご丁寧に伊達眼鏡のオマケ付き。
まぁ多分友達の中にここの卒業生の姉がいる生徒とかから借りたんだろうけど、
それにしたってどんな理由を付けて持ちだして貰ったんだろう。
女生徒の制服を借りるなんて、一歩間違えたらかなりイロイロと怪しまれてしまうんじゃないだろうか。
気になって彼に直接聞いてみたんだけど、案の定、まぁ細かいことは気にしなさんなって、
と言いつつ唇の端を上げて笑うだけで、教えてはくれなかった。
多分、ちょっと前に部室で皆と話をしてる時にちらっとが、
立海の生徒になってみたい、と言う様な事を言ったのが原因じゃないかと思う。
勿論、そんなのは考えるだけ無駄で、無理とかそう言うレベルでさえないのは承知の上で言った言葉だ。
こっちとあっちは別世界。
未だに彼らは知らないけど、はそれを百も承知な訳なのだから。
でもまさか、こんな形でそれが実現(?)しようとは。
とは言え、当然、も仁王から差し出されたその制服をすぐに受け取った訳じゃない。
大体、幾ら別世界とは言っても、部外者のが立海の生徒に成り済ますなんて、
バレたらただじゃ済まないに決まってる。
ヤバイ、怖すぎる。
でもそう思う反面。
あの立海大付属の校舎に自身が現実に足を踏み入れる事が出来る。
そう思うだけで、テニプリファンとしては何とも言えないぞくぞくとした感覚が背筋を駆け抜ける。
そうだ、今、差し出されているこの制服は、紛れもなく立海大付属、正規の制服。
正直少しどころじゃなくの心はぐっらんぐっらんだった。
だがしかし。
だがしかし!
そうは言ってもやっぱりバレてしまった時の事を思うと怖すぎる。
特に真田辺りに見つかった日には、説教の嵐が待っていること間違いない。
説教だけで済むのかどうかも激しく疑問だ。
それがリアルに実感できる今の状況は、既に二次元的感動を通り過ぎて普通に嫌だ。
うううううう。
そんなジレンマに苦しみつつ、心の中で唸り声を上げていると、まるでの心を見透かした様に仁王が言った。
―――――――『ま、そう心配しなさんな。バレなきゃええんじゃろう?』
『いやいやいや、そりゃそうだけど!そんな簡単にいかないし!』
『俺がそんなドジを踏む筈がなかろう。それとも、お前さん、俺を信じられんのか?』
あの訊ね方はズルいと思う。
自信たっぷりの顔で前半の台詞を言った後、後半、の顔を覗き込んで彼はそう言ったのだ。
結局、はその台詞で落ちた。
何だかんだであのペテン師の誘惑に負け、制服に手を伸ばしてしまったのである。
「あ、あの、もう充分です、仁王さん。ワタクシとっても満足しました!
立海大付属って凄いね☆さすがだね☆」
「おいおい、何を言っとるんじゃ。お前さん、まだ廊下を3メートルも進んどらんぜよ。」
「だ、だって・・・、絶対ヤバいってこれ。」
「この場合、ヤバいのはお前さんの挙動不審な行動じゃ。」
言った仁王が苦笑する。
そうは言っても、やっぱり周りが気になってしょうがない。
それに立海の制服は予想以上にスカートの丈が短くて、妙に歩きにくい感じがした。
しかも伊達眼鏡なんて初めてかけるもんだから、そっちの方も気になってしまうし。
とにかくは落ち着きなくキョドりまくっていた。
「そんなに怯えんでも普通にしとればバレやせんよ。それでなくても今日は休日じゃしな。
校内に生徒の数はそんなにおらんし、教師の殆どは職員室ぜよ。」
「ううー、・・・・・・・・・・・・・・・・ひぃっ!?」
そんな会話をしている最中。
何てことだ。
達が歩いている廊下の反対方向から、男の人が一人、歩いてくるのが見えた。
もしかしなくてもあれは、立海の先生だろう。
どうやら廊下の右側に並んでいる1年の教室から出てきたらしい。
「に、にに、仁王っ!」
「シッ・・・、落ち着きんしゃい。堂々としとればええ。変に慌てると逆に怪しまれるぞ。」
「ぅ、・・・・。」
確かに彼の言う通りだ。
ここで大げさに慌てふためいている方が先生の目にとまってしまう。
ここはどうにか、平静を保って、あくまでもフツーーに。
あくまでもシ・ゼ・ンに、進むしかない。
と思っている時点で既にヤバいことなんか自覚済みだ。
気付けば例の先生はもうすぐ傍まで近寄って来ていて、あと少しですれ違うところだった。
ドクドクドクドク。
分かり易くの心臓が大きな音を立てて鼓動を刻む。
不意に、ぎゅ、と、仁王が繋いだままのの手を少しだけ力を込めて握った。
そう言えば、は仁王と手を繋いでいたんだ。
テンパり過ぎててそれすらも意識外だったけど。
そう思った瞬間、何故か妙に気持ちが落ち着いて、は先生とすれ違いざま。
ペコリと軽く会釈をしてその場をやり過ごした。
相手は普通に小さく頷いてそれに応えてくれ、そのまま何を不審に思う様子もなく通り過ぎて行った。
「・・・・・・・。・・・・・・・・・・。・・・・・・・い、行った?」
「ん?ああ、もうおらんよ。」
「・・・・・・よ、良かった〜・・・!」
心底ホッとして一息吐いたのもつかの間。
仁王が前方を見て、僅かに視線を伏せると、そのままに瞳を向けた。
その唇が如何にも面白そうに少しだけ笑っている。
は反射的に正面に視線を移した。
瞬間――――――――――――――――――――
「っっ!!!!!!!!!?????????」
喉元まで出かかった叫び声を、寸での所で片手で押さえつけ、
同時にはサァーっと自分の顔が青ざめていくのが分かった。
なんて、なんて、なんて、
なんてことだああああああああああああ。
オー!ジーザス!!!!!!
どころの騒ぎじゃない。
今度こそ間違いなくバレる。
絶対バレる。
確実にバレる。
何故なら、前方。
こっちに向かって歩いてきてる二人の長身の男子生徒が二人。
それだけでも十分ビビるけど、それだけじゃなくて。
それだけだったらどんなに良かったか。
よりによって。
よりによってアイツが。
あの男が。
達の前方に。
「そう言えば今日は風紀委員のことで先生に用事があるとか言っておったのぅ。」
皇 帝 ・ 真 田 弦 一 郎 。
その上彼の隣りに並んで歩いてるのは柳生だ。
今まで顔を合わせた事のない相手ならどうにか誤魔化せるかもしれないにしろ、
彼ら相手に逃げ遂せる自信なんぞ微塵もある訳がない。
「・・・・もう、駄目・・・。完全アウト、終った・・・・・・・・・・・・。
殆ど魂を口から吐き出しながら、は顔面蒼白のままそう呟いた。
「いやいや、まだそうと決まっとりゃあせんぜよ。」
「いやいやいやいやいや、無理だから・・・!」
「いやいやいやいやいやいや、その顔の青ざめっぷりならほぼ確実にイケる筈じゃ。」
「・・・・・・・・・・い、意味分かんないよ・・・仁王。」
そりゃ顔も青ざめるってもんだ。
青ざめるどころか、魂飛んでいきそうだ。
寧ろそうなった方が有る意味心臓には負担が掛からないかもしれない。
さっき先生とすれ違った時とは格段に違ったレベルで心臓がドックンバックンドックンバックン脈打っている。
「・・・、なるべく足元見ときんしゃい。それから、片手で腹押さえとくんじゃぞ。」
「・・・・・・・・へ?な、何、」
「真田にバレとうなかったら、俺の言う通りにしとけ。」
「ひぃー・・・わ、分かった・・・・。」
ひそひそ。
こそこそ。
達は声を落として話をする。
向こうはまだこっちに気付いてないようで、真田と柳生は会話を続けているようだった。
は仁王に言われた通り、極力俯いて足元に視線を固定し、片手でお腹を押さえていた。
手を繋いだままの仁王がを誘導するように、だけど極少しずつ歩を進めた。
二人の話声がゆっくりと達に向かって近づいてくる。
ドックン。
どっくん。
「・・・・ならば後はこちらの分担だが、これは・・・・。」
「そうですね、それではそれは・・・・。」
ドクンッ
の視界に二人の足元が入る。
心臓の鼓動が自分でそれと分かる位に益々早くなった。
そして彼らとすれ違う瞬間。
このまま二人が気付かずに通り過ぎてくれるかもしれない。
なんて甘くも淡い期待を抱いたを裏切る様に、ピタリ、二人の内片方の足が、止まった。
―――――――――――どくんっ
「おや?仁王君ではないですか。」
「む?仁王だと?・・・・何故お前が休日のこの時間に校舎内に居るのだ。」
「おお、お前さんたちか。」
ヒッ。
喉からせり上がって来た悲鳴をまたしても必死でかみ殺す。
仁王はいつもと変わらない、だけど少しだけ切羽詰まったような口調で彼らに返事をした。
この時、は、何だかんだ言って仁王もバレると思ってるんじゃないかと思ったんだけど、それは違った。
彼は何と、この先口にする台詞の内容の為わざとそう言う口調を装っていたのだ。
「まぁ、ちと事情があってな。保健室に向かっているところじゃ。」
「・・・保健室・・・?もしやそこの方は・・・、ご気分が悪いのですか?」
ビクッ。
反射的に体が大きく震える。
危うく顔を上げそうになったところを、仁王がぎゅうっと繋いだ手に力を込めた。
「ああ、早めに部室に行こうと思うとったんじゃが、校門前でうずくまっているのを見つけての。」
「・・・・・ふむ、ならばこうして話をしている場合ではないな。仁王、すぐに保健室に向かえ。」
「ああ、そうさせてもらうぜよ。」
「・・・・・・ええ、そうした方が良さそ――――――」
一瞬。
柳生がそこで言葉を切って、何かに気付いたような様子を見せた。
既に破裂寸前のの心臓が爆音を上げ続ける。
「む?どうした?柳生。」
「え?・・・・い、いえ、・・・その・・・本当に気分が優れない様ですね。
仁王君、最後まで責任を持って彼女を送り届けて下さいね。」
「・・・・・・・・・・・・、ああ、分かっとるよ。そんじゃな。」
「仁王、分かっているとは思うが、部活には遅れるなよ。」
「心配しなさんな、それまでには部室に戻る。」
そこで二人が離れて行こうとする気配を感じ、は取りあえず軽く会釈だけはしておいた。
勿論、声を出したりは出来なかったけど。
その後、二人が完全に見えなくなるまで達は極力ゆっくりゆっくり歩を進め、
保健室に向かうふりを続けた。
そしてようやく彼らが居なくなった後、フッ、と、仁王が口元を緩めて笑った。
「さすが柳生・・・・、俺の相棒よ・・・。」
「・・・・・・・・・え?あ、もしかして・・・あの時やっぱり・・・・。」
「ああ、気付かれたようじゃな。借りを作っちまった。
ま、お前さんも関わっとると知って、黙っててくれたようじゃがの。」
・・・・・・・・ジェントルマン!!!
柳生、あんたは間違いなく、紳士だね!!!!
本当に心から、心の底から、柳生に感謝しつつ、達はその場を後にしたのだった。
(後篇へ続く)
後書き
おかCー!こんな筈じゃ・・・!1本にまとめてみせましょ!とか思ってた私は・・・。
予想以上の長さに今回もどっかでぶった切って前中後篇にしようかとおもったんですが、
3分割は無理だったので、やっぱり前後篇にしてみました。
仁王って難しいですよね・・・。何か実感しました。
実はずっと以前に書いたこと有るんで初書きって訳でもないんですけど、
かなりてこずったなぁ(苦笑)ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様!
本当に本当に有難うございます。感謝感激!です。失礼します。