「お゛っ、・・・かえりなさいませ、ご主人様」
たった今店内に足を踏み入れたばかりの三人連れの『ご主人様』を目にした途端、
は動揺の余りに妙な声で出迎えの言葉を口にしていた。
バイトを始めた当初より随分慣れたメイドスマイルも引きつってしまう。
流石に口には出せなかったけど、眼力だけでお前ら何しに来たんだ!?と問い質してしまった。
目の前には大学の男友達が三人。
「ぶっ、マジでご主人様って言ったぞ、コイツ!」
「本当にここでバイトしてたんだな」
「へぇ、何か思ってたのと違うけど、制服可愛いじゃん。あ、制服な!」
突然の不意打ちに激しく動揺しているを余所に、彼らは勝手なことをのたまう。
そしてもの珍しげにを観察し、周囲を見回していた。
は完全にメイドスマイルが崩れてしまう前に、野郎共をさっさと席へ着かせることにした。
「・・・お席へご案内致します、・・・ゴシュジ・・・サマ」
「くっくっく、コイツ今噛んだ、噛んだぞ」
「まぁまぁ、それじゃあご案内されようぜ」
「だな」
野郎3人のまさかの襲撃に焦りまくって動きも言葉もぎこちなくなってしまう。
ここでバイトを始めたばかりの頃はこの世界に来たばかりの時だってこともあって、
自分が達の着てるあの和風チックなメイド服を着て接客することに物凄く抵抗があった。
お客としてメイドや執事を愛でる立場ならまだしも、自分自身がメイドになるなんてのは本当に有り得なくて、
慣れるまでに随分掛かったもんだ。
それでも今じゃメイドスマイルも板につき始めて来たし、
メイド的接客もそれなりにスムーズにこなせるようになっていた。
だけど、ここでのバイト姿を知人や友人に見られるのだけはやっぱりどうしても嫌で、
『冥土の羊』で働いてることは特に仲のいい極々少数のコ達にしか話してなかったのだ。
まぁ、誰が漏らしたかは何となく検討が付くから、そっちは今度しめておこう。
この恨みは必ず晴らすべし。
だが今はそれよりも目の前の彼らだ。
「こちらがメニューでございます。ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さいませ・・・ご主人様」
三人を窓際の席に案内し、店長からの表情が見えなくなったところで、
思わずメイドスマイルを完全に剥ぎ取ってしまった。
半分無意識にギロリと3人をにらみつけたのと同時に、手前に座っていた男友達が吹き出す。
「(メイドさ〜ん、『ご主人様』に対してすげぇ嫌そうな顔ですけど〜?)」
「(うっさいわ!さっさと注文してとっととお帰り下さいませ、ご主人様)」
ひそひそ声ながらメイドモードじゃなく素でそう返事をすると、
そこで三人は揃って笑い声を上げた。
「何それツンデレメイドの失敗系?」とか何とか言って大受けしている。
大学と同じノリに思わずも笑ってしまったけど、すぐに我に返って、
慌ててその場を後にした。
何にしろ、羞恥プレイなのには変わりない。
三人が注文を決めている間、はカウンター傍で待機することにした。
そこへワカさんがさり気なくの近くに立ち、声を落としてに訊ねる。
「ちゃん、あなたあのご主人様たちとは知り合いなの?」
「っ!!て、ワカさん!・・・ハイ、大学の友達です、・・・すみません」
「あら、別に謝らなくていいのよ。
但し、他のお嬢様やご主人様のこともしっかり考えて動いて頂戴ね」
「はい、ありがとうございます」
ワカさんはやわらかく笑顔を浮かべ、再び接客に戻って行った。
その後、男友達はが彼らのテーブルに料理を運んだ時なんかに軽くちょっかいをかけてはきたものの、
特に回りに迷惑が掛かるようなことはなく、約1時間後に席をたった。
「んじゃ、、また大学で〜」
「ここメイドも執事も可愛いコとイケメンで有名らしいけど納得したな。
コーヒー旨かったし、今度また来よっと」
「いってらっしゃいませ、ご主人様(出口はこちらですよ、早く動きましょうね)」
にっこり。
今日始めて見せる極上の笑顔で野郎共を見送ってやる。
三人はそこで思いっきり吹き出して笑い声を上げた。
今度はつられ笑いをしてやるつもりはなかったのに、
やっぱりそこでメイドスマイルじゃないの笑顔が出てしまう。
「いってきます、メイドさん!」
「っ!」
店を出る直前。
最後の一人が少し乱暴にの頭をぐしゃりと撫でて行く。
その拍子に髪の毛だけじゃなく、ヘッドドレスが歪んでしまった。
咄嗟に素の声で抗議しかけようとして、慌てて再び自分の顔にメイドスマイルを貼り付ける。
その様子を見て三人は楽しげに店を後にした。
最後の一発はまぁ別として、取りあえず彼らが去っていったことにひとまずはホッとする。
まさか友人にこの姿を見られてしまうなんて。
あの様子じゃまたいつか来るだろうし、他の友達にも話が広まりそうだ。
そう考えるとげんなりする。
「ちゃん、お疲れ様。少し早いけど今日はもう上がっていいわよ」
「あ、ワカさん。はい、お疲れ様です」
いつもより暇なことと、お客さんの引きが早かったこともあり、
はシフト表よりも早く上がることになった。
ヘッドドレスは片手で直したままなので、中途半端に歪んだままだけど、
上がりならこのまま引っ込めば大丈夫だろう。
一緒にフロアに立っていたサワに挨拶を済ませ、は速やかにフロアを後にした。
「」
「あ、イッキさん」
ロッカールームに向かう途中に背後から声を掛けられる。
実は彼も今日入ってた従業員の一人だ。
イッキにもあの野郎共三人の奇襲を受けてあたふたしてる自分見られたことを思い出し、
今更ながら恥ずかしくなってくる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、今日は早めに上がりみたいだね。
僕もたった今ワカさんに上がっていいって言われたから、一緒に帰ろうか」
「はい、じゃあ着替えて来ますね」
イッキは特に男友達の話題に触れる様子もないので、もいつも通りの対応をする。
寧ろ普通にスルーしてくれるならその方がとしてはありがたかった。
一応友達が突然顔を出したってのはさっき軽く話したから、
それ以上は聞く必要もないと思ってるのかもしれない。
「君のヘッドドレスが歪んでるね」
「あ、あー・・・これは―――」
先を続けようとしたところで、突然、イッキがの頭をくしゃりと片手で撫でた。
さっき男友達がしてきた適当で荒っぽいなで方とは全然違う、
柔らかくて優しい手つきだ。
撫でられること自体は嫌じゃないけど、彼の行動が急だったこともあり、
は思わず言葉を続けるのも忘れてきょとんと彼を見上げた。
これはつまりレジでのと男友達のやり取りを見てたって事なんだろうけど、
こうしてる意図がいまいち読めない。
イッキは少し困ったように笑い、小さく溜息を零した後、今度はを自分の方に抱き寄せた。
「っ!?い、イッキさん!?」
「君、あんな顔もするんだね」
「へ?いや、あの・・・?」
ボソリ。
どこか拗ねたみたいに呟かれた彼からの台詞。
だけどそれが何を指すのかには分からなかった。
というか、それよりもここはまだ店内だ。
今の所誰も通りかかったりしてないけど、幾らなんでもこの状況はマズい。
「同じ大学でも、学年や選択科目が違うんだから仕方ないけど・・・、
君のああいう表情・・・始めて見た気がするな」
「え?」
「分からない?僕はね、妬いてるんだよ」
「は、い?」
妬いてる。
と、イッキは今そういっただろうか。
つまり、あの男友達と一緒に居たを見て、妬いたと、つまりそういうことだろうか。
本人がハッキリそういってるんだからそうなんだろうけど、ちょっとビックリしてしまった。
彼らと一緒に居るはいつもより一層女の子らしくないから、
呆れられやしないかとかそう言う心配はしてたけど、まさか。
「そんなに驚くことかな。僕は君の彼氏なんだから、他の男と仲良くしてたらやっぱり気になっちゃうよ」
「友達だって分かってても?」
「それでも、気になるよ。だからって君を束縛したい訳じゃないんだけどね。
こういうのは・・・理屈じゃないから」
そこでを捕らえたイッキの両腕に僅かに力がこもる。
は彼を安心させるように、自分からもそっとその背中に腕を回した。
「はは・・・、ごめんね。ホントみっともないな、今の僕。
本当はさ、君が彼らと話してる間中、気になって仕方なかったんだ。
途中でワカさんにそれとなく注意されちゃって、ミスしないようにって必死だった」
「・・・イッキさん」
「もう少し器の大きな男にならないとね。
ごめん、こんな所で・・・。ワカさんに見つかったらそれこそお説教じゃ済まされないな」
そう言った彼は苦笑しつつゆっくりから離れた。
「さて、それじゃあ着替えて一緒に帰ろうか。本当にごめんね」
「謝らないでください。・・・驚きはしたけど、全然嫌じゃなかったし、
寧ろホッとしたって言うか、嬉しかった」
「え?」
「・・・正直に言えば、今まで嫉妬して一人でやきもきしてるのはの方ばっかりだと思ってました」
イッキがを好きだと言ってくれる気持ちを疑ってた訳じゃない。
恋人同士なんだからお互いに嫉妬したりされたりってのは普通だってのも理解できる。
だけど、は心のどこかでいつも、画面越しに見たとイッキとの恋愛と今の自分を比べてた。
そしていつも思うのだ。
の時ほどの気持ちを、彼がに抱いてくれてるんだろうかと。
風邪を引いたを心配して彼女のマンションを訪れた時、
の部屋に居た兄代わりのトーマの存在にイッキは激しく動揺して嫉妬してた。
例えばあれと似たようなことが今の達に起きたとして、
イッキは同じ様に妬いてくれただろうかなんて考えたこともある。
はと同じようにイッキの体質を理解はしてたけど、
それでもみたいに素直に受け入れることが出来ないこともあった。
彼に近寄ってくる女の子達に嫉妬なんてしょっちゅうしてるし、腸なんて煮え返りまくりで、
それが顔に出てしまったことも何度かある。
だから、いつも自分だけが妬いてるんだと思い込んでた。
「、君、そんな風に思ってたの?僕はね、これでも結構独占欲強いんだよ。
・・・っていうか君と付き合い始めてそのことに気付いたんだけどね。
君ってさ、初対面でも気付かない内にするっと警戒心解かせちゃう所があるんだよね。
ここのバイトの男の子達って結構すぐには心を見せないタイプばっかだけど、
シンもトーマも予想以上に早く君の事受け入れてたし、
あのケンでさえそうだったんだからさ」
「え゛!?そ、そうなんですか?三人とも全然そんな感じしなかったような」
シンは常にツンツンドツンだった気がするし、トーマもニコニコしつつも壁があるのが分かったし、
ケントもケントで鉄仮面的無表情だったという印象が強い。
思わずはそれを思ったまま口にした。
「はははっ!うん、まぁね、そう見えても仕方ないかもね、あの三人は。
実際その通りだけど、でもそれが崩れるのに1週間もかからなかったでしょ」
「うーん・・・実は最初の一週間は特に必死だったからそこまで覚えてないんです」
本当に本当に必死だった。
本当にあの頃はこの世界と彼らを自分の日常の一部とはどうしても認められなくて、
とにかく仕事は勿論、全てのことに必死だった。
だからいつからバイトの面子と慣れて来たのかはよく覚えてない。
「ふっ・・・そっか、でも僕の言ってることは間違いないと思うよ。
だからそれがすぐに恋愛感情に繋がるかどうかは別としても・・・、
僕としてはどうしても色々と気になっちゃう訳。
・・・君からの嫉妬は嬉しいって思うのに、自分がするとどうしてこうも情けないんだろうね」
「それは・・・、も・・・同意見です」
胸の奥から這い上がってくるあのドス黒くてもやもやした感覚は、
嬉しいからは掛け離れてる。
それでも、相手からの嫉妬は嬉しいと感じてしまう。
勿論、わざと嫉妬させるような真似をしたいとは思わないけど。
「っと、そろそろ本当に着替えに行かないとディナーシフトのコが来ちゃうかもしれないな。
じゃあ、今度こそまた後で―――「イッキさん」
イッキが一歩、踏み出したところでは彼の名前を呼んだ。
それに反応して彼が振り向いたところで、は彼に駆け寄り、その正面で思いっきり背伸びをする。
同時にイッキが軽く前に傾くように少し強引に後頭部に腕を回した。
「っ!?」
唇が触れ合ったのは一瞬。
感触は本当にほのかなものだった。
はすぐに体を離したけど、不意を突かれたイッキは驚いた表情でを見ている。
そりゃそうだ。
ここはあの冥土の羊の店内。
しかもいつ従業員やワカさんに目撃されるかもしれないような場所。
いつものなら絶対にしないような行動だ。
珍しくイッキの顔が赤くなっている。
「着替えて来ますね」
イッキもと同じように嫉妬してくれてたんだと分かったことで、
妙な浮かれ方をしてしまってるのかもしれない。
というかほぼ確実にそうだ。
今はもう、あの野郎共三人の奇襲攻撃も、その原因となっただろう友人も、
広い心で受け止めてやろうなんて単純な気持ちになってるんだから。
(END)