フッ、と、何の前触れもなく私は目覚めた。
放課後の教室。
ぼんやりとした視界のまま、周囲を見渡す。
「ようやくお目覚めか。フン、居眠りとはつくづく呑気な女だな、。」
「・・・えっ!?」
とうに皆帰ってしまったと思っていたのに、
私の斜め後ろの机の上に軽く腰掛けている克彦の姿が目に入る。
彼はいつもと同じく素気ない表情で私に視線を向けてから、
ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「随分とぐっすり眠っていた様だな、顔に服のしわがついているぞ。」
「!」
克彦の言葉に、私は咄嗟に両手で頬に触れた。
確かに右の頬にうっすらと制服のしわの痕がついているようだ。
窓の外を見ると、既に薄暗くなり始めていた。
「・・・克彦、キミ・・・コタはどうしたの?」
「アイツは先に帰った。珠州達と約束があったようだからな。」
「じゃあキミは・・・どうして・・・・。」
「間抜けな寝顔を堂々と晒している奴が居たからな、退屈凌ぎに残っていただけだ。」
言って、彼はついさっきまで読んで居たらしい本を自分の鞄の中へしまう。
私は立ち上がると、自分も帰り支度をすることにした。
そうしながら、妙に克彦を意識している私自身に気づく。
はぐらかされたような馬鹿にされた様な彼の返事。
豊玉姫と玉依姫の一件が終結してもう1週間が経つ。
壬生兄弟の最大の仇敵だった天蠱は彼らの念願通り、二人の手によってその時に討たれた。
そしてあれから正常に気が巡り、長い梅雨が明け、ようやく夏の日差しがこの地を満たしている。
一度は報告の為に自分たちの村に戻った克彦達だったけど、その後すぐに綿津見村に帰って来た。
だけど、これからもこの村に居るつもりなのかどうかは分からない。
何より、どうしてここに戻ってきたのかも、私には分らなかった。
だからこそ、またしても私はいつものように自分に都合のいいように解釈してしまう。
今みたいな事があると、特に。
以前と同じく顔を合わせればお互い皮肉の応酬で、彼の嫌味にも慣れ切ってしまった。
でも、不意に見せる克彦の一瞬の優しさとか、穏やかな表情に、
自分でも驚く位心を揺さぶられていた。
克彦にとっては本当に気まぐれなのかもしれない。
だけど私にとっては―――
「ねぇ・・・・聞いていい?」
「何だ?」
「・・・・キミ達は・・・自分の村に戻るつもりでいるの?」
極力彼の方を見ずに、私は問いかけた。
顔を見て聞くことなんて出来ない。
克彦のことだから、明日にでも帰る、なんて言いかねないから。
だけど私は心のどこかで期待もしている。
残ってくれると。
残ると言ってくれる筈だと。
「―――今更何故そんなことを聞くんだ?」
「え?・・・だって…キミたち言ってたし・・・天蠱を倒してお母さんの所に戻るって・・・。」
少しずつ、喉が張り付いていくような錯覚に陥る。
答えを聞くのが怖いのに、やっぱり聞きたい。
「、お前は俺に村に戻って欲しいのか?」
「なっ!?」
「どうなんだ。」
「・・・・・・・・・・・・‥‥‥・・・・・・・・・・・・卑怯者。」
ボソリ。
咄嗟に私は呟いた。
私が質問をしているのに、それを質問で返すなんて卑怯だ。
何より、そんな問いかけ方は。
「戻って欲しい訳じゃないわ・・・。」
「ほう?ならば俺にこのまま留まって欲しいのか?」
また問い。
私は思わず顔を上げて彼を睨みつけた。
どうしてこんな事になっているのか分らない。
私はただ克彦がここに居てくれるのかどうかを知りたかっただけなのに。
やっぱり癪に障る男。
「答えろ、。」
「・・・・・・・・・・・・‥‥そ・・‥うよ。」
「聞こえないぞ。」
「そうよ!そうだって言ってるの!キミに残って欲しいのよ!」
思わず出した大声に、我に返ってハッとする私。
正面。
いつの間にか移動してきていた彼が、ニヤリと唇を吊り上げる。
「フッ・・・安心しろ、帰るつもりはない。
その為に一度報告に戻ったんだからな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうした?嬉しくないのか。俺に残って欲しかったんだろ?」
「キミってホンットに・・・いい性格してるわ。」
嫌味のつもりで言ったのに、まるで拗ねた子供のような口調になってしまった。
恥ずかしさと悔しさで私の顔が赤く染まる。
私は鞄を引っつかみ、克彦の横をすり抜けて教室のドアに向かおうとした。
瞬間―――
「あっ・・・!?」
ドサリ。
唐突に彼に腕を掴まれ、その拍子に私の手から鞄が床に落ちる。
気付いた時には視界一杯に克彦の顔があり、唇を奪われていた。
無意識に体を離そうと身じろぎした私の肩を、彼の手が益々強く掴む。
自分の唇が小刻みに震えているのが分かった。
「・・・・っ・・・・・・。」
私の唇を割って克彦の舌が口内に挿し入れられて来る。
一瞬ビクリと体を硬くしたものの、私は大人しくそれを受け入れた。
力なく彼の制服の胸元を掴む私の手。
湿った熱い吐息と同じくらい熱い舌が私を静かに翻弄する。
私の鼓動は爆発寸前だった。
何度も繰り返されるキスに、ただ夢中で応える事しか出来ない。
私達は吸い寄せられるように何度も何度も唇を重ね合った。
「俺がここに残ると決めた理由は・・・・・、お前だ。」
ようやくお互い唇を離したその時、克彦が小さく掠れるような低い声でそう呟いた。
半分茫然と彼を見つめる私。
克彦は私の落とした鞄を拾い上げ、自分の席に置いていた鞄をもう片手に握ると、
そのままスタスタとまるで何事もなかったみたいに教室のドアに向かった。
私はハッとしてその後を慌てて追う。
何か言おうかと思ったのに、言葉が出ない。
ただ今聞いたばかりの彼の台詞が嬉しくて、同時に信じられなくて。
チラリ。
克彦の横顔に目を移し、私は一瞬立ち止まった。
透き通る程白い彼の肌が、今は驚くほど赤く染まっている。
耳まで、真っ赤に。
「・・・・・・・ップっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を笑っているんだ、お前は。」
「ううん・・・・・・・。」
照れ隠しに不機嫌に返された彼の声が何だか逆に可愛らしい。
同時に私は安心していた。
ついさっき聞いたあの言葉は、嘘じゃない。
彼は私の為に残ってくれたんだ。
「克彦・・・。」
「・・・何だ?」
「キミが残ってくれて嬉しいわ。凄く、嬉しい・・・。」
彼の腕に自分の腕を絡ませ、私は素直に言葉を紡いだ。
フッ、と、克彦がやわらかな視線を私へと注ぐ。
「ああ・・・・。」
極短い、答えだった。
だけど私にはそれで十分。
私は彼の腕に回した自分の手に少しだけ力を込めた。
(END)
後書き
翡翠夢第2段!…またしても克彦夢です(笑)
しかしイマイチ性格が掴み切れていないのも事実・・・。好きなんですけど難しい。
何だかんだで克彦ばっかり書きそうな予感がします。
彼はツンデレの一種だと認識していいのか否か、その辺も分らない。
ですがここまでお付き合い下さった姫様、誠に有難うございました。
失礼致します
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