番号を発信した瞬間に思い出したけど、確か和希は今日理事長の仕事で遅くなると言ってた。
下手したら日付を越すかもしれないから、
そうなったらまた篠宮に怒られるみたいなことを今日のランチタイムで口にしてた。
という事は、もしかしたら和希は今部屋に居ないどころか仕事中だろうか。
そこで慌てて電話を切った。
雷が怖いなんて馬鹿げた理由で和希の仕事の邪魔をする訳にはいかない。
未だにズガズゴびかびかしている雷に怯えつつ、は他の手段を考えた。
ヘッドホンで音楽を大音量にして聴くって手は結構使えるかもしれない。
そうだ、そうしよう。
と、その時。
手にしたままのケータイがヴヴヴと小さく唸って震える。
画面を目にすると、和希の名前が映し出されていた。
「ごめん!和希!」
は殆ど反射的に電話を取り、真っ先にそう口を開く。
『え??どうして謝ってるんだ?』
「だ、だって、仕事中でしょ。今が電話したから掛け直してくれたんだよね?
ごめん、本当にごめん、でものことは気にしなくていいからさ、邪魔したくないからもう切るね!」
『?待てよ、俺の仕事はもう終わってるから切らなくていい』
慌てすぎたはまくし立てる様に一気に言葉を吐き出し、本気で電話を切るつもりで居た。
だけどそれを電話の向こうの和希に引き止められる。
「仕事、終わってる?」
『ああ、それにもう寮に戻る途中なんだ。もうすぐ着く。・・・それにしても今夜は凄い雷だよな』
室内でも結構な大音量で雷が鳴り響いてるんだから、外に居る和希はもっと大きく聞こえてるんだろう。
いつもより少し大きめの声で話してるのが分かる。
「う、うん・・・。そだね」
『もしかして雷が怖くて電話してきたのか?』
「えっ!?・・・まぁ、うん、ごめん・・・」
幾ら仕事が終わっているとは言え、こんな時間に電話した理由が情けなさ過ぎてはまた謝った。
学校の授業の後に理事長の仕事。
きっと和希は疲れてるだろうに、が数コールで電話を切ったから心配して電話を掛け直してくれたのだ。
『ははっ、謝らなくていいよ。でも意外だな、お前雷見るとわくわくするって言ってなかったっけ?』
「わ、笑わないで貰えマスカ!・・・うん、ワクワクしてたんだけど、さ、さすがに今日のコレは・・・」
『くっくっく、・・・っと、悪い。もう笑わない。そうか、確かに今夜の雷は行き過ぎてるかもな』
「・・・うん、でも和希の声聞いたらちょっと落ち着いたかも」
未だに雷様は張り切ってコンサートを開いてらっしゃるが、
和希と話し始めてさっきよりもビクビクしなくなっている。
全然怖くない訳じゃないけど、随分気持ちが落ち着いてきてるのは確かだ。
とは言え、仕事で疲れてる彼をの長電話に付き合わせたくない。
『・・・』
「えっと、電話掛け直してくれてありがと、嬉しかった。そろそろ切るね」
電話を切ってしまえばまた雷様のコンサーと向き合わなきゃならない訳だが、
和希がこうして話を聞いてくれただけでもう十分だ。
後はどうにか一人で乗り切ろう。
さっきの音楽大音量ってやつを試してもいいかもしれない。
『!待てよ、まだ切るな』
「え?いや、でも・・・」
『たった今寮に着いたんだ。
これから部屋に戻って急いでシャワーを浴びるから、その後にお前の部屋に行ってもいいか?』
「ええっ!?」
和希の思わぬ発言には驚いて声を上げた。
『こんな時間だから、やっぱり迷惑かな?』
「いや、和希を迷惑なんて思わないし、・・・その、寧ろありがたいけど・・・」
こんな時間に下らない理由で電話をしたのはだ。
この場合迷惑がられるなら逆にの方だろう。
啓太に対してもそうだけど、和希はちょっと過保護なところがある。
それが嬉くて毎度調子こいて甘えてしまう。
今も、迷惑どころか喜んでる。
『決まりだな、じゃあ一旦電話を切るけど、一人で我慢できるか?』
「う、うん・・・。あー!やっぱりダメ!
和希、仕事の後で疲れてるんだからさ、はもう一人で平気!もう寝るし!だから――」
和希はゆっくり休んで。
先を続けようとしたところで、和希がの名前を呼んだ。
『』
「・・・はい?」
『もう一度聞くけど、俺がそっちに行くのは迷惑か?』
「そんなのあり得ない」
さっきと同じ質問に、はさっきよりも早く返事をする。
電話の向こう側。
和希がふっと笑った気配がした。
『俺の体を心配してくれてありがとう。でも俺はお前のその気持ちだけで十分だよ。
なるべく早く行くから、待っててくれ』
「・・・うん、じゃあ、待ってる・・・」
和希の声が妙に優しく耳に響いて、何だか凄く照れくさい気分にさせられた。
おかしな話だけど、和希と会話をしてる途中から、は殆ど雷のことを忘れてしまっていたのだった。
雷の音の凄まじさは続いてたし、そもそもそのせいで彼に電話をしたはずなのに。
忘れてたってより、どうでもよくなってたのかもしれない。
寧ろ雷のおかげで和希がここに来てくれるんだと思うとちょっと感謝さえしそうになってる。
随分現金な思考回路だ。
つまり、はそれだけ浮かれていた。
□■□
その後20分位してから和希はの部屋まで来てくれた。
そして約一時間程二人で他愛ない会話をしつつ、雷様が撤収するのを待っていたんだけど、
何だか予想以上に雷が持久力を発揮してて、未だにコンサートは続いている。
とは言え、正直に言えば、和希がの部屋に来てくれるといった時点で、
の中で雷にビビってた気持ちは殆どなくなってしまっていた。
それでも何だかんだで彼を付き合わせたのは、やっぱり和希に甘えてしまってたからだと思う。
が小さく欠伸をすると、和希はクスリと笑っていった。
「そろそろ寝た方がいいみたいだな、」
「うん・・・、そうだね」
眠いのは確かだし、雷がまだ鳴り止んでないとは言え、はもう怖いとは思ってない。
本当はもう少し和希と一緒にいたいなんて考えていたけど、
今までここに居てくれただけでもありがたいことなのに、これ以上我侭は言えないだろう。
彼が部屋を出て行くのを見送ったら、素直に寝よう。
そう思って、が続けて口を開きかけた時だった。
「お前が寝るまでは俺はここに居るよ」
よりも一呼吸早く、和希がそう口にする。
「え!?でも和希の方が仕事で疲れてるし、早く寝た方がいいよ」
「俺は平気だって。睡眠時間はいつもそんなに長い方じゃないし、明日は学校もないからな」
「でも・・・」
「いいから、ほら、もうベッドに行けよ」
和希はそう言って笑顔を浮かべ、をベッドへと優しく促してくれる。
は素直にそれに従いながら、苦笑した。
「和希、のこと甘やかしすぎでしょ」
「そうか?そんなことないと思うけどな。俺がこうしたいからしてるだけだよ」
「それが甘やかしてるって言うんです」
「ふふっ、だったら甘えとけよ」
「・・・・・・」
和希はさっき、自分は睡眠時間も余り長くないし、明日は学校もないから平気だと言った。
確かに明日は学校は休みだけど、和希の場合は朝から突然仕事が入ることも珍しくない。
というか、に言ってないだけで、もしかしたら既に早い時間から仕事が入ってるのかもしれない。
逆に朝から仕事がなかったとしても、ゆっくり眠れる時にちゃんと眠った方がいいに決まってる。
「和希」
「何だ?」
「・・・さ、和希と電話で話してから実は結構落ち着いてて・・・、
・・・その、和希が一緒に居てくれるのが嬉しくて何か長々付き合わせちゃったけど、今はそんなに雷怖くないんだ。
だからちゃんと仕事の疲れ取る為にも、もう休んで?」
「・・・」
何か今自分かなりこっぱずかしいこと言った気がする。
いや、間違いなく言った。
だけど、誤魔化すにはもう遅すぎるし、何より言葉にした内容に嘘はない。
取り敢えずベッドに横になっているは、視線だけを明後日の方向へ移した。
「まったく、お前は・・・。そんなこと言われたら、益々戻れなくなるだろ」
「・・・え?」
困ったように笑った和希はベッドサイドに腰掛けて、の頭にそっと手を伸ばした。
彼の長い指が優しくの髪を梳く。
それは和希がここ残ってくれると言う意思表示。
ああやっぱり、結局和希はを甘やかしてくれるんだ。
もうこれ以上、彼に部屋に戻ってなんて言えない。
だって、本当はこのままの傍に居て欲しいってのが本音なんだから。
「あのさ、和希・・・思ったんだけど」
「ん?」
自分がこれから口にしようとしてることを思うと声が変に上ずった。
心臓がどくばく暴れてる。
和希からは見えないシーツの下にある手をぎゅっと握り締め、
半分声をひっくり返す勢いでは言った。
「の横で一緒に寝るってのはどうかな?」
「えっ!?」
瞬間。
当然のように驚いた様子の和希。
それから数秒の間彼はぽかんとしてを見下ろしていた。
さすがに大胆発言過ぎたか。
は居たたまれなくなって、慌てて言い訳を口にしようとした。
「あ、えと、和希、あの・・・」
「いいのか?」
「え?」
「お前が嫌じゃないのなら、俺は本気でお前の隣で横になるぞ」
「え?あ、え?う、うん、嫌なんてそんな、自分からこんなこと言わないし」
それこそ自分から提案しておいて、和希の返事には一人で激しく動揺してた。
断られたらそれはそれでどん底まで落ち込む勢いだったくせに、受け入れられたことにも驚いてる。
わたわたしながらもはベッドの奥に体を移動させ、
和希が来るスペースを空けた。
ベッドサイドに腰掛けていた彼がその場所に身を滑り込ませてくる。
その瞬間にシャワーを浴びて間もない男物のボディソープの匂いがふわりと香った。
和希はの隣に横になると、掛け布団をなるべくに多くかかるように調節してくれた。
一人用のベッドに二人一緒に居ることもあって、お互いの距離が近い。
相手の体温がほんのりと感じられる。
さっき以上にの心臓は恐ろしい勢いで爆音をあげていた。
「か、和希、それだと和希が布団からはみ出ない?」
「俺は平気だよ、お前が居るおかげで十分温かい」
「そ、そっか」
自分から言い出しておいて間近に居る和希を意識しすぎて視線が合わせられない。
体が緊張して、さっきまでの眠気が吹っ飛んでしまった。
「・・・、もしかして緊張してるのか?」
「してないし!」
和希に図星を指されては咄嗟に嘘を吐く。
至近距離で彼が小さく笑ったのが分かった。
そして、不意にそこで和希の両手がの体に触れる。
「っ!」
「大丈夫、何もしないよ」
「そ、そんな心配してないし」
「ははっ・・・、それはそれで問題だな」
和希はそう返事をしてまるで怯えてる小動物を警戒させないような手つきでそっとを抱き寄せた。
瞬間的にの呼吸が止まりそうになる。
ズドーン、と、そこで突然地響きにも似た大きな雷の音がした。
呆れた話なんだけど、はこの音で自分が雷にビビって彼を呼んだことを今更ながら思い出した。
「今の雷、凄い音だったな」
「うん・・・」
「大丈夫、俺が居るから。お前は安心して眠るといい」
言って、和希はを緩く抱きしめたまま、頭を撫でた。
薄いパジャマの生地越しに感じるお互いの体温や和希の腕の感触、ボディソープの香りに僅かに混ざった彼の匂い。
そういう諸々を意識しまくって、未だにわたしの心臓は爆音を上げてる。
それなのに、何だろう。
不思議なことに、和希に抱きしめられて頭を撫でられてると、少しずつ体の緊張は解けていく。
どきどきしてるのに、ふわふわした安心感がある。
そしていつの間にか、どこかへ吹っ飛んでいたはずの眠気が再びの所に戻ってきた。
それから少しの間、達は無言でそうして抱き合っていた。
「和希・・・」
「眠いんだろ?無理するな。・・・おやすみ、」
「・・・うん・・・、おやすみ」
自分でもビックリするほど急速に、睡魔がを眠りの淵に誘う。
今はあんなにビビってた雷の音もとても遠くに聞こえた。
自分以外の体温が、酷く心地いい。
というより、これはきっと和希が相手だからだ。
その後、は信じられないくらいにあっと言う間に眠りに落ちていった。
「・・・長い夜になりそうだな・・・」
だからは知らない。
和希が、困ったみたいに笑うあの表情で、溜息混じりにそう小さくそう呟いたことを―――
(END)