「ごちそうさま!今日も美味しかった。成瀬は女だったらいいお嫁さんに成れてるよ」
「はははっ!それは嬉しいな、有難う」
の言葉に笑顔で答えながら、
成瀬はテキパキと手慣れた様子で後片付けを済ませていく。
それから空になったの手元の紙コップに気付き、彼はまたお茶を注いでくれた。
何と言うか、実に甲斐甲斐しい態度だ。
この人、性格に色んな意味で難ありと言えなくもないけど、
本当にこう言う所はなんかよりずっといいお嫁さんになれそうだと思う。
料理が最高に上手で、気遣いも出来て。
なんて、ここ最近ずっとこの調子だからこの空気に慣れて来てしまってるけど、
はあくまで代打にすぎない。
だって成瀬が用意してくるこのお弁当は本来、じゃなくて、
彼の『可愛いハニー』啓太の為の物なんだから。
この世界ではの従兄弟でもある啓太。
その転校当初から啓太に一目惚れしてしまった成瀬は、
毎日アプローチを繰り広げつつ、啓太に捧げるお弁当まで用意してる。
画面越しに見て成瀬の啓太に向けるラブラブ光線に大受けしてただけど、
リアルにその光景を見ると、ただ大笑いしてるだけじゃなくなっていた。
何と言うか、口にしてる口説き文句とか行動自体はやっぱ本当に笑えることに変わりないけど、
それだけじゃなくて、成瀬の優しさとか気遣いに気付いてしまったせいもあって、
前ほど馬鹿にしたもんじゃないと思ってたりもする。
とは言え、当の本人の我が従兄弟殿・啓太には、
和希のディフェンス力が半端なくて、さすがの成瀬も安易に近づけないようだ。
それもその筈。
あの二人は実は正式に付き合っているから。
しかもそれなりに周囲もそれを知ってて。
BL学園とはよく言ったもんだなぁ、なんてはおかしな感心をしてしまってる。
周りが予想以上にあっさりしてるとこなんか、色んな意味で分かり易い。
それはそれとして、さっきも言った様には単なる代打。
まぁ、和希があの様子なら啓太がこのお弁当を食べる日が来る確率は限りなく低いだろうとは言え、
こんなに毎度毎度が食べてていいものか。
としてはこんな美味しいランチが食べられてラッキーと言えばラッキーだけど、
正直最近微妙に複雑な気分であったりもする。
「・・・成瀬って、めげないよね」
「え?どうしたの?突然」
「いや、だってさ、毎日こうやって弁当作って来てるから。
勿論、オレは美味しいランチが食べられて嬉しいけどさ、これ、ホントは啓太の為の物だし」
その啓太は、何だかんだであの年齢不詳の理事長様、和希に夢中で。
とは、まぁさすがに言えないけど、言わなくても成瀬自身よくわかってるんじゃないだろうか。
でもプレイヤー視点で見てる時から知ってたけど、直に目にして改めて思った。
成瀬の啓太ラブは半端ない。
そして最近、それが羨ましいと思ってしまってる自分が、居たりもする。
「・・・・ねぇ、君もしかしてまだ気付いてないの?」
「へ?何が?」
成瀬の質問にきょとんとして聞き返す。
彼はすこし驚いたみたいに瞳を見開いた。
それから小さく溜息を吐く。
「その様子だと、はやっぱり気が付いてないんだね・・・」
「え?だから、何を?」
「・・・いや、いいんだ。・・・そっか、まぁ仕方ないのかな。これは僕のせいでもあるんだし」
「??成瀬??何なんだ?」
イマイチ成瀬の言いたい事が分からず、はもう一度訊ね返した。
だけど彼は困った様に笑って肩をすくめただけで、それ以上は答えてくれない。
本当に一体何なんだろう。
がお茶を飲み終えたところで、成瀬がまた口を開いた。
「ごめんね、、今日は時間がなくてデザートを用意できなかったんだ」
「え?いや、そんなこと気にしなくても・・・。っていうか、これ啓太の為の物だし、
オレに謝らなくていいのに」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そこで何故か成瀬はまた両眉を下げて落ち込んだみたいな顔をして見せた。
ついさっきと言い、今と言い、もしかして気付かない間には彼を困らせるようなことを言ったり、
したりしてるんだろうか。
「成瀬?」
「・・・ううん、何でもないよ。それより、デザートが用意できなかったから、
代わりに君に渡したい物があるんだけど、いいかな?」
「え?いや、オレは・・・」
元々デザートを要求する様な立場なんかじゃないし。
と、断ろうとしたその時。
不意に、成瀬がフッととの距離を狭めて来た。
そして、その行動に驚いた、その一瞬。
「・・・・・・っ!?」
唇に触れる、やわらかく温かな感触。
それにの視界いっぱいに広がった成瀬の顔。
自分が彼に何をされたのか理解するのに数十秒かかり、そしてようやくそれを悟ったは、
思考が真っ白になって硬直してしまった。
茫然と瞳を見開いたままのの唇に触れ合わされたままの成瀬の唇が、
その形をなぞるように動く。
それからもう一度唇をやわらかく押し当てると、成瀬はから体を放した。
「・・・・・・・・・・・・・・な、・・・・・・・・何、・・・・・・・・」
「」
「ななっ、なる、成瀬・・・・・・・!な、何して・・・・・!!!??」
余りにも突然過ぎる成瀬の予想外の行動に、は唇を片手で覆って抗議した。
だけど驚きまくってちゃんと言葉が出ない。
たった今起こった事が全くちっとも信じられなかった。
「落ち着いて、」
「お、お、落ち着け・・・、・・・・・るかっての!!こんな、落ち着ける訳ない・・・!!
成瀬が好きなのは啓太だろうが!な、何で・・・!!
っじゃなくてぇ、オレにこんなことしてんだ!?」
「それは、僕がを好きだからだよ」
「な゛っっっ・・・・・・・・・!!!???」
な、な、なん、何ですとぉおおおお!!!???
まったく、ちっとも、これっぽっちも、訳が分からない。
何を言ってるんだろう、コイツ。
大体成瀬は啓太が好きで、毎日食べさせて貰ってる弁当だって啓太の為で。
その証拠に啓太と顔を合わせればいつも通り『ハニー』なんて呼んでるし、
その度に和希と口喧嘩してるし、それなのに、それなのに。
「そんなの、信じられる訳ない、だろ!!」
「、本当なんだ。僕は君の事が――――――」
「成瀬!!あんたまさか、もうこの際誰だっていいなんて思ってるんじゃないだろうな!?」
そう口にした瞬間。
言い過ぎた、と思った時にはもう遅かった。
目の前の成瀬の顔。
酷く、傷付いた表情をしてる。
言った台詞は言い過ぎたと思ったのは確かだ。
でも正直、やっぱりとしては信じられなかった。
元々成瀬は男女構わず声を掛けまくっていると言う話だったし、
男子校のBL学園でもプレイボーイ(今時この単語はどうだと思うけど)で通ってたらしい。
だけど啓太に一目ぼれしてからは、成瀬は彼一人しか眼中にないようだった。
だからこそ毎日食べて貰う見込みの少ない弁当作りだって欠かさなかったんだと思う。
それには啓太と転校して来たんだから、当然最初から啓太と一緒だった。
だから今までのことだって画面越しにプレイヤーとして見てただけじゃなく、全部リアルに目にしてた事だ。
なのに今更を好きだ、なんて、そんなのが信じられる訳もない。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・悪い・・・、今のは、言い過ぎた・・・。けど、あんたの言ってる事は、やっぱ信じられない」
「うん、そうだね・・・。はずっと僕がハニーのことを・・・啓太のことを追いかけて居たのを見てたんだもんね。
すぐには信じて貰えなくても仕方ないかもしれない・・・・」
言って、成瀬は小さく苦笑して肩をすくめた。
は何と言って答えていいのか分からなくて、無言で俯く。
「でもね、・・・。今僕の言った言葉は、嘘なんかじゃないんだ。
確かにこのお弁当も最初は啓太に食べて貰いたくて作って来てた。
だけどとランチを一緒にするようになって、
段々と君に美味しいって言って貰えるような物を作りたいって思うようになったんだ」
成瀬のその言葉に、はハッとして視線を上げた。
そう言えば、いつの頃からだっただろう。
最初の内、ずっと薄味だった成瀬の手作り弁当。
勿論それでも美味しいのには変わりなかったんだけど、実はもう少し濃い味が好きだった。
それを特に何も考えずに何気なく漏らしたことがあったような気がする。
でも当然、成瀬は啓太の為にお弁当を作ってる訳で、
その時から味が変わるなんてことはなかったし、
も当たり前のように啓太の代わりとしてお弁当を食べてた。
だけど、いつの間にか彼の手作り弁当が『美味しい』から『スッゴク美味しい』に代わってて。
そうだ、量だって、最初は少し多すぎて困ってた位で、それもいつの間にか、
に丁度いい量になってた。
今までずっと成瀬は啓太が好きだと言うことしか頭に無かったから気付かなかったけど、
あれはもしかして、全部の為に成瀬が気遣ってくれた結果だったんだろうか。
でも――――――――――
「・・・・・成瀬、・・・・・啓太のこと、好き、なんだろ?」
「そうだね、啓太の事は今でも可愛くて魅力的な子だと思っているよ。
それは否定しない・・・でも、・・・・今僕が好きなのはだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・成瀬・・・・・・・・・」
余りにストレートな言葉。
真っ直ぐな視線。
成瀬はルックスがいいことと言動のせいで一見かなりお軽いスチャラカ野郎に見えるけど、
根っこの部分は何だかんだで真面目なところがある。
だから、今に向けて口にした台詞も嘘じゃないだろう。
正直、プレイヤー的な視点でも、そしてリアルでも彼がどれだけ啓太を好きだったか知ってる分、
完全にその言葉を受け入れる事は出来ない。
今はさっきまでと違って疑ってる訳じゃないけど、だからってすぐには割り切れない。
「ごめん、突然こんなこと言われたらも困っちゃうよね・・・。
僕も分かってはいたんだよ。啓太のことをずっと追いかけてた僕から告白されて、君がどう思うのかは。
でも・・・どうしても知っていて欲しかった。
確かに僕は啓太に一目惚れしたけど、君には自分でも気付かない内に少しずつ惹かれて居たんだ」
「あんたって、本当に相手が男とか気にしないんだね」
は思わず苦笑して言った。
まぁは本当は女なんだけど、成瀬はそれを知らないし。
それでも、啓太の時と同じように、迷いなく好意を口にして来る。
そう言う所は、嫌いじゃないかもしれない。
それに、さっきのキスも、嫌じゃなかった。
驚いて思考が回って無かったってのは確かだけど、嫌悪感は全くなかった。
「僕はね、 って言う君自身が好きなんだ。
だから、僕にとっては性別なんて重要じゃないんだよ」
「・・・・・・・オレ、あんたのそう言う考え方は嫌いじゃないかも」
「本当に?じゃあ、僕の気持ちを受け入れてくれるんだね?」
「それとこれとは話が別!」
嬉々とした表情を浮かべてまたしても距離を詰めて来ようとする成瀬。
はさっとそれを避けた。
そこでタイミングを見計らった様に予鈴が鳴る。
達はそこでその場から立ち上がった。
「・・・、・・・明日もまた、僕のお弁当を食べてくれるかな?」
「え?あー・・・うー・・・、けどそれは・・・」
「今日の返事も、すぐにじゃなくていいんだ。でも、君が僕のことを嫌いじゃないなら、
どうか・・・お昼は今まで通りこうして一緒に過ごさせて欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少しの間悩んだ後、ちらりとすぐ傍に立つ成瀬に視線を向ける。
彼はいやに緊張した様な表情でジッとを見つめていた。
「・・・・・・ん、分かった」
小さく溜息を吐いてから、は結局首を縦に振っていた。
瞬間、成瀬の顔がパッと明るくなる。
「本当に!?じゃあ、明日も腕によりを掛けて作るよ!」
言いざま、彼はに屈みこんできたかと思うと、頬に素早く唇を押し当てて居た。
「な゛っ!!!だからってそう言うのを許した覚えはない!」
「あははははっ!じゃあね、!」
如何にも楽しげな笑い声をあげながら、成瀬が手を振ってから離れていく。
はその背中を見送りながら、深く大きな溜息を吐いた。
前途多難。
こう言う役回りは、絶対啓太一人のもんだと思ってたのに、よりによって成瀬が。
だけど近い将来、が女だと言う事実を、
自分から成瀬に告白しようと決意する位に自身が彼を受け入れてしまうなんて、
この時のは知る由もなかった。
(END)