がこの世界で目覚めたあの日から一週間経過した今現在。
当然のようにはやっぱりここに居た。
ウキョウと街中ですれ違い様に肩がぶつかり、
その後「電柱激突鼻血事件」によってイッキとケントに出会った翌日から、
『冥土の羊』でバイトを始めている。
のバイト初日は丁度『冥土の羊』のスタッフ全員が揃う月一の朝会がある日で、
ウキョウ以外の主要な面子とはほぼ全員顔を合わせた。
トーマはがお客として来店した時の挙動不審っぷりを、
自分が働くことになるお店に来て緊張してたと言う理由で納得してくれたようで、
としてはかなりホッとしたのだった。
それから実はどうやら店長とは数日前に店で面接をして貰い、
その時に顔を合わせてたらしいから、
あの友達と行った日に顔を合わせなくて良かったと今では思ってる。
そしてバイト開始初日のその日にイッキとケントには例の件について改めてお礼を言ったものの、
まともに顔を見ることなんて出来やしなかった。
因みにはこの『冥土の羊』に一緒に来た友人と同じく、
イッキとケントの居る大学に三年生として在籍していることが判明した。
もう何というか、今更そんな程度じゃ驚かないけど。
そう、そんなことよりも驚いたのは、
が元居た世界で画面越しに見てたヒロインと常に共に行動してる
(と言うか彼女から離れられないんだけど)妖精・オリオンの姿が何故かには見えてることだ。
本当ならヒロイン以外の人間には姿は勿論、声を聞き取ることも出来ない存在の筈なのに、
何故かにはしっかりバッチリ見えてしまっていた。
今のところ、はそのことを彼女には告げてない。
と彼女はこっちの世界の(?)としても初対面だし、
ある意味第三者として全ての事情を知ってしまってるが、
どの程度の接触までしていいのか図りかねてるからだ。
としては彼女が悲惨なバッドエンドを迎えるようなことだけはないように手助けしたいとは思ってる。
とは言え、この世界が今のにとって現実だとするなら、
下手な手出しをして、『世界』からの排除対象とみなされても困る。
この世界にも『』と言う存在があったからこそ、今のはここに居るんだろうから、
ウキョウのように本来居るはずのないイレギュラーな存在ってことにはなってないみたいだけど、
用心するに越したことはない。
とにかく今は自然な形で彼女と仲良くなって、こっそり手助け出来ればと思ってる。
まぁ、とは言っても、彼女に近付くたびにどうしても視界に入ってしまうオリオンを居ないものとして考えるのは、
実は結構苦労するんだけど。
「店長、お疲れ様でした、お先に失礼します」
「ええ、お疲れ様。あなたまだバイト始めて3回目位だけど、接客の方は思ったより早く慣れたわね。
以前もどこかでバイトをしていたの?」
「え?あ、あー・・・、はい、そうですね・・・少しだけ」
曖昧な笑顔を浮かべてそう答えながら、内心で「大学時代に」と付け足す。
まぁつまり、元居た世界で飲食店でアルバイトしてた訳なんだけど。
正直まさかこのがメイド喫茶で働くことになるなんて夢にも思わなかった。
例の「おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様」ってヤツは最初は恥ずかしすぎて慣れないどころの騒ぎじゃなかった。
と言うか、ここの制服着るのにもかなり抵抗を覚えた位だ。
ああいうものはは愛でる側であって自分がその対象になるなんて考えもしなかったから。
しかもここのカフェは美男美女揃い。
つまりどう見ても平均的で一般的な普通のは浮きまくり。
自分の容姿を卑下するつもりはないけど、周囲のレベルが高すぎて、そう思わざる得ない。
それが分かりきってるだけに、この世界に来た当初のショックとはまた違う意味で精神的ダメージを受けた。
「まだまだ覚えなきゃいけないことは沢山あるけど、少しずつ確実に吸収して行って頂戴ね」
にっこりと笑顔を向けてそう言ってくれた店長には軽く頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございます、じゃあ、失礼します」
「ええ、またね」
スタッフのロッカールームに向かいつつ、は小さく溜息を吐いた。
ここでの日常に少しずつ慣れて来てはいるものの、まだまだ不安だらけ。
と言うか、は本当にこのままこの世界の人間になるんだろうか。
いや、勿論、まで『世界に排除される』なんて状況は真っ平ごめんなんだけど。
「わっ・・・!」
ぼんやり考え事をして歩いていると、何もない場所で蹴躓いてしまった。
こけるような間抜けな真似はしなかったけど、ちょっと恥ずかしい。
よ、よし・・・。誰も見てなくて良かっ――――
「何やってんですか?そこに突っ立ってられると邪魔なんですけど」
「っ!」
不意に背後から声を掛けられ、は慌てて振り向いた。
視線の先にはキッチンスタッフのユニホーム姿のシンが立っている。
は彼に道を開けつつ謝る。
「す、すみません」
「よくそんな平坦な場所で躓けますね。フロアで同じことしないで下さいよ」
「・・・は、ははは、気を付けます。お疲れ様です」
シンの鋭い一言に、は乾いた笑顔を浮かべて返事をした。
因みに彼は18歳でより3つ下なんだけど、
はここのバイトに入ったばかりの新入りなので当然のように敬語だ。
画面越しに見ると彼のこのツンとした態度にもニヤニヤ出来たんだけど、
リアルに接するとさすがに心に突き刺さるものがある。
しかもよりによってあんな間抜けな場面を見られるなんて、
なんでこうはタイミングが悪いんだろうか。
その後着替えを済ませたは店を出た。
イッキがシフトに入ってるときはファンが出待ちしてる場所も、今日は彼がいないので静かなものだ。
未だに見慣れた街とはいい難いが、それでもバイト先から自宅に戻る道はもう覚えてる。
友人と通った道は遠回りだったので、今は最短と思われる道を行ける位には分かっていた。
真夏だってのに、肌寒ささえ覚える夕暮れ時。
はぼんやりと赤く染まる空を見上げた。
の一日の半分がもう終わってしまった。
今日もまたこの世界で。
本来架空の、にとって二次元でしかあり得ないこの世界で。
「・・・帰るか」
余りぼんやりしすぎてまた蹴躓いたり電柱に激突したりするのは色々な意味で痛すぎる。
明日はまたバイトに入ってて、明後日とその次は休みになってる。
ほんの一瞬、それまではやっぱりこの世界に居るんだろうかと考えたけど、
考えても無駄だと思い直してその思考を中断した。
本来のにとっての日常がいつ戻ってくるかなんて分からない。
だから今はこの架空であるはずの世界でこの世界のとして生きてくしかない。
今のには、そうすることしか出来ないんだから。
未だに割り切れてなんかないけれど、この世界も捨てたもんじゃないと思ってる。
(END)