恋人のキスをして

「斉藤、あのさ、今日委員会終わるまで教室で待ってていい?」

放課後。
私は風紀委員の会議の為に教室を出て行こうとして居た一を捕まえて声を掛けた。

「いや・・・、今回の議題は帰りが遅くなっても仕方のない重要な物だ。
あんたは先に帰って構わぬ」
「え?あ、でも・・・・」

私が斉藤を待ってたいんだけど。
と、先を続けようかどうか迷った一瞬。
私が口を開くより早く、教室のドアがガラリと乾いた音を立てて開き、
ツンと澄ました小柄な少年が姿を見せた。

「おい、斉藤、まだ教室に居たのか。
さっさと第2会議室まで来なよ、そうでなくとも今日は長引く筈だよ」

我が幼馴染の一人、雪村薫だ。
相変わらず彼は上級生に対してもいつもの態度を崩さない。
ここが三年の教室だと分かっていても全然気後れした様子もないらしい。
周囲に生徒がいない事もあるかもしれないけど、
薫の場合は例えこれが昼休みだったとしてもこの調子だろうとも思えた。


「あぁ、承知している。・・・、すまぬが俺は行くぞ」
「・・・・・・・ん、分かった。じゃあね、斉藤。薫も」
「あぁ、ではな」
「またな、

二人が揃って教室を出て行く背中を見送った後、私は小さな溜息を吐いた。


結局、言えなかった。


但し、例えあの先の台詞を口に出来てたとしても、
斉藤がそれを受け入れてくれたかと言うとそれは別問題だ。
風紀委員の彼が、何の用事もない(部活だとかそれこそ委員会だとか)私が教室に残る事をよしとする筈がない。


「大人しく帰りますか・・・」


再度小さく溜息を吐き、私は自分の机に有る鞄を掴んだ。
一応付き合い始めて約1ヶ月。
それなりに付き合いたての彼氏彼女らしいことがない訳じゃない。
斉藤は余り感情を表に見せない人だし、本来何かあっても溜めこむタイプだけど、
それでも友達だった頃よりは分かり易く少しずつ口に出してくれるようにはなったと思う。
画面越しでは読み取れなかった表情の変化とか、空気の穏やかさとか、
そう言ったものも私は少しは分かって来てるつもりだ。
とは言え、同じクラスだと言うのに二人になれる時間が少ないのもまた事実。
風紀委員と言うのは、どうやら私が思ってる以上に忙しいらしい。


しかも顧問があの土方歳三だしね・・・。


この現代世界でも斉藤一は変わらず彼の事を尊敬している。
そりゃもう、例の石田散薬を他の生徒に布教して回る位に。
だから昼休みも放課後も委員会絡みで何かと教室を開けてたり、帰りが遅くなったりする訳だ。
そして必然的に私は彼と居る時間を奪われる。
同じクラスなりに役得はありはするものの、トシ、基、土方先生に嫉妬しそうになってしまう始末。



いかんいかん、この思考回路は駄目だ!ループする、ループ。
とっとと帰って平助の貸してくれたDVDでも観よう!そうしよう!







―――――――――――で、私は一旦帰路に着いた、んだけど。



あああ、もう!あり得ない、あり得ない、あり得ないだろ、自分!




周囲に誰も居ない事を確認し、小走りに学園内の廊下を走り、階段を上る。
3年の教室のある階には全くと言っていい位に人気がない。
勿論廊下には電気が付いてるから真っ暗じゃないし、
学園内に人がいない訳じゃないからそこは問題ないんだけど。
とは言え、この寒々しい感じの静けさ、不気味な事には変わりない。
私は教室に到着すると、息を乱しながらそのドアを開け、真っ先に電気を付けた。
そして自分の机に向かい、その中に片手を突っ込む。
目的の物はすぐに掌に触れた。

「・・・あった・・・!」

よりによって古典の課題が出てる時に教科書を忘れるなんて、恐ろし過ぎる。
しかも明日は休日で、他の教科でも幾つか課題は出てるけど、
古典は特に量が多かったのだ。
古典の担当は言わずもがな鬼教師・土方歳三。
ある意味帰る直前まであの人に関する事(正しくは斉藤の事だけど)を考えてたのに、
古典の教科書を忘れるなんて、自分、あり得なさ過ぎると思ってしまった。
しかも、(古典以外も含めて)課題の事なんかすっかり忘れて本気でDVDを鑑賞してたんだから救われない。
それでも気付けたのは友達からメールが来たおかげだ。
彼女には感謝しなくては。


いや、まぁ、でも外はすっかり日が落ちてるけどね・・・!


窓の外は既に薄暗くなっていて、幾つか星が瞬き始めている。
見回りの先生がいつ頃教室を回るのかは知らないけど、
とにかく見つかる前に退散したほうが良さそうだ。
私は教科書を握りしめて教室を出て行こうとして、不意に足を止めた。
そして、とある机の傍まで近寄る。
その机の主の鞄は、まだそこにあった。
つまり、風紀委員の会議とやらはまだ終わってないって訳だ。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・、?」
「う、お?」

突然教室のドアが音もなく開いたかと思うと、ある意味絶妙のタイミングで一が姿を見せた。
思わず間抜けな声を上げた私に、一が少し驚いた様に瞳を見開く。

「あんた、まさかあれからあのまま教室に残っていたのか?」
「え!?あ、違う違う。一回帰ったんだけど、・・・・・・・教科書忘れたのを思い出してさ」
「戻って来たのか」
「そういうことです・・・」

ははは、っと苦笑のような乾いた笑いを漏らす私。
一はそんな私の傍まで近付いてい来ると、
そのすぐ傍にある自分の机に置いていた鞄に手を伸ばした。

「丁度俺も帰宅する所だ。あんたを家まで送って行こう」
「・・・・・・・・・え!?・・・・・・あ、・・・ごめん、有難う」

外がもうかなり暗い事も有り、私は素直にお礼を言って一の申し出を受け入れることにした。
勿論それだけじゃなく、彼と二人になれる時間が思わぬ所で出来たことに、
内心かなり喜んでたりした訳だけど。
そして揃って教室のドアを出ようとしたその直前。
不意に、廊下から人の話し声をが聞こえてくるのを耳にし、私は反射的に足を止める。


「――――だろうが、さっさと帰れ」

ギクリ。
聞き慣れた低く鋭い声に、思わず体が強張る。
これは、よりによって、更に更によりによってこれは。
今回の見周りがトシなんて、そんなことがあるなんて。
大体あの人、ついさっきまで風紀委員の会議ってヤツに出席してたんじゃないんだろうか。
それがどうしていきなり三年の教室に来てるんだろう。


普通は一階から順に、とかじゃない訳!?・・・見周りの順番なんかよく知らないけど・・・!


なんて考えていると、もう一人、トシと一緒に居る教師が口を開いた。

「いや、俺もそうするつもりだったんだけどよ、教室に忘れ物しちまってさ」


うちの担任、左之かい!と、心の中で反射的にツッコミを入れる。


「忘れ物だぁ!?ったく、お前は生徒か?・・・・で?教卓にでも何か置いて来ちまったのか?」
「いや、教室の後ろに有る棚の上だ。ま、すぐに取って来るからそう怒るなって、土方さん」

二人の話声は少しずつ私達の教室に近付いてきている。
会話内容からして明らかに目的はここだ。
私は咄嗟にガシッと一の腕を掴んだ。

「っ!??」
「しぃっ、ごめんね、斉藤!付き合って」

突然の私の行動に一が戸惑った様な表情を浮かべる。
私は構わず彼を連れて教室のドアから離れた。
こう言う場合、隠れる場所の常套手段はあそこ(・・・)しかない。
それは勿論、教卓の下だ。
ある意味これはお約束でもある。
左之の忘れ物が教卓だったらこの手は使えなかったけど、
幸い教室の後ろの棚ってことはここからは真反対の場所だ。
私達が教卓の下に潜り込んだのと、教室の後ろに有るドアがガラリと開いたのはほぼ同時だった。

何故(なにゆえ)・・・」
「だ、ダメ・・・!」

一が私の行動に異議を唱えようとした所で、私は慌てて彼の口を掌で塞ぐ。

「お!あった、これだ」
「って、テメェのクラスは電気点けっぱなしだろうがよ!」

スコンッ

と。
教室の奥で左之がトシに何かで叩かれた音がした。
同時に私はまたしても慌ててしまう。


し、し、しまった!教室の電気、さっさと消しておくんだった!


「イテッ!叩くなよ、土方さん」
「うるせぇよ、新八じゃあるまいし生徒みてぇに忘れ物なんかしやがって。
・・・・・・・しかし妙だな、確かお前のクラスで最後まで残ってたのはうちの風紀委員の斉藤だろう」
「ん?ああ、そうだな。他の部活の奴らはそっちに荷物持って行っちまってる筈だからな」
「アイツが教室の電気を消し忘れる様な真似をするとは思えねぇんだが」
「・・・・・・・・・・、言われてみればそうだな」


や、ヤバ・・・・。さすが土方歳三!―――――じゃなくて!


ひぃいいいっ!と、声を上げそうになるのを必死で堪えつつ、
それでも私は息を潜めて教師二人がさっさとこの場から立ち去ってくれることを切実に願った。
本来三次元視点で見れば大好きな二人だが、リアルである場合、
特に土方歳三は鬼教師と言われる事が頷ける位には厳しいのだ。
この状況で見つかったら確実にただでは済まされないだろう。
しかも今更だけど、そうなった場合は一も巻き添えを食うのは必至で。


カツッ、カツッ、カツッ。


いつもなら聞こえる事も少ない教室内を回る先生の足音が私の耳にやけに大きく響く。
一緒に私の心臓がどくばくと胸を突き破りそうな勢いで鼓動を刻んでいた。
そして、教卓の少し手前で足音が止まる。
私の心臓も一緒に止まるかもしれないと、本気でそんな下らない事を考えた。

「見ての通り、誰もいねぇぜ、土方さん。
大方うちのクラスの誰かが忘れ物でもしてそのまま電気も消さずに出てっちまったんだろうさ」
「ま、そんなこったろうな。おい、休み明けにでもきちんと注意しとけよ」
「はいはい、分かってるって。そんじゃ、見周り続けるんだろ?出ようぜ」

そう言って、二人が教卓を離れる気配を感じ、更にフッと教室内の電気が消える。
私が心底ホーーっと安堵した、瞬間。



「・・・もっかい見回りが来ちまう前に、早いとこ帰れよ?」


教室のドアを出る直前。
ボソリ、と。
告げられた左之の一言。

「?おい、原田、何か言ったか?」
「あ?いや、何でもねぇよ」

今度こそ二人が揃って教室を出て行き、その足音が遠のいて行く。
左之が見逃してくれたから助かったけど、本当に危なかった。
多分、トシが教卓から離れた場所に立ってたから彼には気付かれなかったんだってのも十分有るんだけど。


左之、じゃなくて、原田先生様に本当に本当に感謝・・・っ!


「・・・・

ホォオオオーーーーーーっ、と、安堵して体の力を抜いたと同時、
未だに一の口を抑えていた私の掌がそこから外れる。
しかも、焦りに焦って気付かなかったけど、私は殆ど全体重を彼に預け、
圧し掛かる様な体勢になっていた。
一に名前を呼ばれたことで我に返った私は慌てて彼から離れようと腰を浮かせる。
だけど彼はその私の腕をグッと掴んだ。

「えっ!?」
「そのままでは頭を打つぞ」
「あ・・・・そ、そうか・・・、だよね」

確かに、大慌てで一から離れようとしたけど、
あのままだとこの暗い上に狭い教卓内なら頭を打ってても不思議じゃない。
危うくコメディ的なお約束行動を起こしてしまう所だった。
とは言え、今の体勢だって十分に問題だ。
こう言う方向に持ってたのは他の誰でもない自分のくせに、
妙に至近距離に有る一の存在を意識してしまい、
さっき左之達が姿を見せたのとは全く別の理由でドクドクと心臓が早鐘を打った。

「・・・先程あんたは何故(なにゆえ)慌ててこのような場所に身を隠したのだ?」
「えっ?あ、ああ、・・・・うん、ごめん、斉藤まで巻き込んで。
実は忘れ物した教科書が・・・・その、古典だったから。
どうしても土方先生と顔合わすのが怖くて。・・・・・・ホント、ごめん。
あ!って言うか、早いとこ離れないと、斉藤重いよね!?」
「いや、俺は構わぬ・・・。寧ろ俺は・・・あんたとこうしている事が心地いいとさえ思っている」
「・・・・・・っ」

何処か照れ臭そうにそう告げられ、私の鼓動が一層跳ねる。
私はぎこちない動きでジッと彼と視線を合わせた。
一も瞳を逸らすことなくそれに応えてくれる。
室内は暗くて、お互いの表情を認識するのさえ難しい状態の筈なのに、
私達の視線はしっかりと絡み合っていた。
ドックドックと脈打つ私自身の心音が、体全体を震わせる。
私は彼の胸元に着いたようにしていた手でぎゅっとその制服を握りしめた。
同時に一がゆっくりと身を起こし、私の唇に自分の唇を寄せる。

・・・」

唇が触れ合う直前に名前を呼ばれ、瞬間的に甘い痺れが私の体を駆け巡った。
柔らかく重なった唇と唇に全神経が集中する。
唇だけでなく、体が小刻みに震えて居るのが分かった。
自分でも信じられない位に甘酸っぱくて照れ臭い思考が頭の中一杯に広がる。
触れ合わせただけのキスなのに、一の唇の温度と感触に眩暈を起こしそうな程だった。
私の手が無意識の内に彼のブレザーのネクタイを掴む。

「は、じめ・・・」

到底自分のものとは思えない様な甘ったるい声で私は彼の名前を口にしていた。
知らず、零れ出た吐息すら甘さを含んでいる様だ。
間近にある一の瞳と視線を合わせる。
暗がりの中でも、彼の目元が薄らと赤くなっているのが分かった。
不意に一が私から僅かに距離を取る。
その腕がいつもよりぎこちない動きをして微かに震えていた。

「すまぬ、・・・・・・これ以上あんたに触れてしまっては・・・止まらなくなってしまう」
「・・・・・・・・一」

いつもの冷静そのものの様子とは違い、
彼の口調には焦りと照れくささが分かり易く滲んでいた。
それが嬉しくて、私はつい口元を綻ばせる。

「・・・・・・・原田先生は・・・早く帰れって言ってた、けどさ・・・」
「?」
「・・・・・でも・・・もう少し、もう一度だけ、キスして?」
「・・・・・・

ほんの一瞬、一は驚いたように瞳を少しだけ見開き、それからフッと優しく微笑した。
そして再度、私との距離を詰める。

「先に言っておくが、・・・・・・すぐには止められぬかもしれぬぞ」
「・・・・・・・・うん、その方がいい。・・・・だって私達・・・・・その、付き合ってるん、だし?
その位好きで居てくれるなら・・・・嬉しいから・・・・」
「・・・・・

低く、熱のこもった声で名前を呼ばれる。
同時に重ねられた唇は、その声の温度と同じ位に熱かった。
教卓の下。
狭い空間の中。
こんな事言うと、かなり頭沸騰してるバカっぽいと思うけど、
ここだけこの世界の全部から切り離された二人だけの世界みたいだと、本気で思った。



私はこの世界に来る前、こんなに脳内がオトメ思考に染まるほど、相手に溺れる恋愛をしてただろうか?



幾ら今の自分が青春真っ盛りってヤツで、高校生だからって。
こんなとろけた事を考えるなんてどうかしてる。
だけど―――――


・・・」


繰り返し私の名前を甘い熱と一緒に吐き出すこの人が、好きで好きで仕方ない。
口内に広がる湿った吐息と溶けあう唾液、その全部が愛おしい。
だから今は、余計な事は考えずに、一のキスに応えたい。


心から、大好きだと、このキスで伝わるように。



(END)


 

大好きな左之と土方の会話を書くのが楽しくて、気付くと長くなってしまってました(笑)。
えっと、リク頂いたご希望が「初々しい所」だったんですけど、
ちょっとそれから離れちゃったかもしれないですね。
一応後半部分にそう言う雰囲気を出したかったんですが、
何か思いの外ヒロインが積極的になってしまったかもしれません。
ですが私としては楽しく執筆させて頂きました。
愛情は無駄に盛りだくさんなので、お気に召して頂ければ幸いです。
ではではリク下さった青桜様、そしてお付き合い下さった姫様、誠に有難うございますv
失礼致します〜。
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