「・・・啓太かな」
なるべくさらりと自然な口調を心がけ、は我が従兄弟殿の名前を挙げる。
多分、この悪ノリでも名前を出しても一番納得されやすく、
そしてだからこそと啓太は『ないだろう』組み合わせ。
は素直な気持ちで啓太を名指しした部分があるから、かなり皮肉な話だけど。
「えっ!?ええっ!?俺!?」
の答えに啓太は一瞬ぽかんとした後、
不意を突かれたように慌てて驚きの声を上げている。
まぁ確かに不意打ちだったと思う。
「啓太かー、ま、お前ら仲いいもんなぁ!いっつも一緒に居るしよ」
「そうですね、大抵は遠藤君と三人と言う感じですが、
伊藤君が居る所に君、そして君の居る所に伊藤君と言うのは、
イメージしやすいですし」
「と啓太は従兄弟同士ってだけじゃなく、付き合い長いから、一緒に居て楽なんだろうな」
「啓太達が二人揃った姿はそれだけで好ましい。
お前達の居る空間は心地よくて私も好きだ」
顔を真っ赤にして動揺する啓太をよそに、他の4人はああそう逃げるか、と言う風な会話だ。
男同士と分っていながら名前を出すなら、ネタと言えども後々差し障りのない相手を選ぶ、
そしてと啓太と間柄から言って啓太は間違いなく『そう言う相手』で、
だからが従兄弟の名前を出したんだと、彼らはそう考えたに違いない。
「あ、あぁ・・・、そっか、そう言う意味で・・・」
皆の話で啓太もが名前を口にしたのに深い意味はないんだと言う結論に達したらしく、
何だか微妙な苦笑いを漏らした。
今更言うまでもなく、と啓太は従兄弟同士。
は啓太を弟みたいに思ってたし、啓太も似たようなものだと思う。
そしてそれは周りから見ても認識は同じで、
例え達の性別が男女であったと知られてたとしても、
それは変わらないんだろう。
それ位に、達は『恋愛感情』からは程遠く見えるんだと思う。
少し前までのなら、そのことでこんなに悩んだりしてなかった。
寧ろそう言う関係が心地よくて好きだったから。
そうだ。
自分の気持ちに、気付く前までのなら―――――
いつの間にか別の話題に移っている皆をちらりと一瞥し、
はそこで誰にも気付かれないようにひっそりと小さく溜息を吐いた。
◇◆◇
啓太がこの学園の誰かと幸せになるということは、
プレイヤーとしてのにとっては極自然な流れで、
今更「男同士でっ」なんてことを口にするつもりは全くなかった。
相手によって色々と苦労があるのは分ってたけど、啓太が好きになった『誰か』は、
確実に啓太を愛してくれるのは知ってたし、それで彼が幸せになれるんだって分ってたから。
でも啓太はMVP戦が終わった後も、今に至るまで特定の誰かと親しくなった様子はない。
相変わらず皆に愛された皆に可愛がられた伊藤啓太のまま、誰かの恋人にはなってなかった。
そのことを不思議に思いつつ、それでもはホッとしてた、
啓太が誰も選んでないことに。
自分が傍に居ることが、まだ自然なことに。
姉弟みたいな関係でも、啓太が誰かを選ばない間は隣に居られる。
そのことに凄く安心してた。
それで気付いてしまった訳だ。
は、啓太に、他の誰かとなんか幸せになって欲しくないんだって。
まさかでまさかの展開。
なんて、自分で言うのもおかしいけど、は自分は見守り役みたいなもんだと思ってたのに。
そのつもりだったのに。
啓太にこんな気持ちを抱くなんて思ってなかった。
この先もしも啓太が誰かを選んだとして、それが男か女かなんて、今のにはきっともう関係ない。
どっちにしろ、痛い思いをするのは確実で。
「はぁ・・・」
「!」
「っ!」
寮の食堂で食を終え、そのまま寮の周りで散歩しつつぼんやり空を仰いでると、
不意に背後から名前を呼ばれた。
声を聞いただけで相手が誰なのか反射的に分かる。
今の今まで、が物思いに耽ってた相手。
「・・・啓太、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だよ。どうしたんだ?・・・こんな時間にこんな所で一人で。
・・・の部屋に行ったのに居ないから心配するだろ」
そう言った啓太は走ってきたのか、ほんの少しだけど息を切らしてる。
が心配でここまで走ってきてくれたのかもしれない。
「ごめん、何か外の空気吸いたくてさ」
「いいよ、結局こうして見つけられたし。
でも遅い時間に出る時はなるべく一言教えてくれよな」
「うん、分かった」
の返事に啓太が笑顔を向けた。
啓太は男装してここに潜り込んでるをいつもこうして気遣って心配してくれる。
こっちのは啓太が心配で、自分が彼を守るつもりで和希に頼んで無理やりここに潜り込んだ訳だけど、
今じゃ寧ろを守ってくれてるのは啓太の方だってハッキリ分かる。
所謂『BL』の世界の『受け』役の多い啓太は、可愛らしく見えがちだけど、
実はしっかり男の子してる部分も少なくはなくて、はそう言うところを見る度一人でどきどきしてた。
「・・・今日は月が綺麗だな」
「うん、久しぶりに満月見た・・・」
寮の壁に寄りかかるようにして並び、達は二人して夜空を見上げていた。
猛暑だった夏の空気はすっかり消え、夜になると風も冷たくなってる。
だけど、まだ涼しいと言える心地よさがあって、達は暫くの間無言でそうしていた。
お互いの手の位置が触れそうで触れられない微妙な距離にあって、
は何だかそれを妙に意識してしまう。
近過ぎず、遠すぎない、距離。
まるでと啓太の心そのままみたいだ。
「、俺・・・、お前にずっと聞きたかったことがあるんだ・・・」
不意に口を開いて隣の啓太がそう言った。
は視線を彼に移す。
「何?」
「・・・うん、その・・・」
「?」
啓太はそこでやけに言い難そうに躊躇った表情を見せた。
聞きたいことがある、と口にした割には、まだそれを聞くべきか迷ってるみたいだ。
「啓太?聞きたいことって?聞きにくいこと?」
「聞き難いっていうか・・・、うん、・・・そう、かな・・・」
「何?」
もう一度が先を促すと、啓太は小さく深呼吸をしてから壁に預けてた背中をそこから離し、
体ごとの方に向いた。
その行動にまで少しだけ緊張する。
どうしたんだ、一体。
「最近、・・・色んな人から告白・・・されてるよな」
よりによってその話ですか。
まさかの話題を持ち出され、は取り合えず無言で頷いた。
「でも・・・今まで一度も告白OKしたことないだろ?
だから・・・俺、もしかして・・・には誰か好きな人が居るんじゃないかって、思って・・・。
やっぱり、その・・・そう、なのか?」
「え?」
予想外の質問内容には思わず驚いて啓太の顔を凝視した。
周囲はもう随分暗くなってて、今は夜と言っていい位の時間帯だ。
それでも外灯に照らされてることで啓太の表情はよく見えた。
視線はを捉えてるけど、まるで何かに怖がってるみたいな顔をしてる。
そしてその顔はどこか、泣きそうにも見えた。
「啓太?」
「ごめん、こんな質問、答えたくない・・・よな。
でも俺・・・ずっと気になってて・・・」
「・・・え・・・?」
「が俺を家族と同じに、弟みたいなものだって思ってるのは知ってる。
俺だって最近までそうだったから。のこと、姉ちゃんみたいだなって思ってた。
でも・・・でも俺・・・・気付いたんだ、本当はそうじゃないんだって・・・」
「え?け、啓太?」
啓太の口から出る言葉が、まるでこれから告白しようとしてるみたいに聞こえる。
そんなことあるはずないのに、は既に期待してしまってた。
は必死に自分自身を落ち着かせようと努力した。
でも、期待を込めて心臓が早鐘を打つのを止められない。
これが空振りに終わった時の自分のダメージを思えば、こんな期待を膨らませるべきじゃないのに。
「・・・、俺・・・・」
言いかけた啓太の黒目がちの瞳に、躊躇いの色が強く現れた。
それでもはその先に続く言葉を期待せずにいられなくて。
だけど啓太はほんの一瞬目を伏せて、それからふっと悲しく苦笑いを浮かべた。
「・・・ごめん、・・・これ以上は言わない方がいいんだよな、きっと・・・。
を困らせちゃうだけだろうし・・・」
「え?」
「そろそろ中に戻ろう、お風呂にも入らないきゃならないし。
夜は寒くなってきたから、あんまり長く居ると体冷やしちゃうぞ」
啓太はそういって強引に話を中断すると、
に背中を向けて寮の入り口に向かおうとする。
は反射的にその啓太の制服の裾を掴んだ。
くんっ、と。
が裾を掴んだことで啓太が後ろに引っ張られ、そこで数歩、よろける。
「っ!??」
「聞きたい」
「えっ?」
「も啓太の質問にちゃんと答えるから、啓太も続き・・・話して」
「え?・・・でも・・・」
「こんな中途半端じゃ逆に気になる」
啓太の制服の裾を握ったままはそう言った。
啓太は少しの間やっぱり躊躇うような表情を見せたけど、
結局何だか腹をくくったみたいな顔で頷いてくれる。
「うん、分かった」
本当は、だって怖い。
の気持ちを、ハッキリと本人の前で口に出すことになるかもしれないこの状況が。
そして、啓太が言いかけた言葉が、
実はまるっきりの期待を裏切ってしまうかもしれないことが。
この話を続けることにした以上、どう転ぶにしろ、
きっと今まで通り仲良しな姉弟じゃいられなくなる。
そう思うと、啓太を引き止めたことをほんの少しだけ後悔した。
だけどこのままこの話をなかったことにしてしまったら、
そんなの比べものにならない位に後悔するに違いない。
「さっき、啓太が言ってた質問の答えだけどさ・・・」
「・・・うん」
「・・・居る、好きな人・・・・・・」
本人を目の前にしてこんなことを口にするのは想像以上に勇気がいった。
心臓がどくどく分かりやすいほど鼓動を早め、気のせいか息苦しく感じる。
は啓太の反応を待ってじっと彼を見上げた。
「そっか、そう、だよな・・・。やっぱり」
ははっ、と。
どこか乾いた笑いを漏らし、啓太はから僅かに視線を逸らす。
その表情にショックが読み取れて見えるのは、の気のせいだろうか。
それとも―――――
「は俺の質問に答えてくれたんだから、俺もちゃんと続きを言うよ」
そこで一呼吸置いて、啓太は逸らしていた視線をとしっかり合わせた。
どくり。
の心臓がまた跳ね上がる。
「俺・・・のこと、何でも話せる家族みたいだって思ってた。
俺がこの学園に来て、まで無理して一緒にここまで来てくれて、
凄く申し訳ないなって思ったけど、嬉しかったんだ」
「啓太・・・」
「でも俺、男なのに・・・いつもに守ってもらってばっかりなところがあって、
それが情けなくて・・・。俺はいつまでもにとって弟でしかないのかなって。
そんなこと考えてるときに、お前が色んな人から告白され出しちゃって・・・、
それで俺・・・気付いたんだ・・・」
「・・・・・・」
「俺は、のことが好きだよ。仲のいい従姉弟だからって意味じゃなくて、
姉とか弟とか、そう言う意味じゃなくて、俺・・・が好きなんだ」
啓太は真っ直ぐにの視線を捕らえたまま、
はっきりとした口調でそう言った。
けれどすぐに、ふっと寂しげな、そして同時に苦しそうな笑顔を浮かべる。
「ごめんな、きっとを困らせちゃうと思ったから、ずっと言えなかった。
には好きな人がいるんだし、俺の気持ちを押し付けるつもりなんかないよ。
その・・・には幸せになって欲しいんだ・・・。
カッコ付けるつもりなんてないけど、俺・・・本当にそう思ってるんだぞ」
ああ、もう。
ああああ!もう!!
啓太は馬鹿だ。
そしてはそれよりももっと大馬鹿者だ。
「啓太」
「・・・何だ?」
「今日、会計室で丹羽先輩が聞いた質問の答え、・・・冗談で言ったつもり、ないんだけど」
「・・・え?王様の質問って・・・、え?冗談じゃないって・・・、え?え?」
啓太はの言葉にかなり動揺しているらしく、混乱しすぎて挙動不審になっている。
その姿が何だか可愛くて、は思わず笑ってしまった。
「なっ!?!?」
「あのさ!啓太!」
言いざま、はそこで啓太にタックルを食らわすようにして腰にしがみ付く。
啓太は、わっと小さく驚きの声を上げ、数歩よろけたけれど、ちゃんとを受け止めてくれた。
ただし、パニックは現在進行形で続いてる模様だ。
まぁ、無理もない。
「・・・!?」
「の好きな人、今が抱きついた人」
「好きな人って・・・、え?抱きついた人って・・・、え?えええっ!?それって、まさか・・・」
「伊藤啓太、しか居ないでしょうが!」
はそういい終えてすぐに、照れ隠しに顔を隠すようにして啓太の胸に顔を埋めた。
同時に彼の体に回した腕にぎゅっと力を込める。
皆に愛される、そしても大好きで、可愛い我が従姉弟どの。
それは今でも変わらない。
だけど啓太は確かににとって他のどの男の子より特別な存在だ。
その証拠に、大胆にも自分からしがみついておいて、心臓が物凄い爆音をあげてる。
「、本当に・・・俺のこと・・・?」
「うん、啓太が好き。実はも最近気付いたんだけど」
「・・・・・・!」
そこで啓太はの背中に両腕を回し、をぎゅっと抱きしめ返してくれた。
画面越しではいつもいわゆる『受け』役が多かった啓太は、
華奢に見えるように描かれることが多かった。
でもリアルに接するようになって、彼がちゃんと男の骨格をしてるんだってことに、
は随分前から気付いていた。
それでも、こうして密着すると、やっぱり再認識してしまう。
啓太はこんなにも男の子なんだと。
を抱きしめてる両腕も、硬い胸板も、全部ひっくるめて。
「・・・俺、今凄く嬉しいよ」
「うん、も・・・」
お互い至近距離でそう囁きあって、微笑みを浮かべた後、
達はどちらからともなくキスをした。
触れ合った唇が微かに震えてるのが分かる。
最初はが震えてるんだろうと思ったけど、実際は啓太との両方だった。
ぎこちなく、それでもしっかりと、お互いの唇と唇の隙間を埋めた。
啓太の唇の温度と柔らかい感触がじわりと甘くに伝わる。
彼は少し遠慮がちにの口内に舌を挿し入れて来た。
はそれに応えて自分から彼の舌に舌を絡ませる。
「ん・・・」
啓太は縺れ合った舌を強く吸いながら、
片手をの背中から腰やわき腹に撫でるように移動させた。
その動きがくすぐったくて、少し笑ってしまいそうになる。
何だか、が啓太とこんなキスや触れ合いをしてるなんて、未だに信じられなかった。
それでもお互い夢中で唇を合わせて、離すタイミングが中々見つからない。
いつの間にか啓太の手は、の制服のジャケットの上から胸元を彷徨うみたいに動いていた。
衣替えの時期になってからは、は制服の時もさらしを巻いてない。
そのことに気付いたのか、啓太がハッとしてそこで手を止めた。
「っ、ご、ごめん・・・!俺・・・」
「・・・う、ううん、・・・別に・・・やじゃないし・・・」
「え?やじゃないって・・・、さ、触っても・・・いい、のか?」
そんな風に改めて聞かれても困る。
言葉にして答えるなんてこっぱずかしすぎてどうしても出来なくて、
はなるべく啓太の目を見ないようにして小さく頷いた。
「・・・・・・」
「っっくしゅっ!」
少し長く外に居過ぎたせいか、体が冷えてくしゃみが出てしまった。
なんと言うか、今までのムードを壊した感じ。
「あ、ごめん・・・」
「ううん、いいよ。中に入ろう」
「・・・うん」
正直に言えば、ホッとするよりも残念だと思う気持ちの方が大きかった。
つまりの脳内は既にピンク色に染まってたってことだろう。
恥ずかしい。
ほんと、恥ずかしすぎる。
寮の出入り口に向けて一歩、足を踏み出したところで、啓太がの手を握った。
「・・・なぁ、今日は俺、このままの部屋に・・・行ってもいいか?」
反射的に啓太を見ると、彼は赤い頬をしてそれでも真っ直ぐを見つめてる。
その瞳の奥に、不安と期待が大きく揺れていた。
思わずクスリと小さく笑い、それからは啓太と繋いだ手をぎゅっと握り返す。
「うん」
短く答えて、は啓太に笑顔を向ける。
周りには誰もいないけど、第三者が見ればやっぱBでLな関係に見えるんだろうか。
それとも、と啓太が従兄弟同士だと知ってる人間が見たとしたら、
仲良し兄弟位にしか見えないんだろうか。
でももうそんなこと、どっちだっていい。
誰からどう見られようと、どうだっていい。
が啓太を好きで、啓太がを好きで、
それは従姉弟だからとか、姉とか弟とかそう言う意味ってだけじゃなく、
お互いを特別だって思ってるからで。
それを達が分かってるなら、他の誰かにどう見られたって関係ない。
啓太がを好きだって言ってくれた、その想いが今のの全部だから。
(END)