朱に染まる月。
紅の満月。
星々は姿を潜め、闇に覆われた空に浮かぶはその赤い月のみ。
少女は背中を障子に預け、縁側に腰を下ろしていた。
そしてひとり、空を仰ぎ見ている。
例えるなら魔性に魅了された者の如く。
「。」
不意に名を呼ばれ、彼女が視線を移した先。
小柄な少年の姿がある。
彼女は僅かに瞳を細めて、少年にやわらなか表情を向けた。
「真弘・・・起きたの。」
「お前の姿が見えなかったからな。何やってんだ?」
問いかけながら、真弘がゆっくりとの側へと歩を進める。
そこで彼は彼女の手元に置かれている二本の刀に目を留めた。
妖刀、朱月と紅月。
が幼少の頃から手にすることとなった曰くつきの代物。
刀自身が主と認めた者以外が長時間手に手にすると、
正気を失い命を落とすとまで言われた呪われた妖刀。
真弘が更に質問を重ねようと口を開きかけたその時、が言った。
「赤い月の出る夜は、朱月と紅月が私を呼ぶの・・・。何故かは分からないけどね・・・。」
「・・・呼ぶ?・・・今までも何度かあったのか?」
「うん・・・。けど、ここに来てからは前より頻度が高くなった気がする。」
どうしてだろうね?
呟き、彼女は手元に在る朱月の鞘をスラと引き抜く。
白刃の切っ先は満月の赤に呼応するように朱に染まっていた。
恐らく紅月も同じように反応しているだろう。
真弘は彼女の隣へ腰を下ろし、その赤い刃に瞳を向けた。
朱を帯びた銀の刃の表面に、彼自身の顔が映りこむ。
刹那、ふと頭を過ぎる台詞。
―朱月と紅月は主としてを選んだ訳じゃないんじゃないかと思うときがあるよ。
寧ろ彼女は・・・妖刀に選ばれた花嫁・・・とでも言うべき、かな。
君だって、特別な感情を持っている大切な人間は守りたいだろう?
あの刀は、その為に彼女に力を与えているように見えるんだ。
典薬寮の役人である、芦屋正隆の言葉。
彼はいつもの飄々とした口調でそう述べた後、
僕にしてはやけにロマンチックな見方をしていると言えなくもないな、と、どうでもいいことのように付け足した。
花嫁。
真弘にとっては虫の好かない人物ではあるが、その表現は見事に的を射ているように思えた。
―何が花嫁だよ、くそったれな言い方しやがって。
忌々しげにそう返事をしたことを、彼は今でも覚えている。
「。」
「何?」
が答えたその刹那、彼は片腕を伸ばして彼女を引き寄せる。
―カツッ
軽い衝撃と共に朱月が彼女の手から床へ落ちた。
その刃はの肌に傷をつけることを避けるように、不自然な形で鞘へと戻った。
「・・・・・・・・真弘?」
「この戦いが終ったら、お前、この刀は封印しちまえ。」
「・・・どうしたの・・・、急に・・・。」
彼女は下から真弘を見上げ、不思議そうに問いかける。
だが、彼は敢てと視線を合わせなかった。
「今は鬼斬丸の影響でカミが凶暴化してっからよ、
お前も刀を手放すようなことは出来ねぇだろうけど・・・、
伝説に関わるもん全部ぶっ壊して終りにしたら・・・、そんときゃその刀は封印しろ。
、お前のことはこの鴉取真弘様が守ってやる。光栄に思え、光栄に。」
「真弘・・・・・・・・・・・・・キミ・・・。」
震える声で言葉を紡ぎ、不意に、彼女は俯いた。
やがて再度視線を上げると、は真弘の背中に両腕を回す。
「キミこそ、光栄に思いなさい。この私が・・・大人しく言うこと聞いてやるんだから。」
「うるせ、何処が大人しくだ、どこが。」
彼はそう不機嫌に返し、彼女を抱き寄せる腕に力を込めた。
は真弘の肩口に顔を埋める。
その華奢な肩は僅かに震えていた。
赤い月光が彼女の薄茶色の髪をキラキラと煌かせて見せる。
真弘の腕の中の細い体は、いつもの気丈な彼女のものとは思えず、脆く、頼りない。
「あのよ、・・・。キス・・・してもいいか?」
答える代わりに、は小さく頷いた。
そして、ゆっくりと彼へと視線を向ける。
真弘の頬は僅かに赤く染まっていた。
やがて触れ合わせた互いの唇は熱く、湿り気と甘さを含んだ吐息が口内を満たす。
それは契りにも似た口付けだった。
今まで交わしたどの口付けよりも長く、そして深い。
「、お前には俺がついててやる・・・。渡さねぇよ・・・誰にも。」
の耳元に囁きかけられた真弘の台詞。
それは赤い光を持つ朱に染まった月に向けられた物でもあった。
(終わり)
後書き
またシリアスを書いてしまいました。あ、一応この日も真弘はヒロインの家に泊まってます。
本格的に手をだしているのかどうかは、まぁ曖昧にしておいて、機会があったら書きたいです(笑
し、しかし、スランプ気味なのに文章を書くと色々と厳しいもんだと自覚してきた今日この頃です・・・。
ここまでのお付き合い、誠に有り難うございました!
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