今回の大会は小規模ながら強豪揃いだったこともあって、
皆それなりに歯応えのある試合が出来たようだ。
ダブルスでは惜しくも優勝を逃したようだけどそれでも準優勝だし、成瀬はシングルスで優勝した。
は主に成瀬の応援をしに試合に足を運んでいるけど、仲のいい部員や渉と翔の双子の試合も何度か観戦してる。
テニス部の練習を見学したり試合に応援に行く前は、BL学園のテニス部の凄さを噂程度にしか耳にしてなかったけど、
こうして実際彼らの試合を見るようになってからは部員それぞれのレベルの高さが素人ながら分かるようになっていた。
その中でも成瀬の才能は抜きん出ていて、あのハイレベルな部員達をまとめている。
しかもその才能に溺れることなく努力を重ね、部員達から絶大な信頼を得ているのだ。
画面越しの、特に啓太を追い掛け回してる時なんかは、の中でお笑い要員でさえあったはずの男。
それもある意味間違っちゃいないけど、それは本当に成瀬の一面でしかなかった。
成瀬の試合を目にする度、そしてその前後の練習量を知っているだけに、特にそう思う。
もしも次に彼が誰かを好きになったら、そんな部分もきちんと見てくれる人だといい。
例えばそれが男だろうが女だろうが、とにかく成瀬由紀彦って人間の魅力を外見だけじゃなく分かる人だと言いと思う。
閉会式が終わり、が成瀬からの連絡を待っている間に和希からメールがあった。
丁度この辺りで仕事があって、今から学園に戻るから一緒に帰らないかという内容のものだ。
和希にはこの大会の応援に来ることをメールで知らせていた。
「和希!こっちだ」
「」
大会会場の出入り口付近。
会場から出て行く人たちの邪魔にならないように端によけて缶コーヒーを飲んでいたは、
人の波に逆らってこっちに向かってくる和希に片手を上げて声を掛けた。
「成瀬さんから連絡は?」
「うん、もう少ししたら来られるって。てか和希はいいの?」
「何がだ?」
「成瀬と三人」
「良くなかったらお前のメール見た時点で断ってるよ」
「そ、だったらいいけども」
成瀬と和希が顔を合わせれば言い合いをしてた原因は主に成瀬の啓太への行き過ぎたスキンシップだ。
今は啓太は丹羽と付き合ってるし、成瀬も啓太を諦める方向に動いてるのでその心配はなくなった。
それに、が誘ったってこともあるかもしれないけど、
和希を含めて俊介と成瀬と4人で遊んだことも何度かある。
元々和希は別に成瀬を嫌ってる訳じゃないから、必要以上に心配することもないのかもしれない。
とは言え、未だに以前ほどじゃなくても似たようなことをしてたりするのだ。
まぁ、あれはあれで仲がいいのかと思えなくもない。
和希はそこで急にじっとを見つめ、ぼそりと呟くように口にする。
「・・・ちょっと気になることがあるんだよな」
「?気になること?それって成瀬のことでってこと?」
「うん、まぁ・・・単なる俺の勘違いならいいんだけどな」
「どんなこと?」
問い返すに、和希は何とも言えない微妙な顔をする。
なんだ、なんなんだ一体。
こんな変な顔されると気になるじゃないか。
和希はそれから眉間にしわを寄せて何かを考えるみたいな表情をした後、
酷くいい難そうに口を開いた。
「成瀬さんて・・・まだ啓太のことが好きなんだよな?」
「はい?え?そこ?それ?」
正直物凄く拍子抜けした。
そんなことかい、とツッコミ入れそうになったくらいには。
いや、勿論成瀬が啓太への気持ちを断ち切ろうと苦しい思いをしてるのを軽く見てる訳じゃない。
だけど、この流れからの和希のこの発言はちょっとよくには分からなかった。
和希だって、成瀬が一年の教室まで来て啓太に身を引くよ発言していたのを見ていた一人だし、
最近の彼が啓太に過剰なスキンシップをしてないことはよく知ってるだろう。
それなのに、今更成瀬について気になることが『啓太への気持ち』なんだろうか。
和希はの反応に、また何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
その顔を見て、は彼が本当に聞きたいこととは別のことを口にしているような気がした。
別のこと、と言うよりは、別の角度からと言うか、遠まわしにというか。
「えっと、啓太のことは好きだとは思うけど。やっぱそう簡単には諦められないと思うよ。
でも、気持ち的には切り替えてる途中でしょ」
「うん、そうだな・・・。そうだよな、幾らあの人でも・・・」
「和希?」
なにやらぶつくさと独り言を呟きだした和希には不審者を見る目を向ける。
「、お前、そんな目で見るな!・・・何でもないよ、やっぱり俺の気にし過ぎだと思う」
「?何それ。まぁいいけ・・・あ!」
「!」
そこで成瀬がの名前を呼びながらこっちに走ってくるのが見えた。
もそれに応えて軽く手を振る。
「ごめん、ちょっと待たせちゃったかな」
「いや、オレは和希と話してたから平気」
「どうも、成瀬さん。今日はおめでとうございます」
の隣の和希がある意味いつも通り、
祝福の言葉を口にしてるとは到底思えない好意的とはいい難い口調でそう成瀬に告げる。
啓太がこの場に居たら咎めそうだけど、これはこれでなんかもう慣れてしまってるし、的には面白いので放置だ。
成瀬も成瀬で毎度和希と接するときは爽やかさの欠片もない。
「ありがとう、遠藤」
礼を述べてるのに視線と態度が全然それに伴ってない。
これでも前に比べれば友好的な方なんだから笑ってしまう。
「それじゃあ帰ろっか」
がそう言って歩き出すと、二人も頷いて歩を進める。
と成瀬と和希。
いつか画面越しに見た啓太と三人の時の彼らとは違う。
それでもやっぱり状況として思い出すのはあの場面なので、何だか変な気分だった。
□■□
寮に到着したのと殆ど同時。
まるでタイミングを見計らっていたみたいに和希のケータイが鳴った。
は咄嗟に彼の表情を見て、理事長の仕事関係だと悟る。
ちょっとうんざりしたみたいに溜息を吐く和希の様子からして、面倒な内容なのかもしれない。
は苦笑しつつ彼の肩をぽんっと軽く叩いた。
「オレ達のことは気にしなくていいから、電話に出ろよ」
「悪い、。・・・あ、と、成瀬さんも、すみませんが俺はここで失礼します」
「ああ、それじゃあな、遠藤」
和希は達から離れた場所でケータイを取って話を始めている。
と成瀬は揃って寮内に向かって歩き出した。
「・・・」
「ん?」
「前々から思っていたんだけど、キミとハニーはこの学園に来てから遠藤と知り合ったんだよね?」
「?う、うん、何で?」
「出会った時期は皆同じはずなのに、随分仲がいいんだと思ってさ」
成瀬が持ち出した話題にちょっと驚いてしまう。
何で突然そんなこと言い出してるんだってのもそうだけど、
この世界のは啓太と違って和兄な彼のこともちゃんと覚えてて知ってるから、
最初からそれなりに親しい感じに接してしまってた部分があるのかもしれない。
「お、同じ学年だし、色々世話して貰ったからかな。・・・てか今更どうしたんだよ?」
内心動揺しつつもさり気なく返事をする。
成瀬はちらりと背後を気にすると、すぐにに視線を戻した。
そして苦笑を浮かべる。
「うん、確かに今更・・・か」
何だか成瀬は妙にしみじみとした口調でそう言った。
そうだ、まったくもって今更なお話でもある。
成瀬は啓太にラブオーラ発射しまくってたから啓太と和希が仲がいいってことにばかり目がいってたのかもしれないが、
その間も当然のようには和希と普通に親しくしていた。
まぁ、さすがにこれを全部口に出すのはどうかと思ったから言わないけど。
「っと、オレこっちから行くから、成瀬はエレベーターだろ?」
「あ、ああ、うん」
「そういえばメールでしか伝えてなかったけど、今日はおめでとう。
成瀬はやっぱりテニスしてる時が一番格好イイな。それじゃあまた」
丁度エレベーターがおりてきた所だったので、
は別れ際にそれだけ伝えてそこを離れるつもりだった。
笑顔で軽く手をあげて成瀬を見送る体勢の。
だから成瀬はすぐにエレベーターに乗るんだと思っていたけど、
彼はその場に立ち止まったままだ。
「成瀬、エレベーター来て「!今僕のこと格好イイって・・・そう言った?」
「・・・?うん、まぁ言ったけど。てかエレベーターのドア開いてる」
幸いエレベーターには誰も乗っていないようだし、余り頻繁に人の出入りがある時間帯でもない。
とは言え、さっさとしないと移動してしまうだろう。
「今日は試合で疲れてるんだろ?早いとこ部屋で休んだ方がいいよ」
「・・・そうだな、そうするよ。ああ、でもこれだけは言わせて欲しい」
「うん?」
「今日はが試合の応援に来てくれて本当にスゴク嬉しかったんだ、ありがとう」
そう言って微笑んだ成瀬の顔は思わずどきりとする程男前だった。
容姿端麗な人間は仕草ひとつで普通の人の何十倍も魅力を引き出してくるからズルい。
は照れ隠しに視線を少しだけ彼から逸らす。
男同士でも照れる場面なんて別に珍しくもないことだけど、
の場合今回の心臓の跳ね具合は女として照れてる部分が大きい自覚があった。
「大げさだって。オレが行きたかったから行っただけだ」
「それでも僕は嬉しかった。良かったら、また応援に来てくれるかな?」
「うん」
短い返事と一緒にが頷くと、成瀬はまた嬉しそうに笑顔を見せた。
ここまで喜んでくれるとは思ってなかったこともあって、照れくささが更に膨れ上がる。
「それじゃあな、成瀬」
「またね、」
成瀬はようやくエレベーターに乗り込んで、自分の部屋へと戻っていった。
は無意識に口元が緩むのを感じ、
誰も見てないってのにそれを誤魔化す為にわざとらしく咳払いなんてしてしまう。
そう、誰も見てない。
――と、思ってたんだけど。
「・・・また苦労の種が増えたか」
何故か呆れたような、そして疲れてるような表情をした和希がこっちに向かって歩いてきてる。
彼が呟いた内容の意味がよく分からない。
「仕事の話?」
「いいや」
「てか、いつから居たの?電話、仕事のことじゃなかったの?」
「ああ、電話はそうだけど、今俺が言ったのは別の話」
会話しながら達は寮の部屋に足を運んでいた。
和希とは同じ階の近い位置に部屋がある。
啓太と和希は隣同士で、和希の反対側に当たる啓太の部屋の隣が。
「仕事以外の苦労の種って何?」
「さぁ、何でしょう?」
「な、なにそれ」
「和兄は色々気苦労が耐えないって話かな。は気にしなくていいよ」
「そんな言い方されたら気になるし!」
そこで達は自分の部屋の前まで到着した。
和希はここでこの話は終わりだ、というように笑顔を浮かべる。
「後でメール見てみろよ、今日の夜は啓太も一緒に夕飯食べようってさ。
それじゃあ、後でな。着替えてちょっと休んだら迎えに行く」
「う、うん、分かった。・・・いや、で、結局」
なに!?
と、続けようとするをわざと遮って、再び和希は笑顔で手を振る。
そしてそのまま自分の部屋の中へと消えていった。
なんなんだ、一体。
和希もそうだが、成瀬も今日は何だか様子がおかしい時が何度かあった。
そこで不意に思い出したのは、
ついっさきエレベーター前でにお礼を言った時の成瀬の笑顔だった。
思わず乙女な感じにその時の感覚に浸りかけたは、ハッと我に返る。
何だかよく分からないけど、このまま浸ってしまうのは危険な気がする。
物凄く、危険。
ということで、はさっさと部屋に戻って着替えることにした。
何がどうして危険なのか、そこを突き詰めるともっとマズいことになりそうで、
は取り敢えず夕飯に何を食べるかってことの方に強制的に思考回路を切り替えた。
(END)