不意に人の気配を感じ、反射的にフッと瞼を開けた。
ほんの一瞬ぼやけて見えなかった視界は、だけどすぐにを見下ろす相手の姿をクリアに映し出す。
そしてを見下ろしている人間が誰なのかを認識したは、即座、眉間に深くしわを寄せた。

「げ・・・っ!夜凪・・・・・・っ!」
「・・・・目が覚めるなりご挨拶だね。ついさっきまで間抜けな寝顔を晒していたくせに。」
「それをジッと眺めてるなんて、キミってマジ悪趣味。」

は露骨に顔を顰めてそう言うと、自分の体に掛けていた制服の袖に腕を通した。
転寝程度だから寝てた時間はそう長くはないにしろ、よりによって、本当によりによって、
まさかコイツに寝顔を見られてしまうなんて、不覚にも程がある。
制服のスカートの後ろをパンパンと軽く手で払いながらが立ちあがりかけたその時。
夜凪がの目の前に突きだす様に白いメモ用紙を差し出した。
は咄嗟に身構えると、ジロリと夜凪を睨みつけるように視線を上げる。


・・・・・・・・・ちょっとまさか・・・、・・・コイツ。


「何・・・?コレ?」

次に来る言葉をほぼ9割方予測しつつ、それでもは彼にそう訊ねていた。

「見て分からない?買い出しリストだよ。」
「・・・・・・・・・・買い出しって・・・・、誰が?」
「お前に決まってるだろ。今日の部活が始まる前まで買い揃えておけよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・は?はあああ!!??」

演劇部の部長・副部長に詐欺同然で入部させられてはや半年。
その際に入部届けと称して新入部員は例え同級生であろうと奴らに絶対服従と言う、
全く理不尽で意味不明な誓約書に(これも騙されて)サインさせられてからと言うもの、
この夜凪トウワは私用であろうがなかろうが関係なくやサツキに命令を下していた。
そりゃもうそれが当然だって顔で。
サツキなんかは人が好い上に大人しいから素直に従ってたりするんだけど、
がそれに物申した数は数えきれない。
勿論、その度夜凪の奴は、あの人を馬鹿にしくさった態度でバッサリ切り捨ててくれやがるんだけど。
夜凪トウワ。
コイツは間違いなく真正のドSだと思う。

「これだけの数を部活前に揃えろって?無理だし!つかキミ、いい加減少しくらい自分で動けば!?
人が買ってきたものに文句言う位なら直接自分で選んだほうが確実だと思うけど。」
「へぇ・・・、、お前・・・この俺に逆らうつもりなんだ?
・・・・・・まぁいいよ、但し、お前が行かないって言うんなら、 この仕事を誰がやることになるか(・・・・・・・・・・)・・・分かるよな?」


にっこり。


耳に心地よく響く嫌味な位にやわらかな夜凪の声。
同時に、ヤツはこれでもかと言うほど穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
今まで何度こんなやり取りを繰り返してきたか知れないけど、毎度毎度結果的にはヤツの指示に従うことになってしまう。
それはにとって不本意どころの騒ぎじゃなくて。
だけど、が逆らったせいでサツキに被害が及ぶなんて、それこそあり得ない。
と言うか、実は前に一度だけ、夜凪が妙にあっさりの拒絶の言葉を受け入れて、(内心してやったりな気分で居たら)
その後すぐにサツキを捕まえてその仕事をやらせていたのだと言う事があった。
夜凪の奴はが断ったことをとてもいい笑顔でサツキに告げたらしい。(目撃者・ユキ談)
それでも彼女は嫌な顔ひとつせず、の代わりを務めてくれたのだった。


つーか・・・・根本的な問題はじゃなくてコイツなんだけどねっ!!


凄くバカげて幼稚な表現を使えば、今のは目からビームを発射できそうな位に目が据わってると思う。
そりゃもう露骨に不満面MAXで。
だけどそんな表情とは裏腹に、片手だけはしっかり夜凪が差し出したメモを受け取っていた。
とにかくサツキに仕事が回るのだけは避けたい。

「・・・・。」
「っ!?つっ、ちょ、ちょっと!?何!?急に・・・!」

夜凪に名前を呼ばれたのと同時。
アイツはメモを受け取ったばかりのの手首を、指の跡がつくんじゃいかと思うぐらいぎりりと強く掴んできた。

「いたっ、痛いっ!!ま、マジで何!?痛いっ、痛いって!!放して!!」
「半年・・・・・、お前が入部して来てもう半年も経つって言うのに、
未だにお前は自分の立場を理解していないようだね。」

抵抗しようと振り上げたもう一方の手を易々と受け止めながら、夜凪は穏やかで静かな口調で言った。
どう見ても優男風なくせに、の両手首に張り付いたヤツの掌はしっかりとの動きを封じている。
どんなに力一杯足掻いて見せようとしても、まるで固定してあるみたいにちっとも動かない。
夜凪は色素の薄い瞳を僅かに細めると、また口を開いた。


「どっちが上で、どっちが下か・・・・・・・、この辺でしっかり躾けておかないとね・・・。
まったく・・・、知能指数の低い駄犬の調教には手間がかかって困るな・・・・・・・。」


ヤツの一言に一瞬での頭に血が上った。
夜凪には今まで散々、駄犬、猛犬と言われて続けては来たけど、今回の台詞はその中でも一番ひどい。
どこぞの悪役か鬼畜系じゃあるまいし、人を何だと思ってるんだ。
こんなことを口に出来る人間がこんなに身近に居るなんて信じられないし、信じたくもなかった。


「キミねぇ!!ふざけんのも大概に・・・―――――――」


   ドッ


が最後まで言葉を終えるより早く、夜凪はの両手を拘束したまま、強引にの背中を壁に押し付けた。
背後に硬い壁にぶつかる軽い衝撃。
視線を上げると、もうすぐ目の前にヤツの顔があった。
湿った吐息がの頬を掠める。

「・・・・まずはその生意気な口を封じてやろうかな・・・・。」
「はっ、放して!!!はなっ・・・・・・・・・・ぅ・・・ンンっ・・・・・!!!!????」

殆ど叫び声に近い大声を上げていたの唇。
それを無理やりに塞ぐ形で、アイツはの唇に自分の唇を押し付けた。
そして、開いた状態だったのをいいことに、容易く夜凪の舌がの口内へと侵入してくる。

「・・・っ、んぅ・・・!・・・・・・・・・・・、んぅ・・ン・・・・・!」

無駄だと分かってはいても、抵抗しない訳にはいかない。
必死に拒絶の意思を示すをあざ笑うみたいに、ヤツはがっちりとを捕らえたまま、
今度はの太ももを割って、自分自身の長い脚をに絡めて来た。

「・・・・・ふ・・・ん・・・・。」

キスの合間。
吐息にも似た、こもったような小さな声が夜凪の口から零れる。
ぬるりと濡れた弾力のある生ぬるい舌は、ねっとりとの口腔内を蹂躙し、
嫌になる位にしっかりとの意識を翻弄していた。
正直、キスが初めてだった訳じゃない。
勿論片手で数えられる程度で、口に出して言える程御大層な経験なんかない。
でもそれにしたって。


こんな。
こんなキス、知らない。
こんなにいやらしくて、舌先から蕩けるみたいな、こんなキスは。


殆ど眩暈に襲われてんじゃないかと思うほど、ふらりと足元がおぼつかなくなる。
はこの時、抵抗しようなんて事を考えることさえ出来なくなっていた。
の様子からそれを読み取ったのか、夜凪が唇を少しだけ放し、意地の悪い声で囁く。

「・・・・・・・・・キスひとつで陥落か・・・。お前、案外簡単に矯正出来るかもね・・・。」

に反論の隙を与えないように、またしても夜凪の唇がの唇に重ねられる。
再度、の口内をヤツの舌がねっとりと犯し始めた。
同時にいつの間にかの手首を離れたヤツの片手が、
制服の上から胸元を揉みほぐす様な動きで撫でまわす。
上着を着たままの厚い布地を通してだと言うのに、その指や掌の動きが妙に生々しくの体に伝わって来た。
抵抗しようにも思考も何もかも馬鹿みたいに溶けてしまって全く体が言う事を聞かない。

「や・・・、め・・・・・っ・・・!!」

唇を塞がれたままの状態で喋ることなんか出来る訳もなく、
だけど無抵抗に夜凪を受け入れることはしたくなくて必死で唇を動かした。
ヤツはに構わず舌を強引に絡ませ、濃厚なキスを続ける。
その口から熱を帯びたくぐもった声が漏れ出ていた。

「・・・・・・・ん・・・・ふ、・・・・ん・・・。」

口内から溢れたぬるくとろみあるお互いの唾液がピチャピチャ水音を響かせる。
胸の膨らみを弄ぶ夜凪の掌に、さっきよりも力がこもり始めた。
制服にしわが寄っている。
もう心臓を鷲づかみにされてるんじゃないかと錯覚する位だ。
太ももを割って絡められた夜凪の足が執拗に密着してくる。
溶けた思考をどうにか僅かでも正常に戻し、は最後の抵抗を試みた。
それは――――――――――――――――――


  ガ、 リッ

「っ・・・・!!」
「・・・・はっ・・・・!!!」


は口内にあった夜凪の舌を強く噛んだ。
そしてヤツの拘束が弱まったその瞬間、両手を渾身の力で前へと突きだし、アイツを自分から引き剥がす。
アイツは一瞬不意を突かれた様に2.3歩後ろによろけ、の顔をジッと見つめた。
だけどすぐにいつも通りのいけすかないとり澄ました表情に戻る。

「・・・・・・・・・・・・、フ、・・・やってくれたね・・・・。」
「・・・・・・・・や、夜凪・・・・キミ・・・・・・・・・・、最低・・・・・・・・!!」

大声で叫んだつもりだったのに、の声は掠れて震えていた。
足の力もまだまともに戻ってない。


最低だ。
本当に、本当に。
最低、最悪。
きらいだ。
こんなヤツ。
嫌い。
嫌い。
だいっっ嫌い。



「やっぱり駄犬の躾は難しいな・・・。」

この期に及んで夜凪はそう呟くと、口元を片手で拭って薄い唇にフッと嫌味な笑みを浮かべた。
そしてそれとほぼ同時。
校舎内に予鈴が鳴り響く。

「それじゃあさっき渡したリストの買い出し・・・、忘れるなよ。」

言い置いて、夜凪トウワは何事も無かったみたいな涼しい顔でに背中を向ける。
はその背中が屋上の出入り口であるドアの奥に消えて見えなくなるまで睨み続けていた。



の舌や歯茎に生々しく残る夜凪の舌の感触。
口内にほんの少し鉄錆の味がする。
それが妙に苦みを帯びているように思えて、は唇をぎゅっと噛みしめた。
いつの間に押し込まれたのか、制服のポケットには例の買い出しリストのメモ。
びりびりに破って捨ててやりたい衝動に駆られたけど、それを寸での所で押さえこんだ。
ヤツに胸元を触られたことでしわになった制服がいやで、乱暴にそのしわを伸ばす。
嫌だった。
嫌だったのに。
嫌で嫌で、堪らなかった。
そうだ。
――――――――――――嫌な、筈なのに。

あんな最低の事を口にされた揚句、あんな扱いを受けて、あんな触れられ方をして、
嫌悪感を全く感じてないなんて、そんなこと、ある訳がない。



ゴクリ。



喉を鳴らして飲み込んだ唾液は、苦い苦い、鉄錆の味がした。



蹴飛ばして崩した積み木の山



(END)



アトガキ
トウワ初・執筆完了!・・・・・・・・・・・・・取りあえず、私のいつもの悪い癖は、
ギャグテイストからいきなり微エロシーンに突入するところだと思います。
いや、まぁトウワのこの話は最初からこう言う予定だったですが、それにしてももっとこう・・・(笑)
そしてどう見てもお題に沿ってな下げですが、私の中のイメージにしっくり来たのできっと大丈夫(・・・)
とにもかくにもここまでお付き合い下さった姫様。心から深く、深く、感謝なのです!
Title by 群青三メートル手前