ふっと目を覚ました瞬間。
見慣れない天井が視界に入り、
は暫くの間ぼやけた思考でそれをぼんやり数十秒、ジッと見つめていた。
それから次の瞬間、殆ど我に返るみたいに勢い良くベッドから体を起こした。
きょろきょろと周囲を確認する。
室内。
右も、左も、上も、180度、知らない場所。
いや、違う。
全く知らない場所じゃない。
見覚えはある。
何度か来た事はある。
ここは―――――――――――――――――


「ん・・・・・・。」
「っっ!!!???」


不意にのすぐ隣から漏らされた小さな声。
は大げさに体をビクリと震わせて、この部屋の主でもある、ソイツを凝視した。
そいつ。
夜凪トウワを。


「・・・・・・・う、そ、でしょ・・・・・?」


無意識にの口から零れ出た言葉は、震えて掠れていた。
起きた直後には気付かなかったけど、夜凪はの腰辺りに腕を回し、
そのの体はよりによって下着姿だった。
恐る恐る、布団をめくって夜凪の体を確認する。

「っ!!」

上半身だけではあるけど、夜凪の奴も裸だ。
は愕然として、隣で規則的な寝息を立てて眠っている端正な横顔を再度、凝視する。
は下着姿。
夜凪は上半身裸。
そしてここは夜凪の部屋のベッドの上。


ああ。
アア。
嗚呼!!!!!!!
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!!!!
こんなのあり得ない!!!!


そんな、まるで使い古した何かのネタかお約束じゃあるまいし。
こんなベタな。
そんな展開。


知らず、知らず、は自分の唇を手で覆っていた。
その手が、体全体が、小刻みに震える。
今の状況が余りに余りで、は完全にパニックに陥っていた。


思い出せ!!!!昨日何があった?
思い出せ!!思い出すんだ!!


は自分の脳内をフル稼働させて昨夜の出来事を詳しく思いだそうと必死になった。
そう。
昨夜は久しぶりに学園時代の演劇部の皆と揃って顔を合わせた。
職場は同じだし、それぞれと顔を合わす機会が少ない訳じゃない。
だけどさすがに皆揃って一緒にゆっくり話すことなんか殆どないに等しくて、
それでも昨夜は珍しく全員の予定を空けることに成功し、プチ同窓会的な感じで飲みに行ったのだ。
学生時代は殆ど強制入部させられた演劇部。
でも月日が経ってそれもいい思い出だと笑いあえるようになり、
大人になってあんな形で皆で飲みに行けたのが嬉しくて、普段よりも飲むペースが早かったのは認める。
だけど元々はそこまでお酒に弱くはない。
勿論、酒豪と自負するほど強い訳でもないけど、
だからって今まで一度だってお酒で失敗したようなことはなかった。
記憶が飛んだ、なんてことだって今の今まで一度もなかったのに。
なのに。
皆と別れた直後。
なんだかんだで(その辺も既に曖昧だ)夜凪とタクシーに乗った様な気がする。
だけどその後。
その後の記憶が。


「―――――――――――――――――――ない。」


いやいやいやいや!!!
ないじゃ済まされないわよ!?
肝心なのはその先で!!!!!!!


「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・タクシーに乗って、それから・・・、それから?思い出せ、。マジに、思い出せ!!」
「・・・・・・・・。」
「・・・・え?・・・・・・・・・ひぃいっ!!??」

不意に隣で眠っていた筈の夜凪が目を覚まし、の名前を呼ぶ。
は咄嗟に顔を引きつらせて何とも言えない間抜けな悲鳴を上げた。
夜凪は横になったまま、呆れた様な表情でを見上げている。

「・・・うるさい。」
「っ、っ、・・・・って、き、キミ・・・っ!」
「何?」
「なっ!!なな、何って・・・!」

動揺しまくりのとは対照的に、どこまでもいつも通りな態度の夜凪。
いつも通りと言うか、いつもより不機嫌そうに見えるけど、
それは単に低血圧から来る寝起きの悪さからだろう。
の焦りまくりな理由とは全く意味が違う。

「何でがキミの部屋に寝てた訳・・・!?」
「・・・・・・お前、覚えてないの?」
「・・・・・・・・・・覚えてたら聞いてない・・・・・・・!」

答えたに、夜凪はあからさまに呆れかえった表情で深いため息を吐いた。

「ま、そんなことだろうと思ってたけどね。」
「・・・・・・・・・・や、夜凪?」
「説明してやってもいいけど、その前に・・・、お前が体を起こしたままだと俺が寒いんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え゛っ!!??」

夜凪に言われ、は反射的に今の状況に硬直する。
掛け布団を胸元にかき集める形で抱きしめたまま体を起こしている
布団自体はベッドに合わせて結構大きめなんだけど、
のせいで微妙な空間が出来て空気が入って来ている上に、
夜凪の体に掛かる布団の範囲が狭くなってるのは確かだ。
しかも元々コイツは体温が低い。
そして人間は眠ってる間は体温が下がると聞いたことがある。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「もっとこっちに寄りなよ。それから、体は起こすな。」
「・・・・・・・な、何を言って・・・・・・!」
「ここは俺の部屋で、これは俺のベッド。何か文句が有る?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

全くもってその通りだ。
ここは夜凪の部屋で、これは夜凪のベッド。
は仕方なく、体を再度、横たえると、布団を整えた。

「・・・・・・・・・・、俺は、もっとこっちに寄れって言ったよね?」
「こっ、これで十分温かくない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・俺に何度も同じことを言わせないでくれる?」



こ、こいつはああああああああ。


と、いつもなら思ってる所なんだけど、今回ばかりはそうはいかない。
記憶がない時点で、その間にどんな迷惑掛けてるのかすら分からない状況。
そうだ。
こんな(・・・)奴でも。
少しずつ体をずらしてさっきより距離を詰める。
とは言っても、は下着姿で、奴は上半身裸。
肌が触れ合う様な真似はしないように細心の注意を払いつつ、が近づけるギリギリのラインを保った。
――――――――――――――――――――――――――んだけど。


グイッ

「っっ!!!!!!」
今更(・・)その程度の距離で許されると思ってるの?」

夜凪が唐突にの腰に腕を回し、強引に体を密着させる。
重なった肌と肌の生々しい感触。
は反射的に奴の腕から逃れようともがく。

「ちょっと、夜凪っ・・・!」
「昨夜、・・・・・・・・・何があったのか知りたい?」
「えっ・・・・!?」
「お前が俺に・・・・・・・・何をしようとしたのか(・・・・・・・・・・)・・・。」

耳元。
わざとそうしているんだろう。
吐息を吹きかけるようにして、夜凪が囁くように言った。
ピタリ。
は動きを止める。

「・・・・・う、嘘、・・・、・・・・・・・何か、した?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今のこの状況で分からない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
――――――――――――――――――――――――――――。」


夜凪の意味深過ぎる言葉に、の思考回路がフリーズする。


今の、この状況で、が何をしようとしたのかが、分からないかって?


茫然状態なの耳元。
再度、耳朶をくすぐるみたいに触れるか触れないかのところまで近づけられる夜凪の唇。

「・・・・・・・・言っておくけど、俺がした(・・)訳じゃないよ?」

下着姿のの露出の多い体が、夜凪の肌と直接重なって、ぬるい体温を生み出している。
同時にしっとりと何処か色気を含んだ彼の声が、鼓膜を直に震わせるみたいにの耳に響いた。

「・・・・・・・う、うそ、・・・・・・・?」
「あいつ等と別れた後・・・、お前と俺は同じタクシーに乗った。」

そうだ。
そこまではも覚えてる。
が知りたいのはその先。
その後、何があったのか。
ううん。
その後、何をしたのか(・・・・・・)

「タクシーが動き出した時にはもうお前は眠っていて、何度揺り起しても起きなかった。
・・・・・・・まったくいい迷惑だよ。俺はお前の家の場所は知ってるけど、鍵の場所は知らない。
仕方がないから俺の部屋に連れてくることにしたんだ・・・・。
だけどその後部屋に着いてすぐだ、お前が目を覚ましたのは・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・起きた・・・・・・・・・・・?、起きたの・・・?」
「そう、目を覚ました・・・。あんなに揺すっても起きなかったお前がね・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかして、あれって狸寝入りってヤツだったんじゃない?」
「はい!?なっ、何でがそんな真似っ・・・・・・!」

がそう反論しかけたその時。
くくっ。
耳元で夜凪が笑う声がした。


「・・・・・・俺の部屋に上がり込んで、・・・・・・・俺を誘う為・・・。」
「なっ!!!!!!!!!!!!!!!」

返された言葉にカッとなって顔を上げる。
超の付く至近距離で夜凪と視線が合った。
それで改めて今の状況を思いだし、は硬直してしまう。
密着した肌と肌。
夜凪の胸板に必然的に押し付ける形になってしまっているの胸。
華奢すぎると言っていい見た目に反して、彼の体は男らしく適度な筋肉がついていた。

「・・・・・・・っ、ど、どうしてそう言うことになる訳っ!?」

触れ合う肌から無理やり意識を引き剥がそうと、は必要以上に声を荒げた。

「・・・うるさい。この距離で大声出さないで欲しいね・・・。」
「だったら・・・!」

放してよ!
続ける前に、夜凪が更に口を開いた。



「お前、俺の前で脱ぎ始めたんだよ。」




「――――――――――――――――――――――――――はい?え?」



告げられた台詞の意味が理解できなくて、いや、したくなくて、は咄嗟にそう聞き返していた。
フッと、目の前にある奴の顔が意地悪く笑う。


「俺の前で脱ぎ始めたんだ。」


夜凪がさっきと同じ言葉を繰り返す。
は殆ど機械的に唇を動かしていた。

「だ、れ、誰が・・・・・・・?」
「お前が・・・。」
「・・・・・・・・・・・・うそ・・・・・・。」
「ほんと。・・・じゃなきゃ、この状況の説明がお前に出来る?
大体、記憶のなかったお前にことの真偽が分かる訳?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


うそ。
そんな。
まさか。
待って、待ってよ、そんな。



何度目の衝撃だろう。
だけど、今までのものとは比較に出来ない位、はショックを受けて、余りの事に、愕然としていた。
でも確かに夜凪の言う通り、ここは夜凪の部屋で、夜凪のベッドで、
こんな(・・・)格好で、夜凪だって。
その上には皆と別れてからの記憶が殆どない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


震えた掠れ声でそれだけ口にして、でも結局先が続かない。
まさか自分がお酒でこんな失態を犯すなんて思いもよらなかった。
最低。
最悪だ、



でも、そうだ。
今のが全部本当だとしたら、悪いのは―――――


「・・・・・・・・・・・・夜凪、・・・・・・・・・・・・・・・ごめん。」
「・・・・・何が?」
「うん、もう・・・・・・・・全部。色々、全部ひっくるめて・・・・・・。謝って済む問題じゃないけど・・・・・・。」

間近に有る夜凪の色素の薄い瞳から視線を逸らし、は殆ど消えそうな位にか細い声でそう言った。
話の流れから言って、迷惑掛けたのは明らかに私で、
こう言う(・・・・)状況になったのも、色んな意味で自業自得だ。
夜凪が全く悪くない訳じゃないとこもあるかもしれないけど、でもどう考えてみてもこれはが原因。
それなのにはコイツを一方的に悪者に仕立て上げようとしてた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・フッ・・・。」
「・・・・・・・・・・?や、夜凪・・・?」

不意にいやに楽しげに夜凪が笑顔を浮かべた。
思わずきょとんとした表情を晒すに、彼は唇に笑みを乗せたまま言った。

「お前、結構扱い易いね・・・。俺の言うことを鵜呑みにするなんて・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は、い?」
「ま、俺は別に嘘を言った覚えはないけど、お前が一人で勝手に話を進めてるだけで。」
「な、・・・・・・・何!?どう言う意味?」

益々訳が分からずに聞き返すに、彼は少しだけ瞳を細めて続けた。

、タクシーに乗った時にお前が眠ってたのも、お前が俺の部屋に着いた途端に目を覚ましたのも本当だ。」
「・・・・・・・・・・・・!!??じゃあ脱いだってのは!!!!」
「残念、それも本当。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?じゃあ、何が・・・・・・・。」

ほんの一瞬期待と怒りで声を大きくしたは、夜凪の言葉にまたしても声を落とす。

「・・・・・・・・・・・・でも別に誘ってた訳じゃないみたいだね。どうやら、自分の部屋と勘違いしてたらしい。
パジャマに着替えようとして当然の様に見つからなかった、そんなところだろ・・・。
おかしな独り言を言ってたからね。寝言に近かったな・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

茫然。
自分の間抜けさと、馬鹿さ加減が余りにも情けない。
でもはそこでハッと我に返っていた。

「って、そう分かってたんなら止めてくれても良くない!?」
「どうして?お前が勝手に勘違いして、勝手に脱いだんだろ?俺が止める必要なんかないと思うけど。」
「あるから!そこは止めようよ!止めてよ!」

確かに。
確かに、話を聞く限りでは何だかんだで結局はが悪いのは変わりない。
だけどあれだけ誤解させる内容をに吹き込んだ上、が脱ぐのを傍観してたなんてそこはどうなの。


「俺としてはどっちにしろ、代償は払ってもらうつもりだったしね。」
「だっ、代償・・・・・・!?」
「タクシーの中で俺の肩に寄りかかって眠り込んだ上に、タクシー代は俺持ち。
しかも俺の部屋に運んでやってベッドまで貸したんだ。それ相応の代償は当然だろ?」
「・・・・・・・・・・え、う、あ、・・・・・お金!!!!払う!!!勿論タクシー代は返す!返しマス!!!」

言いざま、はベッドから離れて自分の荷物のあるソファまで移動しようとした。
――――――――――――――――――――――――んだけど。
出来る訳、なかった。
何故なら、夜凪の腕の中、がっちり、しっかり、それはもうバッチリと、捕らえられていたから。

「や、夜凪・・・・・・・・・?」
「お前は、この俺に労働させたんだ。タクシー代を払った程度で済まされると思ってるの?」
「・・・・・・・・・・・・、で、でも、ほら、一応湯たんぽ的な役割は果たしたってことで!」
「ふぅん?だから?」
「だから・・・・・・・・もう・・・・・・・。・・・・・・・・っあっ・・・!」

の背中に回されていた夜凪の片手が、のわき腹を撫で上げるように動いた。
同時に彼の長い脚がの太ももを割って入りこんできた。
それこそ全身隙間なく密着させられ、それだけで自分の下腹部に妙な疼きを感じ始めていた。

「夜凪・・・・・・っ!」
「お前、自分の体重がどの位あるか知ってる?」
「・・・・・・な゛!!??」
「俺がお前を、このベッドまで運んでやったんだよ・・・。」
「そっ、それは・・・・・・。」
「分かったなら、大人しく言うことを聞きなよ・・・、。」

夜凪がそう口にしたのとのブラのホックを外したのは殆ど一緒だった。

「っ!」
「俺とタクシーに乗った時点で、お前には最初から逃げ場なんてないんだよ。」


いやに優しくやわらかな声。
だけど同時に毒と色気をたっぷり含んだ口調で夜凪はそう囁くと、
その唇での言葉を封じ込めるみたいに塞いだ。


アルコールはもうすっかり抜けてしまった筈なのに、まだ酔ってるんだろうか。
唇が重なった瞬間に、抵抗しようと言う気が一瞬にして消え失せて、
体だけじゃなく頭の中、思考まで熱を持ち始めてしまった様なおかしな錯覚を覚えた。



(END)



アトガキ
なんがあああああああ(毎度のこと 笑)と言うことで、ユキでやった酒ネタトウワ編。
あの時も長かったけど、今回も殆ど同じ長さだああ(笑)
ユキと似た様な状況に陥ったとして、トウワは絶対止めないと思う、ってのがネタ元でした。
お前が勝手にやったんだって言われれば相手はそれまでですもんね、はははは!
ですが思ったより微エロ風味に出来なかった!(・・・)
最近すみれ夢のマイナーさを痛感している管理人ですが、ここまでお付き合い下さった姫様!
誠に誠に有難うございます!感謝感激、雨霰なのです。失礼します