「ハニー!!」
お昼休み開始直後。
一体どんだけの速さでここまで足を運んでるんだと言う勢いで、
今日も成瀬はいつもと同じく絵に描いたような輝く笑顔で一年の教室にやって来た。
まぁ、アイツは二年だし、
個人で取ってる授業の内容によっては達より早く休憩に入ってる可能性がないでもないけど。
その場合、下手したらこっちの授業が終わり次第すぐにこの教室に来られるようにその辺で待機してそうな気もする。
そして達の教室に、
と言うよりは啓太目掛けて近付いてくる成瀬のその手には当然のように愛しのハニーの為の手作り愛情弁当。
相変わらず奴の周りにだけバラが咲き乱れ、甘ったるい空気が放たれてる。
成瀬に呼ばれた啓太はテキパキと机の上を片付けると、軽く片手を挙げて彼に応えた。
「成瀬さん!すぐ行きます」
「ハニー!急がなくてもいいんだよ。ああ、でもやっぱりキミと早く二人きりになりたいかなぁ」
「どっちだよ!」
成瀬の言葉には思わずツッコンでしまった。
いかん、コイツのこういう普通の人間には理解できない甘臭い台詞は今に始まったことじゃないのに。
案の定、成瀬は胸を張って極上の笑みを浮かべてこうのたまった。
「ハニーが居れば僕はそれだけで満足だから、どっちも本音さ!」
「そんな、成瀬さん・・・」
啓太は困ったように赤くなっている。
まぁ、成瀬と啓太が付き合ってるのは既に周知の事実で、今更隠すようなことでもないんだろうが、
さすがにクラスメイトの目はそれなりに気になるらしい。
とは言え正直、達としてはある意味見慣れた光景になってしまってもいる。
そこで啓太を挟んでの反対側に座ってた和希がわざとらしく深く大きなため息を吐いた。
「成瀬さん、啓太を迎えに来るのはいいですけど、
啓太が困るような大声でそういうことを言うのは止めてくれませんか。
せめてそういうことは教室の外で言ってください」
「だって、ハニー。お友達くんもああ言ってることだし、そろそろ行こうか?」
「は、はい。あ、二人とも、それじゃあ俺、行って来るな」
そう言って啓太は少し躊躇いがちにと和希に視線を向ける。
はいってらっしゃーいと啓太に手を振り、その同じ手でしっしと成瀬を追い払う仕草をした。
和希も苦笑を浮かべつつ啓太を見送る。
成瀬はの動作にヒドイなとか何とか言いつつも、
ハニーの腰に片腕を回して上機嫌な様子で教室から去っていった。
完全にバカップルだ。
その背中を眺めながら、和希が小さく溜息を吐いたのが聞こえる。
は彼に気付かれないよう、こっそりその横顔に視線を向けていた。
「さて、それじゃあ、、俺達は食堂に向かいますか?」
「・・・うん」
■□■
BL学園は全校生徒数が少ないことと、個人個人で授業選択して時間管理をしてる生徒も少なくないこともあって、
お昼時でも特に食堂が激しく混む事は余りない。
食堂とは別にカフェなんかもあったりするから、そのおかげもあるんだろう。
ということで、今回も食堂内に生徒の姿はまばらだった。
「あのさ、和希・・・」
「ん?」
「和希は・・・まだ・・・啓太のこと・・・す、好きなの?」
「え?」
からのその質問に、和希は煮物の鶏肉を口に運ぼうとしていた手をピタリと止めた。
なるべく自然な会話の流れとしてさらっと聞きたかったのに、幾らなんでも唐突過ぎただろうか。
予想通り、和希は軽く眉間にしわを寄せた。
「どうしたんだよ?突然」
「えっと・・・」
ごめん、やっぱ今のなしね。
が先を続けようとしたところで、和希は苦笑を浮かべた。
「まだも何も、啓太のことは好きだよ、ずっと」
「・・・っっ!!」
「当たり前だろう?アイツは俺にとって大事な親友で、昔から知ってる弟みたいなものだし」
あ。
ああ、ああ、そうか、そう来たか。
和希の返事に一瞬激しく動揺したものの、付け加えられた言葉には思わずムッとした表情をしてしまった。
はそんな無難な答えを求めて質問したつもりはない。
彼だってそれは分かってるはずだ。
とは言え、ランチタイムに食事をしながらこんな話を軽い感じに持ち出した自分もそりゃどうかと思うけど。
「そういう意味じゃなくて」
意識せずにイラついた声で返したに、和希は少し困ったような顔をした。
が何を聞きたかったのか、本当は和希も気付いてる。
ただし、その先にあるの気持ちにまで気付いてるのかまでは分からない。
和希は多分、が思ってるよりはずっと大人だ。
事実、こんな格好で生徒として潜り込んでは居てもこの学園の理事長様で、その役目もきちんとこなしてる。
だけど、特に啓太に関しては子供っぽいところも多い人だ。
啓太に対して必要以上に過保護なのも甘やかすのも、独占欲が強いから。
啓太の相手が和希以外の人間の場合、和希が啓太に対して恋愛感情を持ってたかまでは詳しく知らない。
画面越しの話だと、当然のように啓太と彼のお相手にスポットが当たる訳だから、
結局和希が自分の中の感情にどう名前を付けたのかまではには分からないことだ。
でも、現実で接してる目の前にいる遠藤和希のことは分かってるつもりだ。
勿論完璧にとまではいかないけど、それでも彼が啓太に恋心を抱き始めてたことには気付いてた。
逆に言ってしまえば、が和希をそれだけよく見てたから、気付いてしまったとも言えるけれど。
「?何かお前怒ってるだろ?」
「・・・怒ってない」
そうだ、怒る権利なんかにはない。
そんなの自分でもよく分かってるのに。
「あ、ねぇそれより、次の授業で提出しろって言われてる例のレポートのことだけど―――」
から啓太のことを質問して、その答えが気に入らないからって不機嫌になって、
子供っぽいのは自覚してる。
和希を困らせてることも。
だけど何だかこれ以上この話を続けると益々妙なことを口走りそうで、は結局強引に話題を変えることにした。
本当は怖かった。
自分から質問したくせに、その答えをはぐらかされたことにムッとしながら、
そのくせ彼の本音を聞いた後のことを考えると怖くて。
自分でもなにがしたいのか、どうすればいいのか、全然まったく分からなかった。
■□■
「はー、ごちそうさま。何か最近会計室に来てばっかりでごめんね」
上質の茶葉を使った紅茶とこれまたどう見ても高級なお茶菓子を味わい終え、
すっかりくつろぎモードのは会計の二人に向けて口を開いた。
生徒会に比べれば仕事は滞りなく進んでる感じだけど、だからといってこの二人も暇なわけじゃないだろうに、
毎回こうしてを持て成して相手をしてくれている。
性別を隠さなくてもいいことも含めて、西園寺と七条の作り出す雰囲気はにとってとても居心地が良かった。
「ふっ、別に謝ることじゃない。私もお前がここに遊びに来てくれるのは嬉しいよ」
「ええ、僕も君とお話するのは好きですよ」
「最近啓太は成瀬と一緒に居てここにまで顔を出さなくなったからな、
お前まで来てくれなくなったらつまらない」
「二人ともありがと。そう言ってくれて嬉しい。も西園寺と七条と話が出来るの凄く楽しいから」
彼らの言葉に甘えてついつい長居してしまう。
ここのところは特にそうかもしれない。
和希と居ると、余計なことばかり考えて妙なことを口走りそうになるから、
もやもやした気持ちを抱えたままでいるのが嫌で、気分転換も兼ねてここでくつろいでしまうのだ。
そう考えると、避難場所みたいな使い方をしてるようで会計の二人にはちょっと後ろめたい。
そろそろ立ち上がろうかと思ってたところで、誰かが会計室のドアをノックする音が聞こえた。
―――コンコン
「誰だ?」
「俺です、遠藤です」
「っ!!」
西園寺の問いに答えた声の主に、は思わず大げさにびくりとしてしまう。
和希が理事長の立場として彼ら会計の二人に色々と手助けをしてもらってることは最初から知ってることだし、
ここに出入りしてることを今更驚いたりしない。
それでも、ここに来てる理由のひとつに和希への気持ちが整理できないってことが含まれてるから、
体が無意識に反応してしまってた。
「どうした?」
「な、何でもない」
「そうか。・・・臣、開けてやれ」
「はい、郁」
七条が会計室のドアを開けるほんの数秒の間、妙に体が緊張した。
それからすぐに、和希が姿を見せる。
「突然済まないな、実は―――」
入ってくるなり理事長モードな和希は、の顔を見て驚いたように言葉をそこで切った。
は何故だか悪戯を見つかった子供みたいな気分になってしまう。
「、お前、ここに来てたのか」
「うん、まぁ・・・」
「おや?ご存知なかったんですか?君は最近とてもよくここに遊びに来てくれるんですよ。
郁や僕と話をするのが楽しいと言ってくれて。ね、郁」
「ああ」
にこにこといつもの胡散臭い笑顔の七条に、短く返事をした西園寺が優雅な仕草で紅茶を啜る。
何だ、何だ、何だこいつら。
全くいつも通りの雰囲気に見えるのに、今一瞬何となくふわっと毒が漂った気がする。
和希はちらりとその二人に視線を向け、それからに瞳を向けた。
「放課後姿が見えないことが多いと思ったら、ここに来てたのか」
「うん、ちょくちょく寛がせて貰ってる・・・」
何だろう。
別に悪いことをしてる訳じゃないのに、せめられてる気がした。
そう思ってしまうのは、が意識的に和希から距離を取ろうとしてるからかもしれない。
とは言え、放課後以外は今まで通り啓太(当たり前だけど休憩時間は確実に成瀬と過ごしてる)
と和希と行動することは変わってないし、
ランチタイムも二人でいることが多い。
放課後は授業がある時に比べてどうしても長くなるから、こうやって会計の二人に構って貰ってはいるけれど。
「ちょくちょく・・・ね」
珍しく和希がどこか意地の悪い唇を曲げるような笑みを浮かべての言葉を繰り返した。
そのすぐ傍で、七条がいつもの笑顔を浮かべて口を開く。
「そうなんです、僕達、仲良しなんですよ」
気のせいか、七条は『仲良し』を強調したみたいだった。
よく分からないけど、何か和希の機嫌がどんどん悪くなってるようだ。
もしかしたら、可愛い妹分を取られた気分にでもなってるんだろうか。
それがの気持ちとは全く違う種類の方向のものだとしても、『嫉妬』だったとしら少し嬉しいかもしれない。
そんなことを考えて、何だかはまた微妙に落ち込みそうになった。
「えっと、はそろそろ寮に戻ろうかと思ってたんだ。和希は二人に話があるみたいだし、
先に戻ってるね。西園寺、七条ありがとう、ごちそうさま」
はそこで立ち上がり、二人に軽く頭を下げる。
「、俺の話はすぐに終わるから、少し待っててくれないか?一緒に寮に戻ろう。
外が暗くなり始めてるし、一人で帰らない方がいいよ」
「え?え?あ、でも・・・」
「ならば臣、お前が送ってやれ。話は私が聞いておく」
「はい、郁。では君、行きましょうか」
にっこり。
と、穏やかな好青年の笑みを貼り付けた七条がそう言ってをドアの方へと促す。
何だかよく分からないけど、もしかして西園寺と七条は和希の反応を見て面白がってるんじゃないだろうか。
和希が西園寺の言葉に僅かにムッとした顔を見せた時、
ほんの一瞬だけど、西園寺と七条が目だけで会話したようにには見えた。
西園寺に短く返事をした七条が軽くの肩に手を触れる。
彼に従ってが足を一歩、出入り口に向けて踏み出したその時。
「待て、は俺が送っていく。・・・も、それでいいよな?」
「え?あ、うん、じゃあ待ってる」
和希の口調に何となく有無を言わせぬ雰囲気があって、は思わず頷いた。
七条達はまだここに残ってるつもりみたいだし、
を送ってまた学園に戻ってくるという手間をかけさせるのも申し訳ない。
でも本当はそれは単なる言い訳で、和希の言葉が単純に嬉しかったからだ。
和希は会計室内で待ってていいって言ってくれたけど、
先にトイレにも行っておきたかったからとりあえずは廊下で待ってることにした。
(後編へ)