「・・・・・」
「――――――――」



「――――」
「おい、?」
「――――」
「なぁ、、あんた大丈夫なのかい?俺の声、聞こえてますか?」
「・・・・・・・・・、・・・・・えっ?・・・あ、ごめん、凌統、呼んだ?」


ぼんやりと意識を飛ばしていたところに、
聞き慣れた声で名前を呼ばれてハッと我に返る。
慌てて右隣に視線を移すと、見るからに分かり易く呆れかえってる凌統がを見て肩を竦めた。


「そりゃもう喉が枯れる位に呼んだっての」
「ぶっ、や、それ大げさすぎだし!・・・まぁ、でもごめん、全然気付かなかった」
「ったく、これから戦が始まるってのに、呑気なもんだ。何度呼んでも返事がないから、
立ったまま寝ちまってるのかと思ったぜ」
「あ、あはははは・・・」


返す言葉が見つからず、は思わず乾いた笑いを漏らした。
確かに、幾ら何でも戦を直前に控えたこの時にぼんやり考え事なんかしてる場合じゃない。
だけど、ある意味で、ぼんやり考え事に浸ってしまったのは、『戦直前だから』と言う理由もあったりはする。
今更考えても仕方ない事なのに。
今になっても割り切れない。



だって、ここはにとって―――――――――



「凌統、余りをからかってやるな。はまだ戦の経験も浅い。緊張しているのだろう」


達の背後から現れた呂蒙さんがそう言って助け船を出してくれる。
は有難くそれに乗っかる事にした。


「そ、そうですね。やっぱりまだ緊張します」


これは嘘じゃないけど、意識を飛ばしてた本当の理由とは違う。
でもそれを彼らに告げる事は出来ない。
彼ら、と言うのは、別に凌統や呂蒙さんだけを指して言ってる訳じゃなく、
もっと範囲が広く、かなりの複数形な意味で。
いや、この場合、そう言う段階ですらないかもしれない。
のこの悩みは、この世界(・・・・)の誰にも話す事は出来ないんだから。


「ふぅん、緊張・・・ねぇ?」


どこか納得行かないという様子で、凌統がちらりとに視線を向ける。
はひくりと口元を引きつらせ、敢えてそれに返事はしなかった。


「さぁ、凌統!お前はそろそろ持ち場に着かんか。
策の準備が速やかに整うかはお前の働きにかかっているのだからな」
「っと、そうですね。んじゃ、行くとしますか!
じゃあな、、緊張し過ぎてドジ踏むんじゃないぞ」


そう言ってひらひらと片手を振りながら凌統が達の傍を離れて行く。


、戦に慣れぬお前が緊張するのも致し方ないだろう、・・・だがくれぐれも敵に隙を見せるなよ。
大丈夫だ、お前の腕ならば他の者に後れを取る事はない。
今までの戦が、それを証明しているだろう」
「・・・・・・・呂蒙さん。はい、有難うございます」
「うむ、さぁ行け!黄蓋殿が待ちかねているぞ。間もなく合図もある頃だ」


呂蒙さんが笑顔と一緒にポンっと軽くの背中を叩いて押し出す。
はそれに頷いて応え、そのまま黄蓋の待っている場所を目指して駆けだした。


これから始まるのは、紛れもなく本物の戦だ。
大勢の人々が命を掛けて殺し合う戦場。
舞い上がる土煙も、得物のぶつかり合う金属音も、飛び散る血飛沫も、
悲鳴も、怒号も、その全部が現実。



自身の信じる君主の為、そして仲間や家族の為、乱世を終わらせる為の戦。
だけど決して、綺麗事だけじゃ済まされない戦い。




正直に言えば、もう何度、ここから逃げ出したいと思ったか知れない。
違う。
本当は、今もそう思ってると言った方が正しいのかもしれない。


には誰かの為に戦って命を掛ける覚悟なんて、何一つ出来てない。
ここに居る皆の様に、理想や志を持ってる訳でもない。


が今ここで戦ってるのは、今に出来る事がそれしかないからだ。


だってここは本来にとってあり得ない世界。
異世界よりももっと遠い、異次元と表現してもいい位の場所なのだ。



今でもよく考える。
この世界に来るきっかけになっただろうと思えるあの瞬間。
そう、あの時(・・・)、もしも振り返っていなかったら、
は今も変わらずいつも通りのの日常の中で生きていけてたのだろうかと。



――――――――だけどこうなってしまった今では、
『もしも』なんて何の意味もない事を、ももうよく分かってる。



それでも、考えずにはいられない。
平凡で平和な日常が、余りに突然に一転してしまったあの日の事を。



(続く)