東屋。
中庭内を散歩中、突然降り出した雨は、あっと言う間にどしゃぶりになった。
校舎内まで走ることも考えたが、タイミングの悪いことに次の職員会議で使う資料を手にしていた為、
私は校舎より近い距離にあるこの場所で雨宿りすることした。
見上げる空には分厚い雲。
どうやらそうそうすぐには止んでくれそうもない。
私は小さく溜息を吐き、持っていた資料をベンチへと置いた。
資料だけはと必死で守った甲斐あって、こっちは無事のようだ。
が、私自身は既に中々ずぶ濡れに近い状態ではあった。
まぁ、身構える間もなく雨脚が強まったんだから仕方ないと言えるか。
「・・・・っくしっ・・・。」
濡れたばかりの体がひんやりと冷たい空気にあてられて、思わずクシャミまで出る始末。
はぁ。
と、再度溜息を吐いているところに、余りにも唐突に私の背後から両肩に何かがかけられた。
真っ先に視界に入ったのは、見慣れた赤。
「なっ!・・・・制服のジャケット・・・?」
「大丈夫ですか?先生。」
「しっ、七条・・・?じゃあ・・・これは・・・。」
「はい、僕のジャケットです。」
にっこり。
突然現れた彼は、そう答えていつもの笑顔を見せた。
「タオルも持ってきていますから、まずは髪を拭いたほうがいいかもしれませんね。」
「え?タオル?・・・・あ・・・。」
―パサッ
今度は不意に頭にタオルを乗せられ、一瞬視界が白一色に染まる。
次の言葉を口にしようとした瞬間、七条はタオルでゆっくりと私の髪を拭き始めた。
が、未だに私の視界はその白に遮られた状態だった。
「ちょっ、おい、髪位自分で拭ける・・・!七条!」
「はい、何でしょう?先生。」
「!!」
目の前でひらひらと動いていたタオルが瞬間的に無くなり、
代わりに今度は七条の顔が超至近距離で現れる。
私は咄嗟のことに驚いて、そのまま硬直してしまった。
「どうしました?先生。」
「七条・・・キミは・・・。」
展開に着いていけない。
未だに七条は吐息の吹きかかりそうな位の位置で例の胡散臭いことこの上ない穏やかな笑顔を浮かべているし、
私の心臓は何故か全力疾走直後並みに早鐘を打っているし。
「・・・ジャケットが・・・濡れる・・・、ああ、もう遅いか・・・。」
「ああ、気にしないで下さい。僕が勝手に掛けたものですから。あのままでは体が冷えて風邪を引いてしまいますからね。」
「・・・・・・・・有り難う・・・・。」
視線を伏せて、私はなるべく至近距離にある七条の顔を見ないようにしていた。
七条が登場して数分、たった数分しか経っていないのに、
何なんだ、この次々と唐突に起こされるアクションの数々は。
相変わらず読めない。
この学園は個性的な生徒の集合体だが、生徒会と会計は別格、特に七条は―――。
「冷たいですね・・・・・・・・。」
「!?」
少しの間無言で視線を逸らしていると、不意に耳元で囁くような声で七条が言った。
湿り気を帯びた吐息が耳朶に触れ、微かに私の背中に電流が走る。
私は咄嗟に瞳を上げて、彼を見た。
「貴女の頬・・・すっかり冷たくなってしまっています。」
「・・・え・・・?」
貴女。
何処か特別な響きを感じてしまい、私は七条の色素の薄い瞳をジッと見つめ続けた。
いつの間にか私の頬に触れ合わせられていた彼の白くて大きな掌。
じんわりと、その温かさが私の肌へと移っていく。
「先生、僕の体温で貴女を温めてあげられればいいのですが・・・。」
「七条・・・・?っ・・・!!」
パサリ
タオルが床に落ちた。
そしてそれと殆ど同時に、私は七条の腕の中に捉えられていた。
思っていた以上に力強く、硬い、筋肉の感触。
余りにも早すぎる展開と唐突過ぎる事柄に、私の頭は混乱しきっている。
年下の、しかも生徒であるはずの彼に、見事に思考回路をかき乱されていた。
ドクドクドクドクドクドク。
鼓動が、青臭い音を発しているのが、自分でも良く分かる。
その後暫くの間、私は抵抗することも出来ず、ただ彼の腕の中で固まり続けていた。
先に口を開いたのは七条だ。
「おや?雨が上がりましたね。先生、今の内に校舎へ戻りましょうか。」
「え?あ・・・・」
彼の言うとおり、確かに雨は止んでいた。
空を仰ぐと、雲の切れ間から光が差し込んできている。
「七条・・・。」
「はい?」
にっこり。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
言いたいことは山程あるのだが、未だに私の心臓は納まりを見せていない。
私はそれを奴に悟られない様に平静を装いながら、チラリと視線を七条に向けた。
「まずひとつ、言っておく、私はこれでも教師だ。」
「そうですね、先生は素敵な先生だと思いますよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
はぁ。
思わず溜息を漏らし、その拍子に彼が私の肩に掛けてくれた制服のジャケットが視界に入る。
私は更に、床に落ちているタオルに目を向けた。
「だが、礼を言う・・・。キミ・・・私の為に色々気を遣ってくれたようだし。有り難う。」
「フフ・・・、いえ、たまたま雨の中を先生が東屋へ走っていくのが見えただけです。」
「・・・それでもタオルまで持ってきて貰ったんだからな。
それから、制服のジャケットとタオルはクリーニングに出してから返す。」
「ああ、気にしないで下さい。制服なら僕はそのままで平気ですよ。」
「いや・・・濡らしてしまったからな、ジャケットをクリーニングに出して、会計室までは私が持って行く。」
そう口にしてタオルを拾い上げようとした瞬間、私の視界の片隅に目に入ったソレ。
いつの間にかベンチの上に置いてある、折り畳み傘。
持ち主は言うまでも無く。
「七条。」
「はい、何でしょう?先生。」
「あの折り畳み傘はキミの物だな?」
「はい、そうです。」
にっこり。
本日も何度目かに目にする胡散臭いことこの上ない穏やかな七条の笑顔。
私は職員会議用の書類を手にし、ジロリとヤツを睨み付けた。
「折り畳み傘があったのなら、すぐに校舎に戻れたんじゃないのか?」
「ああ、確かにそうですね。僕は先生の体温を戻すのに必死で、忘れてしまっていましたが。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
果てしなく黒さを含んだやわらかい笑みを浮かべる七条。
それでも、突然に抱き寄せられたあの時、彼の腕の中はとても心地よく、
私は結局どうしても拒むことが出来なかった。
相手はたかが年下の、しかも高校生だと言うのに。
「・・・とにかく!世話になったな・・・、有り難う。・・・・私は先に戻る。」
それだけ言い残し、私はまるで逃げるようにして七条に背を向けて足早に校舎へ向かった。
切れた雲の合間から、青い青い空が見える。
今日はもう、雨が再び降り出すことはないようだ。
(終わり)
後書き
バレンタイン部屋で七条で頂いていたのですが、性格が掴めているのかかなり謎過ぎたので、
ここで練習してみました(笑)どうだろう、イメトレして頑張ったんだけどなぁ(遠い目
そして何やら展開速すぎてすみません。いや、そう言う話なんですけど・・・何だろ・・・
ではではここまでのお付き合い、誠に有り難うございました。
マイナー過ぎて読んでくださっている方がいるだけでも本当に有り難いです。
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