色付くにはまだ足りない

カラオケBOXで成瀬と啓太の失恋話をしてから約一ヶ月半。
多分まだまだ完全とは言えないまでも、
あの時に比べれば成瀬も随分普通に啓太に対して笑顔を見せるようになった。
丹羽と啓太が揃って一緒に居る場合でもぎこちない様子はない。
時間と言う薬が、じわじわ効いてきているってことだろう。
もしかしたらそれは成瀬にとっては複雑な気持ちなのかもしれないけど、
友達としては彼の失恋の傷が癒えてるってのは嬉しいことだ。
あれからもはテニス部の部員や俊介と一緒に何度か成瀬と街へ遊びに出ていた。
何だかんだと文句を言いつつも、和希も時間がある時は達に付き合ってくれた。
今月はテニスの大会が近付いてきてるって事もあって、
平日土日関係なく成瀬は部活に励んでいる。
今回の大会は規模としては余り大きくないものの、強豪選手が揃っているらしい。
そのせいか成瀬は勿論、テニス部員達もいつも以上に気合が入っている。
大会の日はも応援に行くつもりだったんだけど、前日から降り続く雨で試合は延期。
そのおかげでは延期日と他の用事が重なってしまって結局試合会場に足を運べなくなった。
それを伝えた時の成瀬の反応が思ってた以上のもので、少し驚いてしまった。


―――「・・・はぁ・・・そっか、うん、分かった。
でもやっぱり残念だよ、試合が延期にならなければに応援して貰えたのにな」


勿論、応援に行けなくなったことでにもそれなりに罪悪感はあった。
だけど正直、まさか成瀬があんなにガッカリしてくれるなんて思ってなかった。
の予想だともっと軽い調子でじゃあ次はヨロシク程度だと思っていたのだ。
に気を使ってすぐに笑顔を浮かべてたけど、その笑顔が力ないものだったのも気になる。
で、最終的には、先に予定してた友達との約束を延期して貰い、成瀬の試合会場に向かうことにしたのだった。
殆どドタキャンに近いことをしてしまった為に、友達には申し訳ないと思ってる。
だけど、が応援に行けないって話をした時の成瀬の落ち込んだ顔がどうしても頭から離れなくて、
結局はこっちを選んでしまった訳だ。
とは言え、試合を見に行くかどうかをほぼ直前まで迷っていたこともあって、成瀬にはこのことを伝えてない。
しかもが試合会場に到着した時には既に成瀬の試合は始まってしまっていた。
規模的には大きくないとは言え、相変わらず成瀬側の観客席には沢山の女性ファン。
成瀬も含め強豪選手が揃ってるって噂もあるだけあって、報道関係者っぽい人たちの姿もちらほら見える。
一般の応援の人たちも含めるとこの規模の大会にしてはギャラリーの数も多い。
この分だと成瀬ががこの場に居ることに気付くのは難しいだろう。
試合が終わってから声を掛けるつもりだから、それはそれでいいんだけど。
幸いにも試合はまだ始まったばかりのようで、は取り敢えず観客席に着く事にした。
何気なく周囲を見回すと、不意に一箇所、目を惹く二人組みの姿が視界に入る。
西園寺と七条だ。
友人だし今日ここに来ることは聞いていたこともあるかもしれないけど、
この数の人間がいる中でこれだけすぐに見つけられる相手も珍しい。
実際、あの二人は容姿も大いに手伝って、独特の雰囲気を持っている。
は他の観客に邪魔にならないように素早く彼らの傍まで近寄って、声を掛けた。


「西園寺、七条」


の声に二人が揃って視線を上げる。


「おや?くん」
か、今日は他に用事があったんじゃなかったのか?」
「うん、そうだったんだけど、・・・こっちが気になっちゃってさ」


言いながら、仕草で隣に座っていいのか訊ねると、七条は笑顔で頷いてくれた。
達が会話している間も当然のように試合は続いている。


「まだ始まったばっかりだよね?」
「ああ、そうだ。相手は成瀬よりも年下だが、期待の新星だと言われている選手だからな、油断は出来ないだろう」
「ええ、開始早々サーブの早さには驚かされましたしね」


会話をしながら達はコートに瞳を向けた。
丁度成瀬が相手のコートに鋭い一撃お見舞いし、それが見事に決まったところだ。
その直後、観客席前方の女の子達から歓声が上がる。
こういう、女の子達がイケメンにきゃーってやつは二次元独特のものだと勝手に思ってたけど、
実際現実でも彼女達は言葉ではなくきゃーと声を上げるものだと知った。
確かに、成瀬は普段も相当格好イイ部類にはいる爽やか好青年な容姿だけど、
テニスをしている時の姿は一層輝きを増す。
彼女達がきゃーきゃー騒ぐのも頷けた。
とは言え、他の観客や選手の邪魔にならない程度にお願いしたいものだ。
その後も試合は進み、ひやりとする場面は何度かあったものの、成瀬は順調にポイントを重ねた。
その途中にほんの一瞬観客席に視線を向けた成瀬がなんだか驚いたみたいこっちを見てたきがするけど、
さすがにに気付いたからって訳じゃないだろう。
というか、本当に一瞬だったから、普通に気のせいだと思うけど。



「あの選手、まだまだ伸び代はあるが成瀬の敵になるにはもう少し時間が必要のようだな」
「そうですね、ですが成瀬くんが相手だからこそ、彼もあそこまで苦戦を強いられたんでしょう」
「結構長い間ラリー続いてたとこもあったしね」


成瀬が見事勝利して試合を終えた直後、達は選手に拍手を送りながらそれぞれ感想を口にしていた。
そこで不意に成瀬がベンチにあるタオルを手に取り汗を拭いながら、観客席を見上げる。
同時にコートに近い位置に立っていた数人の女の子達が黄色い声を上げているのが見えた。
成瀬の視線が軽く左右にさ迷った後、ピタリと達三人の居る場所に向けられ、
彼はそこで笑顔を浮かべて手を振った。
丁度達と同じ方向、近い位置に居た何人かの女の子達がこれまたきゃーっと叫ぶ。
彼女達には悪いけど、これは間違いなく成瀬の友達である達に向けて手を振ったんだろう。


「こっち気付いたっぽいね」
「ああ、というより気付いていた様だな」
「そうですね、恐らく既に僕達が居るのには気付いていたんじゃないでしょうか」


はたった今成瀬が達の存在に気付いたのかと思ってたけど、
西園寺と七条が前から気付いてたって言うならそうなのかもしれない。
と言うことは、さっき試合中に成瀬がこっちをみて驚いたように見えたのは気のせいじゃなかったのか。
それからすぐに、は成瀬の次の試合まで少し時間があるみたいだから声を掛けに行くつもりだった。
当然のように会計部の二人も一緒に来るかと思ったんだけど、
彼らは彼らでこれから用事があると言うことで、達はその場で別れたのだった。
その後はテニス部の仲のいい部員に教えられて成瀬と会うことが出来た。
遠巻きに女の子達の視線を感じる。
とは言え、毎度成瀬の応援に来るときはBL学園の制服で来てるから、敵意を向けられてる訳じゃない。
これが啓太みたいに成瀬がラブオーラぶっぱなしてる相手なら幾ら男でも視線ぐっさぐっさだっただろう。
仲のいい友達なんだろうな位に思われているだろうは安全なはずだ。
成瀬はたった今試合を終えたばかりだと言うのに、疲れた様子も見せずに爽やかな笑顔で颯爽と近付いてきた。


!来てくれたんだね!キミは来れないって聞いてたから、観客席に居るが見えた時は驚いたな」
「まぁね、てかよくオレ達に気付いたな、成瀬」
「え?ああ、そう言えばそうだね。何気なく視線を向けたらの姿が見えたんだ」
「偶然か、後、オレが制服着てたからってのもあるのかもな」


会計部の二人は制服のときもあれば私服のときもある。
今回彼らはこの後用事があるからか私服だった。
成瀬がに気付いたのは、BL学園の制服が色んな意味で目立つからってことと、
偶然の位置に視線が合ったってのもあるのかもしれない。


「うーん・・・、だけど以外にも制服で応援に来てくれている生徒なら―――「主将!」


成瀬が何かを言いかけたとき、テニス部員の一人が彼に声を掛けて来た。
他の部員はまだ試合中だろうし、余り長話して主将である成瀬を引き止める訳には行かない。


「すぐ行く!」


成瀬が振り向いてテニス部員に返事をした。
それから再度、に向き直る。


「次の試合も見て行ってくれるんだよな?」
「そのつもり」
「ありがとう、嬉しいよ。良かったら帰りは一緒に帰らないか?」
「え?オレは構わないけど、でも成瀬はテニス部の、」
「ごめん!もう行かないと!大会が終わったら連絡するよ!」


達から少し離れた場所でさっき成瀬を呼びに来た部員が彼を待っていることもあり、
達は早口で会話を交わした。
そして、成瀬は慌しくの傍を離れていく。
は部員が呼びに来る前に成瀬が言いかけたことが何となく気になった。
とは言え、どっちにしろ今は大会最中だ、寮に戻れば時間は幾らでもあるしそう深く考えることもない。
成瀬の次の試合が始まるまでもう少し時間がある。
は取り敢えず飲み物でも買ってそれまで待っていることにした。



(続く)