「形勢逆転ってやつだぜ、大将」
の両手首を畳の上に縫い止め、
を組み敷いた薬研君はそう言って口元だけで笑って見せた。
彼は小柄だし手足や体の線だって華奢な少年に見えるけれど、
の手を掴んでる力も身のこなしも予想以上に大人の男とほぼ変わらないものだ。
と言っても、押さえつけてると言う程痛みなんかは感じないから、加減してくれてるんだろう。
をこうして押し倒した時も、決してに衝撃をかけないようにしてくれていた。
と言うか何でこんな状況になってるかと言うと、ことの始まりは約一時間位前。
歴史修正主義派の敵が今までよりも格段に力をつけ、
長い間手こずっていた時代の戦場で達はやっと片を着けることが出来た。
それでそのお祝いと皆を労う意味で宴会を開いたのだ。
その席では久しぶりにお酒を口にし、
しかも浮かれた気分も手伝って、調子こいて飲みすぎてしまったのだった。
そして足元をふらつかせながら、少し外の空気もで吸おうと立ち上がったところで、
薬研君に自室まで連行された訳なんだけど。
ちょっとからかいすぎたか。
とほぼ同じ身長の薬研君に体を支えられ、ここに移動するまでの間、
お酒が入って妙なテンションになってしまったはわざと彼に抱きついてみたり、
頭を撫でてみたり、体に触りまくったりした。
しかも薬研君の反応がいつもの青年と言うか男前な感じと違って妙に可愛らしくて、
調子に乗ったは結構色々やり放題だったように思う。
因みに彼の抱き心地も触り心地も最高だった。
なにあれ、なんなのあの可愛い生き物。
ありがとうございます。
と言うか分かっちゃいたが、完全に酔っ払いのセクハラオヤジと化してる。
おーけ、おーけ。
分かってる。
もしかして、思ったより頭は正常じゃないだろうか。
さすがにまだまだ飲めるぞ、とかも思わないし。
皆には明日ちゃんと謝ろう。
今はそれよりもを組み敷いてる薬研君を下から見上げると言うこの貴重な状況を堪能しようか。
「・・・大将、幾ら俺がガキの姿をしているからって、ちょっと油断しすぎじゃないか?」
無抵抗のままぼんやり彼を見ているに、彼は困ったように苦笑した。
室内は明かりがなく暗いままだけど、少し開いた襖から差し込んでくる月の光で真っ暗と言う訳じゃない。
しかもその月光がいい感じに薬研君に当たってて、とても綺麗に見えた。
「油断・・・、っていうか別に嫌じゃないし・・・」
「子供にはどこまでも甘いな」
こども、か。
はもう一度じっくりしっかりねっとり薬研君を見つめる。
白い肌にまだまだ幼さの残る、だけど切れ長に近い瞳。
小さめで形のいい鼻、薄くて可愛らしい唇。
手足も細いし、男性としての骨格はまだ未発達だ。
しかも半ズボン。
少年だからこそ許されて、着こなせるある意味貴重なアイテム。
確かに、子供だ。
だけど――――
「薬研君は格好いいと思う、・・・なんだろ、男前だよね」
「?どういう意味だ?」
「えっと、面倒見いいし、頼りになるし、いつも凄く助けられてるって意味」
「・・・・大将・・・」
普段照れ臭くて本人を前にすると言えないような事も今はべらべら喋ってしまう。
それになんだか凄く気分がいい。
まったくもってお酒の力は偉大だ。
いつの間にかの手首から彼の手が離れている。
は片手をゆっくりあげて、薬研君の白く滑らかな頬に触れた。
ビクリ、と、ほんの一瞬彼が微かに震える。
同時に、を見下ろすその瞳に、どう見ても少年とは思えない炎が揺れた気がした。
「こんな無体を働いた俺を、許してくれるのか?」
「無体なんて思ってないから平気。てかそれならさっきのの方がそうでしょ。
嫌がってんの分かってて触りまくったんだから」
「・・・、一応言っておくが、俺も別に嫌がっていた訳じゃねえよ。ただ・・・」
「ただ?」
「勝手に俺が煽られちまってただけだ」
言った彼の顔がさっきより至近距離まで近付いてきた。
その一瞬に微かに湿った吐息がの唇を撫で、
薬研君のあどけなさを残した薄く小さな唇がの肌に押し当てられる。
僅かな接触は、だけどその温度を感触を十分にに伝えた。
彼が唇を落としたのはの唇じゃなくて、頬だった。
だけど、それは殆ど唇の端っこ辺りに近い場所で。
さすがにもこの時だけは酔いがぶっ飛んでいった気がした。
呆然と目を見開くの髪をひと房、さらりと撫でて、彼はゆっくり体を離した。
そして、片手をに差し出し、立ち上がらせてくれる。
その間もは馬鹿みたいにぼうっとしていた。
その癖心臓は物凄い勢いで鼓動を刻んでいる。
「布団はもう敷いてあるみたいだな。
俺はもう行くが、体を冷やさんようにちゃんと布団で寝るんだぞ、おやすみ、大将」
「おや・・・すみ・・・」
静かに襖を閉めて、微かな足音と一緒に彼がの部屋から離れていく。
は暫くの間その場に突っ立って、それからふらふら布団の敷いてある場所まで足を運んだ。
そして、その上に倒れる形で横になる。
「ふごっ!!!」
思ったよりも体全体と顔を含めて強打した。
下が布団や畳といってもこれは痛い。
いや、シラフならもっと痛みを感じてたかもしれない。
さっき薬研君に押し倒された時は痛みのいの字も衝撃も殆どなかった。
彼がそうしてくれたからだ。
布団に横になった途端、睡魔が猛烈な速度での意識を奪い始める。
本当はもっと色々考えたいと言うか、余韻に浸ってたいのに。
もっと乙女な感じに甘酸っぱい思考回路にピンクなこととか。
それから、それから。
だめだ。
頭の芯がふわふわしてるのに鈍くて重い。
急速に意識が遠のいていく。
頬と唇の境に薬研君の唇の感触が今もまだ残ってる。
意識が完全に落ちる瞬間まで、そのことだけはやけに頭から離れなかった。
翌朝、酔っ払いセクハラオヤジだった自分の所業と薬研君の行動あれこれを思い出し、
布団の上で悲鳴を上げることになるなんて、この時のは知る由もなかった。
(了)