ジャンとの最後の夢を見たあの日の朝はもうボロボロだった。
目が覚めて20分近く泣き止めなくて目も鼻も赤いし肌もボロボロメイクノリ最悪。
朝食を取る気にもなれず、仕事に行く準備をするもいつもの倍近く時間がかかり、結局遅刻するはめに。
どう見てもゾンビなを見た仲のいい同僚は随分心配してくれた。
不幸中の幸いだったのは、あの日から一週間ほどはずっと仕事が忙しかったことだ。
おかげでその分余計なことを考えて落ち込む時間が削られてる。
それでも、毎朝目が覚めて、夢の内容が『普通の夢』だったことや、夢を見ずに終わると言う、
特に気にすることもないそれこそ普通のことに無駄に沈むことだけは止められない。
ジャンと最後に会ったあの日の夢から1週間。
あの時の記憶は今も鮮明で、やっぱり到底単なる夢だとは思えなかった。
一週間。
最初の2、3回目まではその位間が空いてあの夢を見るのは普通だったけど、後半は最高でも5日目には彼に会えてた。
それなのにもう、7日間も経過してる。
当然だ、だってもうあの夢は見られないんだから。
馬鹿め、分かってるじゃないか。
そう思うのに、だからこんなに苦しんでるのに、それでも未だに心のどこかで期待してる。
その小さな期待が自分の傷を抉りまくってるのも知ってる。
それでも止められない、残念すぎる負のループ。
いつかあの夢のことも、『普通とはちょっと違った珍しい夢』みたいな感覚で思い出せるときが来るんだろうか。
きっとその方が楽に違いない。
だけど、そんな日が来てしまうほど時が経つのが怖かった。
それから忙しい日々は更に続き、気付けばあの日から2週間が経過していた。
私達は出逢ってしまった
「・・・、・・・ん、・・・」
深夜。
不意には目を覚まし、まぶたをゆっくりと押し上げると、
そのままぼんやりと天井を見つめていた。
視界はまだ霞んでいて、すぐに焦点を結ばない。
思考回路も当然のようにまともに動いてなかった。
だけど、目を覚まして数秒。
違和感に気付く。
「・・・う、ん?」
何故か妙に室内が明るい。
寝る直前にきちんと電気は消したはずなのに、部屋の中は普通に明るかった。
いや、と言うか、の部屋よりは薄暗い感じだけど、とにかくどう見ても電気がついてる状態だ。
そして徐々に色々な感覚が動いてくにつれて、は驚くべき事実に気が付く。
てか、ここ、どこ!?
ガバリ。
殆ど飛び起きるようにしては身を起こす。
そこはいつもとは大きさも形も全く違う、似ても似つかぬベッドの上。
ずっと寝てたにしてはシーツがひやりと冷たい。
そして当然のように見回した室内はの部屋とは全くの別物だった。
だけど、知ってる。
は、知ってる、この部屋を、このホテルのこの場所を、は―――
「・・・え?こ、ここっ・・・て」
そんなはずない。
そんな、こんなことあり得ない。
だけどここは間違いなく、あの、CR:5が一時的に拠点にしてたホテルの、メインルームだ。
部屋の大きな窓の前にある、小さな円卓の上には、飲みかけのウィスキーのロックと瓶。
そのせいか、周囲には薄っすらアルコールの匂いが漂っていた。
以前の夢でもこのホテルの部屋が出てきたけど、その時とは何だか雰囲気が違う。
それが何だか深く考えるには、今のには混乱しすぎていた。
ふと、はどこからか微かにシャワーを浴びる雨音にも似た音が聞こえているのに気付く。
キュ。
次いで、小さくコックを閉める音がした。
「あ・・・」
ドクドクドクドク。
の心臓が急激に早鐘を打つ。
知らず、ベッドの白いシーツを強く掴んでいた。
バンッと乱暴にバスルームへ続くドアが開けられ、同時に見えた白く筋張った男の足。
シャワーの湯気がここまで漏れてきてるのか、
薄っすらとした白いもやがふわりと室内に逃げてくる。
はその間、ただただ馬鹿みたいにその様子を凝視してた。
バスルームから出てきた『彼』は、腰に巻いたタオル一枚の状態で、
頭に被ったタオルでがしがし乱暴に頭を拭いている。
下を向いてる上にタオルが邪魔してるせいもあって、こっちにはまだ気付いてない。
今のところ彼は一言も言葉を発してないけど、には彼が何者なのかすぐに分かった。
タオルの隙間から見える濡れた金髪に、綺麗な鎖骨に入れられた『CR:5』の刺青。
「ジャン・・・さ・・・」
はいつの間にかからからに干上がった喉で掠れた声で彼の名前を呼ぶ。
無意識に体が小刻みに震えた。
ピクリ、と。
そこでタオルで髪の毛を拭いてたジャンの手が止まり、更にその場で足を止める。
だけど、何故か彼はすぐに大きく深い溜息を吐いた。
「・・・まーた、・・・この空耳かよ。俺ってばどんだけ未練アリアリ――――」
言いかけたジャンが顔を上げる。
そして、その視線が、瞬間的にベッドの上に居るを、捉えた。
ジャンの金色の瞳が、信じられないものをみたように大きく見開かれてる。
も、同じ気持ちだった。
信じられない。
もう二度と、会えないと思ってた。
「ジャンさん・・・」
「う、嘘・・・だろ?・・・だ、って・・・お前・・・」
ふらふらとした足取りで、ジャンがのベッドの側まで近付いてくる。
彼は片手を伸ばし、その手での頬を恐る恐る、触れた。
「?マジ・・・で、・・・・・・なのか?」
「はい、ジャンさん」
ジャンにまた触れて貰えることが出来るなんて、信じられない。
彼はが返事をした直後にを力強く抱きしめた。
もそれに応えてジャンの裸の背中に両腕を回す。
シャワーを浴びたばかりの彼の体はまだ少し湿っていて、温かく、ボディソープの清潔な香りがした。
夢で出会えた時、いつも思っていた。
ジャンの体は、思ってたよりずっと男らしくてしっかりしてる。
もう二度とこうして触れ合えることはないんだと思ってたのに。
彼の腕の中で、の視界があっと言う間にぼやけて、
涙が溢れ出そうになるところをどうにかぎりぎり我慢する。
「は、ハハ・・・、ヤベェ、マジ・・・。もう会えないんだと思ってたぜ・・・」
「もです・・・、前回で最後だって、思って・・・っ」
そこでは、結局言葉の途中で堪えきれずに泣いてしまった。
ポロリと零れ出た涙は、すぐに後から後から溢れて、止めようがない。
そのことちょっと自分でもビックリしてしまったんだから、
ジャンはもっと驚いただろう。
「あー・・・、泣くなって」
少し焦った様子での背中を撫でてくれる。
「す、すみません・・・」
謝ったその声が既に鼻声になってしまっていた。
ジャンがここに居る。
改めてそう思うと、もう本当にダメだった。
「ヨシヨシ、いいこ、マンマがついてますからね」
「・・・っ・・・、すみませ・・・、止まらな・・・」
「・・・」
「!?」
ジャンに名前を呼ばれてが視線を上げたのと、
その唇を彼の唇で塞がれたのはほぼ同時だった。
涙で濡れたの口に、お風呂上りのしっとりしたジャンの唇の感触が重なる。
本当に不意打ちだったせいで驚いたは目を見開いて呆然とぞれを受け入れるしかなかった。
そのおかげで泣くのを忘れてしまったと言ってもいい。
の唇にジャンの温い舌の感触がぺろりと通過していった。
「笑ってくれよ。
お前が俺と同じ気持ちでまた会えて嬉しいって思ってるなら、泣くのはなしだぜ、シニョーラ」
「あ・・・」
「正直まだ信じらんねえけど、スゲェ嬉しい」
「はい、も本当に凄く嬉しいです」
は小さく頷いて、どうにか笑って見せた。
ジャンは苦笑して、自分の髪を拭いていたタオルでそっとの頬をぬぐった。
「ぎこちねえけど、ま、合格」
「どもです」
「ハハッ・・・、なぁ、この間・・・お前がしてくれたおまじないだけどさ」
「え?・・・あ、はい・・・?」
「珍しく効かなかったのよね。イヤ、全然効き目がなかった訳じゃねえけど、
俺が思ってるのとは違った」
彼の言う「この間のおまじない」、というのは前回の夢の終わり、これで会うのは最後だと思ったが、
彼にしたキスのことだ。
―――この先もジャンさんの幸運が続きますようにって言うおまじないです。
あの時。
本当は、もっと別のことを願ってた。
勿論彼が幸せであればいいっていう想いはあったんだけど、
その中に、自分が含まれてればどんなにいいかって思ってた。
「組織の方は上手く動き出してる。けどさ、と会えなかったこの一週間、
お前のこと考えない日なんかなかった」
「・・・ジャンさん・・・」
「ったく、罪な女よね、チャンは。
・・・・・・毎晩ベッドに入るのが嫌になる日が来るなんて思ってもみなかったぜ」
ベッドの端に座っているジャンが再びを自分の腕の中に抱き寄せた。
は素直にそれに従う。
「はもう二週間もジャンさんに会えてなかったです」
「マジか?そりゃ謎の時差健在だな」
「ふっ、そうですね・・・」
「・・・なぁ、。おまじないのやり直ししてくれよ。今度は別の願いにしようぜ」
「別、の?」
「ああ。ま、実は願うことしか出来ねえなんて癪だけど・・・それでもまたこうやって出会えたんだしな、
少しでも次に繋がる可能性あるなら・・・な」
「何を願うんですか?」
「いやん、バカ、ワタシの口から言わせないでン」
言いざま、ジャンがちゅっとの耳たぶに唇を付ける。
それがくすぐったくて、照れくさくて、は無意識に笑みを浮かべていた。
「前回のおまじないのとき、本当は、
ジャンさんの幸運な毎日の中に、が居るなら良かったのにって思ってました」
「何だ、やっぱ分かってンじゃねえか」
「・・・ジャンさん、それって・・・」
の願いが、ジャンと同じものだったんだと、
と同じ想いだって、自惚れてもいいってことだろうか。
彼は間近からあの綺麗な金色の瞳でじっとを見ている。
薄い唇が、ニッと片端を上げた。
「色々余計なこと考えんのはもう止めだ。
俺はこの一週間で、一生分の後悔したんじゃないかってくらい頭ん中グチャグチャさせちまったからな。
なぁ、、この先も俺がハッピーで居る為には、お前が必要なんだよ、どうしても」
後半部分。
彼は酷く真剣な眼差しでそう口にした。
がずっと望んでた言葉。
手に入らないと思ってたことだ。
だけど、この夢がいつまで続くのか、そのことを考えるとまた不安が広がってしまう。
「・・・でも、「ハイハーイ、でももだけどももう聞きまセーン!
そんな残念な言葉は丸めて石つけて港からポイしちゃいましょうね!」
の表情からが何を言おうとしたのか察した彼は、先回りしてそう言った。
そして再び不敵に笑う。
「オーケー?」
「・・・お、オーケー」
またしても泣きそうになるのをどうにか我慢して、は何度も頷いた。
目の前のジャンがクスクス笑ってる。
気のせいか、彼の体温がさっきより少し高く感じた。
彼がバスルームから出てきてそう経っていないから、体が温かいのは当然だけど、
どちらかというよりそれが熱に変わっているようだった。
「」
「あ、は・・・」
返事をし終えるより早く、間近に居たジャンがの唇に食らいついてくる。
さっきを泣き止ませる為にした軽いキスとは全然違う。
最初からに噛み付いてきてるみたいな、そんなキスだ。
だけど荒々しいだけじゃなくて、優しさと甘さが含まれてる。
口内で舌が縺れ合い、相手の吐息が喉の奥まで侵入してきた。
とろとろとした二人分の唾液が混ざり合いながら、少しずつ量を増やしてくのが分かる。
「はっ・・・」
「ン、・・・ふ・・・」
無我夢中でジャンからのキスに応えながら、も必死で彼の唇を貪っていた。
そうしながら、彼がの体をゆっくりベッドの上に横たえる。
呼吸する間も惜しんでキスを交わしながら、ようやく僅かに唇を離し、を見下ろしたジャンが口を開く。
「この先は・・・その、嫌なら今すぐ言ってくれ・・・、何なら殴ってくれてもいい」
「・・・、ジャンさん・・・。は、単に流されてるだけなら、こんなキスしたりしません。
これが夢でも、そうじゃなくても、もう関係ない」
これは夢なのにとか、いつまで続くかとか、今まで考えてきたマイナスなあれこれはジャンの言ったように、
まるめて石つけて港からポイだ。
余計な考えを削除して、大切な想いだけを残す。
欲しくて欲しくてたまらないもの。
今、手を伸ばさなけりゃ、きっとは後悔する。
だったらもう、答えなんか、ひとつしかない。
「ジャンさんをに下さい」
(後編へ)
アトガキ
もう姫様のご褒美で勢いだけで進んでるYO\(^0^)/←← まさか最終話手前までこぎつけるとはのぅ・・・。
実は7話で終了予定だったんですけど、最終話だということもあっていつも以上に長くなりそうだったので、
取り合えず切りのいいところでぶった切りました 笑!ということで後1話で最終話です。
色々書きたいことはあるんですが、それは最終話の後書きで!ではでは、毎度申してますが、
ここまでお付き合い頂いた姫様には猛烈に感謝感激雨霰でございます!有難うございますvv
Title by 模倣犯心中