学校を出てすぐに、ヤバイとは思っていた。
今朝から生理のせいで体調もハッキリ言って最悪だったし、
貧血気味でいつもよりもお腹の痛みが激しい。
鎮静剤を飲むのが遅れたおかげで生理痛は未だに収まっていない。
生理の度にと言う訳じゃなく、数ヶ月に1度、こう言うことが起こる。
この分だと鎮静剤を飲んだのが遅いと言う理由だけじゃなく、
純粋に効いてないと言った方が早いかもしれない。
薬はいつも飲んでいるものと同じ物だけど、
この数ヶ月に1度の生理時の体調の変化は、そういうこととは別に理由があるように思えた。
そしてそんな帰宅途中。

「っ・・・こんな時に・・・!」


とろり。
周囲の空気が濃密さを増し、胸焼けがしそうなほど甘い香りが漂い始める。
オボレガミなら今の状況でも対応することは出来る、でも――
私は咄嗟に背中にある妖刀紅月と朱月を素早く袋から取り出した。
紅月と朱月。
月を象った刀。
紅月は三日月を現しているから短刀に近い。
朱月は満月、その刃の長さが状況によって変化し、満ちる月を現す。
この2本の刀は対になっていて、代々私の家に伝わる家宝だ。
とは言っても、刀自身が選んだ主にしか従わず、
それ以外の人間が長時間持っていると正気を失い命を落とすこともあると言う曰くつきの代物。
そして私は何故かこの刀に選ばれた特殊な人間だった。
今までも何度か凶暴化したカミと遭遇してしまい、襲われそうになったことはるけれど、
その度にこの双刀で凌いできている。
ただし、刀を使用する度に霊力を消耗する為、
今みたいにコンディション最悪の状況にはかなりのリスクを負うことになる。
私は辺りを警戒しながら、いつでも鞘から刀を引き抜けるように用意をしていた。
逃げてやり過ごせるもんならそれに越したことはない。
そうは思うものの、走ってこのカミの領域を抜け出せる程体調は良くなかった。


・・・来る・・・!


―シュゥッ


あぶら汗の滲む手で、ゆっくりと紅月と朱月を鞘から抜く。
鞄を地面へ放り投げるように落とし、二刀を構える。


「喰イタイ!!喰ワセロ!!喰ワセロ!!」
「っタタリガミ!!!」

タタリガミはオボレガミとは素早さも力もケタ違い。
それでもいつもなら難なく倒せる相手ではあった。
そう、いつもなら。

―ゴオッ


タタリガミの拳が空を斬り、恐ろしい勢いで私に襲い掛かる。
寸でのところでそれを避け、私は紅月をタタリガミの腕に突き立てた。


―グジュッ

「グゥウオっ!!」

獣めいた悲鳴を上げるタタリガミを横目に、私は鞄を鷲掴みにして走り出す。
カミの腕に刺さったままの紅月は、後で私が呼べば鞘に戻ってくる筈だ、
今はとにかくこの場を離れるしかない。
とは言っても、生理痛と貧血のせいで足元はふらついていた。

ハァハァハァ・・・

それ程遠くまで走ったとは言えない程度の距離でさえ、息が荒くなる。
額に滲んだ汗が、ぽたり、と、地面へ落ちた。

「よぉ、、死にそうな面してどうしたんだ?」
「っ・・・真弘!」
「おぅ、助けに来てやったぜ、この真弘様がな!」

腹部を押さえて木に寄りかかっている所で、正面の森から真弘が姿を見せた。

「キミ、珠妃の護衛があるでしょう!」
「他の守護者が全員揃ってんだ、今日くらい俺が居なくても大丈夫だろ。それより・・・」

「喰イタイ!!喰ワセロ!!」


―ビュッ!!


腕から血を吹き出しながらも私を追ってきたタタリガミが、
あっと言う間に私と真弘と距離を詰める。
真弘は私を腕に抱き、風の力を操ると、再び素早くカミとの距離を取った。

「さぁてと、じゃ、この俺がちょっともんでやるかね。」
「・・・真弘、戻って!ここは私が自分で何とかする。」

貧血でふらつく足元を心の中で必死に奮い立たせながら、私は朱月を構えなおした。
真弘の眉間にしわが寄る。

「んな体で出来るわきゃねぇだろ!ここは俺に任せてさっさと退け!!」
「タタリガミ一体位なら私一人だって倒せる!」
!!」

口論している暇なんかなかった。
私は腹部に感じる重い痛みに唇を噛み締めて、刀を構えたままタタリガミの前まで走り出た。
逃げることを最優先させるつもりだったけど、真弘に迷惑をかける位なら自分で決着をつけたかった。

「肉喰ワセロ!!喰ウ喰ウ喰ウ!!!」
「朱月!」

叫んだ私の声に反応し、朱月の刃が形を変える。
そしてタタリガミの横腹を切り裂こうとしたその瞬間。
眩暈が、私を襲った。

くらり。

足元がふらつき、朱月の速度が鈍る。
その隙を狙って、タタリガミの拳が私に振り下ろされた。

!!!!」


ビュォオ

耳に響く風の音。
浮き上がる私の体。
真弘の力。


「こっちが片付くまでそこに居ろ!」
「真弘っ!私は・・・!!」


「うるせぇ!!」


言葉を続けようとした私を真弘が遮るようにして怒鳴った。

「うるせぇんだよ、お前は!!たまには黙って俺に守らせろ!!」
「ま・・・ひろ・・・。」
「へっ、あんな雑魚程度のタタリガミなんざこの無敵のヒーロー鴉取真弘様にかかれば一瞬よ。」

ニヤリ。
笑ったアイツがタタリガミに突っ込んでいく。



確かに真弘の言う通り、決着はすぐについた。
気がつけば、私は地面の上に座っていて、手元には紅月と朱月が戻ってきていた。
勿論、鞄も一緒に。

「馬鹿じゃねぇのか?お前。体調悪ぃんだったら俺に一声掛けろっつーんだよ。」

頭の上から声を掛けられて、私は視線を上げた。

「真弘・・・。だってキミ達には・・・迷惑かけられないし。私は自分の身を守って戦うことも出来るし・・・。」
「あのなぁ、だからお前は馬鹿だっつってんだろ。」
「き・・・キミに馬鹿だって言われるとは思わなかったわ。」

ムッとする気力さえなくて、私は半分呟くようにして言った。
逆に真弘はかなり不機嫌な表情をしている。

「俺達は・・・俺は、を助けることを迷惑だなんて思っちゃいねぇよ。ま、確かにお前が強いのは認めるぜ、
けどよ、今日のはどう見ても戦えるって感じじゃなかったじゃねぇか。
今にも死にそうな面で足元ふらつかせやがってよ。立ってるだけでも精一杯だったんじゃねぇのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

無言で地面に視線を落とす私。
ぐうの音も出ないとはこのことか。
まさか無鉄砲で単純の代名詞、真弘にこんなことを言われるなんて。
でも、私は何処かで喜んでいた、彼の言葉が、気持ちが嬉しくて。

「おらよ、今日は特別にこの俺様がお前を負ぶってやる。感謝しろよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

一瞬、言っている意味が分からずに聞き返すと、真弘は私に背を向けて屈みこんだ。
つまり、私に彼の背中におぶされと言っているってことだ。
私は瞬間的に顔を赤くして全力で断る。

「なっ!?ちょっと、無理!!無理無理無理無理!!
大体キミと私の身長差しってるの!?」

そう、私と真弘は5センチ近く身長差がある。
勿論、私の方が背が高かったりするのだった。

「バカヤロウ!!この際身長なんか関係ねぇだろうが!!!
それともお前は俺が負ぶって足が着くほど俺の身長が低いと思ってんのか!?」
「・・・さすがにそれはないとは思うけど・・・、でも・・・。」
「いいからさっさとしやがれ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

迷いに迷った挙句、私はゆっくりと腰を上げた。
本当は死ぬほど恥ずかしくて無理やりにでも歩いて帰ろうかとも考えたけど、
どう見ても目の前の真弘がそれを許してくれる気配はない。
それに何より、不機嫌な口調で言う真弘自身の顔も真っ赤で、
彼も相当照れまくっているんだと判ったから。

「・・・行くぞ。」
「ん・・・。」

私を背負った真弘が歩き出す。
それから暫くの間、私もアイツも殆ど会話らしい会話も出来ずに居た。
私より身長の低い、中学生にさえ見間違われる程の真弘の背中。
だけど、この時はやけに頼もしいものに思えた。
お互いの体温が重なり合って密着した部分が照れくさくて、それでも全然嫌じゃない。
背中越しに私の心音が真弘に伝わってるんじゃないかなんて考えながら、
それでも私はしっかりとヤツの体に腕を回していた。

「今日は色々と有り難う・・・。それから、ごめん・・・。」
「ああん?別に謝ることねぇだろ。ま、次からは絶対声掛けろよな。」
「分かった、そうするわ。じゃあ・・・また明日ね。本当に有り難う。」

自宅前。
真弘のお礼を言って、私は彼に軽く手を振った。
アイツは未だに顔を赤くしたまま、ぶっきらぼうに続ける。

「あのよ・・・背中に負ぶさるんだったら俺だけにしろよ・・・、
その、他の野郎に頼んだりするんじゃねぇぞ。」
「え?」
「・・・・・・じゃあな!」

呆然とする私を残して、真弘が背中を向けて走り去っていく。
お腹の痛みはいつの間にかすっかり消えて、それなのに、胸の奥が妙に甘い痛みを訴えていた。



(終わり)



後書き
ちっさい先輩を書いてしまった!(笑)今回は本編でカミ様達が凶暴化している頃です。
本当は真弘以外のキャラも登場させたかったんですが、今回は見送りました。
ではではここまでのお付き合い、真に有り難うございました。失礼します


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