「真弘、今日はうちに泊まって。」

珠妃を彼女の家まで他の守護者4人と一緒に送り、
真弘と帰るその途中、私はアイツにそう告げた。
隣を歩いて居た真弘は足を止め、固まること数十秒間。

「・・・・・・・・・・・・・おい、、お前・・・今何て言った?」

私に視線を移したアイツが聞き返す。
私は再度、同じ台詞を繰り返した。

「真弘、今日はうちに泊まって。」

「ばっ・・・ばばばバカじゃねぇのか!?お前、俺は男だぞ!?
年頃の女がそんな言葉軽々しく口にすんじゃねぇよ!」

全く予想通りの反応を示す真弘。
それでも、私は退くつもりは無かった。

「この間、珠妃と美鶴の居る宇賀谷には泊まったじゃない。」

「それとこれとは話が別だ!別!
大体あれは祐一の奴がババ様の命令だとか言って俺達を騙して仕方なくだっただろうが!
それにあの時は大人数で拓磨も居たし、お前だって結局珠妃達の所に居たじゃねーか!」

顔を真っ赤にしてまくしたてるみたいにアイツが言った。
それからすぐに、足早に私の前を歩き始める。
私は急いでその後を追うと、真弘の制服の裾に手を伸ばしてグイと掴んだ。

「どわっ!!おい!、お前!」

「今日だけ・・・今日だけでいいから。真弘・・・。」

暗さを含んだ真剣みを帯びた私の声。
そう、無意識の内に、口調が沈んでしまっていた。
振り向いた真弘がいつもと違う私の様子に気づいたのか、ジッと私を見つめる。
それから少しして、彼は深くて大きな溜息を吐いた。

「ったく、何があっても知らねーぞ・・・。」

顔を赤くしたままのアイツは、不機嫌な口調でそう答えてくれた。
私は小さく頷く。
真弘はもう一度だけ溜息を吐いて、私の手を取るとそのまま歩き始めた。
私の家のある、方向へ。




―その日の前日。
私は、あの人に呼び出された。
あの人。
典薬寮の役人、芦屋正隆。
清乃と同じく、私の監視役でもある人。

「やぁ、、こうやってまともに顔を合わせるのは久しぶりだね。」

相変わらず緊張感の欠片も見せない口調で彼は言った。
だけど、相変わらず表情を読ませない、隙を見せない雰囲気で。
手入れをしていない文字通りの無精ひげ、そしてお世辞にも綺麗とは言えないくたびれたスーツ。
だけど私は、あの人のもう一つの顔を知ってる。
だらしなさの下にある計算しつくされた策士の顔を。
それが、それこそが芦屋正隆のの本質だってことを。


「・・・ご用件は?」

素っ気無く返しながら、何となく、嫌な予感はしていた。
この人自らの呼び出し。いい話である訳がない。

「おやおや、いつもながらつれない態度だなぁ。」

芦屋さんはスーツのポケットに手を突っ込んで、
禁煙後から常に持ち歩いているらしいお煎餅の袋を一つ、取り出してから言った。

「・・・用がないのでしたら失礼します。」

言いざま、私はあの人に背を向ける。

「おっと、ちょっと待ってくれよ。これは君にも重要なことだ。」
「だったら早く話を進めて貰えませんか?どんなお話なのか。」
「・・・・そうだな、カラス・・・鴉取君のことだ。」
「・・・・・・・・真弘の?」

私が眉間にしわを寄せて聞き返すと、芦屋さんは封を開けたばかりのお煎餅を音を立てて齧った。
バリボリ。
と言う乾いた音が、やけに大きく私の耳につく。
前々からそうだけど、何だか無性に、苛々する音。
お煎餅は嫌いじゃない、問題は食べている人間にあるんだ。


、これは忠告だが、これ以上彼に深入りするのは止めた方が賢明だ。」


いつものように空気の抜け切った風船のみたいな緊張感のない声で彼は私にそう告げた。
私は暫く無言であの人を見つめる。
じんわりと、脳の中心に怒りが滲む。
それが本当の怒りに変化してしまう前に、私は心の中で大きく深呼吸をした。
この人相手に感情に任せて大声で返せばバカを見る。
そう、自分に言い聞かせて。

「どう言う、意味でしょうか?私は典薬寮の監視下に置かれては居ますけど、
貴方方典薬寮に関しての情報を他人に流す様な真似や、この村を出て行く様なことをしなければ、
私の行動一切に関して口出しはしない・・・・・そう言うお話じゃなかったですか?」
「ああ・・・そうだね。例え君が玉依姫や守護者の人間にどう関わっていこうと、我々は口出しは出来ない。」
「・・・だったら、何を仰っているんですか?」

私が真っ直ぐに見つめる先にある芦屋さんの丸眼鏡の奥の瞳。
どうしてだろう、珍しく、何処か迷いを含んだ人間臭い表情が浮かんでいる。
それが何かは分からないけど。

「・・・彼と必要以上に深く関われば関わる程、君は傷つくことになるだろう。
鴉取君は鬼斬丸封印の為の重要な宿命を背負っている。時期に時が来れば・・・、
いや、本当ならもう行動すべき時なんだが・・・とにかく、君はこれ以上彼と一緒に居るべきじゃない。」

あくまでも遠回しに、含みを持たせた言い方。
私はあの人を見る目に力を込める。

「もっとハッキリ、言ってください。ここに私を呼び出した理由を。」

そう口にしながら、でも本当は何故か、私はこのまま何も聞かずに帰った方がいいとも思っていた。
ざわざわと胸の奥が不吉なざわめきを持つ。
はっきり、なんて、聞くべきじゃない。
もう一人の私が頭の片隅で呟いた。
芦屋さんはジッと私を見つめ返し、また一口、乾いた音と一緒にお煎餅を食べた。

「だったら君のお望み通り・・・率直に言おう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

どこからか吹いてきた生ぬるい風が私の頬を撫でていく。
茜色の夕日は私達の住む季封村を赤く染め上げていた。



「鴉取真弘・・・彼は鬼斬丸の封印を完全にする為の贄になる人間だ。」



―どくん。


「・・・え?」

心臓が、胸を突き破って出てきてしまうんじゃないかと思うくらい、
不自然に、私の胸を大きく一つ、叩いた。
芦屋さんの言葉に瞳を見開く私。
あの人は瞳を少しだけ細めて続けた。

「ロゴスの手によって次々と封印が破られた現時点の状況から見て、
それはもう確実に避けられない。君もここ最近『神隠し』があっているのは知っているだろう?
あれは、繋ぎだ。鴉取君が封印の贄となるまでのね。
鴉取君が贄とならない限り、彼の代わりに奉げられる贄としての犠牲者は増える一方だ。
それだけじゃない。鬼斬丸の封印が解け、文字通り世界は終る。」

あの人の淡々と語るその内容は、私にはただただ信じられなかった。
信じたくもない、そんな話。
私は瞬間的に口の中の水分が全部蒸発してしまったみたいな感覚に襲われていた。

「・・・嘘だわ・・・そんなの・・・。」

やっと口に出来た言葉はその一言で、唇が小刻みに震えているのが自分でも分かった。
脳の芯が、奥から、冷たくなっていく。

「・・・残念ながら事実だ。曲げることの出来ない、
玉依と彼の祖先であるヤタガラスとの太古からの契約なのさ。
彼の魂はその為に有り、彼はその為に存在すると言っても過言じゃない。」


吐き気がするほど冷めた口調。
私の体が、ガタガタと震え始める。

「嘘・・・嘘よ・・・!!!!!」

「・・・、僕は自分を嘘を吐かない人間だとは言わないよ。必要とあらばどんな嘘でも見事に吐いてみせる。
だが、今回は君のご期待には副えない。これは事実だ。君が信じる信じないに関わらずね。」

そこでまた、あの人がお煎餅を齧る乾いた音が大きく響いた。
そして芦屋さんはゆっくりと私に背を向ける。

「僕が信じられないのなら、彼自身に聞けばいいさ。
鴉取君が素直に答えるとは思えないが、君ならそれが真実かどうかを見定める事が出来るだろう。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ざくざくと、砂利の混じった土を踏みしめて、あの人が私の側から離れていく。
私はただ、空中を見つめて呆然と突っ立っていた。
芦屋さんの姿が完全に消えて見えなくなってしまった頃、私の膝が、がくり、と音を立てて崩れる。
その場に座り込んで、地面を凝視する私。
頭の中には今あの人から聞いたばかりの言葉が反響していた。


―鴉取真弘・・・彼は鬼斬丸の封印をより完全にする為の贄になる人間だ。


嘘だ。

  鴉取君が贄とならない限り、彼の代わりに奉げられる贄としての犠牲者は増える一方だ。


嘘・・・!!嘘!!嘘!!!嘘!!!!


―彼の魂はその為に有り、彼はその為に存在すると言っても過言じゃない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・―――っっ!!!!」


悲鳴にならない声を上げそうになりながら、必死で私は口元を押さえた。
あの人の言うことを鵜呑みにするな。
認めない、信じない、そんな話。
違う違う違う違う。


混乱しきった思考。
でも同時にあの時、どこかで私には分かっていた。
いつも下らない冗談や馬鹿馬鹿しい行動ばかりの真弘が、
時折見せる寂しげな表情、まるで何かを悟っているみたいな大人びた雰囲気、
言葉の端々に滲んでいた深い意味。
季封村の存在や、玉依と守護五家の関係。
繋ぎ合わせれば、ピタリと、はまる、真実。


それでも――


それでも、私はどうしても受け入れることが出来なかった。

真弘。
真弘。

唇を噛み締めて、私は必死で両足に力を込め、ふら付きそうな自分の体を支える。
近いうちに必ず、芦屋さんの言った通り、真弘に聞くつもりだった。
本当のことを。


空はいつの間にか深く濃い藍色になっていて、星が姿を見せ始めていた。
凶暴化したカミ達の気配が、森の奥から感じられる。
何処までも不吉で、不穏な空気。
私はゆっくりと一歩、前へ踏み出し、そのままその場から走って家へと向かった。



(続く)



後書き
何だか長くなってしまいました・・・。そして実は芦屋が好きだったりします(笑
前編は鴉取夢にも関わらず、芦屋の登場率高くなってしまった・・・。
その内芦屋夢とかドマイナーな物を書きそうで怖いですね。あははは・・・。
ではでは今回はこれにて失礼致します。


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