欲望だけのキスをして

席替えで今の席に決まったあの日、私は本気で自分の運の無さを心底嘆いた。
最前列の上にそのど真ん中で、つまりは教卓の正面と言う、ある意味で特等席的なその位置は、
余程学習意欲のある生徒でなければ殆どの人間が敬遠する場所。
と言うか、例えそれなりに勉強する意欲があったとしても、
さすがに教卓の真正面と言うのは何となく避けたいのが生徒の内心ってヤツなんじゃないだろうか。
因みに、私は何となく避けたいどころのレベルではなく、全力でご遠慮したいタイプの生徒だった。
それは、私が前居た世界で現役の高校生だった頃も、そして今も変わらない。
――――――――――――そう、思ってたのに。

今は、この場所に満足してたりする自分が居る。
古典の授業を受けてる最中。
授業をすすめる低く静かな声をよく聞ける事とか、
チョークを握る長い指先を見詰めたり出来るとか、
教卓に立って教科書に視線を落としてる最中の顔を誰より間近で観察出来るとか、
そう言うことに気付いた事が、そう思えるようになった一番の理由だ。
我ながら、笑える位に単純だと思う。
古典は元々好きでも嫌いでもない教科で、
元の世界で現役だった時から何となく地味なイメージしかなかった。
平均取ってればどうにかなる。
その程度の認識。
それが、トシを好きになった途端、得意教科のひとつに変わっていた。
ホント、いっそ清々しい程に単純明快な脳だと思う。



・・・けど、授業中にまで色気を感じるなんて、相当重症だとしか・・・。



当然のことながら、トシはあくまでも普通に授業をすすめてる。
それなのに、私の脳内は勝手にあれこれと思い出したり想像してしまったりして、
気付けばいつもトシに見惚れてしまってるんだけど、
何故かノートだけはきちんととってるし、その辺、自分でも凄く疑問だ。
以前はこんな特技、持ち合わせてなかった筈なのに。






「土方先生、です。プリント持ってきました」
「おう、お前か、入れ」

中から答えが返ってきたのを確認し、私は第2資料室のドアを開けた。
視線の先の机。
定位置にトシの姿。

「悪かったな、プリントは、・・・そうだな、そっちに置いてくれ」
「はい、ここですね」

私は彼の指示通り、手にしていたプリントの束をドサリと机の隅に置く。
トシはちらりと視線を上げると僅かに口角を上げた。

「少し待っててくれるか?こっちもすぐに片付く」
「はい、じゃあ、椅子借ります」

彼は軽く肯き、再び手元の書類に向かった。
私は彼の机から少し離れた場所に有る椅子に腰かける。
この第二資料室は一般生徒が自由に出入り出来る第一資料室とは違い、
限られた教師やそれなりの手続きを踏んで許可を得た生徒しか立ち入りを許可されてない場所だ。
学園内の歴史なんかにも関わる重要な資料も幾つか保管されているらしくて、
トシはその管理を任されている。
だからトシ以外の人間がここに居る事は滅多にない。
集中してまとまった仕事をこなしたい場合はこっちを利用する事が多いと彼は言っていた。
職員室はヘタすると生徒が多く居る時間の教室と同じ位に騒がしいってのがその理由。
まぁ、この学園の教師の面子を考えれば押して知るべしと言う感じだろうか。
私はトシの横顔を眺めながら、本人が仕事に没頭しているのをいいことに、
彼の顔のパーツひとつひとつをじっくりと観察していた。
切れ長で鋭い瞳や、手を加えた訳でもないのに妙に形のいい眉、
スッキリとした筋の適度な高さの鼻、綺麗な薄い唇。
端正と言う表現は、本当にこの人の為に有る様な言葉だと思う。



ま、本人はそんなの言われ慣れてるって言うか・・・、どうだっていいんだろうけど・・・・。


女の私としては、羨ましい限りなんだけど、本人は子供の頃からいい大人な今に至るまで、
幾度となく綺麗だいい男だと言われ続けて来たこともあって、そう言う言葉に殆ど反応を示さない。


「おい、

ぼーっとトシの横顔に見惚れて居たら不意に彼が視線を上げてこっちを向き、声を掛けて来た。
その表情が心なし呆れ気味に見えるのは、気のせい、ではないかもしれない。
私は慌てて取り繕うようにして返事をした。

「っ!あ、はい!・・・って、もしかして終わりました?」
「あぁ、たった今・・・な。・・・・・・つーか、お前、以前から言おう言おうと思ってたんだがな」
「えっ!?・・・・・はい、何ですか?」

そこはかとなく、嫌な予感を抱きつつも私はトシに返事をする。
彼は手にしていたペンを置き、ゆっくり椅子から立ち上がった。
そして、私を見下ろす形で口を開く。



「授業中にあんな目(・・・・)で人の事ずーっと見てんじゃねぇよ」


「――――――――――――――」


彼がそう告げたその一瞬。
ズッコーーーン。
と。
何かが脳天目がけて落ちて来たみたいな錯覚に陥ってしまった。


気付かれてましたか!


なんて、アレだけ教卓に近い位置で毎度毎度穴を開ける勢いで見つめてれば、
そりゃ気付かれるに決まってるのかもしれない。
だけどまさかこんなにストレートに言われてしまうとは思わなかった。
とは言え、咄嗟の反応に困った私は、あたふたと言い訳を探して挙動不審な動きを示した。


「えっ、あ、あの・・・な、何のことでしょう?」
「惚けんじゃねぇよ、この馬鹿が」
「アイタッ」

いや、ホントはそれ程痛かった訳じゃないんだけど、
トシに軽く額を小突かれて、思わず反射的に小さく声を上げてしまった。

「・・・・・・・・・・・・・、えーっと、そうですね。ジッと見つめてたのは認めます・・・けど」
「けど?何だよ?」
あんな目(・・・・)って・・・どんなでしょうか?」

私がこう質問をした瞬間、彼はピクリと形のいい眉で僅かに反応した。
良く分からないが、何か不味い事を言ったんだろうか。
本来この人とは以前の世界の年齢で言えば(年上には違いないけど)そこまで大きく歳は離れてない筈だ。
それでもこうして両想いになって付き合う様になった今でも考えが読めない。
この場合、年齢云々は関係ないのかもしれないけど。

「ほぅ?テメェがそれを聞きやがるのか・・・」

そこで彼は何故か意味深な色を宿した瞳で私を見た。
そして一歩、私の座っている椅子に近付く。


「土方先生・・・?」
「授業中だってのに、あんな目で見られちゃ・・・堪んねぇんだよ」

低く、呟いたトシのその声は、驚く位に切羽詰まった様な、同時に分かり易い熱を含んだものだった。
私は軽く瞳を見開いて彼を見上げる。
また一歩、トシが私の椅子に近付き、距離が狭まる。
当然だけど、椅子に座っている私に退路なんか存在しない。
勿論、彼から逃げるつもりなんかないけど、そう言う問題じゃなく。


「お前の俺を見る目が・・・・、今すぐ触れて欲しいと訴えてやがるのが分かるんだよ・・・」
「・・・・・・・えっ!?」
「俺を・・・煽ってる目だ。・・・・・・・違うか?」
「っっ!」

違う!
とは、私には即座に否定出来なかった。
だって、トシの言ってる事はホントだから。
だから彼の言葉を否定出来る訳もなく。
私は咄嗟に思わず視線を伏せてしまった。


「どうなんだよ?
「う、うぅー・・・」
「唸ってちゃ分からねぇだろうが。それともそれがお前流の返事か?」


この人はきっと、私の答えなんか、質問をする前から分かっていたに違いない。
それでもこうして私の口から言わせようとする。
ああ、やっぱり、私のこの体は、そして思考回路だって、間違いなくまだまだ子供だ。
ズルくて卑怯。
大人に恋した子供が相手を表す時に使う分かりやすい表現が、こんなにすぐに頭に浮かぶんだから。


「・・・


再度。
苗字じゃなく、名前で私を呼び、トシが返事を促す。
私は視線を上げ、少しだけむっつりとした表情を作って見せた。


「分かってるくせに・・・。土・・・、トシの言う通りだって。
そうですよ、・・・・・いつも・・・・そう思ってます」


言った私に、フッと、トシが僅かに瞳を細めて微笑する。
私の片腕を掴むと、そのままゆっくりと椅子から立ち上がらせた。


「トシ・・・・・・・・・?」
「授業中は勘弁してくれ・・・・・、俺だって・・・お前と同じ位、
いや・・・・・それ以上に我慢しているんだからな」


熱のこもった声で優しくそう囁き、言葉を終えると同時に彼は私の首筋に顔を埋めた。
同時にトシ愛用の煙草の香りが私を包み込む。
制服のリボンが手慣れた様子で緩められ、
シャツのボタンも自然な流れのようにしてプチプチと外されていく。
その間も熱い唇がまるで私の首筋に喰らい付いているように強く押し当てられていた。
だけど彼はそこに痕を残す様な真似はしないだろう。
それは少し寂しい気もするけど、それも私の事を考えてだともう既に私はよく知ってる。
画面越しに見てたあの頃よりリアルに、私はこの人に恋をしているから。
トシの熱くて湿った吐息が私の肌を撫でる。
ねっとりと濡れた感触が首筋を辿った。
いつの間にかシャツの下から入りこんだ手が、わき腹を滑る。
その冷たい指先と触れられた嬉しさで体が震えた。
私の太股を割って長い足が絡められ、密着度が更に増す。


・・・」


甘い熱を含んだ声で低く私の名前を呼び、トシが私の唇に喰らいつく。
いつもは乱暴な口調でいても、壊れものでも扱う様な触れ方しかしない彼が、
貪るみたいに私の唇に吸いついた。
私が目を閉じる一瞬前。
絡み合った視線。
トシの瞳の奥に、今まで見たこともないような熱と欲が強く滲んで見えた。
独特の弾力を持った熱い舌がぬるぬると私の口内を犯す。
同時に、苦みの強い煙草の味が私の舌に移って行った。
ここは当然のように禁煙だから、ここに来る前にまた煙草を吸って来たのかもしれない。
口の中で溶けあう唾液が苦みを帯びる。
ぬるい液体がくちゅりと混ざった水音が響き、トシが僅かに唇を離してそれを飲み下す。
彼の口角から溢れた唾液がツウッと顎を伝った。
私は無意識にそれに舌を這わせる。
トシはその私の唇に再び軽くキスをして、微かに苦笑した。


「・・・・・・・・見ろ、お前が俺を煽り続けた結果がこれだ・・・。抑えきれやしねぇ・・・」
「私は構わないけど、・・・・今は、二人っきりだし」
「言いやがったな・・・・」

言いざま。
トシは私の耳朶に唇を押し当てた。




、お前に見つめられ続けてた間、俺がどんな思いで居たのかじっくりお前に教えてやるよ。
・・・・・・・・・・・・・・授業中にあんな目されちゃ・・・、俺の身が持たねぇからな・・・・・」



熱い吐息を吹きかけて、彼が低く囁く。
その言葉に反応して私の体が内側から震えた。
思わず口元に笑みを浮かべ、小さく頷く。



その全部を受け入れる準備なんて、とうの昔に出来てるから。
ずっとずっと待ち望んでいたのは、寧ろ私の方なのだから。



(END)

 

うおー、本当に本当にひっさびさに書きました!副長!
薄桜鬼キャラは左之最愛と言えども皆好きなので執筆出来て幸せだった(笑)。
土方に言わせてみたい台詞を悶々と考えた結果生まれた話です。
キャラとお題のご指定のみだったので好きに書かせて頂きましたが、
お気に召して頂ければ幸いです〜。
ではでは、リク下さった匿名様、そしてここまでお付き合い下さった姫様!
誠に感謝感謝なのですv失礼します
Image by web*citron  Designed by 天奇屋  Title by 確かに恋だった