「、待てよ!俺もっ・・・っと、何だ、まだここに居たのか」
を追いかけて来た大柄な影に少し驚いてしまった。
振り返らなくても張りのある低い声が誰のものなのかはすぐに分かった。
それでもはゆっくりと視線を丹羽哲也その人に向ける。
「・・・何か用でしたか?」
内心げんなりしつつは彼にそう訊ねた。
折角あの場から逃げ切ったと思ったのに、まさか追いかけてくるなんて思いもしなかった。
丹羽の事が好きとか嫌いとか関係なく、取りあえず今の状況でお相手したい人間じゃない。
まぁ、さすがに彼も今のに生徒会の仕事を押し付けるような真似はしないだろうけど、
そう言う問題以前にまずは一刻も早く保健室に辿りつきたかった。
「いや、用っつーか・・・、お前があんまり辛そうだったからよ」
俯き加減のの顔を少し覗き込むように身を屈める丹羽は、
珍しくどこか神妙な気遣いの滲んだ表情を浮かべていた。
どうやら純粋に心配してわざわざ追って来てくれたようだ。
だったら今までの態度は失礼すぎたかもしれない。
お腹の痛みで余裕がなかったとは言え、相手は先輩で、しかも生徒会長だ。
それだけじゃなく、啓太と一緒に学園に来て以来、彼には色々と面倒を見て貰っても居る。
さっきまでの自分を反省しつつ、はどうにか笑顔を浮かべた。
「保健室までなら一人でも行けますよ。すみません、丹羽先輩、心配掛けましたね」
「・・・・・・、、無理して笑うな。お前自分じゃ気付いてねぇんだろうが、マジで真っ青だぞ。
こっからだと保健室まで結構な距離だろ」
「え?あ・・・けど、・・・・・っつ・・・」
ほんの少し引き始めて居た痛みの波がそこでまたしても戻って来た。
は両手でお腹を抑えて顔を顰める。
丹羽はそのの体を支えるように片腕を伸ばした。
硬い筋肉の感触が制服越しに伝わる。
「す、すみません・・・」
「今はそんなこと気にすんな・・・。こうなったら・・・、しゃーねぇな・・・」
言いざま。
の足がすいっと空中を掻き、体が浮きあがったかと思うと、次に気付いた時には既に彼は走り始めて居た。
抗議の声を発する間もなく、予想以上の勢いで丹羽は廊下を進む。
『廊下は走らない』なんてどこの学校にでもある様な校則を全く無視した速度だった。
もう何と言うか、余りにも突然過ぎて、オレは男なんですけど!とか、
恥ずかし過ぎるんですけど!とか、
もっと別の方法を!とか、普通だったら何か色々言いたい事はあったんだけど、
この時のはもうそんな余裕はなかった。
◇◆◇
その後、保健室に運ばれたは松岡先生に薬を貰い、少しの間ベッドで休ませて貰った。
そして、薬の効き目でやっと痛みも落ち着き、
今度こそ本当に一人で歩いて帰れるまでになった所では保健室を後にした。
「・・・あ、そうだ」
一旦教室まで戻らないと・・・。
保健室から廊下に出た所では教室に荷物を置いて来てることを思い出した。
今の時間帯ならまだ教室のドアも開いてるだろうし、早めに戻って寮に帰った方がいいだろう。
だけど、荷物を取りに行ったら帰る前に生徒会室に向かうことを忘れちゃならない。
中々無茶なやり方ではあったが、彼がを保健室まで運んでくれた事には変わりないんだから。
・・・でも待てよ、あの丹羽が大人しく生徒会室に戻ってるとも思えないんだけど・・・。
その可能性は大いにある。
最初に廊下で顔を合わせた時は中嶋と一緒だったから、
あのまま戻ってれば中嶋から逃げられずに生徒会室に向かってたかもしれないけど、
を保健室に運んだ後に真っ直ぐ戻ったとは考えにくい気がした。
あの場合丹羽はただ純粋にの体を心配して追いかけて来てくれたんだろうが、
何となく中嶋には悪いことをした気分だ。
特にあの時二人一緒に居たのは実は中嶋が丹羽連行に成功した結果だったりしたら、
のせいでそれを邪魔した事になってしまう。
っと、それより今は丹羽、丹羽!・・・寮に戻ってからお礼言いに行った方が確実かもなぁ。
なんてことをあれこれ考えつつ、一年の教室に向かって廊下を歩いていた、その途中。
「お!!丁度良かったぜ!」
「えっ!?あ!丹羽先輩!?」
階段を上ろうとした直前に、が探そうとして居た張本人に声を掛けられた。
「今からお前の荷物持って保健室に向かおうとしてた所だ。
松岡先生は薬飲んで少し休んでりゃ平気だっつってたけどよ、体の方はもういいのか?」
「はい、有難うございました。って言うか、オレの荷物って・・・」
「おう!これだろ?」
言った彼が手にしていた鞄と荷物を差し出して来た。
それは確かにの物で。
「・・・わざわざ取りに行ってくれたんですか?」
「おうよ、丁度お前のクラスの奴が居たからな、ソイツに頼んで持ってきて貰ったんだ。
それで間違いねぇんだろ?」
「あ、はい・・・。すみません、何か、何から何まで」
「ま、お前には日頃色々手伝って貰ってるからな。
けど良かったぜ、顔色もさっきに比べりゃ普通だし、足元もしっかりしてんな」
そう言った丹羽は笑顔を浮かべての頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。
いつもなら手伝ってるんじゃなくて手伝わされてるんです!なんて抗議してるとこだけど、
今回は何だか全然悪い気がしない。
寧ろ彼の言葉や態度が妙に嬉しく感じていた。
「ホント、有難うございます」
「だから、もう礼なんて言うなって。・・・・・・・しっかし、アレだ、お前男のくせに細っこ過ぎだぞ」
「え?」
「いや、・・・なんつーか・・・その・・・お前抱えた時、思った以上に軽かったしよ、ちっこくて、
しかも・・・細い割に柔らかかったような・・・」
「な"っ!!」
これは、男としては怒るべき場面なんじゃないだろうか。
そうだ、今のは男で、男である場合、小柄な事だって華奢な事だって気にしてて当然の筈なんだから。
だけど女としてのは丹羽の言葉がこっぱずかしいと思いつつも、
何処かで喜んでいたりする。
い、いかん、いかん。
今は男なんだから、やっぱりここで少しは怒っとかないと!!
自分に言い聞かせつつ、はわざと眉を吊り上げた。
「丹羽先輩、確かにオレは先輩に比べれば筋力ないし、背も低いですけどそれはないでしょう!」
「ん?ああ、そう・・・だな。お前も男だもんな、こんな事言われちゃ気にしちまうか」
丹羽は何となく気まずそうに笑った。
でも、見上げた彼の浅黒い肌が赤く染まっている様に見えるのは、の気のせいだろうか。
がジッと見上げているのに気付いたのか、丹羽はハッとしたようにと視線を合わせた。
「すまねぇ!そうだよな!お前は男だ!間違いなく男だ!
い、いいか!?、もうちっと筋力つけて、腹痛位でくたばりそうになるんじゃねぇぞ!?」
そこまで力説されるととしてはかなり複雑なんだけど、
ここは男として返事をしなくちゃ不自然だ。
「・・・いや、筋力と腹痛は関係ない様な・・・、それにくたばるとか大げさな」
「うるせぇ!・・・ったく、真っ青な顔してやがったくせに・・・、どんだけ心配したと・・・」
「?丹羽先輩?」
「何でもねぇよ!おら、帰るぞ!」
丹羽は何処か不機嫌っぽさを滲ませた口調でそう言って、突然ずんずんと歩き始めた。
は慌ててその後を追う。
「えっ!?・・・って、丹羽先輩、生徒会室に戻らなくていいんですか?」
「いいんだよ、俺はお前を寮まで送って行くって決めたんだ」
「でもオレはもう一人でも平気ですし、そこまで迷惑掛けられない・・・、
てか、主に中嶋先輩に対して申し訳ないんですが」
コンパスの違いが有る上、
丹羽が大股で足早に歩くせいでは小走りで彼を追っている様な状態になりながら、
それでもどうにか会話を続ける。
「いいんだって!お前が気にするようなことじゃねぇよ。仕事の方はヒデがどうにか上手くやるだろ」
「いや、けど・・・」
「いいから、来い!荷物は俺が持ってやるから!」
「ええっ!?いや、さっき渡して貰ったばっかですし、」
いいですよ!
最後まで言い終えるより早く、の手にあった荷物は再び丹羽の手に奪われてしまった。
「丹羽先輩!?」
「おら、これで手が空いただろう。貸せ!」
もう渡す物なんてありやしないんだけど、
そう思ってぽかんとしていると今度は唐突に彼がの手を掴んだ。
そして、そのまま再びずんずん歩いて行く。
しかもさっきと同じ位の速度なので繋いだ手がぐいぐい引っ張られて結構痛い。
「っ、っわ、ちょ、ちょっと待って下さい!歩くの早いっ・・・!」
「お、悪ぃな」
そう言った丹羽は歩く速度をさっきより緩めてくれる。
これで安心。
―――――――――――――な、わきゃない。
「いやいやいやいや、違いますよ、そうじゃないでしょう!
丹羽先輩、オレはマジで一人で平気ですから、荷物も持てるんで!」
「遠慮すんな、・・・つーか、気にすんな。俺がそうしたいんだからよ」
「・・・・・・・・・」
多分これはもうこれ以上何を言っても無駄なんだろう。
それには何だかんだ言いつつも、今の状況を悪くないと思ってしまっていた。
丹羽の大きくてごつごつとした手の感触や、ぬくもりが照れ臭いのに心地いい。
抵抗を諦めて大人しくついて行きながら、は隣を歩く彼を見上げた。
「何だ?」
「・・・校内で、いいんですか?」
「何が?」
「手、・・・丹羽先輩色んな意味で目立ちますし、知り合いに見られたら厄介なんじゃないかと」
「・・・・・・・・・・、別に構やしねぇよ。ガタガタ言う奴が居たらぶん殴って黙らせりゃいいだけだろ」
「は、はははは・・・、丹羽先輩らしいですね」
画面越しに見た丹羽は、ノーマル思考でありながら啓太に惹かれたタイプの人間だったけど、
とのコレは、どう考えたらいいんだろう。
生理痛のを心配して追いかけてくれた事とか、今のこの状況とか、そのちょっと前とか、
都合のいい方向に考えるは何か色々期待してしまう。
だけど、もしも。
もしも彼がの性別がどっちだろうと好意を持ってくれてんだとしたら、
それはにとって凄く嬉しい事で。
「・・・?おい、何にやにやしてんだよ?」
「へっ!?あ、いや、何でもありません!」
「・・・ふっ、変な奴・・・」
いかん、いかん、顔にまで出てしまってたか!
は丹羽の言葉に慌ててどうにか口元を引き締める努力をする。
珍しく微笑むみたいに笑った丹羽が、そこで少しだけの手を握る手に力を込めた。
そう言えば、どんな時も力加減を余りしないように見える丹羽が、
の手を握る力はどちらかと言うと弱めだったみたいな気がする。
「・・あー・・・、やべぇ・・・・・・・握り潰しちまいそうで怖ぇな・・・」
ボソリ。
よりもかなり高い位置にある場所から呟かれた台詞に、は驚いて彼を見上げた。
「丹羽先輩・・・・今・・・・」
「あん?」
「あ、いや・・・何でもない、です」
内心、吹き出して笑いだしそうになるのを堪えながら、
はそれから他愛ない話題を持ち出して話を逸らした。
丹羽が自分から手を繋いだくせに殆ど恐々みたいにの手を握ってた理由が分かって、
それが何だか妙に嬉しくて、またしても口元が緩む。
彼の独り言の内容は、男としてはこれもまた怒っておくべき部類なんだろうけど、
丹羽の掌から伝わる感触とあたたかさが心地よくて、はやっぱり知らない振りをして正解だと思った。
(END)