「・・・真弘・・・起きてる・・・?」
「・・・この状況で眠れるかってんだよ・・・。」

夜。
布団に入って数十分。
私は隣で横になっている真弘に声を掛けた。
アイツは不機嫌そのものの声でそう返事をした。

「・・・そう・・・。」
「・・・で?結局お前は何で俺を呼んだ?わざわざ泊まれだなんて言ってまでよ。
このまんま俺が寝ちまったらお前だって困るだろ。言えよ。」

真弘の台詞に、私は隣に視線を向ける。
アイツは天井を見つめたままだった。
あれから私は夕食を済ませて布団に入るまでの間ずっと、
今日彼を誘った目的を果たせないままで居た。
本当はすぐにでも聞いてしまわなければいけないと思っていたのに。
どうしても、出来なかった。
話をしようと思った瞬間に、喉が張り付くみたいな感覚に襲われて、
結局どうでもいい話題ばかりを持ち出して、重要なことは一言も口に出来ないまま時間は過ぎた。

「真弘・・・。」
「ああん?」
「・・・・・・・そっちに、行ってもいい?」

「なっ・・・・・・・・・!!??ばっ・・・だっ・・・お、お前、何言って・・・!!」

がばり、と、体を起こした真弘が、動揺しまくった声で言った。
薄暗がりの中でも、彼の顔が赤くなっているのが良く分かる。
私は自分の布団から抜け出すと、彼の側まで近づいていき、そこで立ち止まった。
見下ろす真弘の瞳は、驚いた様に私を見ている。

「おい、?」
「・・・・・・・・・・・・・。」

無言で彼の布団に滑り込んだ私に、戸惑った表情を見せる真弘。
私は構わずその胸元に顔を埋めた。

「・・・おい、お前、マジで今日おかしいぞ・・・。どうした?」

頭上から掛けられた真弘の声は、本当に私を心配してくれていると言うのが良く分かった。
私はそこで、小さく、息を呑んだ。
聞かなければいけない。私は、どうしても、真弘に。

「・・・・・・・・真弘・・・・・・私・・・キミに聞きたいことがある・・・。」
「聞きたいこと・・・?何だよ。」

私の口の中の水分が、また、蒸発したみたいに無くなっていく。
だけどもう、先を続けない訳にはいかなかった。



「―――鬼斬丸の封印のために、真弘の魂が必要だと言う話は、本当、なの?」



震える唇。
掠れた声。
私は視線を彼の胸元に固定したまま、返事を待つ。
暫くの間、真弘は何も答えてくれなかった。
だけど―――。

「は・・・ハハハハハハ!!ばっかじゃねーか、、お前・・・何かと思えば。
この無敵のヒーロー鴉取真弘様が何でそんなことになるんだよ!」


嘘だ。
真弘、キミは、嘘を吐いてるね。

真弘の体に、伸ばして絡めた私の腕。
キミの体が、一瞬、固まった感触が、とてもリアルに伝わってきた。


「どこでんなデタラメな情報仕入れて来たのかしらねーけど、そりゃあ、デマだぜ、デマ!」

ねぇ、真弘、私、顔を上げなくても分かる。
その否定は肯定。
キミの表情を見なくても分かる。
だから余計に。

「ま・・・ひろ・・・。」

哀しい。

分かってた。
あの人、芦屋さんが言ったとおり、芦屋さんが私に嘘を吐く必要なんか全くなかったこと。
あの情報がどこまでも真実味を帯びてたこと。
だけど、どうしても、どうしても、信じることも受け入れることも私はしたくなかった。


―鴉取君が素直に答えるとは思えないが、君ならそれが真実かどうかを見定める事が出来るだろう。



ええ、芦屋さん、そうですね。
本当に、貴方の言うとおり。
でも本当は、分かりたくなんか、無かった。
もっと鈍感で居たかった。
真弘の言うことを、そのまま心の底から信じてしまえる位に。


「馬鹿なこと言ってねーで、そろそろお前、寝たほうがいいんじゃねーか?
疲れてると余計なことばっか考えて、そう言う下らない話を鵜呑みにしちまうんだよ。」


頭上から聞こえるアイツの声。
哀しい位に、優しい。
私の腕に、体に、伝わってくる彼の体温は、どこまでも温かくて。

「真弘・・・・・・、お願いだから・・・正直に答えて・・・。」
・・・?」

私はそこでようやく視線を上げて、彼を見た。
喉元、嗚咽が漏れそうになるのを必死で堪えて、
目許、涙が溢れそうになるのを必死で押しとどめて、
私は、続けた。

「キミはこのまま・・・そうやって何も言わずに宿命に従う気・・・?
そうやって隠し続けて、ある日突然居なくなるの?」
「・・・・、だから俺は・・・・。」

困ったように眉間にしわを寄せて、アイツが口を開く。
体を起こした私は、上から真弘の胸元を両手で掴んで彼を見下ろした。

「許さないから!!真弘、そんなの私は絶対に許さない!」


目の際ギリギリ、涙が、溢れる寸前。
私は唇を噛み締める。


・・・・。」


私の名を呟く真弘の瞳。
いつものふざけた様子の時とは全く違う。
彼は何処か諦めたように、小さく、ひとつ、溜息をついた。


「お前、誰から聞いた?俺の話・・・。」
「・・・芦屋さん・・・。」
「ああ・・・、お前あのオッサンの・・・典薬寮に預けられてたって話だったよな・・・。」

私に、と言うよりは、自分の中で確認するみたいに彼は呟いた。



「――俺はガキの頃からババ様に封印に関する色んな話を聞かされてたんだ。」


それから静かに、真弘が私に語りだす。

「最初は好奇心が・・・次には恐怖を覚えながら、俺は色んなことを教わった。
色んなことを教えられて、だんだん自分の役割が分かって来てな。」

私と視線を合わせているのに、彼は何処か遠くに意識を飛ばしているように見えた。
遠く、まだ真弘が、小さな子供だった頃に。

「ババ様にいざとなったら封印の為に命を奉げろって言われた時、
不思議と納得しちまって、その後急に怖くなった。」

無言でただ彼の話に耳を傾けながら、私は半分呆然とした表情で真弘を見つめていた。

「逃げ出したよ、・・・そしたらどうなったと思う?村中総出で俺を追いかけて捕まえたよ。
それでババ様は捕まった俺を見て言った、お前が逃げ出せば、祐一も拓磨も真司も美鶴も大蛇さんも、
皆死ぬんだって、・・・な。あれは怖かったぜ。」


真弘。
そう、アイツの名前を口にしたかったのに、
私の言葉は声にならずに、ただ、掠れた音が零れ出ただけだった。
体も唇も震えて、気づけば見下ろす真弘の頬に雫が流れていた。
それは彼のものではなく、私のものだと気づくのに数秒かかった。

、泣くな。俺は今じゃそれを受け入れてるし納得してる。
お前の泣き顔とか・・・苦しんでる姿とか・・・見たかねーんだよ・・・俺は。」

私の頬に伸びた真弘の手。
思ってた以上に大きくて、温かい。
私は一度、瞳を閉じて、また、唇を噛み締める。

「キミは・・・鴉取真弘でしょう?」
「・・・・・・」
「ただの英雄なんかになろうとしないで!!宿命なんかに、負けないで!!」

無意識の内に、私は声を上げてしまっていた。
きっとキミはこうなるまでに、私なんかが想像できないほど悩んで、苦しんで、
この呪われた輪廻の輪に、必死で抵抗しようとしたに違いなくて。

だけど―――


「私も探す、一緒に探すから!!だからまだ諦めないで!」

ねぇ真弘、私は元々玉依姫や守護者とは全く関係のない人間だし、
だから一緒に戦ってても、いつもどこかでキミとの距離を感じていた。
口から出る言葉はいつでも陳腐で、月並み。
自分の情けなさが歯痒くて。


それでも、キミを想う気持ちだけは誰にも負けない。


真弘を犠牲にして成り立つ世界になんか、興味ない。
正しいとか、間違ってるとか、そう言うことじゃなくて。


珠妃。
あのコが玉依姫なら、あのコもきっと諦めたりはしない。
先代の宇賀谷のお婆様のようにはならない。
キミは一人じゃない。


「無敵のヒーローは、世界を救った伝説の英雄になったりしない・・・!
真弘、このまま飲み込まれてしまわないで・・・!」


とんっ。


私は額を真弘の胸元に押し付けた。
顔は涙でボロボロ。
だけど、口にした言葉に、何一つ嘘はなかった。

「お前の涙・・・初めて見るぜ・・・。その分・・・俺まで辛くなっちまうだろ・・・。」

くしゃり。
真弘が片手で私の頭に触れる。


「強いんだか弱いんだか・・・分からねぇ女だと思ってたけどよ・・・、
お前は、俺の側でしか弱みを見せねーんだよな・・・。」

言って、真弘は私の背中に両腕を回した。


「まひろ・・・・・・・・・・。」
「側に居てやる、ついててやるよ、ずっと。
俺が逝っちまったら、お前、一生片意地張って生き続けなきゃなんなくなるだろうし・・・な。」

私は真弘の言葉に応えるように、自分からもアイツの体に腕を回す。
どくどくと、刻まれている力強い真弘の鼓動。
お互いの体温が溶け合う。

窓から見える月は、赤く、私の妖刀、朱月と紅月を思い出させた。


真弘、真弘。
この先何があっても、私は絶対にキミを逝かせない。
当事者だからこそ見えること、出来ることがるように、
その呪われた哀しい輪廻の輪から外れている私だからこそ、見つけられる道がきっとある。


今、私を包み込むキミの優しいあたたかさ。
手放したりは、しないから。


(終わり)



後書き
・・・シリアスが書きたかったのです・・・。と言うことで、言い訳は少なめに(苦笑)
今回はここまでのお付き合い、誠に有り難うございました。失礼します。


ブラウザバック推奨