「お疲れ様、」
「あ、お疲れ様です、イッキさん。今日ってシフト入ってたんですね」
「いや、本当は休みの予定だったんだけど、
今日はトーマが急用でどうしても出られなくなったって店長から連絡があってね、
僕も珍しく予定空いてたから入ったんだよ」
イッキの返事に、はそう言うことかと納得する。
つい数日前にシフトを見た時は、今日のシフトにイッキの名前はなかった。
トーマの代打で急遽シフトに入った彼とこうして顔を合わせられたのはとしてはラッキーだった。
正直に言えば、イッキとシフトが被る日はチェック済みだったりする。
大学が同じとは言え、が彼と広いキャンパスで顔を合わせることは滅多にないし、
やっと見つけたかと思えばイッキは大抵FCのこ達に囲まれてることが多い。
たまに向こうが気付いて挨拶をしてくれることもあるんだけど、
それも数分程度のすれ違いざまって感じのたかが知れたもの。
とにかく、大学内じゃまともに会話を交わしたことは殆どない。
まぁ、FCや他の女子だって常にイッキの傍に居るわけじゃないんだろうけど。
だから『冥土の羊』でイッキと同じシフトで入った時は、
少なくとも大学に居る時よりは周囲に気兼ねなく話せるチャンスな訳だ。
つまりは、あのイッキに絶賛片思い中なんである。
これもイッキのあの瞳の影響、
『彼の目を見た女子は皆、彼に恋をした気分になる』ってやつなのかと思ったけど、
実際のところは自分でもよく分からない。
初対面のときの、(思い出したくもないが)『電柱激突事件』時、イッキはサングラスをしてたし、
翌日のバイト初日の時はサングラスを外してたけど、
の方が前日の件でまともにイッキの顔を見られる状態じゃなかった。
(ケントに対しても同じだ)
その後もイッキに対してどきどきしなかったかと言えば、そりゃしたに決まってる。
でも、それを言うならはあの『冥土の羊』男性メンバー全員にどきどきしてた。
と言うか女の子達にだってどきどきしてたと言っていい。
本来なら顔を合わせるなんて天地がひっくり返ってもあり得ない『キャラ』達。
美男美女の彼らに囲まれて平静でなんていられるはずがない。
という訳で、イッキ相手に限らずは最初の数週間はかなり挙動不審だったと思う。
がこの世界で目を覚まして二ヶ月半。
今じゃ当然彼らを『キャラ』だなんて思ってないし、思えない。
気付けばバイトを通して皆とも随分親しくなり、いつの間にかイッキを好きになってる自分が居た。
どうやらこの世界の彼はと付き合ってる訳じゃないみたいだから、
今はフリーらしいけど、
だからって他の子達みたいに告る勇気もなく、さっきみたいな小さな幸せに一喜一憂する毎日だ。
それにしても、まさかこのが画面越しのその他大勢の彼女達のように、
イッキに恋する女の子の一人になる日が来ようとは思わなかった。
さっきも言ったように、この気持ちがイッキの特異体質に影響されてるのかは分からない。
に自信を持ってイッキの瞳の力が効かないんだ!と言えればいいのにとは思うけど。
でもその自信がないからって、これが本当の恋じゃないんだと否定だけはしたくなかった。
はFCに入ることもFCの子達や他の女の子達のように想いを伝えることも今は考えてない。
ただ今はこうして同じ大学の同じバイト仲間としてイッキと普通に話を出来れば十分で、
なんてのは余りにも乙女な思考だろうか。
そりゃ勿論、今より近付ければそうしたいに決まってるけど、元々イケメン耐性の低いにしてみれば、
今だって十分頑張ってる部類に入るのだ。
それに、初対面のきっかけが『アレ』だっただけに、
自分が彼に女として見られてる自信なんて全くない。
更に言えば、プレイヤーとしてこの世界を覗いてきたは、
もしも自分が告白したとして、それが少しでもイッキの精神的負担になるかもしれないと言うことも含め、
どうしても自分から踏み込んでいくことも出来なかった。
「ねぇ、」
「はい?」
「外はもう結構暗いし、今日は僕に送らせてくれる?」
「・・・・・・・・・・・・は?え?」
帰宅の準備の為に着替えようとロッカーに向かう途中。
イッキに呼び止められ、思いがけない申し出を口にされては思わずぽかんとして聞き返した。
「だから、一緒に帰ろうかって誘ってるんだけど。そんなに驚くことかな?」
「いや、・・・え?でも・・・FCのひとたち・・・」
「さっき言ったでしょ、今日は僕休みのはずだったって。
FCの子達も僕がバイトに出てることは知らないよ」
「・・・・・・・・・」
「それで、返事は?」
「・・・お、お願い、シマス」
余りにも予想外のイッキの台詞に、はカクンと、ぎこちなく頷いた。
イッキはそれをおかしそうに見つめながら、満足げな表情で返事をする。
「うん、じゃあ着替えて来ようか。裏口で待ってるから」
「了解です」
その後はわたわたと着替えを済ませに慌しく自分のロッカーに向かい、
この棚ぼた展開に驚きを隠せずにいた。
だけど同時にやっぱり凄く嬉しくて、
無意識のうちにニヤニヤとだらしない位に口元を緩めてしまってることに気付いたのだった。
◇◆◇
「今年の夏は異常気象で冷夏だったけど、秋に入ってからは普通の気候に戻ったよね。
もしかして真冬並みの寒さになるんじゃないかとか思ってたけど、要らない心配だったな」
店を出てイッキと並んで歩きながら、はその心地よい声に耳を傾けつつ、
隣に居る彼の存在をこれでもかという位に意識していた。
本当に馬鹿馬鹿しい話だけど、本気で手と足が一緒に出てしまいそうなほど今のは緊張してる。
元々イケメンは遠目から愛でるべしと言う人間だった上に、
イッキと二人きりで帰ることになるなんて、どうしても意識せずに居られない。
それでも『冥土の羊』で働くようになってからは美男美女と近距離で接することにもどうにか慣れたけど、
相手がイッキとなると全く別の話だ。
こうなると店を出る直前まで動揺しながらも単純に浮かれてた自分が間抜けに思えてくる。
「どうしたの?さっきから随分大人しいね。・・・もしかして・・・今緊張してる?」
「え゛!!??いやっ、あの、はい・・・!?いえっ!」
イッキのその図星を突いた一言には慌ててそれを否定する。
いや、否定、したつもりだった。
動揺しすぎて全く否定できてなかったけど。
が余りにもうろたえるものだから、イッキは一瞬きょとんとしてを見下ろした後、
ぷっと小さく吹き出した。
「っくっくっく、それ、どっちなの?あのね、そんなに慌てなくても僕は君を取って食いやしないよ」
「す、すみません・・・!」
「ううん、あはははっ、僕の方こそごめん。君があんまり慌てるからおかしくて、ついね。
でも考えてみればこうして二人っきりになるのって初めてだよね」
イッキはひとしきり笑った後、そう言って少しだけ瞳を細めてを見下ろした。
既に周囲はもうかなり暗くて、お互いの顔や表情も見えにくくなってる。
彼は特異体質のせいでいつもしている女の子避けのサングラスを今は外していた。
「ねぇ、」
「はい」
「前から聞いてみたかったんだけど、君にはやっぱり効いてるの?
それとも実はみたいに効いてないのかな。あんなコは滅多にいないんだけど、
っていうか初めてだったんだけど、もしかして君もそうなの?」
何が、なんて聞かなくても分かってる。
たった今が考えてたことだ。
つまり、イッキは彼の『瞳』の話をしてるんだろう。
そこでがその問いに答える前に、不意にイッキがとの距離を詰めてきた。
「わっ!?」
「ほら、今は周りが暗いから見え辛いかもしれないけど、これなら見えるでしょ?」
言いながら、彼はの顔を至近距離から覗き込む。
は慌ててイッキの傍から離れようと一歩、後ずさった。
なのにそれと同じ距離をまた彼が縮めてしまうから全く意味がなくなる。
「いやいやいや、あの、い、今更それ確認してどうするんですか?
てか、ち、近い、近いです、イッキさん!」
「・・・君、僕が背中向けてる時も僕のこと見てること多いよね?」
「っっ!?」
「僕は知っての通りこの体質だから、見られることには慣れてる。
だから視線を感じても不思議に思わなかったんだけど、
君は僕が背中を向けたときもこっちを見てるなってずっと気になっていたんだ」
「な、なっ、なんっ」
な、何故それを!?
確かにイッキの言う通り、はいつからか彼を目で追うことが多くなってた。
そしてだからこそ、自分の気持ちに気が付いたのだ。
とは言え、そんなにあからさまに見てしまってたんだろうか。
は感情を隠すのが上手いほうとはお世辞にも言えないけど、その自覚はあるけど、
それにしてもそんなに分かり易く見てしまったんだろうか。
「す、すみません・・・!」
反射的に謝ったに、イッキは小さく笑った。
そして極自然にから離れ、再度、達二人は並んで歩き出す。
「ふっ、何で謝るの?別に嫌じゃなかったよ。っていうか、やっぱり見てたんだ?
んー・・・まぁ僕も気付いたのは結構最近なんだけど。
実はね、バイトの時に何度か窓や鏡越しに君がこっち見てるのが映ってて、それで気付いたんだ」
うわぁ・・・うわぁ・・・・・・サ イ ア ク。
まさかそんな落とし穴があるとは思わなかった。
イッキは見られることに慣れてると言ったし、その通りだろうとは思うけど、やっぱり恥ずかし過ぎる。
しかもどんな顔して見てたんだってのが、自分じゃ分からないところが恥ずかしさ倍増だ。
「うう・・・」
「だから、そんな顔しなくていいよ。
別に嫌じゃなかったんだから。・・・いや、嫌じゃないって言うより、嬉しかった・・・かな」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言うことを、そう言う顔で言わないで欲しい。
イッキは体質的なことをおいといても、女の子の扱いとか喜ばせ方とか知ってるから、
自然とそう言う風なことを口にしてくれるんだろうけど、そう言うのは逆に痛い。
しかもはイッキに関するあれこれを知ってて、これが本気じゃないことを特によく分かってるくせに、
それでも嬉しくて、浮かれそうになるから、だからこそ痛い。
「・・・ごめん、そんな泣きそうな顔しないで。いじめたい訳じゃないんだからさ。
ただ・・・ちょっと気になったんだ。何だろ、自分でもよく分からないんだけどね」
「と同じで効いてないんだったら面白いなー的な感じ、ですか」
それならまぁ分からないでもない。
この世界でも当然のようにイッキは彼女によく構ってて、
トーマ&シンの幼馴染ペアに警戒されてる。
に対しても珍しさからの興味なんだろうと思えば納得だ。
とは言え、これ以上はつっこんで聞いて欲しくない。
にはの事情があるから。
既にイッキのことだから勘付いてるかもしれないけど、が彼を好きだってことは隠し通したい。
せめて表面上だけでも頼むからそうして欲しい。
という事で、とにかく出来れば話題を変えたいところだ。
もうすぐ家の傍に着くからそれまで持てば十分だ。
今回みたいなチャンスは滅多にないからもっと一緒に居たいってのも本音だが、
ある意味ピンチな今の状況を早いとこ脱したい。
じゃなきゃさっきから色んな意味での心臓が爆音を上げてるし、これ以上は持たないだろう。
「んー・・・、そうだね、そう言う気持ちもなかった訳じゃないよ。
でも今はそんなことより」
「っ!?」
不意に立ち止まったイッキがまたの視線を捕らえてジッと見つめてくる。
既に恐ろしい勢いで早鐘を打ってたはずの心臓が、またしても鼓動を速めた。
呼吸が苦しくなる。
まるで少女漫画に出てくる表現そのままに反応する自分自身がおかしくて、情けなくて。
「僕の力が効いてても効いてなくても、
君が僕のことを見てる理由を君の口から聞いてみたいなって思ってた」
「えっ・・・!?」
「ねぇ、教えてくれる?、君が僕を目で追ってた訳を」
「――――――――」
理由、なんて。
そんな、そんなこと口が裂けても言えるはずがない。
というか、これはもうきっとほぼ9割以上の気持ちなんてイッキにはバレバレだろう。
分かってるくせに、こんな聞き方は酷いじゃないか。
さっきは『いじめたい訳じゃない』とか言ってたけど、これがいじめじゃなくてなんだと言うんだ。
でもだからってこのまま答えないままにはいかないかもしれない。
気のせいかもしれないけど、彼の表情が何だかいつもと少し違うように見えた。
「・・・・・あ、の・・・・・・・」
「――――なんてね」
「へっ!?」
「何だか本気で泣出しそうな顔してるし、今日はこれ以上聞くのは止めとこうかな。
折角こうして初めて二人っきりで帰れたのに、
次に同じようなチャンスがあって誘った時に断わられるのも嫌だし」
「・・・イッキさん」
は心底ホッとして、思わず口元に少しだけ笑みを浮かべる。
もしもが今の答えを口にしたとして、
今フリーなイッキはもしかしたらと付き合おうと言ってくれたかもしれない。
そしてきっと他の女の子たちと同じように『三ヶ月』という期限を口にするだろう。
それが本来彼の意思に反することだとしても、多分彼はそうすると思う。
今までそうだったように。
だけどには、自分の気持ちを口にする勇気は勿論、
そんな期限を受け入れることなんか出来やしない。
それなら今は、こうして仲のいいバイト仲間という形ででも、イッキを見てることを許して欲しかった。
「あ、すみません、そこの角曲がってすぐがうちなんで、この辺で大丈夫です」
「家の前まで送った方がいいんじゃない?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「そう?残念だけど、君がそう言うんだったらここまでにしとこうかな」
こんなモデル体系で目立つ美形と家の前で分かれてるのをご近所さんに目撃されたら、
きっとあっという間に母の耳に入るに違いない。
周囲が暗いからそこまで気にする必要はないかもしれないが、それだけじゃなく、
ついさっきまでの会話のこともあって、
今は恥ずかしくてこれ以上はイッキとまともに会話を成立させる自信がなかった。
「じゃあ、今日はありがとうございました。また・・・大学、か・・・バイトで」
「うん、そうだね。ああ、そうだ」
「は――――」
い?
と、続けようとしたところで、不意にイッキがの方に身を傾けてきた。
ふわりと香る男物の香水に気を取られた一瞬。
の頬を掠め取るようにやわらかな感触が押し付けられた。
はそこで瞬間的に動きを停止し、呆然とする。
イッキはすぐにから離れると、ぽんっと軽く頭に手を置いた。
「それじゃあ、またね」
何処か悪戯っぽさを含んだ声でそう言って、
イッキはの返事も聞かずに何事もなかったみたいに背を向ける。
は数秒の間そのまま硬直し続け、それから自分の頬に手を触れた後、
そのまま一気に自宅目指して駆け込んだ。
その場所から家までは本当に目と鼻の先だったんだけど、
そりゃもう猛ダッシュといっていい位のスピードでは自宅まで走ったのだった。
イッキの唇のやわらかな感触があったのは一箇所、そしてそれは本当にたった一瞬の出来事だった。
それなのに、は顔面真っ赤にして、心臓をばくばくと言わせてる。
今時10代のコだってこんな反応はしないだろうに、分かってても自分じゃどうしようもない。
一緒に帰ってる時の会話といい、
今回の頬にキスのことと言い、イッキはをからかっていじってるとしか思えない。
それなのに、それさえ嬉しいと思ってるは既に末期だ、救えない。
これが彼の特異体質によるものなら、まったく恐ろしい威力だと思う。
でも残念ながら、これがそんな一時的な感情でないことを、
は少しずつ理解し始めて、いた。
(END)