篠宮の様子が何だかおかしいと気付いたのは今から約2週間程前のこと。
最初は気のせいかとも思ったんだけど、やっぱり何だか妙にぎこちない。
冷たくなった、とか、そう言うのとは違う。
普段はいつも通り会話してるし、
男装のが野郎共に囲まれてる状況を特別気遣ってくれてることも付き合い始めと変わりない。
プレイヤーの時に画面越しに見たように、恋人を必要以上に甘やかす部分も、
妙に過保護な所もある意味で今まで通りだ。
だけど、二人きりになった時のふとした瞬間、
との接触を極力避けるようになってる気がした。
いや、気がした、と言うよりは間違いなくそうじゃないかと思う。
ぶっちゃけてしまうと、ここ2週間近く、達は一度も『して』ない。
何を、なんて言うまでもないだろう。
それなりに恋人同士な甘い雰囲気ってヤツになりかけても、
ここのところいつも篠宮が突然慌てた様子でその場から立ち去ったり、
いきなり話をはぐらかされたりすることも少なくはなかった。
それどころか最近はキスさえ片手で余裕で数えられる程度。
と言うか、最後のキスは4日前だった筈で、ここ数日は手を繋ぐことすらしてない。
篠宮の場合、誰か他に好きな人が出来た、みたいな理由じゃないんだろうけど・・・。
考えれば考えるほど気分がどんどんと沈みこんでしまう。
弓道に専念したいから、と言うような理由も一瞬思い浮かんだが、これも即座に却下だ。
だったら最初から付き合うこと自体してないだろうし、
篠宮はと付き合う以前と変わらず部活には熱心に取り組んでいる。
他に何か理由は、理由は、と、あれこれ考えながら、最終的に行き着く答えはいつも同じだ。
・・・が、魅力に欠けるってことか・・・・・・。
そして自分で出した答えにこの上なくズズズーーーンと更に更に落ち込んでいく。
正直、色気って面で言えば、明らかに本当は女のより篠宮の方が上だし、
体の凹凸も決して自信を持ってあると言えるもんじゃない。
女らしい仕草ってのも、元々してたかどうかは分からないけど、
この学園に入ってからは特に男っぽさばっか頭にあって、
しかも今じゃ意識せずに日常的に男らしさの方が身に付いてる始末。
考えれば考えるほどこの答えが正解なんじゃないかと思えてしまう。
「ああああああ!!もう!!」
はそこで一人、声をあげてぶんぶんと首を振る。
こうして悶々と考え続けても鬱陶しい空気が蓄積されていくだけだ。
本当の答えなんて、本人に聞くまで分からない。
とは言え、それをズバリと聞くのが怖くてこんなことになってる訳だけど。
は小さく溜息をつき、何気なく壁にあるカレンダーに目を向けた。
そして、思わず大きく瞳を見開く。
うわ、なんてことだ!!!
今日は2月13日、つまり明日は14日、俗に言うバレンタインデーと言うヤツだ。
ここのところ篠宮のことで頭が一杯でバレンタインデーのことがすっかり頭から抜けていた。
付き合い始めたばっかの頃は、今度のバレンタインデーは気合入れて準備するぞなんて、
それなりに可愛らしいことを考えてたはずなのに、本当になんてことだ、これは。
待て、待て、待て!!落ち着け、自分!
確かこの間買った板チョコがまだ丸ごと一枚あるはずだ。
それから生クリームとココアパウダーは成瀬のヤツがケーキを作ってて余りがあるのを見た。
啓太に頼んでもらえばアイツなら確実に譲ってくれるだろう。
お礼は後日すればいい。
色々と思うところはあるけど、いや、思うところがあるからこそ、
手作りチョコを持って篠宮の所に直接渡しに行こう。
一人で悶々と考えて落ち込み続けるよりはその方がずっと前向きだ。
の勘違いならそれでいいに越したことはないし、
何か理由があるなら篠宮ならきっと説明してくれる筈。
何よりバレンタインってのは乙女にとっての一大イベント。
いつもなら柄でもないって笑ってるところだけど、安易だろうがベタだろうが乗っかってやる。
菓子業界の戦略だろうが関係ない。
笑いたいやつは笑え。
そうと決まればやるしかない。
は慌てて上着を羽織ると、啓太の所に向かう為に部屋を出た。
◆◇◆
2月14日。
今日は一日チョコを篠宮に渡すことばかりに頭が一杯で殆ど授業内容が頭に入ってない。
肝心のチョコはと言えば、慌しく用意した割に思いのほか上手く出来た。
ってのも、まぁ殆ど啓太のおかげであり、そして成瀬のおかげでもある。
愛しいハニーのご威光で、
成瀬から簡単でも美味しくチョコが出来ると言う作り方をあれこれと教えて貰った結果だ。
おかげで短時間で見た目も味もそれなりに本命仕様な物を作ることが出来た。
ラッピングはシンプル過ぎるものしか用意できなかったけど、中身がこれなら問題なし。
まさにハニー様々。
だがしかし!!
だがしかし!!
・・・渡せなけりゃ意味ありませんってね・・・、うん。
放課後までチョコを渡すチャンスを伺ってたんだけど、
結局部活動中に渡すのは何だか気が引けて、
最終的に寮に戻って来てからって状況になっている。
そして今現在。
は三年生の部屋のある寮の3階まで足を運んでいた。
思わずきょろきょろと周囲を見回し、辺りを確認する。
別にやましいことをしようってんじゃないんだけど、
やっぱり一年のが三年の部屋のあるこの場所に居るのはそれなりに目立つんじゃないだろうか。
別にここに来るのも初めてじゃないし、今更ってことは分かってるけど、
今回は理由が理由だけに何だか妙にそわそわと落ちつかない。
そのくせ、篠宮の部屋の前まで来ると、ノックする直前でビビって体が動きを停止する。
チョコを渡すのが理由と言うよりは、
チョコを理由に最近の篠宮のに対する態度がおかしい理由は何なのかを聞き出す、
ってことが重要で、そのことを思うとどうしてもこの先に進むことを躊躇してしまう。
ええい!!往生際の悪い!!
何の為にハニーのご威光を借りたと!!よし、行け、!!
どうにか無理やり自分を奮い立たせ、
は震える手で目の前にある篠宮の部屋のドアを二度、ノックした。
「・・・誰だ?」
ほんの少しの間を空けて、聞きなれた声がドアの奥からそう返すのが聞こえた。
「お、オレです、です」
緊張し過ぎて声が裏返りそうになる。
ヤバい、自分の性別を告白した時と同じ位かそれ以上に緊張してる。
「・・・っ、・・・?・・・その、少し待っていてくれるか?」
「あ、はい」
顔は見えないけど、気のせいか篠宮の口調が何となく焦っている様に思えた。
タイミングが悪かったんだろうか。
でも、余り遅くなると消灯時間ぎりぎりになってしまう。
そうなると寮長である彼とはゆっくり話なんか出来なくなるし、
バレンタインの勢いを借りることも出来なくなる。
その後それから少ししてドアが静かに開き、篠宮が姿を見せた。
「すまない、待たせてしまったな。どうしたんだ?急に」
「あ、あの、実は・・・渡したいものがあって、それに話したいことも・・・」
言いながら、はちらりと彼を見上げる。
篠宮は何処か困った様な、そして焦った様な複雑な表情をしていた。
さっき室内で顔が見えなかった時も、彼はもしかしたらこんな表情を浮かべていたのかもしれない。
「入ってもいいですか?」
図々しいとは分かってたけど、
ここで怯んで回れ右してお部屋へ逃亡と言うような真似だけはしたくなかった。
いつもの篠宮なら、少なくとも約2週間前までの篠宮なら、
が話しをしたいと言った時点で自分から部屋に招き入れてくれてる。
だけど今回はそれを望めそうにないように思えて、
は返事も待たずにさっさと玄関へ足を踏み入れた。
当然、篠宮相手じゃきゃこんなことはしてない。
「お邪魔します」
「あっ、おい、・・・!・・・ハァまったく、仕方のないヤツだ・・・」
そう言って苦笑しつつも結局を受け入れてくれる彼に、
は内心心底ホッとした。
ここで拒絶されたらさすがにバレンタインの勢いなんて吹っ飛んでくところだ。
と言うわけで、は彼の部屋に入ることが出来た。
―――――――んだけど。
「・・・篠宮先輩」
「何だ?」
「いや、あの・・・」
何でそんな離れてるんですか?
質問しかけた言葉を口に出そうとしてはそこで思い止まる。
とは言え、何と言うか、不自然なほど離れてるって訳じゃないけど、
同じ室内に居るのに恋人同士の距離としては遠い気がする。
別に何を期待してた訳じゃない。
目的はもっと別のことなんだから。
でも、こういう小さなことがの不安の原因で、
今回の『目的』の理由でもある訳で。
いかんいかんいかんいかん!!
ここでこれについて考えても始まらない!
まずは前に進むためにも、チョコを渡して!
は慌てて心の中で自分自身に気合を入れ直す。
「?」
「気にしないで下さい。あ、それよりも、
篠宮先輩に渡したいものがあって!」
「あぁ、さっきそう言っていたな」
「はい、これ、受け取ってくれますか」
気を取り直したはそこで上着のポケットに入れていたチョコの箱を手に取り、
彼の前に差し出した
篠宮は数秒の間の手にある小さな箱をジッと見つめ続けた後、
再度、に視線を移す。
「、これは・・・」
「今日はバレンタインデーなんで」
「・・・あ、あぁ、そうか・・・。
周囲の連中がやけに落ち着かないと思っていたが、そうだったな」
本来なら男子校の全寮制なこの学園じゃバレンタインデーなんて言っても、
彼女持ちでもない限りは味気ないものになりそうなものだけど、
何といってもここは『BL学園』だ。
ある意味その名の通り(この世界の場合略した結果とは言えない)堂々と宣言しているだけあって、
校内の男子生徒たちは表だってチョコを渡したりはしてないものの、
こそこそと、だけど確実に野郎共は野郎相手にチョコを贈ってる。
周囲が落ち着かないってのは、篠宮は多分分かってないけど、つまりそう言うことだ。
「・・・有難う・・・。すまないな、
こういう時、気の利いた台詞のひとつでも言えればいいんだが」
うっすら目元を赤くしつつ、照れたように笑って篠宮が言った。
その様子が何だか可愛くて、そして喜んでくれてることが分かったから、
それだけでには十分嬉しかった。
――――――なのに。
「っ!」
「えっ!?あ!」
一瞬、何が起こったのか分からなくて、は思わず呆然としてしまった。
が差し出したチョコ、目元を薄っすら染めつつ、受け取ってくれようとしてた篠宮。
で、ほんの僅かにの指が篠宮の手に触れたその瞬間。
彼は不自然な位ビクリと手を震わせて、その拍子にの手からチョコが床に落下した。
篠宮がこんな過剰な反応を見せるのは初めてで、はぽかんと彼を見上げた。
よくある純情男子が手が触れ合った瞬間に慌てる。
とか言うベタな反応とは何かが違う。
まるでに触れたと単に電撃でも走ったのかと思うみたいな、そんな、反応。
もしかしてこれは、拒絶されてるんだろうか。
「篠・・・宮、先輩?」
さすがにショックが大きくて、つい数秒前までの浮かれた気分がパチンとあっという間に弾けた。
ヤバイ。
本気で、泣きたいかもしれない。
「、その・・・すまない、俺は」
「・・・先輩、最近に近付かないのって、もしかして・・・に触れるのがイヤになったから?」
「な・・・・・・!?」
何て馬鹿な質問をしてるんだ。
こんなこと、こんな聞き方、するつもりなかったのに。
それなのに無意識に、だけど間違いなくの中にあった不安が、
そのまま口をついて出てしまっていた。
はそこでぎゅっと唇をきつく結び、篠宮に背を向ける。
これ以上ここに居ると、もっと余計なことを言い出しそうだ。
それに、本気で泣き出す直前にまできていた。
「待ってくれ、!違うんだ、そうじゃない、俺は・・・!」
「か、えります・・・!」
堪え切れなかった涙がじわりと目の端に盛り上がる。
鼻声混じりに一言告げて、は彼が引き止める言葉を無視し、
そのまま走って篠宮の部屋から出て行こうとした。
―――――――瞬間。
「っ!?」
力強い腕がを背後から強引に捕らえ、
気付いた時にはは篠宮に後ろから抱きしめられていると言う状態だった。
「違う、違うんだ!、お前に触れるのが嫌になるなんて、そんな事がある訳がないだろう!」
の肩口に顔を埋めるようにして彼は切羽詰った口調で言った。
久しぶりに密着したことで感じる篠宮の胸板の硬さや体温に心臓が爆音を上げる。
泣き出す寸前、と言うか、既に目元を濡らしてた筈なのに、
余りに唐突な展開にそんなことさえ忘れてしまっていた。
「篠宮先輩・・・、けど、その、最近先輩・・・何か・・・に対してぎこちなかったし・・・」
「・・・それは・・・、すまない・・・俺が不甲斐ないばかりに、お前に不安な思いをさせてしまったんだな。
・・・ここのところお前に極力近付かないようにしていたのは事実だ。
だが、決してお前が言っているような理由じゃない・・・。寧ろ、その・・・逆なんだ・・・」
「・・・・・・逆?」
「あぁ、お前に触れると、どうしても自分を抑え切れなくなってしまうのが怖かったんだ。
お前に触れてしまえば、その先に進んでしまいたくなる」
「えっと・・・けど、それは・・・」
篠宮が言いたいことは分かったけど、どうして急にそんなことを言い出したのかが良く分からない。
と彼はもう付き合って4ヶ月目で、もう何度かお互いの部屋で抱き合った事だってあるし、
それをが拒んだことは一度もないからだ。
と言うより、正直に言ってしまえば、だってそれを望んでる。
そこで背後の篠宮がぐっと詰まった気配が分かり易く伝わってきた。
「篠宮先輩?」
更に答えを促す形で彼の名前を呼ぶと、彼はまるで観念したみたいに、ぼそぼそと先を続けた。
「きらして・・・しまったんだ・・・」
「?何を?」
「・・・・・・・・・ひ、避妊用具・・・を、だ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
思いもよらなかった単語が耳に飛び込んできて、は思わず聞き返す。
振り返らなくても、今彼がどんな顔をしているのか、
には何となく想像出来るような気がした。
「大切なことだろう・・・!お前を大事にしたいと思っているのに、
お前に触れたいと、抱きたいと思う気持ちは傍に居るだけで大きくなる。
俺は・・・お前を、を傷付けるような真似だけはしたくなかったんだ。
俺の気持ちや欲望だけを押し付けるような事は出来ないとな・・・」
「それが、ここのところ・・・に近付かなかった理由?」
「・・・あぁ・・・。すまない、結果的にお前を傷付けてしまった」
つまり、コン○ームをきらしてしまったから、
に手を出さないように気を付けていた、と。
それを理解した途端、心底ホオオオオッと安堵する気持ちと同時、
篠宮の気遣いが嬉しくて嬉しくて仕方がなくなった。
さっきまではそのことが泣きたい位の落ち込む種だったのに、
理由が分かった途端にこれだってんだから、ってヤツは本当に現金だ。
「さっきがここに来た時、妙に焦ってたのもそのせいですか?」
「いや・・・あれは・・・」
「?」
「つい最近の休みに、・・・手に入れたばかりで、
お前の所に行くのはどうかと・・・そんなことを考えている最中にお前が来たのが分かって、
動揺してしまったんだ」
最大級の照れくささを含んだ声が後ろからそう降ってくる。
つまり、つまりは、今手元に例のブツがあるんだけど、
手に入れて即座にに会いに行くってことに篠宮なりの葛藤があってってことで。
「くっく・・・」
「・・・」
「ごめんなさい、でも馬鹿にして笑ってるとかそういうんじゃなくて、嬉しくて」
「・・・嬉しい?」
「結局、全部のことを思って悩んでくれてたってことですよね。
それがスゴク嬉しくて、すみません、篠宮先輩、の方こそみっともなかった」
「・・・いや、何も言わずに避けるような真似をして悪かった」
「さっきから達、何かお互い謝ってばっかじゃないですか?」
「・・・ははっ、そうだな、確かにそうだ」
それから達はひとしきり笑いあって、はくるりと体の向きを変えた。
そして向き合った形で篠宮を見上げる。
彼の腕が再びの体に回され、こっちに屈みこんで来たと同時、耳朶に軽く唇を押し当てられる。
「・・・・・・、俺はもう我慢できそうにない。・・・抱いて、いいだろうか」
熱のこもった湿った吐息と一緒に囁かれた言葉に、が逆らう理由なんかありはしない。
「・・・その前に、ひとつだけ、言わせて下さい、篠宮先輩」
「何だ?」
「避妊のこと・・・ですけど、先輩だけの責任じゃないですから、
その・・・も・・・持ってるんで・・・」
「・・・おまえが?」
「いっときますけど、篠宮先輩と付き合うようになってからですから」
もしかしたら引かれてしまったんじゃないかと、慌てては付け足した。
でもそんな心配は不要だったようで、彼が小さく笑っていた。
「ふっ、分かっている」
言い終えてすぐに、篠宮はの唇を塞いだ。
久しぶりに重ねた唇は熱くて、いつものキスよりも何処か切羽詰ったような、性急なキスだった。
絡めた舌と舌が強く吸い上げられ、彼の手がの服を剥ぎ取っていく。
ほんの一瞬足元に転がったバレンタインチョコに意識がそれたけど、
それもホントに数秒のことで、再びの思考は篠宮のキスに奪われた。
あのチョコが無駄になるわけじゃない。
それに今はただ、彼のことだけ考えてたかったから。
チョコよりも甘ったるくも激しい、
この時間が、今を満たしてくれる全部だ。
(END)