「はぁーーーーっ・・・」
もう何度零したか知れない何度目かの深い溜息を吐き出す。
ベッドの上にあぐらを掻いて座っていたは、枕を抱きこんだままそこでごろんとシーツに転がった。
成瀬から逃げるように寮に戻った後、一人になってあれこれ考え込むのが嫌で、
寮の食堂で食事をして、部屋でいつもより少し熱めのシャワーを浴びた。
だけど当然、そんなことで今日一日のことが頭から離れる訳もなく。
と言うか、成瀬にあんな態度を取っておいてそれを自分の都合で忘れようなんて、自分勝手にも程がある。
そしてそんなことをしたい訳でもない。
出来るなら『の態度がおかしかった理由』を知られずに、成瀬にきちんと謝りたい。
・・・なんて、それも大概自分勝手過ぎる・・・。
分かっちゃいるけど、だからって素直に話すことなんてやっぱり出来ない。
そしてまた似たような思考を繰り返すループ。
もうホントに、どんな顔をして成瀬に会えばいいのか分からない。
はそこでまたしても深い深い溜息を吐いた。
そして、その直後。
「・・・、居るかな?」
「っっ!!??」
軽いノックと一緒に、の部屋の外から成瀬の声がした。
ぎくり、と。
反射的に体が固まる。
おかげで彼の声に返事をするのが遅れてしまった。
「?」
もう一度、成瀬がの名前を呼んだ。
は慌てて体を起こし、同時に返事をする。
「な、成瀬!どうしたの?」
「・・・うん、少し話をしたいんだけど・・・今、いいかい?」
「え?・・・えっと、今から・・・」
成瀬の言葉に即答できず、は思わず先を濁した。
これは今日のことを謝るチャンスだし、ここまで来てくれた成瀬を追い返すなんてあり得ない。
そう思ってるのに、咄嗟に言葉が出ない。
短くて長い沈黙の後、部屋の外から成瀬が小さく溜息を吐くのが聞こえた。
「・・・ごめんね、突然押しかけちゃって困らせたかな」
「え?いや、ち、違・・・」
「ねぇ、もしかして僕は、僕自身が気付かない間に・・・君が嫌がるようなことを――」
「ちがっ、そうじゃなくて!!!」
おかしな態度を取って成瀬を困らせたのはなのに、
彼はあくまでもを責めようとしない。
それどころかわざわざここまで足を運んでくれた。
それなのにその上謝らせてしまうなんてはどアホだ。
慌ててベッドから離れ、ドアに向かおうとした、その瞬間だった。
「っわぁああ!!」
「っ!?!?」
慌てすぎたは、ベッドから足を踏み外してそのままずべっしゃっと顔面から床に突っ込んだ。
それと殆ど同時に成瀬が部屋のドアを開けて室内に入ってくる。
どうにか片手をついて床に顔面をしこたま打ちつけるようなことにはならずに済んだけど、
それでも結構な衝撃があって、少しの間その体勢のまま動けなかった。
「いっっだー!」
「!大丈夫かい!?」
「う、ど、どうにか、ね・・・。あ、ありがと・・・」
成瀬が床に片膝をついてに両腕を伸ばして体を起こしてくれた。
はなされるがまま、ずるずるとそれに甘える。
もう本当に間抜けすぎるしあり得ない。
を抱き起こしてくれた成瀬から、嗅ぎ慣れた男物の香水の香りがする。
久々にまともに触れた硬い筋肉の感触とその体温に、鼓動が一気に速まる。
そして例の夢のフラッシュバックがまたしても――――
「」
「っ!」
ふっと、そこで成瀬が突然から体を離した。
の名前を呼んだ彼が、珍しく何処か不安げな表情を浮かべている。
「成瀬・・・?」
「・・・僕が今から聞くことを、正直に答えてほしいんだ」
「う、うん」
いつもより少し低めの真剣な声に、は素直に頷いた。
そこで成瀬の瞳の奥の不安がまた小さく揺れる。
「もしかしては僕に触れられるのが嫌になった?」
「え?」
「・・・今朝から一度も君と目が合っていないし、僕が君に近付くとスゴク驚いていただろ?
それに・・・君は極力僕から離れて歩こうとしていたみたいに思えて・・・」
そう口にする成瀬の表情がどんどん暗くなっていく。
のせいで、彼を落ち込ませてる。
さっきドアの向こうに居た時は気付かなかったけれど、
きっとあの時もこんな顔をさせてしまってたんだろう。
そう言えば今日一日、例の夢のせいでは一度も彼の顔をまともに見られなかった。
そして彼の言う通り、なるべく成瀬と近付き過ぎないように意識してた。
は、成瀬を傷つけてしまった。
「ち、違う!成瀬、違うから!さっきも言ったけど、そうじゃなくて!」
「・・・」
「ホントに・・・っ―――」
違う、そうじゃないと繰り返しても、理由を口にしなきゃ成瀬には伝わらない。
これ以上彼を傷付けるような真似はしたくないのに、この期に及んで恥ずかしさが邪魔をする。
あああ、もう!
このままじゃ、成瀬に誤解させたままになってしまう。
悪いのは全面的になのに。
成瀬は全くちっともこれっぽっちも悪くないってのに。
「成瀬、そこに座って!」
「え?そこって・・・ベッドにかい?」
「そう」
唐突に話を変えたに彼は一瞬不意を突かれた表情をしたけれど、
結局素直にの言葉に従ってくれた。
「、突然どうし―――」
成瀬がを見上げてそう口にしかけたところで、
はその彼の胸倉を片手で掴んでぐいっと自分の方へ引き寄せた。
乱暴な手段をとってしまったとは思うけど、今は冷静に考えるだけの余裕なんかない。
そのまま自分の唇を成瀬の唇に強く押し当てる。
「っ!?」
「・・・・」
開きかけの彼の唇からは自分から舌をその中へ挿し入れた。
久しぶりに口内に成瀬の吐息を感じる。
の予想外の行動にほんの数秒固まっていた彼は、だけどすぐにそれに応えてくれた。
の腰を引き寄せて、口内に迎え入れたの舌を自分のものと絡ませてくる。
気付けばお互い夢中になって相手の唇を貪っていた。
そのまま思考が蕩けそうになるのを必死で押しとどめて、は彼の方へと重心をぐっと傾ける。
の意図を汲み取ってくれたらしい成瀬は、
そのまま自分が下になってベッドに身を倒した。
そこでゆっくりと唇を離し、成瀬に抱きしめられたままの形では彼を見下ろす。
「・・・?」
「夢で・・・、成瀬が出てきて」
「うん?夢?」
「そう、夢・・・、昨日見た・・・。そのせいで・・・今日は成瀬のこと見れなくて」
「夢の中の僕が、君に酷いことをしたの?」
そう問いかけた彼の瞳の奥にはもう不安の色はなかった。
多分、今の行動でが彼を嫌いになったなんて誤解は解けたんだと思う。
でも当然、理由は話さなきゃいけないだろう。
「ううん・・・」
が彼の言葉を否定すると、彼は更にその先を促すようにじっとを見つめた。
相変わらず端正な顔だ。
見慣れた筈の今でも、見蕩れずには居られない位に。
「夢の中で、・・・その・・・い、今みたいなことをしてて」
覚悟を決めてもやっぱり上手く言葉に出来なくて、は思わず成瀬から少しだけ視線を逸らす。
成瀬と密着してるこの状況であの夢のことを考えると一気に体が熱くなった。
体全体で感じる彼の体温や筋肉の感触が、生々しく昨夜の夢の記憶を呼び覚ます。
「今みたいな・・・って、キス・・・?」
「・・・、・・・もっと、さ、先・・・」
ああああああ!!やっぱり恥ずかしすぎる!!!
あんな夢を見たことを本人に言わなくちゃならんなんて、どんな羞恥プレイだろう。
今なら恥ずかしさで爆発できるかもしれない。
いや、ある意味爆発したい。
成瀬の反応が怖くてはそのまま彼の肩口に顔を突っ伏した。
「もっと先って、・・・僕とセックスした夢を見たの?」
「〜っ〜っ!!!」
こ、こ、こ、この男はーーーーーっ!!!!
人が敢えて避けた言葉を何でそんなに直接的に言ってしまうのか。
反射的にびくりと震えたの体で成瀬はそれを肯定だと気付いたらしく、
の耳元でくくっと小さく笑った。
「成瀬!」
「それでは恥ずかしくて僕の顔を見られなかったんだね。・・・嬉しいな」
恥ずかしさと怒りとで抗議のために彼の名前を呼んだのに、
成瀬は甘ったるい笑顔と同じ位低く甘い声で言った。
「なっ・・・!?」
「君の夢に僕が出てきたって言うだけでも凄く嬉しいのに、
夢でも僕は君を沢山愛せたってことだよね。それが凄く嬉しいよ」
「ばっ・・・!な、よくそう言う恥ずかしい発想出来るね!?」
「恥ずかしい?どうして?恥ずかしくなんかないよ。僕がいつでも君を求めてるってことは、
君が一番よく知ってるじゃないか」
「ぎゃああっ!!もう、黙って!」
成瀬の恥ずかしい台詞に耐え切れず、は近くにあった枕をばふっと彼の顔に押し付けた。
成瀬と付き合うようになってこの手の甘ったるい言葉にはそれなりに慣れつつあったけど、
さすがに今回はの夢のあれこれがあるだけに恥ずかしすぎる。
「はははっ!は相変わらず恥しがり屋さんだね」
こっちとしてはその「恥ずかしがり屋さん」と言う表現すら恥ずかしいヤツだと思うけど、
今回はもうツッコまない。
と言うか、成瀬の台詞にツッコミを入れたらきりがないし、今回の件はきちんと謝らなきゃいけないから、
そんな下らないことはひとまず置いておく。
何より今、こうしていつも通り自然に接することが出来てることが嬉しかった。
「成瀬、今日は本当にごめん・・・」
「・・・」
「夢のことが原因だったとしても、朝からずっと酷い態度だった。
部活終わって疲れてたときなのにタオル投げつけたりとか、特に・・・」
の行動ひとつひとつが、きっと成瀬を不安にさせた。
そして傷付けてしまった。
成瀬はの頬にそっと手を伸ばした。
「・・・成瀬」
「僕は君が僕を嫌いになったんじゃないって分かっただけで十分だよ。
それに、理由は話してくれたじゃないか。だからもうそんな顔しないで」
「・・・うん」
が目を閉じるのと、成瀬の唇がの唇に触れたのは殆ど同時だった。
さっきからした余裕のないキスとは全く違う。
やわらかくて甘い、蕩けるようなキスだ。
お互いの舌を口内で縺れさせ、温い唾液が混じりあう。
成瀬の手がの背中から腰へと撫でるように動いた。
「・・・、夢の中の僕は、どんな風に君を抱いたのかな?」
キスの合間。
吐息混じりに成瀬が言った。
彼の手がの胸を弄るように揉み、それと一緒に、一度、唇を噛むように啄ばまれる。
「っ!」
「僕はね、それよりももっと君を気持ちよくさせてあげる自信があるよ。
本当はここのところずっと君を抱きたいって思ってたのは、僕の方なんだから」
そう言って間近でを見つめたまま微笑んだ成瀬は、これ以上になく色っぽくて格好良くて、
だけど同時に、の夢の中の成瀬より、ずっと獰猛な生き物に見えた。
(END)