「お!綺麗どころが二人一緒に居るところに出くわすなんて今日はついてるぜ!
なぁなぁ、郁ちゃん、ちゃん、どこに行くんだ?俺も混ぜてくれよ!」
「煩い、丹羽、邪魔だ、さっさと向こうへ行け。」

昼休み。
昼食を終え、私は会計部の郁、七条と中庭内を散歩しているところだった。
そして、かなりの距離に居た筈の丹羽が私達を目ざとく発見し、声を掛けてきた訳なのだが、
その甲斐虚しく郁はけんもほろろに返事をした。
とは言え、これはもうこの学園内では日常茶飯事とも言える。

「相変わらず冷ぇなぁ、郁ちゃんは。」
「黙れ、私は今お前に構っている暇はない。」
「ふふっ・・・西園寺、そう言ってやるな、コイツはあの距離をここまで一目散に走ってきたんだぞ。」

思わず仲裁に入りながら、つい先程の丹羽の姿が目に浮かび、苦笑してしまう。
あれはどう見てもデカイ犬が尻尾を振っているようにしか見えない。
まぁ、さすがにそれを口に出すことはしないことにした。

「さっすが、ちゃん!分かってるぜ。
ちゃんからも言ってくれよ、郁ちゃん、マジで俺に冷たいんだぜ?」

言いざま、丹羽が私の肩に手を置こうとしたその瞬間。

「丹羽!貴様、女性の、しかも教師の肩に軽々しく触れようとするな!」

―パシィッ

「っいでぇ!!!

乾いた鋭い音と同時に、郁が丹羽の手を私の肩に置かれる寸前に払いのけた。

「ひでぇっ、郁ちゃん!幾ら何でも手ぇ出すこたねぇだろう〜?」

情けない声を上げている丹羽を、郁の整った切れ長の瞳がジロリと見据える。

「フン、不愉快だ。私はもう行く。・・・・先生・・・行きますよ。」
「・・・西園寺、キミは・・・。ああ、丹羽、悪かったな。じゃあ・・・。」

先へと促す郁に私は小さく溜息を吐き、彼の後を追う。
その背中で、七条の穏やかな声が聞こえた。

「丹羽会長、今のは郁が怒るのも当然だと思いますよ。」
「はぁ〜?つったってよ、別にセクハラしようとした訳でもねぇんだぜ?」
「ですが、やはり先生は女性ですし、何より先生ですからね。
ああ、一応手の甲は冷やしておいたほうがいいかもしれませんね。」

私はそこで足を止め、振り向く。
七条の視線の先にある丹羽の大きく浅黒い手の甲が、真っ赤になっているのがここからでもよく分かった。

「手形がついていそうなほど赤くなっていますから。」
「マジで痛かったもんなぁ、指の形までハッキリついちまったりして。」
「それはそれで面白いですけどね。」
「七条、お前なぁ・・・。」

「臣、いつまでそんな男と話している、さっさと行くぞ!」

私が足を止めたことに気づき、更に七条が未だに丹羽と会話をしているのが気に入らない様子の西園寺は、
先程よりも一層不機嫌な声で言った。

「はい、郁。では、丹羽会長、お大事に。」

にっこり。
だが、七条だけはいつものペースで例の穏やかな笑顔を保っている。
そして結局私達は再び3人並んで歩き始めた。

「・・・西園寺、キミ・・・幾ら相手が丹羽だと言え、さっきのアレはさすがにやり過ぎだと思うが。」
「ほぉ、では先生は、あの粗野でがざつな男に肩を抱かれるようなことになっても平気だったと?」
「そこまで言うと大げさだが、別にあの位なら生徒とのスキンシップとしては許容範囲だと思・・・。」

最後まで言い終える前に、郁の何とも言えない視線に気づき、私は口を閉じた。
彼が何を言いたいのかということは、大体分かっている。
つまり、常識云々以前に、『恋人』と言う視点でのやきもちを妬いているのだ。
それはまぁ、分からなくもないし、そう思ってくれることが嬉しくもあったりするのだが。

「臣、お前はここまででいい。私は先生に少々話があるからな。」
「はい、郁。では僕はこれで失礼します、先生。」
「っ!七条!」

嫌な予感をそこはかとなく感じ取り、私は咄嗟に七条を呼び止める。
足を止めて振り返った七条は、やはりいつもの胡散臭い穏やか過ぎる笑顔を浮かべていた。

「はい、何でしょう?」
「何でしょうって・・・キミはこの状況で私を置いていく気?」
「郁がそれを望んでいますから。」

にっこり。
予想通りとも言える七条の答え、そして笑顔。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「フフッ・・・では、先生、郁を頼みました。」

無言の私を背に、再度、七条がその場を離れる為に歩いていく。
まぁ、しょうがない。どうせここに散歩に来た一番の目的は昼寝だ、
郁もそう長くは怒りを持続させることはないだろう。
私は大きな溜息と同時に彼の側まで戻ることにした。

「・・・西園寺、あの木陰に座らないか?あそこなら芝生も綺麗だし制服も汚れない。
何より死角になっていてここを通る生徒からも見えないしな。」
「・・・ええ、いいでしょう。」

相変わらず不機嫌さを滲ませた声でそう返し、彼は私の前をスタスタと歩き始めた。
そして私達は二人並んで木陰に腰を下ろす。

「・・・先生、ひとつ聞きたいのですが。」
「何だ?・・・・・・・・・それから、今はいつも通り話してくれてもいい。
周りには人気もないし、どうせ皆授業中だ。」

普段、郁は会計室以外では例え周りに居るのが七条一人だったとしても、
私に対しては生徒としての言葉遣いで接してくる。
とは言え、今からする話の内容からして、それはどうにも不自然だとしか私には思えなかった。
まぁ、あくまでも気持ちの問題ではある訳だが。

「・・・そうか、ならばそうしよう、、私はお前に問いたいことがある。」
「・・・・・・・・どうぞ。」
「お前の言う教師としての生徒とのスキンシップの許容範囲とは、どの程度のものなのだ?」

長いまつ毛のびっしりと生え揃った郁の綺麗な切れ長の瞳。
真っ直ぐに私に視線を向けてくるその目に、私は思わず見惚れそうになってしまっていた。
女はずの私よりもずっと繊細そうで色気のある、本当に宝石にでも例えられそうな瞳。

・・・?お前は私の話を聞いているのか?」
「ああ・・・郁、聞いてる。・・・・・・・そうだな、許容範囲・・・さっきの丹羽の、
肩を軽く触れられる位や勢いで抱きつかれる位なら全く問題だとは思ってない。」
「なっ・・・・・・・・!」

私の答えが気に入らなかったらしく、見る見る郁の眉間にしわがより、険しい表情が浮かんだ。

「では、お前は私以外の男にも体に触れることを許していると言うのだな?」
「・・・そこまで言うと大げさ過ぎる、それに今私が言ったのは例えば難易度の高い試験に受かった時なんか、
一緒に喜んだりして勢いで側に居る知り合いに抱きついたりすることもあるだろ?
そう言う意味でであって、他意はないってことだ。それは教師としてであって、女としてじゃない。
キミと彼らとは私の中で確実に違う。だから、そんな顔をしないで欲しい・・・・・・・・・。」

言いながら、私は彼の華奢な肩に手を伸ばし、その胸元に頭を押し付けた。
彼の上質の絹糸の様な色素の薄い髪が私の耳を僅かに掠める。
不意に、郁の白くしなやかな腕がゆっくりと私の肩を引き寄せたのが分かった。

。」
「何だ?」
「お前は少し無防備過ぎる・・・。ここは男子校だ、教師とは言えお前は充分魅力のある女性でもある。
警戒心を持て、私以外の者には気を許しすぎるな。」
「・・・・それは、七条でも・・・?」
「そうだ、例えそれが臣でもだ。」

彼の繊細な指先が私の髪を梳くように動かされる。
ふっ、と、思わず私は笑みを零した。

「郁、昼寝をしに来たんだろ。眠っていればいい。」
「・・・そうだな、ならば、膝を貸せ。」
「ふふ・・・どうぞ。」

スカートの裾を整え、私が座りなおすと、郁は私のひざの上にゆっくりと頭を乗せた。
木漏れ日がキラキラと反射し、彼の栗色にも近い綺麗な髪を煌かせる。
郁は下からジッと私を見つめた後、桜色のふっくらとした唇の両端を上げて微笑んだ。

「キスをしろ、。それで私は良い夢が見られる。」

答えの変わりに私は小さく頷き、彼の唇に唇を重ねる。
郁が片手を上げ、細く長い指先が私の頬の形を確かめるようにして撫でた。




さやさや、と、温かく心地よい風が吹いている。
視線を落とせば、未だに気持ちよさげに寝息を立てている郁の姿。
こんなことを本人の前で口にすれば怒るのは目に見えているが、
本当に見惚れてしまいそうな程、綺麗な綺麗な寝顔だ。

「無防備・・・か・・・。ふふっ・・・それはキミも同じだろう?」

聞こえて居ないのを承知で、私は一人、呟いた。
優しくて穏やかな午後のひと時。
郁、どうかキミのこの無防備な姿を引き出せるのが、たった一人、私だけでありますように。


(終わり)



後書き
・・・・最初と最後の釣り合いが取れておらなんだ(苦笑)
そしてヒロインは他のキャラが相手の時と少々性格が違うようになってしまいました。
精進精進・・・。ではではここまでのお付き合い、誠に有り難うございました!


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