「ハニー!待ってて、バレンタインはハニーのために最高のチョコレートケーキを作るからね!」
「えっと、それは・・・あの、成瀬さん、俺・・・」
「啓太、こっちに来い!ちょっと成瀬さん!!啓太から離れて下さい!!
それに、バレンタインって言うのは、普通女の子が贈るものでしょう」
「性別なんて愛があれば些細なことだよ。今時は逆チョコって言うのもあることだし、
まぁ、君には縁のない話だろうけどね」
ランチタイムの食堂内。
今日も今日とて繰り広げられる、ある意味『BL学園』と言われるこの学園には相応しい三角関係バトル。
啓太と和希、そして成瀬が顔を合わせた瞬間からゴングが鳴り、
そして始まる『伊藤啓太争奪戦』。
既に周囲の人間にはお馴染みのやり取りで、視線を集めることすらしてない。
数人は立ち止まってちらりとこっちを見るけど、
最終的にはああ、またヤツらか、程度な感じで去っていく。
因みに、以前までのなら、画面越しに見てた『啓太争奪戦』を間近に見られることを面白がって、
何だかんだで三人の傍に居たりしたんだけど、ここのところどうもそんな気になれなくなっていた。
そしてその理由に気付いてしまったのは約1週間ほど前。
正直、気付かないままで終わってりゃ良かったと今でも思ってる。
気付かないままで居れば、あの下らない(本人たちはいたって本気だろうけど)やり取りだって、
前と変わらず笑いながら見てられたのに。
「ハァ・・・」
「何や、。溜息なんか吐いて」
「わっ!?俊介」
三人のやり取りを一瞥し、小さく溜息を漏らした所にひょっこりと俊介が姿を見せた。
相変わらずその手にはあり得ない量の料理が盛られた皿の乗ったトレイがある。
ご飯なんてそれこそ日本昔話なんじゃないかと思うような無理な盛られ方をしてて、
少しでも揺らせば落下してしまいそうだ。
まぁ、コイツの運動神経は並みじゃないからそんな間抜けな真似はしないだろうけど。
突然姿を見せたかと思うと、
俊介は特に許可を得ることもなくの隣にどーんと陣取り、
更に口を開いた。
「お前前まであの三人の漫才見て、飽きもせずに笑い転げとったやないか。
由紀彦の啓太呼ぶ時の『ハニー(はぁと)』言うんがおもろい言うてたやろ?
やっぱりさすがに飽きてもーたんか?」
「え?」
「ここんとこお前が馬鹿ウケしとる姿見とらんからな」
言い終えてすぐに、俊介は持ってきたばかりの料理をがつがつと物凄い勢いで胃に収め始めた。
どうやらこれ以上続けて会話するつもりはないらしく、
もう目の前の料理のことしか見えてない様だ。
は再び軽い溜息を零すと、
未だに三人でぎゃいぎゃいと言い合って(いるのは二人だけど)いる彼らに視線を移す。
「成瀬さん!いい加減にして下さい。啓太が困ってるじゃないですか!
啓太も迷惑なら迷惑だってハッキリ言った方がいい」
「いや、和希・・・幾らなんでも迷惑って・・・」
「ハニーが困っているとしたら、遠藤が僕たちの会話を遮っているからじゃないかな?」
そろそろ我が従兄弟殿を助けに行ったほうがいい頃なんだろうけど、
最近それすらする気が起きない。
前まではあのやりとりを面白がりつつも、
最終的には(それまではまぁ、笑い転げてるんだけど)啓太救出に乗り出してた。
でも今は、啓太には申し訳ないと思いながらも、やっぱりそんな気が起きなくて。
「・・・・・・」
「ん?どっか行くんか?」
が静かに席を立ったと同時、
ついさっきまで一心不乱にご飯をかっこんでいた俊介が軽く顔を上げて言った。
「うん、ちょっとな・・・。散歩でもしてくるわ。じゃな、俊介。
あー、もしアイツらにオレのこと聞かれたらそう言っといて」
俊介は再度、がつがつと物凄い勢いで皿を空にしていきながら、ふがふがと頷く。
どうやら『分かった』ってことらしい。
はその肩を軽く叩いてその場を離れることにした。
食堂を後にして、これからどうやって時間を潰そうかとぼんやり考えた。
昼休みは後30分以上ある。
だけど、その後のことを考えても授業を受ける気にもどうしてもなれなくて、
滅多にサボりかますような真似はしたことないんだけど、
(そもそもそんなことを頻繁にしてたら確実に授業内容に付いていけなくなる)
今回は1限だけサボることにする。
今からこんなんじゃ、バレンタイン当日とか最悪なんじゃ・・・?
てか、何でよりによって・・・。
――――何でよりによって、成瀬のヤツを好きだなんてことに気付いたんだろう。
本当にまったく、あり得ない。
ある意味難易度としては鬼畜中嶋を選ぶのと同じくらいのものがあるんじゃないだろうか。
方向性は全然違うけど、好きになる相手としての厄介指数から言えば変わらない気がする。
いや、難易度から考えればやっぱり成瀬の方が上かもしれない。
前知識としても啓太へのラブっぷりを知ってて、リアルでもこれだけ分かりやすく目の当たりにしといて、
は一体何をトチ狂ってるんだ。
ああ、そうだ、難易度と方向性で並べるなら中嶋よりもそれこそ和希が一番近い。
あの思いの深さはただごとじゃない。
成瀬は男女区別ないいわゆる『たらし』だったけど、
啓太を好きになってからの誠実さは前の世界からの知識でよく分かってる。
こっちでリアルにその辺を目にはしてないけど、
それは和希のディフェンス力が高いせいでまともに近づけてないからだ。
ないわ、マジで本当にアイツだけはないだろ、色々と。
選んだ相手が、余りにも余りすぎる。
成瀬は基本的には紳士だし、イイ奴で、も結構親しい友達の内には入ってるだろう。
ハニーの情報源扱いされてる感も全く否めないけど、それを別にしても友達だと言える位にはなってる。
でもそれだけだ。
そんなこと、再確認するまでもなく分かってる。
それなのに、一週間前にバレンタインの話題が出た時、
の頭に真っ先に思い浮かんだ相手は成瀬だった。
勿論その瞬間に全力で頭の中で否定しまくったけど、
でも結局そのことで気付いてしまった。
前に比べて成瀬の啓太に対する態度を本気で面白がったり出来なくなってたこと、
偶然校内で顔を合わせた時に自然と上がる自分のテンション、
啓太じゃなくて『』と、の名前を呼ばれた時に、
たったそれだけで妙に嬉しく感じてた自身の気持ちに。
つまりは、成瀬に恋をしてしまってたって訳だ。
笑う。
チョコを渡すなんてとんでもない話だ。
もう結果なんて、既に知れてる。
「!」
「・・・・・・・・・」
「ちょっと、待ってよ、!」
「・・・・・・っ、え!?」
考え事に浸りながら廊下を進んでいると、後ろから声を掛けられ、肩を掴まれた。
驚いて立ち止まり、振り返れば、が視線を向けた先より随分上に頭がある。
そしてふわりと香る男物の香水。
本当のところ、香水をつけてる男なんて余り好きじゃないんだけど、
何故だかこの匂いだけは嫌いじゃないと思ってる。
見覚えのある、有り過ぎる、長身のモデル体系な男子生徒。
「な、成瀬!?ど、ど、どうしたんだ?急に・・・」
「うん、が席を立って食堂を出て行くのが見えたからね。
俊介に聞いたら散歩に行くって出て行ったって言うし、
その・・・少し気になって追いかけてきたんだ」
は無言でぽかんと彼を見上げた。
まさかあの状況で成瀬がが食堂から抜け出したことに気付いてたとは思わなかった。
てっきり和希とのバトルでこっちのことなんて気にしてないと思ってたから。
しかも、啓太の居る食堂を後にしてを追いかけてくるなんて予想外もいいところだ。
「、ここのところ元気がなかったよね?何かあったのかと思って。
僕でよければ相談に乗るけど、どうかな」
「・・・ああー、いや、特に何かあったって訳じゃなくてさ、・・・でもありがと、成瀬」
「そうか、だったらいいんだけど・・・。本当に何かあるんだったら僕も力になるから、
その時は遠慮なく言ってくれよ?」
見上げた先の成瀬の瞳が真剣にを気遣ってくれてんのが分かって、胸の奥がぎゅぅっと痛む。
はどうにか笑顔を作る努力をして、それから軽く頷いた。
「うん、サンキュ。・・・それじゃあ・・・な」
「あ!ねぇ、!」
背を向けてまた歩き出そうとした所で、再度、成瀬に呼び止められる。
は動きを止めて彼に視線を向けた。
「・・・甘いものは好きだったよね?」
「?うん」
「今度ケーキを焼こうと思ってるから、出来たら君にも食べて貰いたいな」
ケーキ。
その言葉に、は一瞬食堂で成瀬が啓太に言っていた台詞を思い出した。
―――――ハニー!待ってて、バレンタインはハニーのために最高のチョコレートケーキを作るからね!
「・・・・・・・・・それって、」
啓太の、ついで?
そんな風にしか考えられない自分が嫌だ。
成瀬はきっと、を元気付けようとしてくれてるだけで、
好意で口にしてくれたことに違いないのに。
「た、のしみに・・・してる。ありがとう、な」
唇が歪んでしまわないように注意して、そしてさっきより一層努力しては再び笑顔を作る。
それから成瀬の返事も聞かず、はくるりと今度こそハッキリと彼に背中を向けると、
そのまま足早にその場を後にした。
バレンタインデーなんて、来なければいいのに。
唇をかみ締めて、そんなことを考えた、は自分が酷く嫌な奴に思えた。
(続く)