先生。」

広い広い図書室の片隅。
資料を広げ、ひたすらパソコンのキーを叩き続けること数時間、
外はいつのまにか夕暮れの赤に染まっていた。
名を呼ばれた私は手を止め、視線を上げて振り返る。

「・・・・・え?ああ、伊藤じゃないか。どうした?帰らないのか?」
「はい、俺、和希に先生が今日は図書室に篭ってるって聞いて、
何か手伝えることが無いかと思って来てみたんです。」
「そうだったのか、有り難う。でも実はもう後少しで終るところだ。」

私は微笑みながら、椅子の後ろから覗き込むようにパソコンを見ている伊藤にそう答えた。

「じゃあ、待っていてもいいですか?」
「ああ・・・、ふふ・・・こうして話をするのも久しぶりだしな。」
「そう・・・ですね。3日以上は先生と二人で話をすることもなかったですし。
やっぱり・・・忙しいんですか?和希の仕事の手伝いは・・・。」
「そうだな・・・まぁアイツにだって優秀な秘書は居るんだが、たまに頼まれる仕事が厄介であったりはする。
・・・・・・・ああ、もしかして伊藤、キミ、寂しかったのか?」

思わずからかうような口調になってしまいながら、私は小さく笑って言った。

「そう言う言い方で子供扱いするのは止めて下さい・・・!」

私には背後で伊藤が拗ねた表情を見せているのがすぐに予想できた。
だが、そこで不意に私の背中の左右から腕が伸ばされ、抱きすくめられる。

「伊藤。」
「でも・・・寂しかったって言うのは・・・間違っていません。俺、先生とは毎日でも会っていたいから・・・。」

耳元に伊藤の柔らかな唇の感触。
直接鼓膜を震わせるような、囁き程度の声。
可愛いヤツ。
なんて言ってしまったら、伊藤はまたきっと怒るに違いない。
私はパソコンのキーに触れていた手をゆっくりと彼の頭へと伸ばした。
数日ぶりに触れる、日向の香りのする伊藤の髪。
スーっと、体全体から力が抜けていくように、身も心も癒される空気。
伊藤には、そんな不思議な力がある。

「私も寂しかった・・・・。」
「え?」
「キミと話が出来なくて、姿を見るのも一瞬で・・・・。だから嬉しかった・・・。
今日はここまで探しに来てくれて有り難う。」
先生・・・。」

自分でも珍しいと思う位素直に気持ちを言葉に出来た。
ほんの少し首を伊藤の方へ向けると、私の視界に彼の笑顔が広がる。

「あの・・・俺、今ここで貴方にキスがしたい。」
「・・・・ふふっ、私はとっくにそのつもりだったんだけどな?」
先生・・・。」

悪戯っぽく言って見せる私に、伊藤はまた、ふ、と微笑を浮かべ、ゆっくりと唇を合わせて来た。
軽く唇を合わせるだけのキス。
だが、それは少しずつ濃厚さを増し始める。

「ん・・・」

やっとお互いに唇を離した時には、私の唇の端から唾液が流れて来ていた。
それを親指の腹で拭いながら、伊藤は熱を含んだ視線と同時に言った。

「・・・・・・・先生は、ズルイですよ。キスをしたのは俺からなのに、
いつの間にか俺だけ夢中になって・・・唇を放せなかった・・・。」
「ふふ・・・そんなことない。現に今のキスはキミの方がリードしてたし、
それに唇を離せなかったのは私も一緒だ。」
「・・・・本当・・・ですか?」
「・・・・・・・・・もう1度、試してみる?」

クスクス。
小さく笑って問う私を、ジッと見つめる伊藤。
それから彼は唐突にガタリと私を椅子ごと自分の方へと向き合わせた。

「伊藤?」
「キスだけじゃ、俺、もう我慢できません。先生、今すぐにでも俺は貴方が欲しいんです。」

真っ直ぐに向けられた視線と、熱を含んだ言葉。
私は少しだけ腰を浮かせて彼の頬にキスをした。

「了解、じゃあ、いつもの所で・・・。こっちは15分程で終る。」
「はい、俺、待ってますから!」


必要以上に目を輝かせ、返事をする伊藤に、私は思わず吹き出してしまいそうになる。
この可愛い年下の恋人は、きっと気づいていないだろう。
稀に見せる男っぽいその仕草や言動に、どれだけこっちが動揺しているかなんて。


「下校時間・・・随分遅くなりそうだな。」


苦笑と共にそう言って、私は再び、パソコンのキーを叩いた。



(終わり)


後書き
啓太夢を書いてしまった!ちょっと驚きです。
いえ、啓太は大好きなんですが、今までこの手の純粋なキャラの夢って余り書いたことがないので(笑
ではではここまでのお付き合い、誠に有り難うございました!失礼致します。


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