「何故お前がここに居る?」
「それはこっちの台詞よ。何でキミがここに居るの。」
無愛想に掛けられた問いに、同じくらい無愛想に答えてやる。
醒めた目つきに冷ややかな視線。
そのくせ皮肉だけはえらく饒舌に語る男。
壬生克彦。
私は彼と顔を合わせるのが嫌で授業をサボったのだ。
同じクラスの上、席は隣。
避けようにもどうしても視界に入ってくる位置に居る。
とは言え、彼が授業に出ない確率も結構なもので、
今回は珍しく教室内の自分の席に座っていたから、サボらないのだろうと思っていた。
なのに―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「フン、そんな所に突っ立って居られると目障りなんだがな。」
「出て行けって言いたいの?」
「そうしたければすればいい。どちらにせよ俺には関係のない事だ。」
いちいち癪に障る言い方ばかりを選ぶ奴だ。
いつもこう。
いつもいつも。
だけどそれにも最近ようやく慣れてきた。
今更克彦の皮肉をどうこう言うつもりはない。
ムカつかないと言えば嘘になるけど、ムキになる程のことじゃないから。
私が彼を避けていた理由は、そんなことじゃない。
私はつかつかと克彦の前まで進み出た。
無人の教室内。
ここは今はもうほぼ物置と化した使用されていない教室。
少々埃っぽい場所だけど、一人になるには絶好の隠れ場で、
私は嫌なことや考え事があるといつもここに来ていた。
まさか彼までこの教室に目をつけていたなんて。
だけど今はそんなことはどうでもいい。
勿論、出ていく気なんて更々無かった。
「克彦。」
「何だ?」
「私、やめないわよ。」
「・・・・何だって?」
「やめないわ。」
私は静かにもう一度、繰り返した。
床に腰かけていた克彦は、眉間にしわを寄せて私を睨むようにして見上げている。
私は視線に力を込め、それを受け止めた。
引けない。
これは。
これだけは。
「珠州は私の親友なの。昌だって、陸だってそう。初めて私に出来た友達なの。
だから私は彼らに関わることを止めないわ。最後まで見届けると決めてる。」
「馬鹿馬鹿しい、お前はアイツらどころかこの村とも無関係な人間だろう。
当事者でもない者に何が出来る?無駄に身を危険に晒すだけだ、寧ろ足手まといになりかねないんだぞ。」
冷やかに向けられる克彦の言葉。
私は彼から目を逸らさず、きつく唇を噛みしめた。
確かに私は第三者だ。
玉依姫や守護者たちに何の関係もなく、そしてこの村の人間でさえない。
私の手にする妖刀・朱月と紅月の為に典薬寮の監視下に置かれているだけの存在。
だけど。
「朱月と紅月の力は君だって知ってる筈よ…。
自分の身は自分で守るし、足手まといになるつもりなんてないわ。」
昨日から繰り返し続けた会話。
結局お互い口にする事は平行線で、半ばケンカ別れにも近い状況だった。
克彦は珠州達に関わるな、と、そればかりを私に言い聞かせ続ける。
だから顔を合わせたくなかったのだ。
こうなることは分かっていた。
でも、だからこそ話し合わなければいけないことも私はやっぱり分かっていた。
「・・・、確かにお前の妖刀の力とその手腕は認めてやってもいい。
だが、あの豊玉姫には遠く及ばないだろう。
無関係の人間が差し出た真似をしても犬死にするのが関の山だ。
いい加減に分を弁えてこの件からは手を引く事だな。それがお前の取るべき最善の方法だ。」
「―――嫌よ。」
きっぱりと。
私自身驚く程にきっぱりと、私は短く彼に告げた。
克彦がゆっくりと立ち上がる。
いつも冷静な表情の彼が、珍しく感情を表に出した顔を見せている。
「・・・!」
「君こそ私のことなんか放っておけばいいでしょう?
私は私の意志であのコ達と一緒に居るんだわ。一緒に居たいのよ。
大切な友達なの、見殺しになんか出来ない。」
「・・・・そのせいで自分が死ぬかもしれなくても、か?
美しい友情だな。自己犠牲を払っても玉依姫に加担すると言いたいのか。」
嘲笑に近い声で克彦が言った。
整った薄い唇を、曲げる様にして哂っている。
「言ったでしょう、自分の身は自分で守るって。自己犠牲なんて考えてない。
ただ少しでもあのコ達の力になりたいだけ。君が何を言おうと、私は私の意志に従う。」
言った台詞に嘘はなかった。
考えるよりも先に、口が動いていたから。
あのコ達と行動する事が危険なのは分かっているけど、
どちらにしろカミは妖化する一方だ。
この村に身を置く限り、危険なのには変わりない。
何より、珠州達は私の初めての親友。
そう簡単に見捨てられる訳がない。
これは彼女たちの為と言うよりも、私の為だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頑固な女だな・・・・お前は・・・・。」
「君も余り人の事は言えないわ。コタを見習った方がいいんじゃない?」
諦めたように深く溜め息を吐いて漏らした克彦に、私は素気なく返した。
彼がジロリと私を睨みつける。
透き通る程白い肌に、どこまでも色素の薄い銀髪。
そして海を思わせる蒼い瞳。
「口の減らない奴だ・・・。」
「悪いわね、正直者なの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
今度は無言で私を見つめる克彦。
まるで探る様な瞳を私に向けている。
また同じ会話を繰り広げるつもりでいるのだろうか。
内心、そう身構えた時だった。
「初めてお前に接触した人間が俺達兄弟だったとしたら、
お前はアイツ等に対してと同様に、俺にも執着していたのか…?」
「え・・・・・・?」
咄嗟に問い返しながら、私は今彼の口にした言葉の意味を考えていた。
余りに不意を突かれた発言だった。
「執着・・・じゃ、ないわ。・・・・大切なのよ。大事な友達なの。
・・・・・・・・・・・・・・・でも・・・君の言う意味がよく分らない。どう言う意味?」
「―――――俺は・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・克彦?」
何事か言いかけた彼が、その口をすぐに閉じる。
わたしは下から覗きこむように彼の表情を伺う。
眉間に深くしわを寄せたままの克彦は、小さく舌打ちをして、唐突に私の肩を掴んだ。
そして有無を言わさぬ力で彼の腕の中へと引き寄せられる。
「かつ・・・・っ!?」
「俺はお前みたいな女が一番嫌いだ。口の減らない愚かな・・・お前のような人間がな。」
「・・・愚かで悪かったわね。申し訳ないけど、私・・・こズルく生き抜いていくより、
友達の力になって愚か者になる方を選ぶわ。」
押し付けられたアイツの腕の中は、意外な程に温かい。
そして、私を引き寄せた腕は、克彦の繊細にすら見える外見に大きく反して、力強かった。
そして何より意外なのは、私だ。
どうしてか、全く、抵抗しようと言う気が起きない。
片腕で私を抱き寄せたまま、克彦の白く冷たい指先が、私の頬をゆっくりと辿った。
「・・・・俺達兄弟の目的はあくまで天蠱を討つことだ・・・。この村や玉依姫がどうなろうと知った事じゃない。
だが、不本意ながら俺も守護者に選ばれた者だからな。
無関係な愚か者が首を突っ込んで犬死にすると分っていて傍観しているのも寝覚めが悪い。」
「・・・・・・・・克彦、それはつまり・・・・。」
「フン、手を貸してやると言ってるんだ。飲みこみの悪い奴だな。」
片眉を僅かに吊り上げて、小馬鹿にしたような声で彼が言った。
嫌味と皮肉をたっぷり含んだいつもの克彦の台詞。
なのに私の頬に触れる彼の手の感触は嫌になる程優しげだ。
――兄貴は素直じゃないからなぁ。
不意に、克彦の弟、小太郎の言葉が私の頭を過る。
私はジッと彼の蒼く静かな瞳の奥を見つめた。
今、私は、とても自分の都合のいいように思考を働かせてる。
昨日の喧嘩の原因。
私に玉依姫に関わるなと命令にも近い口調で言い続けた克彦。
それは私を、私の身を、心配してのことじゃなかったんだろうか、と。
正直ホント、都合の良すぎる考え方だ。
でも、間違っていないんじゃないかと思わせているのは、彼自身。
私は自分からもそっと克彦の背に腕を回した。
「克彦・・・・・・・・・君って・・・・・・・。」
「・・・何だ?」
「ホントに、素直じゃない。」
クスリ。
思わず私の口から苦笑が漏れる。
克彦は拗ねたように視線を逸らすと、頬を微かに赤らめた。
こんな彼は初めて見る。
いつも冷やかで素気ない、どちらかと言えば、澄ました顔ばかりしているのに。
「煩い奴だ・・・。・・・・・・・・、お前のその騒がしい口は、この俺が塞いでやるよ。」
「・・・・・・・・・・・・‥え?」
彼の端正な顔がゆっくりと近づいてくる。
切れ長の綺麗な瞳を閉じ、克彦の薄い唇が私の唇に重ね合わせられた。
私の頬に触れた指先と同じくらい、冷たい、彼の唇。
そして、同じくらい、優しいキスだった。
克彦の熱い吐息がお互いの唇を通じて私の口内に流れてくる。
無意識の内に、私は彼の制服のジャケットの背を、強く握りしめていた。
嫌味と皮肉の下に隠された本音。
私の身を案じてくれたからこそ、彼は私にこの件から手を引けと言ったに違いない。
単に私の都合のいい解釈と言うだけのもじゃないことは、
今の克彦を見れば分かる。
そして私は、それがこの上なく嬉しくて。
有難う、克彦。
唇が離れて、視線が君と絡んだら、その時は。
迷わず、最初にこう言おう。
それまでもう少しだけ、君に唇を重ねていて欲しい。
せめてお互いの唇が、熱を帯びるその瞬間まで。
(END)
後書き
初翡翠夢は壬生兄でした。
当初思っていた話と違う方向に転がって自分で驚き(苦笑)
需要あるのか謎な私の翡翠夢ですが・・・クリア記念に執筆しました。
ここまでお付き合い下さった姫様に深く感謝いたします。
有難うございました!
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