「あれっ?じゃないか、どうしたんだい?こんな所で」
聞き慣れた声にが体を僅かに捻って振り返ると、
端正な顔のモデル体型な男子生徒が一人、立っていた。
「・・・成瀬・・・」
「君が一人でこんな場所に居るなんて珍しいね、ハニーは一緒じゃないんだ?」
はいはい、やっぱりあんたはまず真っ先にそこを気にする訳だね。
有る意味でまぁそれも仕方ないと言うか、それでこそ成瀬と言うべきか。
は曖昧に頷きつつ、生徒会コンビと顔を合わせた時と同様、
成瀬がさっさとここから離れてくれるようにと念を送ってみる。
あの二人と言い、何でこんな時に限ってこの人はの前に姿を見せるんだ。
どうせ成瀬の目的は
まぁ、はこっちの世界のが事故に遭って留年してて一年だから、
元は同い年だし、結構話をする方ではあるけど、その話題の大半が啓太についてばっかりだ。
って言うか、成瀬にとっては啓太の情報を提供してくれる人間と言う認識が一番強そうな気がする。
そう考えるとまた何だか複雑で、更にお腹の痛みも大いに手伝って、の胸の奥がもやもやした。
「・・・、啓太は図書室に用事があるって言ってたから、行けば会えるんじゃないか?
・・・ま、ってことで、オレはもう行くから」
さっきの生徒会の二人と別れた時みたいにしゃきっとして立つのはもう無理だったけど、
それでもはどうにかまた壁から離れ、少しふらついた足取りながらそこから離れることにした。
だけど、そこで不意に成瀬から腕を掴まれて引きとめられる。
「なっ・・・!?」
「、君、顔色が悪いよ。気分が悪いんじゃないの?」
「え・・・?いや、それは・・・」
「ごめん、すぐ気付けなくて。保健室に向かう所だったんだろう?僕も付き合うよ」
言った成瀬の声はへの気遣いが滲んだ優しいものだった。
お腹の痛みはさっきから酷くなったり少し和らいだりと波が有りつつも、未だに収まっていない。
気分の悪さはさっきと変わらずだ。
でも、は素直に彼の厚意に甘える事が出来なかった。
「いい・・・、一人で平気だから」
の腕を掴んでいる成瀬の手を弱々しく振り払う。
だけど、彼はその手を離してはくれなかった。
「何言っているんだよ!?そんな真っ青な顔して、平気な訳ないだろ?」
「・・・放っといてくれよ、あんたには関係ない・・・・・・」
未だに掴まれたままの腕を、今度は思いっきり力を込めて振り払おうとした。
が、男装していようと結局は女で、しかも今はこんな状態。
力の差は歴然だった。
今度は空いていた筈のもう片腕まで掴まれてしまう。
「関係なくなんかないさ、ほら、いいコだから大人しくして」
聞きわけのない子供を諭す様な成瀬の声がムカつく。
「っ、・・・オレは、あんたと同い年で・・・!・・・っ、つぅ・・・!」
――――――――ズ キ ン
さっきよりほんの少し引き始めたと思っていた痛みがまたしてもを襲う。
はふらりとよろけ、そのまま成瀬の胸にトンっと体をぶつけてしまった。
だけどもう、抵抗する気力もない。
「!?・・・ごめん、君は嫌がるだろうけど、僕が君を保健室まで連れて行くよ」
言いざま、成瀬の手がの腰に回され、膝辺りにも同様の感触がした。
そして瞬間的にふわりと体が宙に浮く感覚がある。
なにがどうなってるのかは理解出来てたし、いつもだったら何が有ろうとこんなこと許してない。
つまりはアレだ、は成瀬に俗に言う姫ダッコと言うものをされているらしい。
は男装姿で、しかも相手は啓太に激ラブな成瀬。
あり得ない。
あり得差な過ぎる状態だ。
でも勿論、この時のにはそれを深く考えることなんか出来なかった。
「・・・・・・・っ、っ・・・・・」
「少しだけ我慢して、」
成瀬の言葉に、ただ小さく頷く、それだけで精いっぱいだった。
「すみませんでした、松岡先生。その、ご迷惑お掛けしました」
「いや、薬が利いて落ち着いたみたいで良かったよ」
松岡先生はいつもと変わらず柔らかい笑顔を浮かべ、静かな優しい声でそう答えてくれた。
はベッドから体を起こして軽く頭を下げる。
「本当に有難うございます」
「でも成瀬君が君を抱きかかえて突然保健室に入って来た時は驚いてしまったな」
何処か笑いを含んだ声でそう言われ、は思わず動揺してしまう。
あの時はお腹の痛みのせいでそんなことを気にしてる余裕はなかったけど、
こうして落ち着いてみるとかなり恥ずかし過ぎることだ。
「っ、あ、あれは・・・その・・・も予想外だったと言うか・・・」
「ふふっ、彼は君が女性だと言う事は知らないんだね?」
「あ、はい、知りません。・・・それで、成瀬は?」
「ああ、君が休んでいる間に部活の後輩が探しに来たからね、
今はあちらに戻っていると思うよ。最後まで君の様子を気にしていたようだったけれどね」
「・・・そう、だったんですか・・・。成瀬にも後でお礼を言っておきます・・・」
「ああ、それがいい」
ここに運ばれる直前まで微妙に、と言うかかなり喧嘩腰な会話の仕方しかしてなかったから、
成瀬とはちょっとどころじゃなく顔を合わせ辛いけど、迷惑を掛けたのは事実だ。
今はまだ部活中だろうし、寮に戻った後にでもお礼を言いに行こう。
「じゃあ、・・・そろそろ失礼します。本当に有難うございました」
「いや、君、そんなに気にしなくていいんだよ。遠藤君もそうだけど、
君みたいな特殊な状況の子は何処かで気を緩める時間も必要だろう。
ここに居る時位は、変に気を使わずにいつもの君で居て欲しい。
女性の君が男の僕に相談する事は限られて来るかも知れないけど、
僕はいつでも君の話を聞くつもりで居るから」
「・・・・・・・・・有難うございます」
松岡先生の穏やかな声は、耳にも心にも心地よく優しい。
プレイヤー時の知識でこの人が抱えてる悲しみや暗い部分を知ってても、
彼がここに居てくれて本当に良かったと思う。
は再度、松岡先生に頭を下げると、保健室を後にした。
◇◆◇
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
眉間にしわを寄せて成瀬の寮のドアを睨みつける事数分。
はそこで石像のように固まって、動けないで居た。
このままここに突っ立ってても仕方ないし、
大体2年の寮に1年のが居るってだけでも目立ってしまう。
今のところ誰かが通りすがったりなんかはないとしても、
それは単に運が良かっただけで、
すぐ次の瞬間には誰かがこっちに向かって歩いて来たりって事もあるかもしれない。
はもう何度繰り返したか知れない深呼吸を心の中でもう一度やり終えると、
いざっ!と言う勢いで成瀬の部屋のドアをノックすることにした。
――――――――――その時。
ガチャリ。
「げっ!?」
「?あれ?」
の手の甲がドアに触れるか触れないかの絶妙なタイミングで、唐突にそのドアが開き、
そして成瀬が顔を出した。
は思わずぽかんと口を開いて成瀬を見上げる。
向こうも向こうで驚いたように数秒間目を見開いてを見下ろしていた。
「?驚いたよ、丁度君の所に行こうと思っていた所だったんだ。
まさか君の方から来てくれるなんて思わなかったな」
「あ・・・、うん。その、・・・さっきの礼を言いに来たんだ。それから謝ろうと思って」
「そんな、謝るだなんて。・・・って言うか、体の方はもういいのかい?」
「・・・うん、平気。ごめん、ホント」
何か、やっぱり居心地悪い・・・。
普通に会話してるつもりじゃ居るけど、どうにも上手くいかない。
感謝はしてるし、迷惑掛けた事も分かっちゃ居るんだけど、あの姫ダッコはないだろうと言う思いも消えない。
こっぱずかしいってのは勿論だけど、それだけじゃなくて、
多分、成瀬が啓太にラブビームを送り続けてることを知ってるからだと思う。
「じゃあ、オレ・・・それだけ言いに来ただけだから・・・さ、もう戻るから」
「え?今来たばかりなのに?上がって行きなよ」
「いや、けど・・・」
「折角わざわざここまで来てくれたんだし、お茶位なら御馳走するよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・、やっぱいい、また気分悪くなったら困るし、もう戻る」
成瀬の誘いに少しだけ心が揺れたけど、このまま彼の部屋にお邪魔してしまったら、
もっと居心地の悪い思いをするような気がしてならない。
「じゃあ、今日は有難う。またな、成瀬」
「あ、!部屋まで送って行くよ」
「いい、そんな長い距離じゃないし。ありがと」
の部屋は啓太の部屋傍に有る。
成瀬は単にそっちが目当てなのかもしれない。
そんな風に考えて、自分が酷く嫌な奴のように思えた。
成瀬のこの態度は純粋にを心配してくれてのものだ。
それは分かってるのに、下手にプレイヤーの時の知識や、リアルに啓太に接する成瀬の姿を見てる分、
あれこれと嫌な方にばかり勘ぐってしまう。
うっわ、ホント、ヤな感じだな、自分・・・。
大体、成瀬が啓太を好きなことなんか今に始まった事じゃないじゃないか。
何を今更。
それはそれ、これはこれだ。
を心配してくれてる優しさだって、嘘じゃないだろうに。
元々成瀬は優しいタイプの気遣いが出来る人間なんだから。
なのに何を苛々してるんだか。
「じゃ・・・」
短く言って、は踵を返して歩き始める。
「待って!やっぱり僕も一緒に」
成瀬はを呼び止め、肩に手を触れた。
は反射的にそれを振り払い、思わず声を上げる。
「いいって!一人で戻れる!」
成瀬は少し驚いたようにして動きを止めた。
はハッとして彼と視線を合わせる。
そしてその瞳をすぐに伏せた。
ヤバイ、やってしまった・・・。マジでは何を一人でイラついてんだろ。
「えっと、ごめん。ほら、もう成瀬には十分世話になったし、体調も平気だし、だから・・・」
笑って誤魔化そうとした口元が焦って不自然に歪む。
成瀬は少しの間無言でを見下ろした後、
今度はの腕を掴んで少しだけ強引に自分の部屋に引き入れ、ドアを閉めた。
「な、成瀬!?」
「・・・・・・・・ごめん、でも・・・あのまま玄関先で出来る様な話じゃなかったからね」
「・・・え?」
問い返して成瀬を見上げたに、彼は少し困った様に笑って見せた。
そして、小さく溜息を一つ、吐く。
「さっき、廊下でに会った時もそうだったけど、
は僕と二人になる事が嫌なのかな?」
「・・・あー、ごめん、そう言うんじゃないんだけど。成瀬が悪いんじゃないよ。オレが・・・」
「が?」
「・・・・・・・・、とにかく!成瀬は気にしなくていいからさ」
こんなんじゃ成瀬は納得できないだろうけど、本当のことなんて言える訳がない。
自分でも理由なんか分からないのに、それを説明することなんかもっと無理だ。
だけど成瀬に八つ当たりみたいな真似をしてしまうなんてどうかしてる。
やり方はどうであれ、成瀬はを心配して保健室まで運んでくれて、
今だってそうだ、わざわざの部屋まで来て様子を見に来ようとしてくれてたから、
ドアの前に突っ立ってたと顔を合わせた訳で。
なのには、成瀬なんかどうせ啓太の事しか考えてないんだ、みたいな考えばっかで。
学園の廊下の時も今も、それで無性に苛々して。
――――――――――――え?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「?どうしたんだい?また何処か痛くなった?」
「・・・・・・・ううん、・・・・・違う、平気・・・」
あれ?おかしくない?別にいいのに、
成瀬が啓太追っかけるのなんて、今更で、日常で、それに寧ろの中じゃ笑いのネタみたいな部分もあったし。
それも失礼すぎるだろって話だが、あの激ラブアプローチは笑うしかない。
その分真剣だって事にも気付いてて、ああ、そうだ、
だから最近は啓太に関する情報屋みたいなの立ち位置を複雑にも思ってて。
それで。
だから。
「?」
「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
う、わ。
うわ、うわ、うわあああああ。
うわあああああああああああ。
あり得ない。
あり得ない。
あり得ない。
どうして、こんな、今になって、ここで。
こんな時に気付いてしまうのか。
は―――――――――――――――
「何でも、ない・・・・・・・・」
「・・・!」
不意にいつもより強い口調で成瀬がの名前を呼んだ。
「へっ・・・!?」
間の抜けた声でが返事をした。
瞬間。
掴まれたままだった腕をまたしても力強く引っ張られ、
その事に驚いている間にの唇に成瀬の唇が強引に押し付けられる。
反射的に抵抗しようとした両腕はいとも容易く彼に封じられた。
驚き過ぎて言葉を発しようと開いたままの口から成瀬の舌が何の躊躇いもなく内側へと侵入を果たす。
「ん・・・ぅっ!」
口腔をねっとりと這い回る彼の舌はやり方は強引だったくせに、妙に優しく甘ったるく、
そのことがまたを混乱させる。
展開が急展開と言うよりは超展開だ。
何が何だか分からない。
と言うよりあり得なさ過ぎる。
意味が分からない。
混乱しまくるの思考を成瀬の舌が更にかき乱す。
と成瀬のぬるい唾液が混ざり合う感覚と、重なり合う柔らかな濡れた唇の温度が生々しい。
「な、るせ、・・・っ?」
僅かに唇が離れたと同時、無意識に漏らした彼の名前。
瞬間的に成瀬がハッとしたようにから離れた。
「・・・、僕は・・・・・」
何故か自分からキスをしておいて彼の方がショックを受けた様な、
それでいて茫然として居るような表情を浮かべていた。
「・・・・・・・・な、何で?だってあんた、啓太が・・・」
「・・・そう、だね・・・。僕も・・・分からない」
「・・・・え?」
の問いに答えた成瀬は、本当に心底自分の行動に驚いているみたいに見えた。
その姿が、何となく、ついさっきまでの自分とダブる。
成瀬と啓太の関係を思いながら、どうしてそんなに気になるのか自分が分からなくて、苛立ってたと。
自分で自分が分からなかったついさっきまでのと今の成瀬。
態度や表し方は全然違うけど、どうしてか、酷く似てた。
「・・・・・・・分からないけど、嫌だった。
、君が僕を拒絶するのが・・・何だろう、とても辛かったんだ」
「成瀬・・・」
「・・・僕は・・・」
成瀬は自分自身の行動に困惑した様子だった。
そんな彼をが責められる訳もなく。
何より、既に自分の気持ちに気付いてしまったは、彼のキスを嫌だと思う理由なんてなかった。
ある意味勢いとは言え、一途に啓太を思ってる成瀬がいい加減な気持ちでこんなことをしたとは思えない。
「ごめん、成瀬」
「え?どうしてが謝るんだい?」
「元はと言えばオレのせいだし」
「いや、そんな、僕が・・・!」
更に口を開く成瀬に、は軽く首を振って応えた。
「あのさ、・・・その、キスの事は・・・今は理由がどうとかってことは聞かないから・・・、
けど・・・あんたの中でちゃんと答えが出たら聞かせて欲しいんだ。
まぁ、オレもそう長くは待てないけどね」
「・・・」
「それじゃ、オレはもう戻るから。あ、それと・・・今日は本当にありがとな・・・」
出来るだけ笑顔を浮かべてそう口にし、はゆっくりと成瀬の傍から離れた。
そして部屋のドアノブに手を掛ける。
「!」
「ん?」
「・・・・・・・近い内に、きっと答えを見つけるよ。きっと・・・」
「・・・・・・・うん、待ってる」
本当は、は内心まだまだ複雑な気持ちには変わりないし、
さっき気付いたばかりの自分の気持ちにちゃんと向き合った訳じゃない。
成瀬の想いが啓太にあって、啓太の方に向かってる事なんかよく知ってるし、それなのにどっかで期待してて。
だから不安だらけで、覚悟なんか決まってなくて。
ぐるんぐるん、と。
色んな気持ちが交錯している。
だけど、やっぱり知りたいから。
そして自分と彼の気持ちに向き合いたいから。
二次元のバーチャルな恋心じゃなくて、現実に想ってるこの気持ちを、
出来るなら向き合って伝えたい。
それが今すぐじゃなくても。
はそれを望んでる。
成瀬の答えを聞いて後悔するかもしれない。
傷付くかもしれない。
でも、それも含めて全部、向き合った結果なら、受け入れられると、そう思うから。
(END)