「なぁ、。本当に良かったのか?
俺の事なら気にせずにいつも通り成瀬さんとお昼一緒にして良かったんだぞ」
ランチタイムで込み合った学食内。
何とか二人分の席を確保して、向かい合って座っていると啓太。
啓太はいつも通り、顔に似合わぬ結構な量のおかずを(俊介程じゃないけど)プレートに乗せ、
お箸を片手に申し訳なさそうな顔でにそう言った。
「平気、だと思うよ。昨日和希がお昼休みはどうしても外せない用事があるから、
啓太と一緒にランチしたいってことは成瀬に伝えといたし。
一緒にどうかって誘ったら、それは遠慮するよって言われたけど、別に気を悪くした風でもなかったしさ」
「そう・・・なのか?でもやっぱり俺、成瀬さんに悪くて」
「そんなことないって。啓太は気にし過ぎ」
「・・・俺はお前が気にしなさ過ぎだと思うんだけどな」
は啓太にボソリと最後に付け加えられたその一言を、聞こえないふりをして箸を口に運んだ。
成瀬に思いもよらない告白を受けたその翌週、
は和希に了承を得て成瀬に自分が女だと言うことを明かした。
その時点での気持ちは決まっていた訳で、
それからは成瀬と付き合うことになったのだった。
はここではBL学園の男子生徒な訳だから、リアルBL体験な状況な感じなんだけど、
正直、これはこれで凄く複雑だ。
まぁ、学園内的に言えば、周囲の理解はの世界の常識で言えば違和感を覚える位にあるんだけど。
それよりなにより成瀬は周りなんかお構いなしで、いつでもどこでも自分のペースを崩さない。
画面越しに見ていた分には良かったけれど、
自分が当事者となったら戸惑いまくって毎度毎度は焦りっぱなしだ。
だけど一番複雑なのは実は啓太のことだったりする。
成瀬と付き合い始めてほぼ一ヶ月。
実を言うとは未だに、自信が持てない。
が、根っからの愛され体質である伊藤啓太よりも、成瀬に好かれているのかと言う事が。
啓太はこっちの世界のの特別可愛い従兄弟。
画面越しで見てたあの頃も、啓太の事は勿論好きだったけど、
リアルに接した今ではその感情の意味が違う。
二次元的に見ていた時とは違う、現実として家族愛的なものを抱いている相手だ。
だからこそ、また、啓太がどうして周囲の人間から好感を持たれるのかがリアルに分かってしまう。
その上画面越しにも直にも成瀬が啓太にラブオーラを発射しまくってたのを知ってるから、
やっぱりどうしてもそこに引っかかりを覚えてしまう訳なんである。
まぁ、さすがに今は啓太の事を『ハニー』とは呼んでないし、以前みたいに隙あらば、
いや、隙なくても啓太にベタつく、みたいなところはなくなったけど。
だからって成瀬の啓太に対する態度が大きく変わったかと言うと、
そう言う部分を除けば余り大きな変化はないように思う。
そんなことをあれこれ考えてしまうと、
これでも一応(かなり特殊な状況とは言え)恋する乙女としては複雑なのだ。
相手が成瀬でなければ、もう少し話は違って来たかも知れない。
大体成瀬の奴は、啓太が他の誰かをお相手に選んでも最後まで彼を想っている様な奴なのだ。
今回が啓太とランチを取る話を持ってった時も、
の方が嫉妬されるんじゃないかなんておかしなことまで考えてしまった。
まぁ、だから一緒に誘って断られたのも意外だったりするんだけども。
「ハァ・・・啓太が羨ましい・・・」
「え?何だよ、。急に」
「・・・だってさ、状況的な苦労とか不安は有っても、和希のことで愛情面の不安とかなさそうだし」
「ばっ!?突然何言い出すんだよ!」
啓太は真っ赤になって慌てている。
それを可愛いなぁ、なんて思いつつも、はまた溜息を吐いた。
「どうしたんだ?、お前、何か変だぞ?成瀬さんと何かあったのか?」
「ううん、いつも通りだけど」
「じゃあ何も不安になることなんかないじゃないか」
「・・・・・・、成瀬はまだ啓太が好きなんじゃないかと」
周囲の生徒はそれぞれ好き勝手に自分達会話に夢中になっている。
それでもは極力ひそひそと啓太にだけ聞こえる声でそう言った。
啓太は一瞬驚いたように瞳を見開き、それから軽く溜息ついて苦笑する。
「馬鹿だな、そんな訳ないだろ。お前、もっと成瀬さんを信じたらどうだ?」
「・・・・・・・・・・・分かってるんだけど・・・・・・・・・・・」
「分かってないよ。そんなに不安なら、成瀬さんに直接聞いてみればいいじゃないか」
「うぅ・・・、それは無理」
「なぁ、。成瀬さんはああ見えて誠実な人だって、そう言ったのはお前だろう?
本当に好きなら、信じろよ。お前を好きだって言ってくれた、成瀬さんの気持ちを」
「・・・・・・・・・・・・・・啓太」
無意識に伏せていた視線を上げると、正面に座っている啓太が柔らかく微笑んでいた。
その言葉が、その気持ちが嬉しくて、は小さく肯く。
本当に、伊藤啓太には敵いませんよ。
「・・・なんか、今の啓太格好良かったかも」
「はははっ!からそんなこと言って貰えると思ってなかった」
「・・・・・・・・・・・・有難う、啓太、少し元気出た」
「うん、お互い色々大変だけど、頑張ろうな」
そう言って啓太はまた、に向かって笑顔を浮かべてくれた。
本当にいい従兄弟殿を持ったものだ。
この世界のの今のポジションに、は心から感謝した。
「成瀬!」
「!待っててくれたんだ?今日は姿が見えなかったから寮に戻ったのかと思ってたよ」
放課後。
テニス部も部活終了し周囲も薄暗くなった頃、は部室から出て来た成瀬に声を掛けた。
「ごめん、暴君な丹羽先輩に捕まっちゃってさ」
「丹羽会長に!?それで今まで仕事を押し付けられていたのかい?
許せないな。今度僕から会長に言っておくよ」
「まぁ大した仕事じゃなかったし。資料整理みたいなもので・・・」
「それでも、結果的にはが僕に会いに来る時間を削ったんだ、一言言っておかないと気が済まない」
言いながら、成瀬が極自然にの手を取って歩きだす。
しかも、俗に言う恋人繋ぎと言うやつをされてしまい、毎度のことながらは一人で妙に焦ってしまった。
成瀬の長い指が自分の指と絡まっているのを変に意識してどぎまぎする。
「あ、もしかして僕の掌に汗をかいていたかな?一応シャワーを浴びて来たんだけど」
「えっ!?いや、違うんだけど・・・。なんか、未だに慣れないって言うか」
「僕と手を繋ぐことに?じゃあ早く慣れて貰う為にいつでも手を繋いでいないとね」
そう言って成瀬は繋いだ手にまた少し力を込めた。
実を言うとが慣れないのは手を繋ぐと言う行為だけじゃなく、
こう言う甘ったるい台詞だとか空気だとかにもだったりする。
勿論も成瀬を好きなんだから、全然嫌な訳じゃないんだけど、
柄じゃないと言うか恥ずかしいと言うか、
とにかく成瀬の視線の先に居るのが自分だと言うのがどうにも信じられない。
そこで不意には昼休みに啓太とした会話を思い出した。
「あー・・・あのさ、成瀬」「ねぇ・・・」
が口を開いたのとほぼ同時に成瀬も口を開き、お互いの声が重なる。
何だかお約束な状況だけど、とりあえずは成瀬の話を先に聞くことにした。
「あ、何?成瀬」
「今、も何か言おうとして居たよね?君からどうぞ」
「いや、オレは後でいいから。先にあんたから」
「そっか、じゃあ僕から言わせて貰おうかな。・・・その、今日のお昼の事なんだけど」
成瀬から持ち出されたその話題に、は内心思わずどきりとしていた。
まさかこのタイミングでこの話題、ある意味で絶妙すぎる。
それでも何とか平静を装いつつ、は答えた。
「ああ、今日はごめん。もしかしてやっぱ啓太と3人でランチしたかったとか?」
「え?ああ、うん・・・そうだね、それも楽しかったかもしれないね」
「・・・・・・・・・成瀬は啓太が・・・・・・・、凄くお気に入りだからね」
無意識に口にした台詞に、棘が出てしまう。
言ってすぐにしまった、と思い、は瞬間的に足を止めた。
今のいい方、自分でも分かる位、嫌な感じだった。
「悪い、今のなし・・・」
「・・・」
ちらりと見上げた成瀬の顔。
案の定、悲しげな表情を浮かべていて、は思いっきり自己嫌悪に陥った。
「は、今も信じてくれていないんだね。僕が君を、君だけを好きだってこと」
「成瀬・・・・」
そんなことない。
とは、即答できなかった。
成瀬を信じていない訳じゃない。
何だかんだで軽そうに見える成瀬が、実は好きな相手に対して凄く誠実な人間だってことははもうよく知ってる。
二次元的な意味での知識だけじゃなく、実際に当事者としてそれを身にしみて実感してるから。
だけど、だからこそ、あれ程成瀬が想っていた啓太をが彼の中で越えられたのかが分からない。
「だったら・・・これも信じて貰えないかな?僕が、・・・啓太に嫉妬しているってこと」
成瀬が続けたこの台詞に、は。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、へ?」
きょっとーーーーん。
と、それはもう間抜けな顔を晒してしまった。
そしてそのまま数十秒程固まった後、その台詞を自分の頭の中で何度も何度リピートし、
その意味を理解しようと努力してみる。
結果。
「・・・・・・・いやいやいやいや、ないないないない。ない、だろ!?」
そんな。
まさか。
都合良すぎるだろう、自分。
だけど。
だけど今、確かに成瀬は言った。
啓太に嫉妬していると。
でもまさか、そんな。
なんて一人でパニクっていると、のその反応に成瀬が困った様に眉尻を下げる。
「ねぇ。僕達は今、恋人同士で、僕は君が本当に好きなんだよ。
確かに啓太を好きだった気持ちは嘘じゃないけど、今、僕が一番大事で特別なのは君なんだ。
だから・・・今日のランチの時も、学食で楽しそうに内緒話をしている君達を見掛けた時、
僕は啓太に凄く嫉妬した・・・。君は、啓太と居ると一番自然な笑顔を見せるからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・成瀬・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぽかん、と。
は馬鹿みたいに口を開けて長身の成瀬を見上げる。
だって、まさか成瀬の口からこんな言葉が聞けるなんて思わなくて。
こんな、それこその妄想の産物みたいな、
今までのどんな甘ったるい台詞より嬉しい言葉を貰えるなんて。
「・・・・・・成瀬、もう一回、確認させて・・・」
「何?」
「・・・・・・・・成瀬が今、一番好きなのは、・・・・・・・・?」
男言葉を使う余裕なんかすっかりなくして、は震えて掠れた声で成瀬にそう聞き返した。
成瀬は一瞬困った様に笑って、それから不意にを自分の腕の中に引き寄せた。
「何度でも言うよ。僕は、君に告げる随分前から、に惹かれてた。
強烈な一目惚れって言うのとは違うけど、君と一緒に時間を過ごす度、
少しずつ君を好きになったんだ。君が望むなら、僕は君の為に何だってしてあげるよ」
「・・・・・・・・〜っ、〜っ・・・!それ、言い過ぎ・・・!」
「はははっ!でも本当にそう思っているんだ。・・・・・・・、君は?」
聞き返され、は咄嗟に成瀬の背中に両腕を回した。
周囲はもう薄暗くて、人気も殆どない。
だけどもしも誰かが居たとしても、この時ばかりはもそれを気にする事は出来なかっただろう。
どくどくと早鐘を打つ鼓動の音を確かに耳で感じながら、はゆっくりと口を開いた。
「も、成瀬が好き・・・」
「・・・!」
成瀬はの名前を呼んだと同時に、自分の唇をのものに押し当てて来た。
は反射的につま先立ち、それに応える。
成瀬の舌がぬるりとの唇を割って口内に入り込み、蠢き始める。
その舌使いに翻弄され、思考まで溶かされながら、は成瀬にしがみつく様にして両腕に力を込めた。
ぬるくとろみのある唾液がお互いの口の中で混ざり合うのを感じる。
クチュりと言う水音と、成瀬の吐息のような微かな声にの鼓膜が甘く震えた。
成瀬と恋人同士になって一ヶ月近く。
もう何度も、数えきれない位にキスをしたのに、今この時、
本当の意味で気持ちの通じた瞬間にしているキスは、今までのどれより蕩けるような気持ちにさせる。
「・・・、僕・・・もう我慢できそうにないよ。・・・・・今日は僕の部屋に泊ってくれる?」
唇を重ね合わせたまま、成瀬は熱のこもった低い声でそう囁いた。
自分の口の端を温い雫がゆっくり伝う感覚がする。
が小さく頷くと、成瀬はその滴を音を立てて舐め取り、微かに笑った。
今、成瀬を見ているは、きっとだらしない位に甘ったるい表情をしているんだろうと思う。
それは、を見つめる成瀬の顔で分かった。
その事が、メチャクチャ恥ずかしいのに同じ位に嬉しい。
と成瀬。
今日やっと、本当の恋人同士になれた。
心から、そう思った。
(END)