夏休み。
長期休暇に入ったベルリバティスクールは、寮からそれぞれの実家に戻っている生徒も少なくない。
部活やその他の事情で寮に残る生徒も居るようだけど、俺とは実家に戻ることを選んだ。
だけど、の家は伯父さんと伯母さんが丁度夫婦水入らずで旅行中らしくて、その間従兄弟の俺の家に泊まることになった。
は従姉妹だし、小さい頃には何度か俺の家に遊びに来たこともある。
だけど恋人同士になってからは初めて俺の実家にくることになる。
今はまだ父さんや母さんに本当のことを言えないけど、
学園の外で、しかも俺の家で一週間近くもと一緒に居られることを、俺は本当に喜んだ。
二人で色んなところに遊びに行って、買い物をして、きっとスゴク楽しいに決まってる。
学園でも朝から晩まで一緒だったっていうのは余り変わらないかもしれないけど、
俺の住んでいる街をあちこち案内して、家に帰れば家族も居て、そう考えるだけでわくわくした。
だから俺は夏休みに入ってうちに帰る直前まで、
あそこに連れて行こう、あれを食べて貰おうってあれこれ考えてたんだ。
そう、俺はと一緒に実家に戻る日を本当に本当に楽しみにしていた。
――――はず、なんだけどなぁ・・・。
「ちゃん!ねぇねぇ、見て見て!」
「ん?どれ?」
「今度お母さんが朋子に帽子買ってくれるんだって!どんなのが似合うと思う?
朋子はねぇ、この雑誌に載ってるみたいなのもかわいいと思うんだ」
朋子がそう言って雑誌を片手にに駆け寄って行ったのは、朝ごはんを食べ終えてすぐのことだった。
は母さんを手伝って朝食の片づけを終わらせたばかりで、濡れた手をタオルで拭きながら返事をしている。
朋子がはしゃいだ声を上げてに近付いていった様子を居間のソファで見ていた俺は、
思わずがっくりと肩を落とさずに居られなかった。
が俺の実家に来てからもう4日目になる。
元々朋子は今よりもっと小さい頃からのことを慕ってたけど、
久しぶりに泊まりに来たこともあって、毎日にべったりだった。
俺達が宿題をしてる2時間は母さんに叱られて別の場所で大人しくしてるけど、
それ以外はほとんどの傍で過ごしてる。
俺達が買い物に行こうとすればついて来るし、一昨日映画を見に行ったときも朋子がついてきた。
俺との最初の予定だと今話題のラブロマンスものを見るはずだった。
でも朋子がどうしても『トラえもん』を見ると言って聞かなくて、
結局俺達はそれに付き合うことにした。
一日の内、朋子がから離れてる時間の方が短いんじゃないだろうか。
あの二人は夜に寝る時でさえ同じ部屋で寝てる位だ。
「はぁ・・・」
雑誌を見ながら朋子が買って貰うっていう新しい帽子のことを色々話してる二人の様子を横目で見ると、
俺は思わず小さな溜息を吐いた。
俺だって妹の朋子のことは可愛いし(時々生意気だなって思うことはあっても)、
が朋子と仲がいいのはスゴクいいことだと思ってる。
それに『お姉ちゃん』に憧れる気持ちも分かる。
も自分がひとりっこだから兄妹がいるってことが羨ましいって言ってたし、
朋子がくっついてくるのを嫌がってる感じは全然しない。
朋子を本当の妹みたいに可愛がってくれてる。
俺は二人を見てて最初は微笑ましかったし、こういうのも悪くないなって思っていた。
だけどな・・・、こうも毎日べったりくっついていられると・・・、
全然二人きりになれないんだよな。
が来てからもう4日。
後3日では自分の実家に帰ってしまうことになっている。
それなのに俺達は全然恋人同士らしいことをしてない。
家族には俺達が付き合ってることはまだ内緒だし、
余りべたべた出来ないのは仕方ないんだって俺も分かってる。
でもせめてもう少しも俺のほうにも構ってくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。
「ちゃん、このスカート、形は可愛いけどリボン可愛くないね」
「ああ、そだね。リボンが大きすぎてちょっとひらひらしすぎかも。
朋子ちゃんならこっちの少し丈の短いスカートも似合いそう。ほら、リボンの大きさもいい感じ」
さっきまで帽子の話に夢中だったはずの二人は、いつの間にか今度はスカートのことについて話している。
俺はさり気なく後ろから近付いて二人が見てる雑誌を覗き込んだけど、
と朋子が話題にしてるふたつのスカートの違いが殆ど分からなかった。
実はこういうことは今までも何度かある。
この間買い物した先で朋子が気に入ったって言う小さなくまのぬいぐるみがついたキーホルダー。
色は赤と青と緑の三種類で、朋子は赤いぬいぐるみを手にしていた。
俺にはそのぬいぐるみは色以外には違いがあるように見えなかったけれど、
二人が言うには同じ色でも微妙に顔の作りが違うらしい。
俺が素直にみんな同じだろって言ったら、朋子にお兄ちゃんもっとちゃんと見てって文句を言われた。
それから目や口の位置で可愛さが違うからって理由で、二人は20分近くどのぬいぐるみを買うか悩んでいた。
女の子のこだわりって男の俺にはよく分からない。
だから結局いつも三人で居ても俺は話に加われなかったりするんだ。
■□■
「あ、啓太、丁度良かった。達お風呂出たから次入りなさいって伯母さんが」
結局この日も俺とは二人きりになれるチャンスのないまま一日が終わろうとしていた。
二階の自分の部屋からキッチンの冷蔵庫にあるジュースを取りに来た俺に、
今お風呂から上がったばかりのパジャマ姿のがそう言って近寄ってくる。
達、とが言ったってことは多分、今日も朋子と一緒にお風呂に入ったんだろうなと俺は思った。
「朋子は?」
「友達から電話あったみたい」
「そっか・・・。、ジュース飲むか?」
「うん、ありがと」
俺は新しいグラスを出してオレンジジュースをそれに注いでそれをに手渡す。
がグラスに手を伸ばした瞬間に、ふわっとフルーツみたいな甘いボディシャンプーの香りがした。
そういえば、朋子が自分の使っているボディシャンプーをにも貸してあげるって話していたっけ。
朋子から同じ匂いがした時はお菓子のフルーツガムみたいな匂いだなと思った位で、
特に気にしなかったけれど、からする香りは何だか妙に俺をどきどきさせた。
パジャマ姿も学園の寮で何度も目にしてるけど、こっちで着ているのは男装用の男っぽいものとは何だか違ってて、
ハーフパンツから見える白い足に無意識に俺の視線が向いてしまう。
男装している時には目立たないように工夫している胸元も、今は薄いTシャツの生地が持ち上がる形になっていた。
って、何考えてるんだよ、俺は!そ、そんなところばっかり見てちゃダメだ。
だけど、お風呂上りにほんのり上気した肌が桜色に染まってるは、
何だかいつもより色っぽくて、俺はどうしてもそんなことばかりを意識してしまう。
でも本当はお風呂上りの時だけじゃない。
ここに来てから久しぶりに見るスカート姿もいちいち気になっていたし、
夏なんだから当たり前なのに、薄着の服装からちらりと見える肌にも俺は毎回どきどきしていた。
「啓太?」
「えっ!?な、何!?」
「いや、お風呂入らないのかなと」
やましいことばかり考えていた俺は、に声をかけられて必要以上に驚いてしまう。
でもありがたいことに、は俺の考えていたことはバレていないみたいだ。
「う、うん。そうだな、すぐ入るよ」
「いってらっしゃーい。・・・あ、そうだ、啓太、明日なんだけど」
「明日?」
「うん、伯母さんがね―――」
が何かを言いかけた時だった。
廊下をとたとたと駆けてくる足音が聞こえたかと思うと、
突然の後ろから、がばっと朋子が抱きついてくる。
「ちゃーん!」
「おっと、朋子ちゃん、電話終わったんだ」
「うん、あのね、あのね――」
朋子はいつものようにはしゃいだ声でと話を始める。
折角二人きりで話をしているところだったけれど、こうなるともう仕方がない。
俺は小さく溜息を吐いて、風呂に向かうことにした。