その後10分ほどで和希は会計室から出てきた。
「お待たせ、帰ろうか」
「うん」
西園寺と七条にはもう挨拶は済ませてあったので、達はそのまま揃って学園を後にすることにした。
学園を出て二人並んで歩きながら、他愛のない会話を交わす。
和希が会計室に姿を見せた時の微妙な空気のことが何となくひっかかってたけど、
はあえてその話題を出さずに居た。
多分和希も同じ気持ちだろう。
そう、思ってたんだけど。
「・・・なぁ、」
「うん?」
「最近お前が会計室によく居るのって、・・・その、何か理由があるのか?」
「・・・・・・はいぃ?」
どこか躊躇いがちに向けられた和希からの質問。
今までの当たり障りのない話の流れに乗ってなかったことも勿論だけど、
としては避けてた話題だったので突然のことに驚いてしまった。
おかげでキョドり気味な返事の仕方をしてしまう。
「いや、え?あの、何で急に」
「ごめん、ちょっと気になってさ。
前から会計にはよく顔出してるのは知ってたけど、今ほどじゃなかっただろ」
「・・・そう?でも特に理由がある訳じゃ・・・、普通に居心地がいいと言うか」
嘘じゃない。
というか、全くその通りなんだけど、それでも後ろめたい気持ちになってしまうのは、
やっぱりが会計室を避難所として利用してる自覚もあるからだ。
和希は少しの間の表情を観察するように見ていたけど、小さく溜息を吐いた後、再び口を開いた。
「、もしかしてお前、女王様か七条さんのどっちかのことが好きなんじゃないか?」
今度の質問はさっきより更に驚いてしまった。
予想外も予想外すぎる内容だ。
は思わず足を止める。
「いやいやいや、何でそうなるの!?そりゃモチロン、二人とも好きだけど」
「俺が聞いてるのはそういう意味じゃないって」
どうしてこういう展開になってるんだ。
というか、今の達の会話は立場は逆だけど昼間の出来事とほぼ同じ状態だ。
案の定、和希もそれに気付いたのか、ふっと軽く苦笑して言った。
「って、これじゃあ昼休みの時と逆だな」
「はは・・・、そだね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そして微妙な空気と沈黙。
いかん。
いかん、いかん。
この話題はだめだ。
昼間のあの時もそうだったけど、どうしてもぎこちない空気になってしまう。
まぁ、お互いそれなりに気心の知れてる仲ではあるし、和希はよりずっと大人で(年齢不詳だけど)
が彼に片想いなんてしてなければ、この手の話でも普通に出来てたかもしれない。
寧ろもしかしたらある程度の恋愛相談まで出来てた可能性もある。
だけど、さすがの本人相手にそこまで素晴らしい勇気は持てない。
話題を変えよう。
それこそ昼間と同じで強引な感じになるけど、とにかく話題を変えるんだ。
「」
「な、何?」
「昼休みに言ってたことだけどさ」
「!」
が一人で話題を変えようと焦っていると、和希が沈黙を破って再び同じ話を口にする。
いや、会計部の彼らのことならある意味普通に乗り越えられたかもしれない。
だけど、和希が口にしたのはよりによって昼間のの質問のことだった。
とは言え、これも自業自得と言える。
元々、が和希に質問したことなんだから。
「・・・俺が啓太のことをまだ好きなのかって・・・」
「・・・・・」
どくり、どくり。
和希が続ける言葉に、の心臓が突然存在を主張するみたいに大きく耳に鳴り響き始める。
そう、これはが質問したこと。
が、聞きたくて、聞けなくて、そして聞きたくなかったこと。
「やっぱりお前には気付かれてたんだな、俺の気持ち」
どくり、どくり。
「俺が―――」
どくり。
「啓太に惹かれてたこと」
どく り。
「―――うん」
何を。
何を今更ショックを受けてるんだ、自分。
知ってたことじゃないか。
分かってた事じゃないか。
ここはベルリバティスクールで、和希はこの学園の学園長様。
和希がここに啓太を呼んだ本当の理由は昔の約束だけじゃなくて、
もっとベル製薬の研究に関わる重要な内容だった。
それでも啓太と学園生活を送る中で和希が啓太に恋愛感情を抱くのは自然な流れだ。
だってここはベルリバティなんだから。
画面越しでも見てきたことじゃないか。
違う。
嘘つき。
本当はわかってるんだ、も。
ここは現実で、画面越しでみたことなんか関係ない。
『そういう設定だから仕方ない』とか、そんな簡単なことじゃない。
分かってる。
分かってたから、分かってたのに―――
「確かに俺は啓太を好きになってたよ、恋愛感情って・・・意味でな」
「・・・うん」
痛い。
胸の奥が、ぎゅうぎゅうぎりぎり言ってる。
和希は視線を焼けの赤い空に移して、少しだけ唇に笑みを浮かべた。
「でも今は、ちゃんと成瀬さんと啓太の仲を祝福してるつもりだよ」
「―――え?」
続けられた彼の言葉に、は思わず聞き返す。
和希の瞳が、ゆっくりに向けられる。
「まぁ、成瀬さんはああいう人だし、最初は認めるなんてとんでもないって思ってたけどな。
今だって直接言うつもりもないよ。
でも、成瀬さんが口だけじゃなくて、啓太を本当に好きで、大事に想ってるんだって分かったからな」
「・・・和希」
「悔しいけど、啓太が成瀬さんに惹かれてってるのも気付いてたんだ。
俺は確かに啓太を好きになってたけど、俺の一番の願いは啓太が幸せになることだから、
例え俺の隣に居なかったとしても、アイツが一番好きな相手と一緒に居られるなら祝福しようって思った」
そう言って笑った和希の笑顔は、まだどこか少しぎこちなくて、
だけど同時に自分の気持ちの方向に納得してるのがよく分かった。
多分、和希は当然のようにまだ啓太を好きで、二人の姿を見る度あちこち痛い思いをしてるんだと思う。
それでも彼は、啓太の恋がこの先も順調に続いてくことを願って、ただ見守ることに決めてる。
「そっか、和希はやっぱり大人ですな」
「茶化すなよ」
「茶化してないよ、本当にそう思ってる」
本当に、本気でそう思ってる。
だってには真似できそうもない。
今も、そこまで想われてる啓太が羨ましくて仕方ないんだから。
和希は軽く溜息を吐いて、苦笑して見せた。
「・・・ま、そういうことにしておくか。・・・で?今度はお前のほうだぞ、」
「え?何が?」
突然またの方に話を振られて思わずきょとんとしてしまう。
一瞬本当に何のことだか分からなかった。
「何がって・・・、女王様と七条さんのことだよ」
「その話まだ続いてたの?」
「続いてました」
「えー?」
「俺はちゃんと話しただろ?」
「確かにそうだけど、さっきの返事、のは本当のことだし」
和希は昼の時点では啓太への想いをはぐらかして答えたけど、
さっき彼がにした会計部の二人のことについての質問のことなら、
ある意味嘘はついてない。
「・・・じゃあ、は本当にあの二人のことを友達としてしか見てないのか?」
「うん、まぁもう少し真面目に答えるなら、確かに二人とも格好いいし綺麗だし頼りになるしいい奴だとは思うけど、
その・・・恋愛感情があるかって言われたらやっぱり違うから」
二次元的な意味じゃなくて現実でも彼らのいいところは色々と見てきてる。
くせ者であるには違いないけど思っていたよりずっと話しやすいし付き合ってて楽しい。
でも、愛とか恋とかそう言った類の気持ちじゃないのだけは確かだ。
「そっか・・・」
「そうそう、だから最近会計室への出入りが多かったのはそういう理由じゃないし」
「じゃあ他の理由があるのか?」
「な、ないよ。たまたま何かこう・・・多かっただけ」
どうしてそこツッコむかな。
彼ら二人への気持ちなら本当のことを口にするのは簡単だった。
だけど、会計室への出入りが増えた理由は和希への気持ちに繋がるものがあるから、思わず動揺してしまう。
変に思われないか一瞬びくびくしてしまったけど、予想に反して何故か和希はほっとした表情を浮かべていた。
「ははは、じゃあ単なる俺の勘違いだったってことか」
「そういうことかな。・・・ってか、もしかして和兄さま、
最近が会計にばっかり出入りしててぼっちなのが寂しかったの?」
言いながら、はわざとらしくニヤニヤしつつ和希の顔を覗き込む。
どうやらこのままの隠したい本当のあれこれは上手くスルーできそうなので、
このノリで乗り切ってしまおうと考えていた。
「っ」
「図星」
「ち、違うって、俺は・・・・!・・・、・・・いや、そうなのかもな」
予想通りの否定かと思いきや、和希は少し困ったように笑っての言葉を肯定する。
その反応にの方が驚いてしまった。
「え?」
「啓太が成瀬さんと付き合い始めてからも、
お前はずっと俺の隣に居たから、それが普通みたいに思ってたのかもしれない」
和希はそういって少しだけ寂しそうに笑う。
そんな顔は卑怯だ。
そんな顔してそんな台詞。
和希は今でも啓太を想ってる。
たった今そのことを告白したくせに、に少しの勘違いも許してくれない状況を作ってるくせに、
そんなのずるい。
は和希に気付かれないように一瞬だけ唇をかみ締めて、それからすぐに満面の笑みを作った。
「仕方ないね、寂しがり屋な和兄の為にこれから理事長の仕事がなさそうな時は付き合う」
「ははは、ありがとうな、」
ああ、結局はこうなるんだ。
は、この人が好きなんだって、改めて思ってしまう。
が傍に居ることで、少しでも和希の寂しさを埋められるなら、一緒に居たい。
啓太ほどの幸せをあげることが出来なくても、が出来ることをしたい。
この恋を悲しいなんて思いたくないから―――
(END)