丹羽が成瀬に啓太と付き合い出したことを報告し、彼に啓太を諦めて欲しいと告げたその翌日。
成瀬は一年の達の教室、正しくは啓太の居る教室まで足を運び、
身を引く決意をしたことを本人に伝えた。
画面越しだと啓太の軽い説明で終わったことだったけど、
現実にこの世界に居るは直にその場に居合わせた。
因みに和希も一緒だったし、クラスメイトも結構な数周りに居たのだった。
更に言えば小澤渉と翔の双子も珍しくわーぎゃー騒がずに複雑な表情でこの場面を見守っていた。
つまるところ啓太も後日語っていたように、
ギャラリーと言って十分な数の人間が二人の周りには居たんである。
そんな中で成瀬のあの発言。
MVP戦で優勝した二人ってだけでも既に十分注目を集めてたのに、
前日の成瀬と丹羽のやり取りを見ていたらしい生徒が居たことも大いに手伝って、
啓太はまたまたまたしても注目の的になってしまっていた。
まぁ、成瀬の落ち込みようからして、悪気があった訳じゃないのは分かるけど。
とは言え、諦める発言の後すぐに成瀬が今までの言動をスパッとやめたかと言うとそうじゃなかった。
ハニー呼びは相変わらずだし、臭い台詞も通常装備。
だけど以前よりは過剰なスキンシップをしなくなってるのは分かった。
それでも周りの生徒達的に見れば成瀬が啓太を諦めたようには思えないらしく、
啓太を頂点にした丹羽と成瀬の三角関係愛憎劇が始まったなんて噂も飛び出した程だ。
確かに周囲から見れば成瀬は全く落ち込んだ様子もなく啓太に接してるように見えるかもしれない。
でも彼と親しい友人や、彼がキャプテンを務めてるテニス部の部員達は、
成瀬が啓太に振られたことで沈んでいることに気付いていた。
外見の華やかさと軽い印象で誤解されがちだけど、成瀬はああ見えて健気で誠実な奴だ。
彼が啓太に落ち込んでる自分を見せたのは、あの日、教室で啓太を諦めると告げたあの時だけ。
啓太の性格を分かっている成瀬は、落ち込んだ姿を見せて啓太に気を使わせたくなくて、
あえて今までと殆ど変わらない態度で接しているんじゃないだろうか。
成瀬が啓太の教室に来た日から一週間が経った。
と俊介は成瀬を誘ってカラオケBOXに来ていた。
まぁとしては一応成瀬が少しでも気分転換出来ればと思って声を掛けた訳だけど、
俊介はその辺に気付いてるのかいないのか、いつものテンションの高さで盛り上げてくれた。
三人と言う少人数の上に相手がと俊介ってこともあって、
成瀬も気兼ねなく楽しんでくれたようで、久しぶりに始終笑顔の彼を見た気がする。
「うおおおお、もうこないな時間や!あかん!オレ、そろそろ学園に戻らな!
デリバリーの方で約束あんねん!」
俊介は自分が歌い終えてドサリとソファに勢い良く座った直後。
ちらりと携帯に視線を向けたかと思うと、座った時以上の勢いで跳ね上がるようにして立ち上がってそう叫んだ。
「はい?いや、けどお前、今日はもう仕事入ってないって言ってなかったか?」
カラオケに誘う前に念の為俊介には他に用事がないかと確認したし、
その時にデリバリーの仕事が入ってないかどうかも聞いていた。
知っての通りBL学園は人工島であそこから出て街に来るまでにはそれなりに時間がかかる。
仕事があるなら別の日にすることも考えていたのだ。
だけどその時俊介は今日は珍しく午前中にばかり用事が集中しているし、
方以降なら時間がガラ空きだと言ってた筈だ。
「こっち来る途中で電話があったんや。悪い、二人とも、オレの金ココ置いていくで!」
俊介はそう返事をしながら荒っぽい動作でお金を財布から出し、
慌しい様子で部屋を出て行ってしまった。
と成瀬はそれを止める暇もなく、それを見送る。
「・・・行っちゃったね」
「うん、行ったね。・・・まぁ、後30分位でカラオケの時間終わってたからいいけどさ」
思わず苦笑する成瀬に、も軽く溜息を吐きつつ笑った。
ついさっきまで俊介のテンションに乗せられて騒いでいたせいで、
あいつ一人居なくなっただけでなんだか妙に静かになってしまう。
「」
「ん?」
「ありがとう」
「え?何、急に」
そこで余りに不意を突く形で成瀬がにお礼を口にした。
突然過ぎて何に対して感謝されているのか分からない。
がきょとんとして聞き返すと、成瀬はふっと微笑んだ。
「ハニーに振られた僕のことを元気付けようとしてくれたんだよね?」
「え?・・・いや、あの、それは・・・」
バレてたのか。
何だか格好がつかない。
もっとこう自然な感じに本人に気付かれないまま励ませればと思ってたんだけど。
が成瀬や俊介と一緒にどこかに遊びに行くこと自体は今までも何度かあるし、
珍しいことじゃないからとしては結構普通に二人を誘えたと思ってた。
とは言え、タイミング的に成瀬は最初から分かってたのかもしれない。
「ふっ、隠さなくていいよ。ありがとう、今日は久しぶりに沢山歌えたし、凄く気分が良かったよ」
「・・・成瀬。うん、成瀬が楽しんでくれて良かった」
「ねぇ、・・・ちょっとおかしなことを聞いていいかな?」
「何?」
「・・・、・・・僕はハニーの前で、ちゃんと笑えていると思うかい?」
数秒の間を空けてにそう質問した成瀬の表情は、困ったような笑顔で、
その瞳に複雑な想いが重なっているのが良く分かった。
この部屋には今と成瀬しか居ない。
あの人工島の中では、もしかしたら第三者に聞かれてるかもしれないってこともある。
だけど、ここじゃそれはあり得ない。
だからだろうか、成瀬は学園内では絶対に見せない弱気な部分を見せてくれている。
こんな時に不謹慎だと分かっていながら、はそのことが少しだけ嬉しかった。
「笑えてるよ。・・・だからオレは逆に心配だったんだけど」
「え?」
「成瀬が上手く今まで通りの態度で居るから、その分見えないとこで痛い思いしてるんだろうなってさ」
成瀬はテニスを通して肉体的な意味だけでなく、精神的にも鍛えられている人間だと思う。
でも、だからって傷付かない訳じゃないし、落ち込まないはずがない。
それでも啓太を想って、自分の痛みを隠し続けてる成瀬は本当にいい男だ。
だけどだからはずっと成瀬が心配だった。
「・・・」
「ま、オレはあんたが啓太に話しかける度に大受けしてた人間だから、こんなこと言っても説得力ないかもしれないけど、
これでも成瀬が啓太のこと本気で好きだったの知ってるつもりだったからな」
「・・・、僕は・・・」
そこで成瀬は一度言葉を切って、ふっと短い溜息をついた。
浮かべた笑顔がさっきより切なげに歪んでいる。
が本当に男友達なら、もっと彼の気持ちに寄り添った励まし方を出来るのに。
成瀬の顔を見ていると、こっちまで胸がぎりりと痛くなった。
見せ掛けの同性のじゃ、男同士ならこうするだろうって対応が咄嗟に頭に浮かばない。
「そうだね、僕は本当にハニーが好きだったよ、・・・いや、今でも大好きなんだ。
まだあれから一週間しか経っていないから、すぐには諦められそうにもないな」
「・・・うん」
「でもね、丹羽会長が僕のところに来て、会長とハニーが付き合うって話をしに来た時、
物凄く悔しくて腹が立っていたのに、僕は何だか惚れ惚れしちゃったんだよね、あの人に。
いつもは生徒会の仕事から逃げてばかりの困った人なのに、
ここぞって時にはこっちがビックリしちゃう位堂々としてて男らしくて・・・、ズルいなって思った。
僕が納得してちゃんと諦めるって言うまでずっと説得してくるんだよ?参っちゃうよね」
成瀬はクスリと小さく苦笑して、その時の光景を思い出すように少し遠くに視線を向けた。
はそんな彼の顔をただじっと見つめて耳を傾ける。
きっとこの話は、本当なら誰にも話すつもりはなかっただろうことだろう。
理由なんて分からないけど、そんな気がした。
「ハニーへの気持ちは誰にも負けない自信があったし、
ハニーが望むなら僕がしてあげられることは全部したいって思ってた。
でもハニーが望んだ幸せは会長で、僕じゃないんだ」
「・・・成瀬」
「・・・っと、さすがにちょっと女々しいかな。ごめん、折角楽しませてくれたのに、こんな話―――」
それはも無意識の行動だった。
はソファから立ち上がって、向かい側に座っていた成瀬に近付き、
その頭をまるで小さな子供にそうするように撫でていた。
間違っても、同性相手じゃしないだろうって慰め方だ。
だけど仕方ない。
体が勝手に動いてしまってたんだから。
「・・・?」
「女々しいなんて思ってないから安心しろよ・・・。
オレはあんたも啓太に十分イイ男な対応してくれたと思ってるよ」
掌にさらりとした成瀬の綺麗な髪の感触。
ぎこちない動きで彼の頭を撫でながら、は思っていたままを口にした。
男同士で頭を撫でられるなんて幾ら成瀬でも嫌がるだろうと思ってそれからすぐに離れようと思ったんだけど、
意外にも彼は逆にの腰に軽く手を伸ばしてきた。
しかも、拒絶という意味じゃなくて、引き寄せる方向に。
「!」
「・・・ごめん、。・・・少しだけ、甘えさせて」
「・・・、いいよ、今回だけな」
「ありがとう」
こんな時に何だけど、母性本能というやつだろうか。
いつもは自信に溢れた彼が、弱い部分を曝け出してこうしてに寄りかかっている。
そのせいか、脆くてか弱い動物のように見えた。
だからだろうか、こんなに格好イイ人に殆ど抱き寄せられてる状態だってのに、
変に意識せずに居られるのは。
がこうすることで、ただ純粋に彼の気持ちを少しでも慰められればいいと思ってる。
「今の成瀬にこんなこと言うのはどうかと思うけど、でもさ、もしも次にまたあんたが恋をしたら、
オレは全力でそれが実るように応援する。成瀬はイイ男だよ、外見だけじゃなくて、中身も」
「ははっ・・・、にそう言って貰えるなんて、心強いな・・・」
それから達は、カラオケの時間制限ぎりぎりまで二人して黙って寄り添っていた。
帰り道はいつも通り他愛ない会話をしつつ、二人並んで寮に戻った。
気のせいかもしれないし、単なる自己満足かもしれない。
だけど、その後学園に戻った成瀬は、
何だか今までよりもずっとスッキリした自然な様子で学園生活を送っているように見えた。
(END)