「しっかしまさかあんたがあの『冥土の羊』でバイトすることになるなんて思わなかったわ!
噂聞いてずっと入ってみたかったんだけど、やっぱメイド・執事喫茶って勇気無くて。
こないだも言ったけど、あの有名なイッキさんも働いてるのよ、あそこ!
まぁFCの連中が怖いっちゃ怖いけどさ、お客として行くだけなら目付けられたりしないだろうし」
「・・・・・・・・・・・・」
「あんたがあそこでバイトすることになったって聞いた時はホンット驚いた。
確かお母さんのツテで店長さんと話てそう言うことになったって言ってたっけ?
それでもまさかそれであんたがそれをOKするなんてね〜。ビックリよ。
面接の帰りに電話くれたじゃん?店長さんが美形だけどかなり濃い人だって。
つかオネェな人って私始めて生で見るんだけど、接客のときは普通なのかな?今日居るといいけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今朝から奇妙なことの連続で頭が付いてかない。
そしてそのに追い討ちをかけるように友人の今のこの話、
にしてみればもうビックリよなんてレベルじゃない。
何なの、何なんだって言うの、これは。
世にも奇妙な物語か、トワイライトゾーンか、
とにかくそう言った類のぶっとんだ出来事が起きてるとしか思えない。
本来社会人のはずのは今大学生で、そして夏休みに入ったばかり。
しかも母の陰謀(?)により、明後日からとある喫茶店でバイトを始めることになっている。
―――――と言う状況らしい。
もう本当に何が何だか分からない。
因みにパニくりまくって母に色々聞いてみたけど、まともに取り合ってくれなかった。
まぁ、も逆の立場であってもきっと悪ふざけしてるとしか思わないだろう。
っていうか・・・よりによって『冥土の羊』って・・・!!
にとってはある意味聞き慣れた喫茶店名じゃある。
だが、友人は決して興味を持つ類の場所じゃない。
いや、場所と言うか、それこそその場所も実際存在するのかと言うレベルだ。
もしかして今流行の企画もの的な、イベント的な、期間限定喫茶店みたいなものだろうか。
そう言うカフェが幾つかあるのは知ってるし、一度は行ってみたいと思ってたけど、
それはあくまでお客としてと言う意味であって、
自分がそこで働いてみたいとか、そんなことを考えたことは一切ない。
何故ならの知る『冥土の羊』はゲームの中に登場する喫茶店であって、
本来実在する場所じゃないからだ。
最近仕事から帰って夜更かしし過ぎだと自覚しつつ、こそこそプレイしていたゲーム。
精霊オリオンとヒロインの精神が衝突し、その衝撃のせいで彼女は今までの全ての記憶と、人格を失ってしまう。
その彼女が目覚めたのは8月1日。
ヒロインとオリオンはその日から記憶を取り戻すために彼女の周囲の親しい人物から情報収集を始める。
って感じの所謂恋愛アドベンチャーってやつだ。
因みにがこの手のゲームにはまっている事は、家族は勿論、親しい友人にも話してない。
あくまでもひっそりこっそり楽しんでいたし、友達の誰もこの趣味のことは知らない。
今一緒に居る彼女も例外じゃないし、彼女の口からもそう言うゲームに興味があるなんて話は聞いたことが無かった。
もしもイベントや限定企画なんかで本当に
そんな彼女がこんなに期待しまくって足を運ぶことがあるなんて思えない。
レイヤーさんがキャラになりきってる系の感じなのも想像したけど、
友人の様子から言ってそういったものでもないらしい。
もしもそう言う系統の場所なら、自分が店員として働くなんてにはまず確実に無理だ。
さっきも言ったように、お客として彼らを愛でることなら出来るが、自分でやるなんて絶対にあり得ない。
いや、でもさっき変なこと言ったよね?
。
そう、彼女は確かにそう言った。
『イッキ』と言うのは実はがプレイしてたそのゲームのお相手キャラの一人で、
かなり特殊な体質の人物なんだけど、それを友達が知るはずがない。
と言うか、もし万が一、と同じくこっそりそのゲームをプレイしてたとして、
それを突然こんな形で堂々と口にするのもおかしな話だ。
しかも今の口調だとまるでリアルに彼が存在してるみたいな言い方だった。
ファンクラブがあることまで一致してるなんて、ちょっと笑えない。
そしてまた当然のように、は彼女からそんな話を聞くのはこれが初めてだった。
ああー・・・、ダメだ・・・。無理・・・、本当に訳分からなさすぎて・・・。
思考が正常に働かない。
がおかしいのか、の周囲が変わってしまったのか、あり得ないことが多すぎて理解不能だ。
こんな時にこんな事を考えるのも変だけど、何だかあのゲームと少しだけ状況が似ているような気がした。
残念ながら、の傍にはをサポートしてくれる妖精なんて居やしないけれど。
特に家の周辺はの知ってるものと殆ど変わらないのに、
大通りに出た途端、全く見覚えのない街の様子を目にした時にはさすがにぶっ倒れるかと思った。
家の中はパッと見じゃ分かるような大きな変化はなかったのに、
街全体をそっくりそのままどこかと取り替えてしまったような変わり様だったんだから。
更に言えば、今朝は気付く余裕さえなかったけど、昨夜は寝る直前まで暑苦しさに悩まされたってのに、
涼しいと思える位のこの気候。
連日猛暑が続いてた昨夜までと余りにも違いすぎる。
そんなところまでゲーム内の話と一致するんだから色々な意味で勘弁して欲しい。
「ねぇ、あんたさっきから大人し過ぎじゃない?どうしたの?」
「・・・え?あー・・・お腹好いてるから」
「ああ、そういや起きるの遅かったって言ってたわね?朝食抜いてきたの。
ま、あの時間に食べると喫茶店行ってもお茶だけになるもんね」
母からは煩く食べて出ろと言われたが、正直それどころじゃなかった。
今だってそうだ。
楽しくお喋りな心境じゃない。
とは言え、あのままぼけっと家に居てもどうにもならなかったとも言える。
取りあえずは訳が分からないなら分からないなりに状況を把握するしかない。
◇◆◇
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「・・・・・・っ!!!???」
「(ちょっと、想像以上にイケメン執事ーー!)」
噂の『冥土の羊』に足を踏み入れてすぐに、
どこか見覚えのある執事のユニホームを着た男性店員が達を出迎えた。
彼は丁寧にお辞儀をしてと友人に笑顔を向ける。
背後で小声ながら興奮気味に彼女が何か言ってたけど、はそれどころじゃ無かった。
今日はこの短時間に奇妙なことの連続で何度衝撃を受けたか知れないけど、
その中でも特に驚いた街が様変わりしてた事実と同じ位は今衝撃を受けてる。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
「あっ、い、いえ、な、なななっ、何でもないです・・・!」
「?では、お席にご案内致します」
何でもない訳が無い。
冥土の羊。
ここはやっぱり
いや、それにしても余りにも完璧すぎて、それなのに自然すぎて、逆に怖いくらいだ。
はたった今を案内してくれたばかりの男性店員からどうしても目が離せないで居た。
それこそ穴を空ける勢いでじろじろと見てしまう。
幾ら店員さん相手とは言え、初対面の人に不躾だとは分かってる。
分かってるけど、目が離せなかった。
何故なら、接客用だろうが、爽やかで人懐っこい好印象の笑顔を浮かべて達を出迎えてくれたその彼は、
がついさっき思い出していたゲームの登場人物『トーマ』にそっくりだったからだ。
いや、そっくりなんてレベルを超えてる。
二次元の漫画やゲームの三次元化、つまり実写化ってのは再現しようとするとかなり難しい。
大抵どうしても髪型なり衣装なり、全体に纏う雰囲気なり、
細かい部分も含めて上手く表現できていないものが多くて、
原作ファン達をがっかりさせることも少なくない。
だけど彼は違う。
どこをどう取っても本人だとしか思えない。
髪型も、雰囲気も、顔の造形、その声さえも全部が全部『トーマ』本人に見える。
少なくとも外見は彼が現実に居たらこうだろうなという、その想像から全然ズレてない。
だからこそにとっては不自然で。
「・・・お嬢様?」
「(ちょっと、あんたガン見しすぎ!店員さん、困ってるわよ)」
「あっ!す、すみません・・・!なな、な、何でもないです」
「では、ご注文がお決まりの頃伺います」
彼は再び笑顔を向け、丁寧なお辞儀をして達の席を離れた。
は半ば呆然とその背中を見送る。
向かい側に座った友人が少し驚いた様子でに声を掛けてきた。
「ねぇ、。何かあんた本当にさっきから変なんだけど。なに?
あのイケメン店員に一目惚れ?にしては青ざめてなかった?」
「や・・・そう言うんじゃない・・・んだけど」
「?変なの。ま、あんたが変なのはいつものことだけど。
てかさ、ここ本当にイケメン揃いなんだけど!それにメイドの子も可愛いよね。
美男美女揃えてるっていうか、いいわー、ココ」
「・・・・・・・・・・・・」
古典的表現を使うなら、目がハートになってそうな勢いの友人は、
嬉しげに頬を染めて店内を見回してる。
は未だにたった今目にした『トーマ』な執事のことから離れられなかったが、
それでも彼女に釣られて店内に居る他の店員に目を向けた。
瞬間。
―――――ガタンッ
「っっっ!!!!????」
「えっ??ちょっと、どうしたの?」
今このフロアで接客をしてる店員は執事とメイドの一人ずつ。
執事のほうはさっきのトーマに激似というか、どう考えても本人の彼、
そしてメイドの方は如何にも男受けしそうな可愛らしい容姿をした、
パーマのかかった長い髪の10代と思われる女の子だった。
髪の色はピンク色と表現してもいい色合いに染められてる。
少し高めのトーンで男性客に笑顔を向けて接客している彼女の姿は、
どう見ても『ミネ』そのものだった。
そしてたった今、フロアから奥に引っ込んで行った黒髪の男性店員。
あれは執事の格好じゃなく、キッチンスタッフのユニホームだっただろうが、
その後ろ姿はやっぱり『シン』にしか見えない。
そうだ、それはきっと『彼ら』が実際に存在したなら、と言うそのままの姿だった。
「・・・・・・・・・・・・」
「?」
「な、んでもない・・・」
言って、は殆ど放心状態に近い表情を浮かべてまたゆっくり椅子に座り直す。
なんでもない、訳がない。
なんでもない、どころじゃない。
なんでもありすぎて、ありまくりすぎて。
内心は衝撃の嵐×100位だったけど、もう驚き過ぎてどう反応していいか分からなかった。
思考回路はとうにショートしてる。
と言うか、停止してると言ったほうが正しいかもしれない。
『トーマ』『ミネ』『シン』彼らは皆、例のゲームの登場人物だったから。
(続く)