お前だって、卒業すれば忘れるさ


―――教師に対しての恋心なんざ一過性の熱病みてぇなもんだ。
ま、あれだ・・・オメェだって、卒業すれば忘れるさ。
忘れるってのは言いすぎかもしれねぇが、すぐに分かるだろうぜ、
俺の言ってる意味がな。


ポンポンと頭を優しく叩かれて九影先生に言われたその台詞は、
あたしの気持ちを酷く馬鹿にされたような気分にしてくれた。
一過性の熱病。
卒業すれば忘れる。

本当に、馬鹿にしている。
あたしの先生への想いをそんな言葉でさっさと片付けて、
あたしに背を向けた九影先生が、この時ばかりは心底憎らしくて堪らなかった。

あれはそう、去年の冬の出来事。
あたしが2年生の、初雪の降った日の事だった。


あれは失恋じゃない。
あんなのは失恋じゃない。
あたしは、失恋すらさせて貰えなかったのだ。
子供のオママゴト。
きっと先生はそう思っていたに違いなくて。
今思い出しても、あの日の悔しさは忘れられない。



あれから一年。



「九影先生。」
「・・・・・ああ?か。どうした?」
「どうした?じゃありませんよ。
プリントの提出期限、今日までだから絶対持って来いって言ったの先生ですよ?」

言って、あたしは九影先生に、手にあるプリントを差し出す。
先生は一瞬無言であたしの顔に視線を移した後、呆れた様に小さくため息を吐いた。

「そりゃ確かに言ったがな、何も視聴覚室にまで持ち込むことはねぇだろう。
俺が教室に居る間にでも渡しゃ済むことだったんじゃねぇのか?
そうすりゃオメェだってさっさと帰れただろうが。」
「そうですね、でもそれだと先生と二人っきりになれませんから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・、オメェなぁ・・・。」

ハァーー。
今度は大げさに深い溜息を吐いてみせる九影先生。
あたしはニヤリと口の端を上げて笑った。

「道理でしょ?」
「あのな・・・・。勘弁してくれや・・・、ったく・・・。」

言って、先生は困ったように掌で自分の顔半分を覆った。
強面で長身のガタイのいい九影先生は、
その筋の人に間違われることが多い。
実際怒らせると怖いし、そうでなくとも威圧感がある。
だけど、こう言う時、あたしは無性に先生を可愛らしいと思ってしまうのだった。

「ねぇ先生。」
「あ?」

九影先生は返事をしながら受け取ったばかりのあたしのプリントを手元のファイルに閉じている。
極力そちらに視線を移して、あたしは続けた。

「無かったことに出来たと思ってるでしょう。」
「・・・何がだ?」
「分かってるくせに、大人ってズルイなー。」

クスクス。
小さく笑って、あたしはゆっくり先生の座っている椅子の傍まで近寄った。
大人。
と言う台詞を、わざとらしく強調した自分は、やっぱり子供だ。
だけど、そんなこと関係ない。


「一過性の熱は・・・3年間も続きませんよ、先生。」
「・・・・・・・・・・・・・、・・・オメェ・・・・。」

何事か言いかけた先生が、そこで口を閉じる。
あたしは九影先生ににっこり微笑んで見せた。

「あたしね、決めたんです、九影先生。
卒業までにあたしの気持ちが本物だって認めて貰えるようにしようって。」
「・・・・・・・・・・な、何!?おい、、オメェ何を・・・!」
「迷惑ならハッキリふって下さい。」

ふってくれると言う事は、つまりはあたしの気持ちを真剣に受け止めてくれたことになるから。
ふられたらふられたでそれは凄く辛くて、悲しくて、
やり切れない気分になってしまうだろうけど、
それでも1年前のあの日みたいに自分の気持ちを馬鹿にされたような気分になんてならないと思う。
それに、キッパリとふられたのなら決着のつけようもあるというものだ。

・・・。」
「じゃあ、今日はもうこれで帰りますね。それじゃあ失礼します、九影先生。」

言いざま、あたしは即座に踵を返す。

「お、おい!・・・!」

少し焦ったような九影先生の声に呼び止められ、あたしはクルリと振り返った。

「あ、そうだ、先生、もう一つ忘れてました。」

あたしは九影先生のすぐ傍で足を止め、
先生が口を開くよりも早く、その唇に自分の唇を押しあてた。
だけどそれはほんの一瞬。

「宣戦布告です。卒業まで、もう時間がありませんから。」
「なっ!?」
「明日から、覚悟して下さいね?」

言い残して、今度こそあたしは視聴覚室を後にした。
今日最後に九影先生に見せたあたしの笑顔は、不敵だったらいいと思う。
明日になっても、明後日になっても、あたしが卒業してここからいなくなっても忘れられないくらい、不敵だったらいいと思う。
そう見えていたらいいと思う。そう見えてたらいいと願う。



ねぇ、先生、卒業したら忘れるなんて、口が裂けても言えなくしてあげますから。


(END)


あとがき

初・九影先生夢でした。アレ?でも何か私が書くと・・・あれ?
もっとこう渋いと言うか格好いい感じの先生が好きなんですけど、
・・・・・・・・・・精進精進(結局そうなる)
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございます。失礼致します。