窓にぶつかって砕ける沢山の雨粒の音。
ハッと気が付くと、は見知らぬホテルの一室に居た。
いや、見知らぬってのはちょっと違うかもしれない。
はここをある意味では知ってる。
と言うか、見たことだけならある。
そうだ、画面越しで、と言う意味でなら。
ぐるりと見回した室内は、今までが宿泊したことのあるどのホテルの部屋より広く、
そして配置されてる家具も何だか優雅で高級なものばかりに見えた。
この場合、見えるだけじゃなくて、本当に高価なものばかりなんだろう。
ベッドや照明、ベッドサイドにある棚はもちろん、
カーテンやシーツそういった小物類も含めて全部がこのホテルの格式の高さを物語ってる気がする。
見慣れない、だけどが見たことのあるこの部屋は、
ジャン達『CR:5』の幹部が脱獄後に戻ったデイバンで拠点として滞在してるホテルだ。
つまり、これは夢。
四度目ともなるとさすがに冷静になれる。
とは言え、どんなに室内を見回してみてもここでいつも登場してくれるはずのジャンの姿はない。
そのことには心底ガッカリした。
夢の中とは言っても、これだけ豪華なホテルの一室。
しかも画面越しの場所が再現されてるワケだから、
普通なら少しはテンションが上がろうってものなんだけど、
この場がリアルに見えれば見えるほどジャンが居ないことが恨めしく思えた。
まぁ、どんなに現実的に見えたって、所詮はこれは夢だ。
しかも、が画面越しに見てるのは多分彼らが泊まってるホテルの室内の一部。
だからこの部屋が完璧に再現されてるかって言うとかなり怪しいところだろう。
の想像で補われてる部分も多いっぽい。
寧ろ、画面越しに見てた場所さえきちんと形になってるかも微妙だ。
だけど、正直今のにはそんなことはどうでもよかった。
「はぁ・・・、つまんないな」
ぼそり。
独り言を呟いて、窓際まで移動する。
雨の勢いがかなり強いせいもあって、そこから見える夜景は、
デイバンに戻ったばかりのジャンが見下ろした時のものとは大分印象が違った。
前回の夢は夕方で今回は夜か。
夢の中だから毎回場所も時間もバラバラで統一性はない。
窓ガラスに映る自分の姿にぼんやり視線を移すと、何故かバスローブ姿。
そういえば、このバスローブもいい生地を使っているようで、とても肌触りがいい。
普段寝る時はパジャマか部屋着だから、何だか違和感を覚えはするけど。
「よぉ、ハニー。今夜は随分とダイタンなのねん」
舌先で踊る夢の欠片
「・・・え?」
唐突に掛けられた声に、どきりとして、反射的に振り返るより先に、
は目の前の窓ガラスを見ていた。
さっきまでは確かに一人だったはずの室内。
だけど窓ガラスにはこっちを見つめてニヤリと笑う、ジャンカルロの姿が映りこんでいた。
驚いたのは一瞬では思わず笑みを浮かべる。
会えた。
また、ジャンに会えたんだ。
4度目。
もうこれはきっと偶然じゃない。
彼の表情を見る限り、彼は今までずっとの夢に出てきてたジャンカルロその人だろう。
そのことが嬉しくて、一瞬、気付くのが遅れてしまった。
何故か彼は上半身裸だった。
は目を見開いてそれを確認し、振り返るのと同時にバンっと背中を窓に貼り付けた。
「ジャンさん!?な、なな、何で裸なんですか!?」
「あーハイハイ、警戒すんなって。ダイジョーブ、何もしねぇよ。ってか俺もこの格好には驚いてるから」
苦笑しながらそう言って、ジャンは両手を軽く挙げてみせる。
そういえば、雨の音が大きすぎて気付かなかったけど、彼がシャワールームに居たんだとしたら、
ここから姿が見えなくても仕方ない。
「・・・え、あ、もしかして・・・シャワー・・・」
「そゆこと、気付いたらシャワー浴びてるからビビったぜ。
ったく、一日一回シャワー浴びんのも面倒なのに夢の中までなんて勘弁しろっつーの」
やっぱり、そういうことらしい。
そしてそして、そうだった、ジャンは筋金入りの風呂嫌いだった。
デイバンに来てからは他の幹部、と言うかベルナルドとルキーノのおかげで毎日シャワーを浴びるまでになったけど、
それまでは『洗ってない犬の臭い』がしてたらしいから、相当なものぐささだ。
幸い今のところは初めて彼に出会ってからそんな状態の彼を見たことはないけど、
(嗅いだことがないというべきか)未だにシャワー嫌いは治ってないようだ。
あ、そっか、てことはじゃあもしかしてジャン達は・・・
「前回囚人服で今回まっぱってどんな立ち位置なんだよ、俺は」
「えっと、ジャンさん、取り敢えず何か着ませんか?その格好のままだと湯冷めしちゃいますし、
その・・・も困るので・・・」
実際はこれは夢なので湯冷めってことはないだろうけど、それでも肌寒さは感じるし、
何よりやっぱり目のやり場に困る。
が視線をジャンから逸らしてそわそわしていると、彼はオーケーオーケーと笑いながら答えた。
「ただこの部屋ぱっと見俺の泊まってるホテルの部屋に似てるけど、ビミョーに違うんだよな。
クローゼットはっと・・・。ま、着るものがありゃなんでもいいけどサ」
どうやらさっきが思った通り、ここはジャン達のホテルをそのまま再現出来てる訳じゃなさそうだ。
彼は室内をぐるりと見回し、クローゼットを探している。
もその彼と同じくもう一度室内のあちこちに目を向けた。
「あ、ジャンさん、ベッドの上」
「ん?お、バスローブか」
ジャンはが指し示した先のベッドの前まで移動し、その上に畳んで置いてあったバスローブに手を伸ばした。
そしてそれを広げ、素早く身に着ける。
はそれを何をするでもなく眺めて、それからすぐにハッとした。
何か、今更だけど、今の状況って―――
「」
の名前を呼んだジャンが、ゆっくりこっちに近付いてくる。
向き合った彼からは、ボディソープの香りがした。
「は、はい!!」
ドクンと。
心臓が一瞬凄い勢いで跳ねる。
それと同時に返事をしたの声も変な具合にひっくり返っていた。
ジャンは一瞬きょとんとを見つめ、それからぷっと吹き出す。
「くっくっく、さっきも言ったけど、そんなに警戒するなって。いきなり襲い掛かったりしねぇよ」
「そ、そそそ、そんなこと、わ、笑わないで下さい!」
は一人でわたつつ顔を真っ赤にして彼に抗議する。
このがあのジャン相手に警戒なんて、そんな自意識過剰なこと出来やしない。
寧ろこの状況に変にときめいてる自分が恥ずかしい。
そこでふと前回の夢でジャンにリップグロスを指で拭われたことを思い出した。
あの時唇に感じた彼の指の感触を、今でも思い出せる。
目を覚ましたら消える夢。
毎回そうやって割り切ってるつもりだったのに、前回のあれは反則だった。
いつもは意識して覚えようとしてもあっと言う間に攫われる夢の記憶が、
あの時のことだけは仕事中にふと思い出してしまえるくらい鮮明に覚えていた。
「ナーニ、赤くなってんだよ?そんな顔されると、たった今言ったこと取り消したくなっちゃうでしょ」
「え?」
気付けばいつの間にかさっきよりも近い位置でジャンがを見下ろしてる。
ビックリして反射的に後ろに下がろうとしたけど、元々は窓際に立っていたのでそれ以上は動けなかった。
おかげで後頭部をごつっと軽くぶつける。
衝撃自体は大した事なかったんだけど、予想外だったせいで思わず大げさに痛がってしまった。
「だっあああ・・・!」
「おいおい、大丈夫かよ。・・・って、俺のせいか。悪い、怯えさせるつもりはなかったんだけどな」
「・・・いえ、その、怯えてないです・・・」
「くくっ、んじゃ、そゆことにしておきますか。・・・でも、ま、俺もちょっとばかし浮かれすぎてんのかも。
あんたとこうやって会えるのは四回目だしな。こー見えて俺、毎晩寝るのが楽しみになっちまってるんだぜ?」
「・・・え?」
ジャンの思わぬ台詞には彼を見上げてきょとんと見つめ返した。
四回目ってのは確かにその通りだけど、毎晩と言うのはどういう意味だろうか。
ジャンが初めての夢に出てきてから今まで既に二週間以上は経ってる。
彼が登場する夢の間隔は毎度不定期で、今回も前回の夢から4日は経過していた。
だけど彼の言葉のニュアンスは、の感覚とは何だか違う。
「あの、ジャンさん、もしかして連続でが出てくる夢見てます?」
「ああ、そうだけど、あんたは違うのけ?」
「えっと、結構バラバラですね。初めてジャンさんに会ってから、もう一ヶ月近くなります」
「マジか!?てかそりゃもう時差がどうのってレベルじゃねえな」
時差どころか国も時代も次元までも超えている訳だが、取り敢えずそこには触れないでおく。
そこではふと彼の今の話で思い出す。
さっき彼の風呂嫌いのことを思い出したときに考えてたことだけど、
やっぱり彼は脱獄後にデイバンに戻ってきたばかりの状態なんじゃないだろうか。
いや、と言うか、この場所を自分が泊まってる部屋に似てると言ってたし、それはもうほぼ間違いないだろう。
そこまで考えて、はジャンに気付かれないように内心で苦笑した。
にとってこれは夢で、その上彼はあくまでゲームの中の登場人物。
こんなことを真剣に考えるのはおかしいのかもしれない。
だけど、こうして4度もの夢に現れてるジャンカルロは同一人物だ。
しかも彼は毎晩が出てくる夢を見てると言った。
ってことは起きてる状態もあって、つまり、彼にも彼の、『現実』があるのだ。
しかもこの部屋に似てる部屋に泊まってるってことは、
ジャンが『CR:5』の幹部と一緒に脱獄を成功させ、逃走、
そして彼らの本拠地であるデイバンに戻ってきたばかりの頃のはずだ。
それはまさに、がゲームのプヤーとして目にして来た場面。
彼の今の『現実』が、が画面越しに見てたものと同時期ってのがまた何とも都合が良くて、
現実味に欠ける感じだけど、それを言ったらきりがない。
の目の前に居るジャンにとってそれが現実なら、今大事なのは、もっと別のことだ。
「ジャンさん」
「ん?」
このジャンカルロが、どんな道を辿ってるのか、そこまではには分からない。
このメインルームを、誰と共有してるのかも、その幹部と一体どこまで親しいのかも。
正直に言えば、そこを深く考えてしまうと何だか気持ちが妙な方向に苦しくなりそうなので、
今は考えないことにしていた。
はある程度ジャンの身に起こる近い未来のことを知ってる。
だけど、それを詳しく彼に教えてしまうのは何だか違う気がした。
こんなことを考えるのもおかしな話だけど、そこまで彼の現実に干渉しすぎちゃいけないんだと思う。
でも、もしも今、彼がデイバンに戻って四日目の夜を迎えてるのなら、
この先一日一日『CR:5』って組織の中で沢山のことが起こる。
それは勿論、ジャン自身に大きく関わることだし、下手したら命を落とすことになるかもしれない。
「・・・あ」
「??どした?急に固まっちまって」
どくん。
どくん。
どくん。
命を、落とすかもしれない。
そうだ、そうだった。
あのゲームはバッドエンドだって、普通にあり得るのだ。
だってジャンはコーサ・ノストラ、つまりマフィアの幹部で、しかも今はそのボス候補。
何を今更そんなことに驚いてるんだろう。
ちょっと頭が混乱しかけてる自分にビックリだ。
は小さく深呼吸をして、いつの間にか床に落としていた視線をもう一度ジャンに移した。
「ジャンさん、今、多分物凄く大変な時だと思うんですけど」
「!?」
「これから先、もっと状況が悪化したり、厄介なことが起こったとしても・・・、
絶対諦めないで下さい。その、出来るなら明日も明後日もまたこの夢を見て欲しいんです」
こんな拙い言葉しか口に出来ない自分がもどかしい。
だけど今、が伝えたい精一杯の気持ちは込めたつもりだ。
ジャンは少しの間また驚いた様子でジッとを見下ろしていた。
「、あんた、何で・・・」
「・・・・・・」
そのまま質問を続けられるかと思ったけど、彼はそこで言葉を切った。
それから不意にふっと短く息を吐き、同時に笑みを浮かべる。
「いや・・・そうだな、じゃあ俺が何があっても諦めずにあんたにまた会いに来られるように、
ちょっとばっかし協力して貰うとしますか」
「・・・え?協力?・・・えっと・・・」
問いの代わりに思いもよらぬ台詞を口にされ、は少し戸惑い気味に聞き返した。
協力、と言うのはどういう意味だろう。
今更だけど達が顔を合わせる事が出来るのはこの夢の中だけ。
しかも万が一がジャンの世界の人間だったとしても、は単なる一般市民の日本人。
マフィアなんて当たり前のように無縁の、それこそ異次元的なレベルに近いほどに違う世界だ。
そんなに彼に協力できるようなことがあるだろうか。
「はどうすれ―――」
その質問は、最後まで口にすることは出来なかった。
何故なら、開きかけのそのの唇を、彼が唐突に自分の唇で塞いでしまったから。
「っ!?」
「・・・」
ザーッ。
と。
その瞬間、今まで殆ど忘れかけていた、窓の外の雨の音が一際大きく耳に鳴り響いた。
呆然と突っ立ったままのの腰を軽く引き寄せるようにジャンの腕が絡んでくる。
思考回路は半分停止状態。
ついでにもしかしたら心臓も止まりかけてるかもしれない。
とにかくその数秒、の耳には雨の音しか聞こえなくなっていた。
それから彼の唇の温度と感触を認識するのにまた数秒。
ただやわらかく触れ合わせただけの、けれど間違いなく挨拶では済まされないキス。
「じゃ、ジャンさ・・・」
「あー・・・、ヤベェかも、コレ・・・」
ほんの僅か。
唇が離れた束の間。
じんわりパニックに陥って、彼の名前を呼ぶ。
そして、ボソリと何事が呟くジャン。
お互いの吐息が重なって、また、唇を奪われる。
今度はさっきとは違う。
押し当てるだけのキスはほんの一瞬で、彼の舌がぬるりとの口内に侵入してきた。
反射的に体が震える。
脳内は何だかパニックを通り過ぎて今度は痺れてて、
心臓は復活したというより暴れまわっていて手に負えない状態だ。
ジャンの舌はの歯茎や歯列をねっとり味わうように這い回った後、
の舌を捕らえて強弱を付けて締め上げてきた。
しなやかで濡れて弾力のあるその生き物は、をどんどん追い詰める。
「あ・・・、ふ・・・」
「はっ・・・」
気付けばもジャンも吐息交じりの声を漏らしていた。
お互いの唾液が溶け合い、その温くとろみのある液体が量を増してくのが分かる。
意識的にそうしてるのか、この深いキスの間にも、ジャンは体を密着させず、
の腰に軽く腕を回してるだけだった。
それをもどかしいと思ってしまった自分に驚く。
だけど、そんなことに思考を奪われたのはほんの一瞬で、
その後はもうジャンからのキスに夢中で応えていた。
そして――――
ピピピピッピピピッピピピピッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ピピピピッピピピッピピピピッ
毎度お馴染みの目覚ましデジタル音。
いつものように天井を視界に収めつつ、は暫くの間何も考えられなかった。
違う。
何も、と言うより、ある意味ひとつのことしか頭になかった。
――――ジャンと、キスをしてしまった。
次にあの夢を見たら、今まで二回も聞きそびれた、前回と前々回彼が口にしようとしてた内容を聞くつもりだったのに。
そんなこと、頭からぶっ飛んでた。
夢の記憶はいつもならあっと言う間に遠のいていってしまうのに、今回ばかりは違う。
最初から終わりまで、全部、覚えてる。
と言うか、終わりの部分は濃厚すぎるほど濃厚に覚えている。
ピピピピッピピピッピピピピッ
目覚まし時計は今も鳴り続けてるのに、はそれを気にすることもなく、
ただ呆然と天井を見つめていた。
目覚ましの音に混じって微かに雨の音が聞こえる。
少しだけ視線をずらし、カーテンの隙間から窓の外へ。
窓ガラスにぶつかって砕ける雨粒が幾つか見える。
「・・・・・・・」
はゆっくりと片手を上げ、自分の唇に触れた。
唇が心なしかしっとりと濡れてる気がする。
単純にヨダレ垂らして寝てたんだって話なら相当間抜けで残念なお話だ。
だけど―――
「早く、起きなきゃ・・・」
そう呟いて、いつものように夢は夢だと割り切ろうとは自分に必死に言い聞かせた。
それなのに、全然上手くいかない。
唇どころか、口内に、彼の舌の温度や形、感触が残ってる。
混ざり合った唾液の味さえ―――
ガバリ。
そこではやっと勢い良く体をベッドから起こし、
そしてまたやっと目覚まし時計をノックアウトしてやる。
いつもより激しく叩いたおかげで、の手の方が痛かった。
(END)
アトガキ
拍手で嬉しいお言葉を頂いて2年ぶりにジャン夢更新しちゃいました^^
今回は結構急展開になりましたな 笑。でもシチュ的にキスだけで終わったジャンは偉いと思おう。
夢主が薄っすら気付いてますが、
密着しないように気を付けてたのは息子さんが元気になり始めてたからです^^^←
いつもみたいに後々物が見つからない代わりにアレでソレな終わりにしてみました。
甘酸っぱい今までの流れいきなりぶち壊してすみません\(^0^)/
ではでは、ここまでお付き合い下さいました姫様!!!
感謝感激雨霰でございます。BL女主ドマイナーは百も承知なので、本当にあり難いです!
ではでは、失礼いたしますvv