ここのところ和希は何だか忙しそうだ。
元々理事長の仕事をしながら学生生活なんて無茶な真似をしてるから、
基本的に忙しいみたいだけど、最近はまた特に忙しい時期に入ったようで、
ここ数週間は授業をまともに受けられないことも何度かあった。
それに授業が終わってすぐに和希が慌てた様子で教室を飛び出してくってのも最近じゃ見慣れた光景だ。
一応朝顔を合わせた時に今日も仕事ですぐに出なけりゃいけないって事を前もって話をしてくれてたり、
突然の仕事の場合もメールはくれてたりするから、和希がバタバタいなくなっても驚くこともない。
そんな訳で今は和希とランチを学食で一緒に取るチャンスもぐっと少なくなり、
ゆっくり話をする時間も無くなってた。
朝は寮の部屋まで迎えに来てくれるし、授業を受ける時は同じクラスで顔を合わせてるから、
全く会えない訳じゃない。
だけど確実に、彼氏彼女としての恋人時間は殆ど無いに等しくなってて、は和希に飢えていた。
そして今日も最近じゃ珍しくも無く、和樹は朝から言ってた通り、昼休みに入った途端、
慌しく理事長室に向かって出て行ってしまった。
「ハニー!」
「あ、成瀬さん」
「待ちに待ったランチタイムだね。僕は君と一緒にお弁当を食べてゆっくり出来るこの時間が大好きだよ」
砂糖たっぷりの甘ったるい笑顔と同じくらい甘ったるい空気と台詞と一緒に姿を見せたのは成瀬だ。
今日も今日とて彼はランチタイム突入直後、
愛しのハニーをお迎えに手作り弁当片手に一年の教室に足を踏み入れた。
その姿を目にした途端、は思わず眉間に深くしわを寄せ、吐き捨てるように二文字、口にしていた。
「・・・うざっ!!」
「、・・・う、うざって・・・」
啓太が困ったように口元を引きつらせて笑う。
その啓太の肩を抱くようにして成瀬が隣に立った。
「うざっなんて、幾らなんでもいきなりそれはヒドいな」
「ああ、悪い。心の声が漏れた」
今更だ。
成瀬が啓太にベタ惚れなのは勿論、この二人は今晴れてハッピーエンドの延長線でお付き合い中。
周りから見れば呆れて胸焼けするような光景も、不本意ながらも間近で何度か目にしてる。
そしてまぁ、人間の順応能力とは恐ろしいもので、ある意味それが日常の一部になっていた。
そう、画面越しの二人のラブラブっぷりを見てたあの頃とはまた違う意味で受け入れてた。
だけど、今はどうしても目に付いてしまう。
まぁつまりはひがんでるってことなんだけど。
「じゃあ、オレ、学食行ってくるから」
「!良かったらお前も俺たちと一緒に・・・、いいですよね?成瀬さん」
「僕はハニーがそうしたいならモチロンOKだよ」
啓太の言葉に成瀬が笑顔で応じる。
と成瀬はそれなりに親しくはあるけど、
それでもハニーとの甘いひとときを邪魔されるっててっきり嫌がるかと思ったのに少し意外だった。
まぁもしかしたら、内心じゃ少なからずそう思ってはいるのかもしれないけど。
「いや、オレは遠慮しとく。でもサンキュ」
啓太の気持ちはありがたいけど、今この二人と一緒に居たら毒を吐く自信しかない。
そうじゃなくても成瀬が始終啓太に向けて放ってる桃色オーラを目にするのも、
ランチタイムの間中ってのは辛いもんがある。
二人のことをネタに出来るのは心に余裕があって、しかも短時間だからできることだ。
今は色んな意味で彼らと一緒に居るのは複雑だった。
既に心が刺々しい。
つまり今のは特に心が狭い。
「そっか、分かったよ。じゃあ、またな、」
「うん、じゃあな、啓太、成瀬」
「またね、」
成瀬は啓太の肩を抱いたままそう挨拶をして、二人は揃ってから離れて行った。
その背中を見送った後、は小さく溜息を吐く。
そして一人、学食に向かうことにした。
◇◆◇
「君」
「」
「あ、七条、西園寺」
ランチタイムなので学食は当然のように混んでいた。
それでも一人分の席位は苦労なく見つけられそうだと周囲をきょろきょろ見回していると、
丁度視線の先に居た会計部の二人と目が合って、声を掛けられる。
そして偶然にも彼らの向かい側の席に一つ、空きがあった。
「そこ、いいか?」
「ああ、構わない」
「どうぞ、君」
二人の許可を得て、は通路側の丁度七条の向かい側に当たる席に着く。
彼らはもう半分近く食事をすすめていた。
二人とも相変わらず食事姿も絵になる優雅さだ。
周りの生徒からもちらちらと視線を集めている。
まぁ彼らの場合、その容姿だけが理由じゃないのは分かりきってることだけれど。
「今日も遠藤君の姿が見えないようですね」
「うん、やっぱ仕事忙しいみたいでさ」
「そのようだな、どうやら学園関係ではなくベル製薬の仕事の方が立て込んでいるらしいが」
「ああ、うん、こないだそう言ってた」
「ですがそろそろひと段落する頃でしょう。
そうすればきっとまたすぐに二人で一緒に居られる時間も増えますよ、君」
「ぶふっ!?」
さらりと。
いつもの笑顔を貼り付けたまま、余りにも自然に七条はが凹んでる原因を口にした。
不意を突かれたは思わず吹き出してしまう。
普段なら、学園関係じゃなくてベル製薬の仕事だってのを彼らが知ってるのはまぁいいとして、
何でひと段落つくことまで分かるんだと言うツッコミが先に来るはずだけど、
今回はそこまで気が回らない。
吹き出した瞬間に咄嗟に斜め方向に顔を向けて、一応口元を抑えたが、
その斜め前に座っていた西園寺が形のいい眉を吊り上げた。
「っ!!」
「ぐっ、ごめ・・・」
口の中の物を飲み込んだ後だったのは良かった。
あの状態で吹き出してたらさすがに女王陛下はごめんじゃ許してくれてないだろう。
「おやおや、君、大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫。悪い。・・・てかオレ、その・・・落ち込んでるように見えるか?」
いつも一緒に居る啓太に気付かれるならまだしも、
他の人間の前じゃそれなりに『いつもの自分』で居られてるつもりだった。
少なくとも、そう装いきれてると思ってた。
だけど今の七条の言い方は、どう考えてもが凹んでることに気付いてる感じだ。
「落ち込んでいるように、と言うより落ち込んでいるんだろう」
西園寺がズバリとそう指摘する。
確かにその通りだけど、が聞きたいのはそうじゃなく。
「・・・う、いや、そうなんだけど!周りから見てもそう見えてるのかなって言うことをだな」
「そうですね、やはりいつもよりも笑顔の回数も少ないように見えますし、
元気が無いというのは分かりますよ」
なんてことだ。
会計部の二人が鋭いタイプの人間だってこともあるんだろうけど、
それにしても一日の中で顔を合わせる回数はそう多くないはずなのに、その短時間で気付かれてしまうなんて。
さっきも言ったように啓太にバレてんのはある程度仕方ないとして、
周囲の人間にも気付かれるほど沈んでるのはさすがにどうだ。
「・・・和希も気付いてると思う・・・?」
和希には気付いてほしくない。
和希が忙しいのは最初から分かってたことで、それを承知で傍に居たいと思ったのもだ。
彼はどんなに忙しくてもとの時間を作ろうとしてくれてる。
確かに前よりはかなり減ったけど、それでもきっとそれが今彼が作れる誠意一杯の時間で。
それなのに、少し忙しい時期に入って一緒に居る時間が減ったからって落ち込んでちゃ、
彼に余計な気遣いをさせてしまうかもしれないからだ。
「私達が気付く位だ、アイツも気付いているだろう」
「そっか・・・」
そりゃそうだ。
今の和希は啓太と同じくらいって人間をよく知ってくれてる。
だから西園寺の言うとおり、彼が気付いてる可能性は凄く高い。
我慢弱いが、和希と会えなくて寂しくて落ち込んでることに。
「遠藤に会いたいか?」
「・・・それは、まぁ・・・モチロン・・・会いたい、けど。でも・・・そんなの子供の我が侭だし」
「ふふっ、いいじゃないですか、我が侭で。僕達はまだ十分『子供』ですよ?」
「・・・・・・・・・」
七条が自分を子供なんていうと胡散臭いこと極まりない。
でもつまりこれはを元気付けてくれてるってことだろう。
と言うか、自覚はあったけど、今、凄く自覚させられた。
は思ってる以上に和希に飢えてる。
幾ら気を許してる相手とは言え少なくともいつもならこんなこっぱずかしい事を口にしてないはずだ。
改めてそう考えると本当に恥ずかしくなった。
「その台詞は私達に言うのではなく、遠藤に直に言ってやるんだな」
「う、うーん・・・」
「僕なら恋人にそんなことを言われたら、嬉しくて飛んで行っちゃいますけどね」
「まぁ少なくともうじうじと落ち込んでいるよりはいい結果を生むだろう。
お前が子供だと言うなら、あれでもアイツは大人だ。それを受け止める器位はあると思うがな」
「そう、かな」
「そうですよ。それに、この先もずっと彼と一緒に居たいと思っているのなら、
学園に居る内に甘えていた方がいいんじゃないでしょうか。
卒業した後の方が君達には我慢が必要になってくるでしょうし」
「・・・・・・」
確かにそうかもしれない。
学園生活を一緒に過ごしてる今は、和希が忙しくて会えない今でも、顔を全く見られない訳じゃない。
短時間だけど話は出来る。
でもこの先もずっと一緒に居るんだったら、きっともっと本格的に会えない期間が増えてくる。
はその時の為にも今は我慢を学ばなきゃならないと思ってた、けど―――
「今日は部屋に戻ったら和希に電話してみようか」
殆ど独り言みたいに呟いたの言葉に、向かい側に座ってる会計部の二人は、
小さくクスリと笑って応えてくれた。
(後編へ)