はちみつRouge

「えーっと、で?ここで何をすれば?てか・・・なんでこんなところ」


イッキがを引っ張ってきたのは、路地裏の、ビルとビルの狭間に当たる、
さっきまで居た大通りとは違い、殆ど人気の無い場所だった。
の正面に立っているイッキはにっこりと再び笑顔を浮かべた。


「ここなら人目に付かないと思ってさ」
「?なにをすればいいんですか?」
「何だと思う?」
「・・・えーっと、いや、分かりません」


い、いかん。
ここで変に動揺したらイッキの思うツボだ!


って、別にイッキは悪役じゃないんだけど、余りにも状況がお約束で、
逆に不安が薄れてきた。
イッキの場合、多少のセクハラ行動も人に見られることを特に嫌がってないみたいだし、
こんな場所までつれて来るのはそう言う系統とは別の目的な気がする。
まぁ、イッキと二人きりだって時点でどきどきしてしまうのには変わりないけど。


「さっき買ったこの口紅を今ここでつけて欲しいんだよ。
ああ、言い方がちょっと違うかな、僕につけさせて欲しいんだ」
「っ!!!!」


イッキならこの口紅も似合うかもしれない。
いや、でもイッキがつけるならもっと大人っぽい色の方が。
とか何とか、彼の言葉にたった一瞬でがあれこれ妄想をしそうになったところで、
イッキは何かに気付いたように口元を僅かに引きつらせて続けた。


「ごめん、違うから、今君、凄く嫌な勘違いしたでしょう?
僕の言い方が悪かったね、僕の手で君の唇にこの口紅を塗らせて欲しいんだ」
「・・・・はいい!?」
「だめかな?今すぐ君がこれを塗ってるところを見てみたいと思ったんだけど」
「じゃ、じゃあが・・・」
「僕がつけてあげたいんだ、君に」
「・・・・う、それは・・・」



がイッキに口紅を塗って貰う図なんて、考えただけで恥ずかしい状態なんだけど、
彼がこれをプレゼントしてくれるって以上は絶対お金を受け取ってはくれないだろう。
だからこそ、そのお礼にイッキの『お願い』ってやつを叶えることになった訳で、
そしてこれはの言った『の出来る範囲』から大きくはみ出ることにはならない。
はそれから数秒の沈黙の後、ぎこちない動きでひとつ、頷いた。


「わ、分かりました・・・」
「うん、ありがとう」


の返事にイッキが満足げな笑顔を浮かべる。
正直にとっては羞恥プレイで、イッキにとってもこんなもんがお礼になるのかと疑問だが、
やると言ったからにはやるしかない。
は綺麗に包装された小さな箱から口紅を取り出し、それをイッキに差し出した。


「じゃあ、上を向いてくれる?うん、そう、その位。ああ、それから少しだけ口を開いてて」
「・・・っ!!」


ひっ、ひいいいいい!!!
近い近い近い近いいいいいいい!!!!


イッキがに口紅を塗ってくれると言った時から大体想像はしてたけど、
思った以上にと彼の距離が近い。
見上げたすぐ先にイッキの綺麗な顔があり、顎に軽く添えられた彼の手から体温が伝わってくる。
ついさっきまでいつもの青い手袋をしてたように思ったけど、
口紅がつくかもしれないと思ったのか、今はそれを外してるようだ。
体の距離もいつもより密着してるし、間近から覗き込まれてるしで、身動きが取れなくなる。


って言うか!サングラスまで外してるし!


何故よりによってこの体勢でサングラスを外してしまうのか。
確かに周りには人気はないし、瞳の力が働いても女の子が寄ってくることはない。
と言うか今の状況だと万が一この辺りを誰かが通ったとしても、
イッキの顔を見られることはないだろう。
でも、誰が居なくても今彼の目の前にはが居る。
こんな間近でこんな体勢で覗き込まれたら、心臓が物理的に爆発するかもしれない。
実は未だにイッキの瞳の力がに効いてるのか効いてないのかよく分からないんだけど。
確かにイッキを見るとどきどきして挙動不審な態度を取ることも多かったが、
それを言うならの場合、
『冥土の羊』のスタッフ全員に対して似たような態度を取っていた。
今は彼らとの日常にも慣れて、本当の意味で現状が『の日常』になってる。
その過程で、がイッキに惹かれてたのは確かだ。
もしかしてこれも、彼の特異体質に関係してるんだろうか。
だけどは、イッキと離れてる間も彼のことを想ってる自信はある。
でもそれを言うならFCのコ達だってそうだ。
イッキは彼女達を自分の特異体質の被害者、中毒になってしまったコ達だと言ってたけど、
もそうじゃないと言えるだろうか。


「・・・君の唇って、下唇の方がぷっくりしてるんだね。可愛いな・・・食べたくなっちゃうよ」
「なっ!?」
「はい、だめだよ、動いちゃ。それとも、口裂け女になりたい?」
「〜っ〜っ・・・・」
「うん、いいこ」


なんだこのひと。
なんだこのひと。。
なんだこのひとおおおお!!!!



が叫びたいのを堪え、真っ赤な顔をして固まっていると、
イッキはふふっとさも楽しげに小さく笑った。
それと同時に彼の吐息がの唇に吹きかかり、は益々硬直する。
をからかって遊んでるとしか思えない。


「うん、いい具合に塗れたかな。ただ直接塗ったから色を抑えるために少し取らなきゃね」
「・・・、ああ、じゃあティッシュで」


口紅を塗り終えたことにホッとして、
そう口を開いてバッグからティッシュを取り出そうと動こうとしたの顎を、
そこに添えられたままだったイッキの手が再びクッと上向けた。


「!?イッキさん?」
「僕が取ってあげようか?」
「?いや、あの・・・ティッシュなら自分で」
「違うよ、僕の唇でって意味で」


にやりと。
彼は薄く整った綺麗な唇でどこか妖しげな笑みを浮かべて言った。
どこまでもをからかうつもりか、コノヤロウ。


「やっぱりイッキさんも口紅塗りたかったんですか、
どうぞどうぞ、遠慮なく塗っちゃってください」


わざとズレた回答をしてやる。
本当は心臓は爆発寸前の速度を保ち続けてたけど、これ以上面白がられて遊ばれるのは癪だった。


「ああ、そう来たか。じゃあもっと分かりやすく言おうかな、君の唇にキスしたいんだ。
それで君の口紅が僕の唇に移るなら、それはそれで嬉しいかな」
「!!!!」


なんだこのひと。
なんだこのひと。
なんだこのひと。
なんだこのひと。
なんだこのひとおおおお!!!!


もう十分知ってたけど、本当にイッキは女好きなんだと実感した。
相手によくこんな恥ずかしい台詞を口に出来たもんだ。
信じられない。
が硬直したまで居ると、イッキは既に至近距離にあった顔を更にぐっと寄せてきた。


「嫌なら、今すぐ嫌だって言って?」
「・・・っ」
「・・・、・・・黙ったままだと僕のいいように取っちゃうよ」
「っ・・・!」


不意にそこで、は画面越しに見たイッキと、
そしてこの世界に来たばかりの頃のイッキのことを思い出していた。
彼の特異体質に魅入られて次々告白していく『彼女』たち。
自分の心を守るためにルールを設けて、それでも沢山の女の子達の想いに潰されそうになって。
瞳の力で吸い寄せられる彼女達の想いを信じられなくなってて。



―――ダンッ


「っ!?」


イッキの唇との唇が触れ合うぎりぎりの瞬間。
は咄嗟に身を引いて、ビルの壁に思い切り背中をぶつけてしまった。


「つっ・・・」
!?大丈夫!?」
「あ、大丈夫、です・・・」


結構な衝撃と痛みがあったものの、あのままイッキとキスをしてしまってたら、
後悔しそうな気がした。


「―――僕にキスをされるの、そんなに嫌だった?」
「ち、違います」


そうだ、違う。
イッキにキスをされるのが嫌だった訳じゃない。
好きだから、この先を考えて怖かった。
イッキの特異体質に影響されたんじゃないと断言できない自分の気持ちと、
を好きになってくれてるのかも分からないイッキの気持ち。
そんな曖昧な状態でキスをして、自分だけのめり込むきっかけを作るのが怖かった。
イッキに、ああこのコも同じなんだと失望されるのが怖かった。
今みたいな関係から、その他大勢の彼女達と同じになるのが怖かった。


「でも君、今凄く傷ついたって顔をしてるよ」


それは、じゃなくイッキの方だ。
まるで何か鋭いものに触れてしまったような、痛そうな顔をしてる。
が、イッキを傷つけてしまったんだろうか。


「ごめん、もう怖がらせないから。・・・今日はここで別れようか。
この口紅も・・・もし要らなかったら君の好きにしていいからね」


そう言った彼が、口紅の蓋を閉じ、それをのポケットにそっと落とした。


「あっ・・・」


ヤバい。
本当に、が傷つけたんだ。


イッキは困ったように苦笑して、そのままに背を向ける。
このままだと、誤解させたままになる。
彼とは次にいつ二人になれる機会があるのかも分からないのに、こんな状況で別れるなんて出来ない。


「ち、ちが、本当に違うんです!聞いて!イッキさん!」
「・・・?」


が大声で呼び止めたことで、イッキはそこで立ち止まってくれた。
その間には小走りで彼の背中に近づく。


「イッキさんにキスされるのが嫌だった訳じゃないんです。
ただ・・・、その・・・じ、自信がなくて・・・」
「え?」
「もしかしたらイッキさんの瞳の力が効いてるのかもしれないとか、
イッキさんの気持ちもちゃんと分かってないし、
こんなんじゃ・・・近いうちガッカリされるかもしれないとか、
何か・・・あの一瞬で色々考えて・・・」


動揺しすぎて言いたいことがきちんと言葉にならない。
でも、誤解だけはどうしても解いておきたかった。


「・・・そっか、ごめん・・・。確かに僕もズルかったな」
「え?ズルい?」
「サングラス、外してたでしょ?その方が見え易かったのは確かだけど、
この距離なら君に効くかなとも思ったんだよね。
そうしたら、君に触れられるチャンスもあるかもしれないって」
「え゛!?」
「ははっ、自分の気持ちをちゃんと伝えてもいないくせに、
特異体質を利用して君に迫ろうとして拒絶されたからって、僕が傷つく権利なんてないのにね。
僕の方こそごめん」


サングラスを外したのが確信犯的行動だったのは驚いたけど、
だからってイッキを責める気にはなれない。
彼は再びと正面から向き直った。


「・・・僕は君が好きだ、
「っ!」


イッキの瞳が迷いなくの視線を捉える。
綺麗な綺麗なアイスブルー。
光の角度で少しずつ色彩が変わる、不思議な色だ。


「もしも君が僕と付き合ってくれることになったら、色々と不便をかけるかもしれない。
今更言うまでもないけど、僕はこんな体質だし、FCの子達のこともあるしね。
でも・・・それを理由に諦めるには、僕の気持ちが大きくなりすぎちゃったんだ。
君のことは、僕が守るよ、だから・・・」


そこでイッキは一呼吸置き、そしてまた続けた。


「君の答え、聞いてもいい?」


彼のその甘くやわらかな口調に、は考えるより先に頷いていた。
一歩。
自分から彼に近づく。



も、イッキさんが好きです」



自分でも驚くほどハッキリと、はそう口にしていた。
彼の言うとおり、この先ある現実を考えると、画面越しにあれこれ知っている身としては、
全く笑えない話だ。分かってる。
しかもこれは二次元じゃなくて、FCのコ達は相変わらず手強いだろうし、
不安なんてそりゃもう山の如しで。
でも、それでも――――


、ありがとう」
「・・・」


一歩。
今度はイッキがに近づく。
彼の長い足での一歩は結構な距離を縮め、その両腕でを絡めとった。
軽く上向いたの頬をイッキの青みがかった銀髪が掠める。
ふ、と、微かに彼の吐息がの唇を撫でたかと思うと、
次の瞬間にはやわらかく唇を塞がれていた。
イッキの唇が最初はの下唇を食むように動き、少しずつ唇全体を包み込む。
両腕で抱きしめられて密着した胸と胸から、お互いの鼓動が同じほど乱れているのが酷く嬉しかった。


「・・・この分だと、口紅・・・全部取れちゃうかもしれないね」
「ですね」


殆ど唇を触れ合わせたまま、そう囁かれて、は微かに頷いて同意する。
間近にあるイッキの綺麗な唇には、の口紅が薄っすらと移っていた。
それが何だか妙に色っぽく見えて、思わず視線をずらしてしまう。


「もしも口紅が全部取れちゃったら、
僕がまた塗ってあげる、これから先何度でも・・・ね」


甘く掠れた低い声でイッキはそう口にすると、その唇で再びにキスをした。
瞼をゆっくり閉じながら、やたら甘いキスに溺れて、
実はこの口紅にははちみつでも入ってるんじゃないかなんて馬鹿なことを考えていた。


(END)



アアアーッ\(^O^)/←二度目 何かイッキ夢って最初の2本は置いといてベタ甘になってしまいます。
甘系の夢って書いてて楽しいんですけど、チェックするのが軽い拷問(笑)。
後、前編と後編の長さの釣り合い全く取れてなくてね!うん、知ってた!(開き直っただけです)
イッキ√の死亡フラグの原因については余り深く触ると脱線しまくるので、
毎度敢えて少し軽い扱いにしてます。これが連載とかならそうはいかないんでしょうが。
アムネアニメも開始したことですし、アムネ夢同士様増えろぃ!と言う思いを抱きつつ、
今回はこれにて失礼します。お付き合い誠に感謝ですv