広い学園内の片隅で殆ど倉庫化している資料室。
はたった今そこに荷物を運び終えたところだった。
通りすがりに偶然出会った親しい先生に頼まれた仕事だったけど、
量も重さも大したものじゃなかったので特に時間も取られず後はここを出るだけだ。
資料室の出入り口に向かい、は室内の電気を消してそこから一歩、廊下に踏み出そうとしていた。
「・・・!」
不意にそこで聞き慣れた声が何故か妙にひそひそした声での名前を呼ぶのが聞こえた。
それとほぼ同時に、素早い動きでこっちに向かってくる丹羽の姿が見える。
放課後はいつも彼と一緒に過ごすことになってたけど、今日は彼に連絡しないまま資料室に来ていた。
よくこの場所が分かったものだ。
それにしても丹羽の様子が何だかおかしい。
最初にの名前を呼んだときの声も変にひそめていたし、今も落ち着きがなくてそわそわしてる。
何かあったのかとが口を開きかけた瞬間。
のすぐ傍まで近寄って来た丹羽は、いきなりの腕を取り、更に口元をあの大きな掌で覆ってしまった。
「!?〜っ〜っっ!?「悪ぃ!話は後だ!」
突然の丹羽の行動に、は口を塞がれたままもがふがと抗議する。
だけど彼はそれを遮ってそのままの状態でを再び、資料室の中に押し返した。
勿論、自分も一緒にだ。
更に何度も周囲、と言うか廊下の奥を気にしつつ、やけに慎重にドアを閉め、
を後ろから抱きこむような形に体勢を変えた。
それから棚の影に移動すると窓から廊下の見える位置辺りで壁に張り付いている。
その間も丹羽の手はの唇を押さえたままだったけど、
この頃にはも奴がどうしてこんな怪しい態度を取っているのか大体理解していた。
「ヒデの奴に見つかっちまってな。・・・お前のおかげで助かったぜ、
逃げ場がなくて困ってたんだ。いつもはここの資料室鍵がかかってるからな。
アイツもこの辺までは来ないと思うんだが・・・。相手はヒデだ。油断できねぇ」
やっぱりそうか!!
案の定丹羽は中嶋から絶賛逃亡中だった。
しかもこの分だと結構追い詰められてて、近い距離に追っ手中嶋が迫ってるようだ。
それでたまたまがここから出てくるのが見えて駆け込んできたということか。
この資料室は殆ど物置みたいになってて特に重要な物は置いてないみたいだけど、
それでも普段は丹羽の言うとおり出入り口にはロックがかかっている。
今はが先生からカードキーを預かってるから出入りできるけど、
幾ら中嶋でもそんなことまでは知らないだろう。
ここに暫く隠れていればこの中まで誰かが入ってくるということはないはずだ。
丹羽がの口元から手を離してくれたところで、は呆れてため息を零した。
「がここに居たのは偶然先生に荷物置きに来るように頼まれたからですよ」
「おう!それでも助かったぜ。最悪あっちの窓から外に出るつもりだったからな」
「・・・は、ははは」
丹羽の返事には思わず乾いた笑いを漏らす。
ここは確か二階のはずだ。
普通の人間なら冗談で済ませるところだけど、この人の場合話は別。
本当にそのつもりだっただろうし、実際何度かやったこともありそうなくらいだ。
こういう時、普通なら自分の好きな相手がそんな危険なことをするなんてって心配をすべきなんだろうが、
彼の人間離れっぷりをこれでもかと思い知らされてるはただ呆れるしかない。
しかも二階から飛び降りてまで逃亡する理由が生徒会の仕事をするのが嫌だってことだから尚更だ。
生徒会長がそうまでして逃げるなよと言いたい。
とは言え、ここのところ以前よりは少し真面目に仕事をこなしていたので今回は何も言わずにおいた。
啓太と違ってサボりに付き合ってばかりいてやるほどは器が広くない。
実際今まで何度か中嶋に協力したこともある。
が追っ手側に回るとに見つかった場合、
丹羽は駄々は捏ねるものの最終的にはお縄についてくれる。
だから生徒会の仕事が普段より(基本仕事は山積みとして)忙しくなる時には、
は丹羽のサボリを許さない方向で動くことにしてる。
そのことについては当然のように丹羽は不服みたいだけど、
ある程度大目に見てサボりに付き合うことも少なくないんだから奴の不満は軽くスルーだ。
「・・・丹羽先輩」
「ん?」
「その、ここに隠れてるのはいいんですけど、そろそろ離れませんか・・・?」
実はさっきから意識がそっちに持っていかれるのを必死に堪えていた。
そっち、というのは、つまり、丹羽と密着していることについてだ。
この資料室に彼に押し込まれるようにして入ってからはずっと彼に背後から抱きしめられてるような体勢だった。
最初はわたて気付かなかったけど、
途中から丹羽の逞しい腕や制服越しに背中に押し付けられてる硬い胸板の感触に凄く落ち着かない気分にさせらていた。
丹羽とは付き合ってるんだし、今更この程度とも思うけど、
学園内の薄暗い資料室で密着してると思うと何だかやっぱり照れくさい。
「いやだ」
「っ!」
キッパリ。
分かりやすい三文字で彼はそれを断ると、益々の体を強く抱きしめた。
「に、丹羽先輩・・・」
「何だよ。・・・お前はそんなに俺に離して欲しいのか?俺に抱きしめられてるのが嫌なのかよ」
が嫌がってないこと位丹羽も分かってるだろう。
それなのに奴はわざとそんな質問をして、後ろからの顔を覗き込んでくる。
おかげでの心臓は全力疾走直後並の勢いで脈打っていた。
「そうじゃない、けど・・・。てか丹羽先輩、中嶋先輩のことはいいんですか?」
「アイツならこっちに気付かねぇまま戻って行ったよ。
つっても・・・まだ安心できねぇけどな」
「だ、だったらこんなことしてる場合じゃ・・・」
がそう言いかけたところで、丹羽が突然をぐるんと半回転させ、
は彼と正面から向き合う形になった。
今度はなんだと驚いて丹羽を見上げた瞬間、その顔が至近距離までぐっと近づいてくる。
瞬間的に何をされるのか分かって声を上げようとするも、時既に遅し。
「丹羽先・・・・っ」
そこでは丹羽に開きかけの唇に強引に口付けられてしまった。
彼の腕に抱きすくめられたまま、抵抗する間もなくあっという間に唇を貪られる。
分厚く大きな舌がの口内を暴れまわり、彼の熱く湿った吐息が喉の奥まで一気に満たしていくのが分かった。
は反射的に丹羽の体に両腕を回し、しがみつく。
お互いの唾液が混ざり合って、その中で舌を縺れさせ強弱をつけて吸い上げられる。
荒々しいキスに呼吸が苦しくなるのにそう時間はかからなかった。
丹羽はその頃を見計らって少しだけから唇を離す。
「二人きりの時くらい素直になれよ・・・」
吐息交じりの低い声。
いつもの豪快なイメージとは違う、色気と甘さを含んだ口調にの背筋がぞくりとする。
中嶋から追われて逃げた先に偶然が居たと言う情けない状況の癖に、
間近でそんな風に囁かれたらそんな文句も引っ込んでしまう。
だけどそれを素直に認めるのはやっぱり癪で、代わりに今度はから彼の唇を奪った。
「・・・んっ、・・・」
さっきのキスの名残で濡れた唇が触れ合った瞬間から吸い付くように重なる。
不意を突かれたからか、丹羽の体が腕の中で少しだけ硬直したのが分かった。
彼はこう見えて基本的に純情な部分があるので、からの思わぬ反撃に戸惑ってるのかもしれない。
こういうところを可愛いななんぞと考えてる時点で、も丹羽のことを責められた立場じゃないんだけど。
そんなことを考えながら、は強く重ねただけの唇の間から丹羽の口内に舌をさしいれた。
それとほぼ同時に、彼がの舌に自分のものを巻きつけ、再び食らいついてくる。
お互いの口内で温くてねっとりした唾液が混ざり合い量を増す。
無味なはずのそれが妙に甘ったるいものに感じた。
丹羽の手がの腰を更に引き寄せて、彼の太くて硬い両足がを逃さないようにがっちりと絡んでくる。
浅黒い大きな手がの腰やわき腹を撫でるように動き、そして更に太ももへと移動する。
唇を離さないまま、ズボンの生地越し感じるその動きをは無意識に追っていた。
内腿に当たる感触で丹羽のものが少しずつ勃起し始めているのが分かる。
「に、丹羽先輩・・・っ」
「悪ぃ・・・。でもお前も悪いんだぞ・・・。あんなキスされちまったら、我慢出来なくなるだろうが」
軽く呼吸を乱してそう口にした丹羽の目に、獰猛な獣の色が見え隠れし始めた。
これはヤバイ。
いや、何を今更って感じは既にあるけど、これ以上進むのは本当にヤバイ。
「・・・」
「っ」
名前を呼ばれただけなのに、今から食うぞと告げられたような気がした。
と言うか、絶対その意味が含まれている響きだ。
その証拠に、丹羽の手がのズボンのベルトに伸ばされている。
このどぐされ馬鹿は本気で先に進むつもりだ。
「やっ・・・!」
やめろどぐされ野郎!!
がそう声を上げて抗議しようとした。
その時だった。
―――コンコンコンッ
「?おい、、まだここに居るのか?」
「「!!??」」
資料室のドアを数回ノックする音がして、
その後すぐに聞き慣れた声がに呼びかけてくるのが聞こえる。
と丹羽は瞬間的に凍りついたが、最初に我に返ったのはの方だった。
素早く丹羽の手を叩き落し(驚きすぎてさすがの奴もこの時は隙だらけだった)、
奴との距離を取る。
「っ、て、てめっ!」
「黙って!」
「?、居るのか?」
資料室のドアの外に居るのは間違いなく啓太だ。
うっかり忘れてたけど、そう言えば啓太にだけは資料室に荷物を運ぶ仕事を頼まれたことを伝えていたんだった。
「啓太、ごめん!すぐ出る」
「何だ、やっぱりまだここに居たのか。もしかして他にも誰か一緒なのか?」
啓太の問いかけに一瞬ぎくりとしては再度丹羽に視線を向ける。
奴は大げさな身振り手振りで頼むから黙っていてくれ!とに必死で訴えていた。
まぁ確かに、今の啓太は間違いなく中嶋側の人間だ。
普段はお気に入りの後輩として可愛がってる相手だとしても、
今見つかればその先どうなるかは目に見えてる。
一瞬ここで丹羽を突き出すのもアリかとも思ったけど、
今までの経緯を考えるとも既に丹羽の共犯だと言えない事もない。
は小さくため息を吐いた後、資料室のドアに向かった。
「誰も居ない、一人だよ」
啓太に嘘を吐くことに小さな罪悪感を覚えつつ、心の中で謝ってそれをやり過ごす。
資料室を出る時に、はちらりと一瞬だけ丹羽の居る方向に視線を移した。
勿論ここからアイツの姿を確認することは出来ないけど、
アイツは今頃全身脱力する勢いでホッとしてることだろう。
本当に仕方のない男だ。
正直に言えば、丹羽の奴がのベルトに手を伸ばしたあの時、
間一髪で胸を撫で下ろしたのも本当だけど、がっかりした気持ちもなかった訳じゃない。
もしもあのまま啓太がここに来てなかったら、は多分、
何だかんだで先に進むことを許してしまってただろう。
そう思うと、今更ながらに自分にも丹羽にも腹が立って、隣に居る啓太に妙な後ろめたさを覚える。
「啓太・・・」
「何だ?」
「ごめん」
「?どうしたんだよ、急に」
「なんと、なく・・・」
「なんとなくって・・・、変なやつ」
?マークを浮かべつつも、啓太は特に何を疑うでもなく笑ってくれている。
ごめんね、啓太。
次に同じことが起きた時には、あの暴君を差し出すから許して。
煮るも焼くも叩きのめすも全部引き受けるから
あの中途半端な状況で放置された丹羽は今頃まだあそこで一人で悶えてるんだろうか。
そう考えるとちょっと間抜けで笑えるかもしれない。
そんなことを考えながら、は啓太と二人で寮に戻ることにした。
後々中嶋が絡んでくると面倒な話ではあるけど、その時は容赦なく丹羽を引き渡せばいいだろう。
(END)