神様仏様政府様!!!
今一度、今一度めにあの日あの時あの時間をやり直すチャンスを!!
どうぞご慈悲をお願いしますうう!!
どうか!!どうかあああ!!!
「・・・・・・」
―――なんてね。
無理なのは分かってる。
うん、分かってる分かってる。
確かに達審神者は時を越えてあらゆる過去(刀剣が活躍した時代が主だけど)に繋がる場所で仕事をしてる。
でもそれはあくまでも歴史修正主義者達から、正しい歴史、本来あるべき姿を守ると言う重要な目的があるからだ。
彼らの歴史改変が日本と言う国の未来、つまり、今の達の全てに大きく影響してしまうから。
そうでなければ達『審神者』は生まれていない。
そうだ、当然のように一個人の歴史が変わる程度のことじゃこの力を利用することなんぞ出来る訳がないのだ。
それこそ、その一個人が歴史上の重要人物でもない限りは。
そしては当然のようにそんな偉人とは無縁の平凡な一般人。
ええ、ええ、これも分かってる。
分かってますよ、そんなこと。
だけど、分かった上で言いたかった。
やり直すのが無理なら、せめてなかったことにして欲しい。
あの日、とか言ってみたけど実際は昨夜のことだ。
まぁとりあえず、削除熱烈切実希望!!
あの台詞さえ口にしてなかったら、その後の行動も全てなかったことになる。
それが出来るならここ数日馬車馬のように働いてたけど、その2倍働くことになっても文句はない。
(と言っても刀剣達に影響ない方向でだけどそんな都合のいいことはないだろう)
―――なんてね。
夢を見るだけ無駄だ。
あの台詞。
そしてその後の全部。
もう、起こってしまったことだ。
それもこれも、さっき言ったように、ここのところほぼ寝る間も惜しんで働いてたせいで、
思考能力やら集中やらあれこれ低下しまくってたせいじゃないかと思う。
上に渡す報告書の作成や審神者の定例会議の資料作り、その他細かいこと諸々と日々の任務、
運悪くそれらが色々重なってしまった結果だ。
そして昨夜、ようやく、本当にようやくそれらに片が着いて、後はもうゆっくり眠れるぞという状況だった。
修羅場の間、刀剣の皆も色々気を使ってくれたし、特に近侍の長谷部さんには随分助けられたもんだ。
それで昨夜、床に入る直前には彼にお礼をいうことにした。
正直、この時のは体力はマイナス&マイナスでふらふらだったし、
思考も殆どまともに回っっちゃいなかった。
と言うか、まともに考えられる頭があれば、こんなボロボロの状態でお礼を言いに行ったりするんじゃなく、
今日はゆっくり休んで翌日改めてと考えてたはずだ。
つまりこの時点で長谷部さんに会いに行くのが間違ってた訳だ。
しかもこの後、迷惑にも彼の部屋に押しかけたは、
お礼を述べて速やかに立ち去ることもなく、普通に話し込んでしまった。
そこでは『あの台詞』を口にしてしまってたんである。
あの台詞。
――――、長谷部さんの事、大好きだし。
疲労が溜まりすぎてある意味ラリってたんだろうか。
脈絡なく唐突に口にしたんだとは思いたくない。
ああ、そうだ。
確か最近、審神者同士の恋愛が流行ってる的なとこからそんな流れになったような気がする。
と言うか何でそんな内容の会話長谷部さんに持ち出しちゃってるんだ、は。
あほか、意味が分からん。
酔っ払ってるときより酷いってどういうことなの。
さすがのもこれを口にした後は自分の所業に瞬時にパニックになった。
そして、とにかくどうにかして誤魔化そうと鈍り果てた頭をフル回転させようとした直後。
「それは主命ですか?」
目の前の長谷部さんが、いつも通りの紳士で執事な口調でそういった。
「はい?」
一瞬、彼が何を言ったのかよく分からず、
はその時だけは脳内パニックを停止させて、視線をゆっくり上げる。
凛とした雰囲気に端整な顔立ちの彼は、普段と何ら変わらない様子で僅かに口元に笑みの形を取って更に続けた。
「今の言葉が今宵一晩主の相手を務めよと言う意味であるならば、
例えそれが夜伽であろうと、お望みのまま見事こなして見せましょう」
「・・・・・・・・・・・・・・」
たっぷり数十秒。
は呆然としたまま長谷部さんを凝視した後、気が付けば片手に拳を握り締めていた。
そして次の瞬間にはそれを彼の頬へと振り上げていたのだった。
思えば、戦場慣れした彼がみたいな小娘の拳を見切れないはずはないので、
あれは当然のように故意に彼が避けずに居てくれたんだろうと思う。
結果、長谷部さんは律儀にもの拳を頬で受け止めることになった。
因みにはこの時、以前護身術を習った時に聞いた相手を殴るときのコツを素早く実践していた。
両足を肩幅に開いて脇を閉め、腰をひねって回転させる。
そして拳を突き出して抉るように(これは習ってない)打つべし。
の拳に確かな手ごたえと衝撃が伝わり、それと同時にみしりって妙な音とぐはっという長谷部さんの声が聞こえた。
それからはゼェハァと肩で荒い息をした後、何も言えずに文字通りその場から走って逃げ出したって訳だ。
―――そして疲労度MAXにも関わらず、自己嫌悪で殆ど眠れないまま現在に至る。
ずっと睡眠を取れてないことを知ってる皆は、が爆睡してるんだと思ってるのかもしれない。
ほぼ一日部屋から出てないけど、食事を運んでくる以外はそっとしておいてくれてる。
この色んな意味でズタボロの顔を見られたらきっと心配させるだろうからありがたいことだ。
しかし、やっとあの修羅場から抜け出せたってのにこの状況。
まさに自業自得。
しかも殴るなんて最低最悪の主だ。
文字通りのパワハラじゃないか。
はぁーっと、そこではこの上なく長く重たい溜息を吐いた。
でも長谷部さんも酷いと思う。
・・・よ、夜伽ってどんな発想だよ・・・。
達からしてみれば随分古風な表現だ。
でもだからこそ生々しく、いやらしく聞こえてしまう。
当たり前だけど、が彼に好きだと言ったのはそんな目的なんか全くちっともこれっぽっちもなかった。
確かに謎の勢いで口にした言葉だが、それでもにとってあの言葉は決して軽いもんじゃない。
本当は、はずっと長谷部さんに惹かれてた。
だけどは自分の審神者という立場も含め、刀剣と言う存在、役割その他諸々十分考え、理解してるつもりだった。
そして何より彼自身を困らせることになるのは目に見えてたから、
この気持ちを口にするつもりはなかったのだ。
それがまさかのまさかであんな形で本人に告げることになり、
それをセクハラだかパワハラだかと取られてあんな返事をされるなんて思ってもみなかった。
いや、告る予定なんてなかったから『返事』なんぞ予想してもなかったけど。
主と言う立場を利用して、夜のご奉仕的なことをさせようとしてる、なんて、
本気で思ってるならショックだし、正直立ち直れない。
だけど、どんな理由であれ、
暴力で相手を黙らせようとしたが彼を責める権利なんてある訳がない。
「もう夕方か・・・」
仕事机の隅にある時計にちらりと視線を移して、は溜息混じりに呟いた。
今日一日、一体何をしてたんだろう、は。
このままずるずる何もせずに部屋にこもり続けることなんか出来ない。
時間が経てば経つほど、の精神的な面でも状況としても悪くなる一方だろう。
どの面下げてと思われても仕方ない、行くしかないのだ。
長谷部さんに謝らなきゃならない。
■□■
それからは顔を洗って化粧をし直し、着替えを終えてから長谷部さんの部屋に向かうことにした。
さすがにあの分かり易くズタボロの姿で部屋を出ることは出来ない。
自分に自分で気合を入れて、いざ!と、自室の襖に向けてずんずん進んでいた、その途中。
「長谷部です、主。お目覚めであるならば、少々お時間を頂きたい」
「!!!」
まるで狙ってたかのようなタイミングで長谷部さんが自室の外からそう声を掛けてきた。
瞬間的には立ち止まり、硬直する。
冗談じゃなく心臓が止まりそうだった。
「・・・起きてる」
どうにかそれだけ言葉にして、今度は物凄い勢いで心臓が脈打つのを感じた。
彼の声を聞くだけで緊張で既に喉が干上がり始めてる。
長谷部さんからこっちに来てくれることを予想もしなかった自分が情けない。
彼の性格は、彼が仲間に加わった当初に比べればそれなりに分かってるつもりだったのに。
「入っても宜しいですか?」
「う、ん」
がぎこちなく返事をして数秒、スススーっと、襖が静かに横に滑り、長谷部さんが姿を見せる。
但し、が予想したのとは随分頭が下にあった。
つまり、彼は廊下に膝をついて、正座に近い形をしていたのだ。
主に対してどこまでも礼儀正しい長谷部さんなので、この姿勢自体は特に珍しくない。
彼はいつも通り卒のない動きで室内に入り、開けた時と同じく静かに襖を閉めた。
はその様子を見守りつつ、心の中で何度も深呼吸を繰り返す。
見たところ、彼の頬に昨夜の名残はなさそうだ。
問題は殴ったことなんだけど、まずはそれだけでもホッとする。
長谷部さんが普通の人間とは違うってことは分かってるし、
女の力で後が残せるほど弱くはないのも理解してる。
とは言え、昨夜はカッとなって抉りこむような拳の叩きつけ方をしたので気になっていた。
彼が襖を閉め終えたのを確認し、はスゥと小さく息を吸い込んだ。
「昨日の夜は殴ったりして本当に本当にすみませんでした!」
「昨夜は俺の失言で主に不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び致します」
「・・・・」
「・・・・」
長谷部さんと向かい合ったと同時にガバッと頭を下げた。
そしてそのにほぼ同じタイミングで深く頭を下げて言葉を発した長谷部さん。
短い沈黙の後、達は揃って顔を上げた。
「な、何で長谷部さんが謝ってんの・・・」
「俺には主に詫びねばならない理由があります。主こそ何故・・・」
「はあなたに手を上げたんだから謝って当然なんです」
「それは俺の失言が原因でしょう、謝罪すべき原因はこちらにあります」
「だからってカッとして暴力に訴えるなんて最悪な主のすることだと思う。
ここはきっちり謝らせて」
「俺は最悪な主などと思ったことは今まで一度も、当然昨夜も思ったことはありません。
何度も言いますが、主の怒りを買うような真似をしたのはこの俺です」
なんだこれ。
なんだこれ。
何してんだ達。
さっきまで緊張で喉が干上がるほどだったのに、なぜか突然に「に俺に謝罪させろバトル」を繰り広げてる。
どう考えてもおかしい。
は思わず苦笑した。
「・・・主?」
「ごめん、でも何かおかしくなって。・・・あ、でも勿論、殴ったことは本当に悪かったって思ってる。
もう二度としないよ。ごめんなさい、長谷部さん」
「なっ・・・、いえ・・・俺の方こそ動揺していたとは言え、主に非礼を働いたこと、お詫び致します」
そう言った長谷部さんの表情は、珍しく薄っすらと目元辺りを染め、照れているように見えた。
でも昨夜は動揺してたようには全然見えなかったけれど。
「えっと、動揺、してたの?あれ」
「・・・ええ、していたんです。主から好意を告げられて平静で居られる訳がないでしょう」
「・・・っ!」
そ。
そ、そそそ。
そうだったああああ!!!!
忘れてたのとは違うけど、ちょっと彼に手をあげてしまったことの方に頭がいってて、
言われるまでぴんとこなかったというか。
いやこれはつまり忘れてたのか、忘れたかったのか。
は再びあわあわあわあわして取り乱しまくった結果、再度、長谷部さんに頭を下げる。
「あの、あれは、そのごめん!もう本当にあの、言うつもりなかったというか、
だから都合のいい話だって思うんだけど、あれに関しては聞かなかったことにして欲しいんだけど!
いやあの、あのせいで今回のことがあるんだし、えっと「主」
焦りすぎて言語能力が恐ろしく低下した発言をするに、その言葉を遮る形で長谷部さんが口を開いた。
同時に、彼がぐっと距離を縮めての側に身を寄せる。
は思わずはいいいっと裏返った声で返事をした。
「それは主命ですか?」
「・・・え?」
「俺は主命とあらばどんなことでも成し遂げるつもりです。情を挟むなど論外だ。
だが、あえて今だけは言わせて頂きたい。お許し頂けますか?」
そこでは無意識に、まるでからくり人形みたいなぎこちない動きでコクリと小さく頷いた。
いつもは踏み込んでこない程近くに、彼の存在を感じている。
目の前の長谷部さんはが頷くのを確認し、先を続けた。
「主の昨夜の言葉が、俺の思うままの意味なら、俺は聞かなかったことになどしたくない」
彼のその台詞を耳にし、その瞳を見た途端。
どくり、と。
ひとつ、心臓が大きな音で脈打った。
「長谷部さん、そういうこと言われると、、・・・つ、都合よく取っちゃうんだけど」
「つまりそれは、俺にとっても都合がいいということです」
一歩。
長谷部さんが更に前へと進み出た。
その分また、との距離が近付く。
既に今までで一番近い場所に居たけど、それでもまだ会話するには不自然なほどじゃなかった。
でも、今は違う。
の体に伸びてきた両腕がどこか遠慮がちに、けれど同時に少し強引に絡められる。
ほんの一瞬身を硬くしただけど、すぐに力が抜けた。
刀の付喪神である彼の体温は、人であると殆ど変わらない、温かくて心地いい。
無抵抗のまま彼を受け入れるの耳元に、やわらかな感触がそっと押し当てられた。
微かな吐息と熱。
くすぐるような撫でるようなその感触は、名残惜しげに離れていく。
「主・・・俺は―――」
今まで聞いたこともない熱っぽい低い声で、長谷部さんが何か言い掛けたとき。
の意識はもう殆どそこにはなかった。
甘い雰囲気のこの状況でなんてヤツだ、勿体無いことしやがって。
おのれ許すまじ、自分。
そう思うのは目を覚ました後のこと。
この時はもう、疲労度が限界の臨界点突破を果たした後だったのだ。
「・・・、早速、俺の理性を試すおつもりですか?主・・・」
「・・・・」
「ふ・・・、耐えて見せますよ。今はまだ、ね・・・」
神様仏様、どうかどうかこれが夢オチでした、なんてことだけはありませんように―――
(了)