ヒーローは甘くない

放課後。
授業終了後、一度寮に戻ったは、
生徒会室に携帯を忘れたことに気が付いて学園まで取りに戻ることにした。
ここのところ特に仕事が忙しいのか中嶋は連日生徒会室にこもっている。
丹羽の奴は相変わらず仕事をサボって逃走し続けてるみたいだけど、
今は捕獲しに行く時間も惜しいようだ。
あのどぐされ野郎のおかげで単なる手伝い要員のはずのの仕事量も何だかどっさり増えた。
この1、2週間の間中嶋との会話と言えば生徒会の仕事関係ばかりだ。
とは言えそれでも正式な生徒会役員じゃないじゃ手伝える範囲も限られてる。
当然のように中嶋よりは早く作業を終えたは、
期限間近の宿題のレポートが滞ってることもあって先に寮に戻ったって訳だ。
今日中にはひと段落つくとは言ってたけど、中嶋が寮に戻るのはもしかしたら門限ぎりぎりかもしれない。
携帯を取りに行くついでにはサンドイッチを差し入れとして持っていくことにした。
食的な差し入れとしてはおにぎりの方がいいかと思ったけど、
サンドイッチなら事務仕事をしながら手を汚さずに食べられるしアイツが好んで飲むコーヒーとも合う。
学園の正門を抜け、が校舎の出入り口に近付いた直後、そこで不意に、
まるでが来るのを待ち構えていたように物陰から大きな影がぬぅっとふたつ、姿を見せた。


「げ・・・!?」


は瞬間的に足を止め、顔を顰める。
の前に立ちはだかる形で現れたのは、柔道同好会の渡辺と直井だった。
奴らはいつ見てもそうなんだけど、今回もやっぱり柔道着姿だ。


「フハハハハハ!生徒会の金魚のフンめ!いいところで会ったな!」


何故か上機嫌で大声で笑い出した渡辺はそう言って三下悪役っぽい仕草でビシリとを指差した。
奴の隣に立っている大男の直井も意味ありげにニヤニヤ嫌な笑いを貼り付けてる。
さすがにがここに来ることを知ってて長い間待ち伏せてたって訳じゃないだろうけど、
それにしても嫌な予感しかしない。
それに奴らに何だか物凄く違和感を覚えた。
画面越しにも彼ら柔道同好会が生徒会や会計に敵意を持ってる残念仕様な悪役野郎共なのは分かってたけど、
リアルに接すると予想以上にコイツらは脳みそ筋肉な上に嫌な奴らだと分かった。
どう間違っても大物にはなれない系統の奴らだが、だからこそ面倒くさいし、
みたいに物理的な意味の『強さ』を持ってない人間には厄介だ。
は二人の動きを警戒しつつ、渡辺に視線を向けた。
ここは校舎の出入り口だし、今のとこ人気はなくてもそれなりに目立つ。
それに最悪何かあっても大声を出せばまだ生徒か教師か誰かしら残っていてもいい時間だ。
とは言え、『最悪』なんて事態になる前に逃げ出すのが一番いいだろう。


「オレ、急いでるんで、用があるなら今度にしてくれませんか、それじゃ」


コイツらに背中を見せるのは怖いし、だからってその隣を行くのも危ない。
取り敢えず遠回りになるけど別の場所から走って校舎に入ろうと、が一歩、
足を踏み出しかけた時だった。


「待て!!先輩に対して何だ!?その態度は!」


直井が低い大声を上げて渡辺の一歩前に出た。
は反射的に二歩下がる。
今気付いた、違和感の正体。
アイツがいないんだ。
コイツらは三バカ。
なのに今、の目の前に居るのは――――


「永原!!今だ!!そいつを捕まえろ!!」
「っ!!??」


渡辺が高めのだみ声でそう叫んだのとほぼ同時に、
の背後から小柄な男子生徒が突然飛び出してきての体を後ろから羽交い絞めにした。
その拍子に、手にしていた差し入れを入れた紙袋がどさりと音を立てて地面に落ちる。
永原はわざとそれを蹴飛ばして自分の足元から遠ざけた。
最悪だ。
は無茶夢中でその腕から抜け出そうともがき、暴れながら大声を上げる。


「やめっろ!!放せっ!!!放せよ!!」
「捕まえた!渡辺さん、直井さん!捕まえました!」


の腕を、体を乱暴に力で封じ込めながら、永原が耳障りな甲高い声で二人に訴えている。
渡辺と直井は勝ち誇ったような笑顔を浮かべてを見下ろした。
後ろから回された永原の手が強引にの口元を押さえつけ、
痛みと嫌悪感では思い切り顔を顰めていた。


「よくやった、永原!よーし、とりあえず場所を変えるぞ!」
「ここだと誰かに邪魔されるかもしれないからな」
「そうですね!場所を変えましょう!・・・クソッ、暴れるな!!!コイツ!!」


三人の中で一番小柄で力もあるようには見えないけど、
それでも一応コイツは柔道の才能を認められてこの学園に招かれた生徒の一人には違いない。
しかも男女の力の差と言う意味でもが永原に敵う訳がないのだ。
でも、だからってこのまま大人しく奴らに捕まるなんて真っ平だった。
渡辺達がを連れて校舎裏に移動を始める。
その間も抵抗を続けながら、は必死で考えた。
それから、人気のない場所まで引き摺られるようにしながら強引に運ばれ、
は暴れ疲れた振りを装いながらどうにか逃げ出す隙はないかと三人の、
特にに張り付いている永原の様子を伺っていた。


■□■


「やめ・・・っ!!やめろっ!!」


今のこの状況が、悪い夢か何かだったらどんなに良かったか。
まさかが画面越しに見た啓太と同じようにコイツらにこんな目に遭わされることになるなんて。
地面に乱暴に押さえ付けられ、
体力の限界になるほど暴れてもの力なんて男三人の前じゃ全く役に立たない。
この場所につれて来られてすぐ、
が最初よりも大人しくなったせいか永原は油断してを抑える力をかなり緩めていた。
その一瞬の隙を突いてどうにか奴の手から離れてそのまま逃げられるかもしれないと思ったのも束の間。
自分が思っていた以上に恐怖を感じていた体はの言うことを上手く聞いてくれず、
今度は奴ら三人の手でこうして地面に押さえつけられる羽目になった。
とにかく逃げ出すことにだけ頭を一杯にしようとしてたけど、怖かった。
本当は怖くて、怖くて、たまらなかった。
この学園に来て自分より大きな男子生徒に囲まれることなんて日常茶飯事だったけど、
ここまで分かり易く悪意を持って暴力を働いてくる人間が相手だったことなんか当然のように一度もない。
運悪くこの三人に遭遇することはあっても、その場合いつもの他に誰かが一緒だったからだ。


「こいつ本当に弱っちいな!腕も足も全然筋肉ついてねぇじゃねぇか!」
「ひん剥いてこいつの貧相な体携帯で撮ってやろうぜ、
それからあのクソ澄ました副会長のヤツに送りつけてやればいい!!
そうすりゃこの先俺達に逆らえなくなるだろうしな!」
「さすがですね、渡辺さん!」


三人がそこで揃ってゲタゲタ耳障りな笑い声を上げた。
既に限界に近かった恐怖がの中でまた膨れ上がる。
知らない間に体がガタガタ震えて頭の中はパニック状態だった。
さっきまで叫び続けたせいもあるけど、口の中が干からびてからからになったように張り付いてる。
心の中で何度も何度も中嶋の名前を呼びながら、それでもそれを言葉にすることが出来ない。
助けて、助けて、助けて、中嶋先輩。
渡辺が乱暴な動きでの制服に手をかけ、そのままジャケットごと引きちぎる勢いで引っ張った。
の体が荒っぽく揺さぶられる衝撃と同時にボタンが幾つかはじけ飛ぶ。
それを目にした途端、一層喉が引きつるような感覚がを襲った。


「や、いやあっ!!やめろ、やめてっっ!!!助けて!!!なか、中嶋先輩っっ!!!」


「おいおい、女みたいな奴だな。いやあ、やめてっだとさ!」
「ハハハハハッ!助けて、中嶋先輩?来る訳ないだろうが!」
「ヒヒヒヒッ!情けない奴ッスねぇ!!」


このままいけば確実にの性別はバレる。
だけど、今はそれ以前の問題だった。
女だとバレた後のことも勿論怖かったけど、
今行われてるコイツらの最低最悪なこの行動自体がにとってはとてもつもなく脅威で、
その先を考えられる余裕なんて微塵もなかったのだ。
渡辺達がの体のどこかに手を伸ばす度に、
そこから恐怖を嫌悪感をべっとり塗りこめられるような感覚があった。
怖いという思いと同時に吐き気がしそうな位の口では言い表せないほどの拒絶を覚える。



「永原!!ベルトを抜いてコイツのズボンを脱がしてやれ!!」


渡辺がまた信じられないことを言い放ち、永原がそれを実行に移そうとの腰に手を伸ばす。
ひ、と、小さく自分の喉が鳴った気がした。
永原がの上に殆ど馬乗りになってズボンのベルトの金具を乱暴に外す。
更に、チャックに手が触れ様とした、その瞬間――――


ビュッ。


何故か不意にそこで、風が鋭く短い音で唸った。
それとほぼ同時。
すぐ目の前に迫っていた永原の姿が視界から一瞬にして消える。
の体にかかっていた奴の重みが瞬時に軽くなっていた。
それこそ、まるで奴自身が風にでもなったみたいな素早さで。


「っ!?」


その数秒後、どっと言う鈍い音と一緒に永原が達から少し離れた場所に横たわってるのが見えた。
横たわる、と言うか、正しくはぶっ飛ばされたのだ。
訳が分からなかった。
何が起きたのか、全く理解できなかった。
それは多分、だけじゃなく、を押さえつけていた渡辺と直井も同じだろう。
はぶっ飛ばされた永原の姿から、今度はさっきまで奴がいたはずの場所にもう一度視線を戻した。
そして小さく、息を呑む。
そこにはすらりとした長身の影。
ヒーローというには、余りにも油断出来ない鋭い雰囲気の男子生徒。



「ふざけた真似をしてくれたものだな?柔道同好会」


冷たく静かな、低いその声が、その時のにはやけに大きく耳に響いた。