Bitter Heart

バレンタインと言えば、世の恋する乙女にとっては年に一度の一大イベント。
菓子業界の戦略に乗せられてるなんて批判なんかには聞く耳持たず、
この日は特別恋愛ごとに積極的になれる日だ。
恋人同士だけのイベントって訳じゃなくて、寧ろ片想いの人間にこそ勇気を与えて貰える日。
まぁ、チョコの数に一喜一憂してる野郎どもの哀しみはこの際置いとくとして、
とにもかくにも、恋する乙女には特別な一日。



とは言え、バレンタインデーなんて、人工島にある全寮制男子校のこの学園内じゃ全く関係ない話。



――――――なんて、この世界でそんな普通の感覚で物を言っちゃいけない。
まず初めに、と言うか初めにどころかこの一言に尽きると言った方がいいかもしれない。
ここは単なる男子校じゃなく、BL学園なんだから。


もう一度言う、そうだ、ここはBL学園。
何を隠そうどころか、その略し方からして分かり易い、堂々とまんまな感じだ。


そんな訳で、本来学園内でやり取りされる事はないだろうチョコの受け渡しが、
実は何気にこっそりとは言え珍しくもない程度には行われている、今日、この日。
勿論おおっぴらって訳じゃないけど、それにしても野郎同士の間でチョコが動いてるのは間違いない。
普通に学園の外に彼女が居る人間も勿論居るし、
女の子から貰えない事を嘆いてるごく普通の男子生徒も居るには居る。
だけどが言ってるのは、
一般的に言う女の子たちが友達にきゃいきゃいと贈る可愛らしい友チョコ的な物とは明らかに違う、
どこからどう見ても力入りまくりの本命仕様のチョコのことだ。
ひっそりこっそりやっては居ても、やっぱどうしても視界に入ってしまう。
これは、が女だからなんだろうか。





・・・・・・・・いやでもだからってさ、まで乗る必要ないよねー。
って言うかどうすんだ、コレ・・・。


は自分の手にあるついさっき綺麗にラッピングし終えたばかりの箱をジッと見下ろした。
中身は言わずもがなチョコで、しかも手作り。
誰のって、当然、の。
その上ラッピングにまで気を使ったばりばりの本命仕様。
これはもう、自分でも笑うしかない。
どれだけの力の入り様。



も意外に乙女だったんだな・・・。
―――――――――っじゃなくて!!!・・・・・ないよ、ないない。


これはない。
って言うか、自分、ないだろう、と言う。
色んな意味でなさ過ぎる。
無理やりに啓太を巻き添えにして食堂にこっそり忍び込んでまで用意したと事か、
わざわざラッピング用の包みとか箱を休日外出した時に選んだ所とか、
もう何か、幾ら男装した女とは言え、男子校の生徒としてあるまじき感じだ。
いや、それ以前に。



相手が・・・・・・・・・・・・・・・、ないよね。
本当もう、この上なく。



ない、ってのは、居ないのに選んだとか、そう言う意味じゃなく。
一応思い描いた相手は居る。
だけど。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ハァアアーーーーッ!
手にあるチョコの箱に視線を落としたまま、は盛大に溜息を吐いた。
何だかんだでもちょっと浮かれてたのかもしれない。
以前だったら二次元キャラにチョコなんて、妄想で補完するしかないような事だったし。
まぁ勿論、今じゃ彼らをキャラなんて言ってきゃっきゃっ喜んだりはしてないけども。
それでもやっぱりこう、にもいつのまにか備わっていたらしい乙女的な思考が働いてしまい、
血迷った結果がこのチョコだったに違いない。
廊下の片隅で悩みに悩んだ挙句、は意を決して生徒会室に向かった。
大体がチョコを渡そうと思って思い浮かぶ人間があの中嶋英明ってのがまた驚きだ。
ここに来る以前のなら、二次元的な意味合いでならまだしも、
リアルに考えるなら確実に別の人の名前を挙げてただろうと思う。
とは言え、だってあのド鬼畜野郎様がこれを受け取ってくれる確率は限りなく低いことも分かっている。
いや寧ろ、低いどころかマイナスだろう。
ビターだろうがブラックだろうがダークだろうがチョコはチョコ。
甘いものが嫌いなあの男がよりによって手作りチョコを受け取る場面なんて全く想像できない。
分かっちゃいる、分かっちゃいるのだ。
だがしかし!
ジャケットのポケットにチョコを潜ませて、は辿りついたばかりの生徒会室のドアの前で声を掛けた。


「・・・・・・・中嶋先輩、居ますか?」
か、入れ」


いつもと変わらない抑揚のない低い声が中から答えた。
はそれを確認してからドアを開ける。
中嶋は顔も上げずに手元の資料に目を通しながら、PCでカタカタと何かを打ちこんでいる最中だった。
相変わらず丹羽の姿はなく、机の上にはファイルや書類が積んである。


「何か用か?」
「えーっと」


状況的にチョコとか渡してる場合じゃない気がする。
と言うのも勿論だけど、それ以前にの気持ちの準備が出来てなさ過ぎた。


「・・・・・手伝いましょうか」


結局、十数秒程視線を彷徨わせた後、口にしたのは有る意味で今の状況に合った一番無難な台詞。


「ああ、助かる。ならばまずはそこにある資料を番号順に並べておいてくれ」
「・・・・・・あ、これですね、分かりました」


指示された資料の束は結構な量だけど、
まぁこの学園に来てからこの手の資料整理には不本意ながら慣れてしまった。
資料整理を始めつつ、早々にチョコを渡すのは諦めるべきかもなぁなんぞと弱気なことを考える。
大体にして中嶋が受け取るかどうかって話もだけど、の柄じゃないってのも大いにあって。


「フッ、どうした?珍しく大人しいじゃないか」


黙々と作業を進めてそんなことを考えて居ると、不意に中嶋が口を開いた。
反射的にの体が大げさにビクッと震えた。


だっていつも戦闘態勢な訳じゃないですから」


極力いつも通りを装ってそう答え、はチラリと中嶋に視線を向ける。
彼はPCの画面から顔を上げてこっちを見ると、薄い唇に微かに笑みを浮かべた。


「そうか、いつもそうだと俺も有難いんだがな」
「それは中嶋先輩次第です・・・!けど・・・も、前に比べたらマシになった方だと思いますけどね」
「そうだな・・・、以前に比べれば随分と警戒心が薄れた様には見えるか」
「他人事ですか!が警戒心ばりばりだったのは中嶋先輩が原因でしょう!」


お互い自分の作業は続けながら会話を進める。
それにしても、何の甘さも感じられないこの会話。
一応達、世間一般に言う彼氏彼女な関係にはなってる筈なんだけど。
にも関わらずこの会話内容も、そしてチョコを渡すことさえ躊躇うってことも変な感じだ。
だけどまぁ、今の会話だって以前に比べれば随分和やかになった方だと言える。



「はい?」
「俺は丹羽を探して来る。そちらの資料整理が終わったら、
このファイルの中身の仕分けを頼む」
「あ、これか・・・、はい、分かりました」


自分の仕事がひと段落したらしく、彼はそう言い残して生徒会室を出て行った。
そしてこの後丹羽の捕獲に成功した中嶋が二人して戻ってきた訳だけど、
仕事に追われて、しかも二人きりの機会を逃してしまった事も有り、
結局はチョコを渡せず仕舞いで終った。




◇◆◇




「・・・・・・あーあ、持って帰って来てしまった・・・・・・」


寮に戻ってすぐには制服のままベッドの上にどさりと身を投げ出し、
ジャケットのポケットから取り出した小さなチョコの箱を見つめた。
既に時刻は午後9時半。
後3時間弱でバレンタインデーは終了する。
最初からないないと思ってた事だし、渡すのを諦めることだって考えてた。
いっそ渡さない方がいいんじゃないかってことまで考えた。
なのに、本当にこれが渡せないまま終わるのかと思うと何だか妙に切ない気分になってしまう。
何だかんだと言いつつも、手作りチョコはの苦労と想いの結晶な訳で。


乙女だ・・・、乙女思考・・・!



だけど実際も乙女って部類で間違いないと言えば間違いない。
まぁ、それこそ全然柄じゃないけど。
柄じゃないとは言えども、これでも正真正銘ばりばり17歳の女子高生なんだから。
男装して男子校に潜り込んでるだとか、その辺はこの際置いておくとして。
ハァアーーーーーっ!
今日何度目かの盛大な溜息を吐いた後、はのろのろとベッドから身を起こし、
制服の上着を脱いでハンガーにかけた。
そして、シャワーを浴びる準備をする。
それからベッドに置きっぱなしの小さなチョコの箱を視界に収め、またしても溜息を吐き、
シャワールームに足を運んだ。





シャワーを浴び終えて部屋に戻った直後。
の部屋のドアをノックする音と、聞き慣れた低い声がした。


、俺だ」
「な、中嶋先輩!?」


瞬間的にはかなりテンパってしまう。
まさか向こうからの所に来るとは思わなかった。
いや、確かに今までお互いの部屋を行き来してたし、
一応はそうあっても全然おかしくない関係ではあるんだけど。


「どうしたんですか?」
「忘れ物だ。これはお前の物だろう。生徒会室に忘れていたぞ」


ドアを開けて訊ねたに、中嶋はそう言って見覚えのあるペンケースを差し出して来た。


「え?あ、ども・・・」
「・・・今日も遅くまで付き合わせて悪かったな。じゃあ、俺は行くぞ」
「あっ・・・!」

は咄嗟にその中嶋の服の裾を掴む。
それに気付いた彼が足を止めてこっちを見下ろした。


「何だ?」


今日が何の日だが知ってますか!?
なんて、聞けるわけがない。
と言うか、この人多分知ってると思う。
いや、多分どころか絶対知ってるだろう。
自分は興味ないだろうけど、(この人の場合普通に)男女関係なく周囲が放っておかないだろうから。
何だかんだで、実はチョコを渡されたりもしたんじゃないだろうか。
但し、受け取ってはいないんじゃないかと思うけど。


「う・・・、あー、いや、あの・・・」


引きとめたはいいけど、自分でも無意識の行動だった事も有り、
その後どうしていいものか困ってしまった。
いや、どうするも何も、チョコを渡す為に引きとめたんだけど。
だけども、


「何だ?言いたい事でもあるのか?」
「い、言いたい事、と言うか・・・」


渡したいものが有ると言うか・・・!


取りあえずは部屋のドアを閉めて中嶋を部屋に招き入れた。
何か微妙に大胆っぽいことをしてる感じだ。
でもこの場合仕方ない。


「・・・風呂上がりか」
「えっ!?」


不意にそう中嶋に声を掛けられて、は心の中で繰り返していた深呼吸を中断した。
彼の骨ばった長い指がまだ乾いていない湿った髪に伸ばされる。


「あ、ああ、そう、さっき・・・、丁度中嶋先輩が来る前」
「ほぅ?俺が来る前・・・ね、それで、こうして俺を部屋の中に入れたのは、俺を誘うつもりだったのか?」
「な"っ!!!違う!そうじゃなくて・・・!」


ニヤリとつり上がったアイツの口から発せられた台詞を、は即座に否定した。
本当にこの人、毎度毎度、そっち方面に話を持って行かないと気が済まないんだろうか。
そう言う位置の人間だってのは知ってたし、リアルでもこれでもかってほど思い知らされてるけど、
やっぱりどうしても未だに慣れなくて過剰反応を示してしまう。


「だったら何だ?」
「だ、だから!それは・・・、ちょ、ちょっとこっちに来て下さい!」


言いざま、は中嶋の腕をむんずと掴んでずんずんと自分のベッドの傍まで連れて行った。


、俺をベッドに誘いたいのならば、せめてもう少し色気のあるやり方を学べ」


中嶋は何を勘違いしたのか、露骨に呆れを滲ませた口調でそう言ってを見下ろす。

「だから違いますから!そう言うんじゃなく!」

更に先を続けようとするにお構いなしで、中嶋の奴はの腰に片腕を回したかと思うと、
手慣れた様子でそのままをベッドに押し倒した。
その唐突でありながら、ナチュラルでもあると言う流れに一瞬は本気で絶句する。
何が起きたのかは分かってるんだけど、その瞬間は本当に言葉が出なかった。


「今回の誘い方では、及第点もやれんところだな」


眼鏡越しの瞳が間近に迫り、彼はそう言って笑った。


「そんなもん要りません!何度も言ってますけど、違うから!誘ってないし!」


中嶋は勝手にある意味分かり易いお約束な方向にことを進めようとしやがっていた。
がそれに抵抗しようと、両腕を動かした、その時。
の肘に小さくて硬い、四角い箱の感触が当たる。
はそれを慌てて片手で掴み、バフリと中嶋の胸辺りに押し付ける。
そこでやっと中嶋の動きが止まった。
を捉えていた腕の力も僅かに弱まる。


「・・・何だ?」
「これ!渡そうと思ってたんです、ずっと!」
「・・・・・・チョコか」


質問というより確認のように彼がに言った。
まぁ、今日が何の日かを考えれば、
この分かり易く力の入ったラッピングの中身が何かなんか簡単に分かることだろうけど。
が軽く頷くと、中嶋は小さく溜息を溢した。


「俺が甘いものを好まないのは知っているだろう」


ムカつくほどに想像通りの反応。
そうくることは分かってた。
分かってたけど、だからってダメージを受けないかというとそうじゃない。
そりゃこの中嶋に笑顔で喜んで受け取れなんてそんなそれこそ空恐ろしいこと、
望んじゃいないけど、せめてもう少し何というか『それなり』の対応位して欲しい。
そう、せめてもう少し『彼氏』っぽい、恋人同士っぽい反応。



「・・・・別に、最初から期待しちゃいなかったけどさ・・・」


ボソリ。
呟いて、は中嶋から視線を逸らした。
だけどそれからすぐ再びやつの顔をじろりと見上げる。
啓太を巻き添えにしてチョコなんぞ作ったのも、
休日にチョコのラッピングの為に外出したりしたのも、
全部柄にもなく血迷った自身が勝手に浮かれてやらかしたこと。
分かってる。
中嶋の奴が甘いものが嫌いってことだって、前知識的な意味でなく、
この学園で親しくなってからそう言う話を聞いたことだって覚えてた。
ああ、そうだ、分かってる。


けど・・・・、やっぱ無理・・・・!


この苛々、このムカつき、抑え込むことなんて出来ない。
気付けばは、自分の手で箱のラッピングを解き、
中身のチョコを一粒、取り出していた。
無理な体勢で箱を開いたから傾けた拍子にベッドのシーツにトリュフチョコのパウダーが零れてしまった。
でも、今のにそれを気にする余裕はない。


「どうするつもりだ・・・?」


俺は食わないぞ、と言うオーラばりばりのド鬼畜眼鏡野郎がを見下ろしたまま言った。
その態度がまた更にの中の怒りを煽る。


「こうするんです」


言いざま、は手にあるトリュフチョコを自分の口に運んだ。
同時に甘みを抑えたほろ苦さが口内に広がり、ココアパウダー香りが鼻を抜ける。
何度も試食を重ねただけに、我ながらイイ出来だ。
但し、甘いものが大好きな啓太には少し苦味が強すぎると言われた味。
確かにとしてももう少し甘くても十分いけるとは思うけど。
食べてもらえる確率が限りなく低いと分かっていながら、
それでも少しでも中嶋の口に合えばと思って作ったものだった。
は口内のチョコがあと少しで全部溶けてしまうと言う一歩手前で、
片手で中嶋の胸倉を掴んだ。
多分、その一瞬で、彼はが何をするつもりなのか理解したはずだ。
そして、彼ならきっとそれを振り払うことも出来ただろうと思う。
勿論はそんなことさせるつもりはなかったし、
その位の素早さで行動に出たつもりだけど、
中嶋がその気になればの動きなんか抑え込めたには違いない。
でもこの時、彼はほんの一瞬驚いたように僅かに眼鏡の奥の瞳を大きくしたけれど、
結局の動きを封じたりはしなかった。
そして、必然的に達の唇が重なる。
は未だに舌の上に残るチョコをわざと彼に味合わせるようにして、
それを自分から絡み合わせた。
口移しでチョコを食べさせるなんて、ある意味なんてベタな手段だろう。
そしてとてもヲトメな発想だ。
だけど今回はそういった考えは都合よく頭から追い出す。
相変わらず高校生とは思えないほどの舌使いでを翻弄する中嶋だったが、
薄っすら瞳を開けて間近に見たその顔には、僅かに眉間にしわが寄っていた。
キスしながらそんな嫌そうな反応をするなんて失礼な話だ。
だけど、は何だか凄くそれで満足してしまった。


「ふっ、ザマぁ・・・見ろ」


キスの合間にそう呟いて、小さく笑う。
その瞬間、圧し掛かってきている中嶋の重みと、
密着した部分から感じる彼の体温が何故かさっきより妙に心地いいものに思えた。
長い足がの太ももを割って絡み合ってくる。


「・・・・ふん、ざまぁ見ろ・・・・ね。どうやらお前はお仕置きをお望みらしいな」


低く熱のこもった声で中嶋が囁く。
まったく、本当に毎度のことながら、この中嶋英明って男はキャラのブレないお方だ。
いつもなら恋人同士とは言え、何だかんだでここでそれなりに抵抗を試みるだけど、
今回はそのつもりはなかった。、
手馴れた様子での着衣を乱していく彼を間近で見つめ、
はそこで口元にふっと笑みを浮かべる。



「ご褒美の間違いじゃないですか?」




バレンタインには似つかわしくない何だかビターな展開だけど、
達らしくてこれはこれでありかもしれない。
甘いだけなんて、それこそ物足りないに違いない。
そう思ってしまうくらいには、は彼に毒されている。




侵されている、とも言えるけれど。



(END)


あとがき
まさかの学ヘヴで、しかも中嶋でバレンタイン夢(笑)。
実はこれ半年位前に時期外れと分かってて執筆途中だったもの。
最後まで書けて良かったですが、やっぱり長くなったな、おい。
ではでは、ここまでお付き合い頂けた貴重な姫様方!!
誠に有難うございます!失礼いたします